テクノロジーと人間の交差
25年の流行語に注目オックスフォード辞典が選出したのは「rage bait」
皆様、新年あけましておめでとうございます。英国では1月に入って数日もたつと、クリスマスもお正月も「遠い過去のこと」のようになり、その切り替えの早さに日本人としては若干寂しい感じもありますね。さて、年末には主要な英語辞書出版社がそれぞれ「今年の言葉」(Word of the Year)を発表しました。昨年の傾向を振り返り、今年の展開を考えてみましょう。
最も著名なのが、オックスフォード英語辞典を発行するオックスフォード大学出版局による選出です。約3万人の投票で最終的に選ばれたのは「レイジ・ベイト」(rage bait)。直訳では「怒りを引き出すための餌」ですが、オックスフォードの定義では、意図的に怒りや憤慨を引き出すように設計されたオンライン・コンテンツを指します。レイジ・ベイトは「私たち一人ひとりの内にある怒りという敏感な感情を刺激するもの」であり、インターネットがかつての「クリックのために好奇心を刺激する」段階から、「感情をハイジャックして影響を与える」段階へと進化したことを示すと説明されています。米女優ジェニファー・ローレンスが匿名のTikTokアカウントを使い、コメント欄で見知らぬ人と「口論する」と明かしたことも、この言葉の人気を後押ししました。
一方、ケンブリッジ辞典は「パラソーシャル」(parasocial)を選びました。直訳では「疑似社会的な」で、面識のない有名人、フィクションの登場人物、あるいはAIとの間に感じる虚構のつながりを表します。この概念は1956年、シカゴ大学の社会学者たちによって提唱されました。テレビ視聴者が画面上のパーソナリティーと「パラソーシャルな」関係を築き、それが実際の家族や友人との関係に似ていることを観察したのです。急速に拡大するテレビというメディアが登場人物たちの顔を視聴者の家に直接届け、俳優たちを人々の生活の一部にしたことに注目しました。2025年に関心が高まったのは、インフルエンサーやAIチャットボットとの関係が深まったことが背景にありました。ケンブリッジ大学のシモーヌ・シュナル教授は、「多くの人々がインフルエンサーと不健全で過度に強いパラソーシャル関係を形成し、相手を『知っている』と感じ、信頼し、極端な忠誠心を抱くようになる」と警鐘を鳴らしています。
コリンズ辞典が選んだのは「バイブ・コーディング」(vibe coding)です。「雰囲気や感覚でプログラミングする」という意味で、「こんな感じのアプリが欲しい」という雰囲気や感覚をAIに伝えてアプリやウェブサイトを作ることを指します。もともとは、米OpenAIの共同創設者アンドレイ・カルパシー氏による造語です。これにより、プログラミング知識のない人でもデジタル・プラットフォームを作れるようになりましたが、コードが実際に動作するかの保証はありません。
こうした三つの言葉に共通するのは、AIとデジタル技術が人間の感情、認識、創造活動に深く入り込んでいる現実です。「レイジ・ベイト」で感情を操作され、「パラソーシャル」で虚構の関係に没入し、「バイブ・コーディング」では技術的理解がなくても創造を可能にします。いずれも、テクノロジーが私たちの内面や行動をどのように変容させているかを示す言葉でした。
以上の流行り言葉を皆さんは使ったこと、聞いたことがありましたか? 筆者が感心したのはコリンズ辞典の最終候補に残った「ブロリガーキー」(broligarchy)です。ロシアの新興富裕層oligarch(オリガルヒ)をもじり、bro(仲間)とoligarchy(少数支配)を組み合わせた言葉で、米大手テック企業のリーダー層にいる裕福な男性たちによる、少数支配の体制を指すそうです。雇用期間中に個人的な興味を追求するための中断期間を指す「マイクロ・リタイアメント」(micro retirement)、職場で生産的であるという誤った印象を与える行為「タスクマスキング」(taskmasking)も興味深いですね。今年もテクノロジー絡みの新語が出てきそうです。
Word of the Year(今年の言葉)
英国では年末に複数の英語辞書出版社によって発表される。オックスフォード大学出版局が2024年に選んだのは「brai n rot」(ブレイン・ロット)。直訳は「人の精神および知的状態が悪化すること」で、特に、陳腐で深い理解を必要としないコンテンツを過剰に消費した結果生じる状態を指す。



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小林恭子 Ginko Kobayashi
在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に






