Montag, 08 Oktober 2012 00:00

事前医療指示 その1
人生山場の手製シナリオ

執筆 : 医学博士 篠田 郁弥

皆様はこれまでに“Patientenverfügung”と言う言葉を耳にしたことはございますか?ドイツで「老後の準備」という話をするときに、よく聞かれる言葉です。この古めかしい響きの表現、実は新しいドイツ語単語で、2009年秋に成立したドイツの法律の名称なのです。

この法律「事前医療指示法」の内容は、患者としての人権を確保すること。画期的なのは、患者 の意志を社会的に守るという姿勢です。意思表示ができなくなる場合に備え、医療処置について患者自身が考え、事前に記した意思を具体化(事前指示)するための法律です。

老後 平均寿命は延び、昔は致命的であった疾患も治療可能になりました。それと同時に、認知症などは発病後の寿命が長く、看護のほかに介護も必要となります。その間に合併症が発病することも多くなりました。早期発見・早期治療で完治するがんの症例も増えましたが、やはり悪性腫瘍は命に関わります。病気の進行とともに、意識はあっても会話する体力がなくなり、複雑な思考の表現が 不可能となります。また交通事故や心筋梗塞、脳卒中、脳内出血のような不意に起こる疾患では、一時的に瀕死状態に陥ったとしても、社会復帰を果たす可能性があります。一方で、病状の展開が 不利な場合もあり、その極端な状況が「植物人間」と言われる状態。これらに、年齢は関係ありません。

人生最後の場面、すなわち「死」は社会的にタブーとされ、漠然としたテーマになりがちです。 自分の死に方についても、「植物人間にはなりたくない」とか「ぽっくり逝きたい」「延命治療は拒否」としか言葉にならないようです。ここでご注意いただきたいのが、「植物人間」「延命治療」などの言葉には、科学的定義がないということ。つまり、これらの言葉で本人の意思が正しく伝わる保障はないのです。事前指示で重要なのは、具体的な医療行為を考慮する際に必須な情報なのです。

病気になった人を助ける努力が裏目に出た結果、機械に囲まれて命を繋ぐ状態が生じるのです。 必要に応じて使用した人工呼吸や栄養補給を医療供給側から打ち切ることは、現在の(ドイツの)常識と法律では考えられません。ゆえに医療側から は治療中止ができないのです。

私たちには、自分のことは自己責任の下で決定する自由があります。もし意思表示が不可能な場 合、「こうしてもらいたい」と医療行為に対する意志を表示し、事前に指示できるのです。例えば、「痛いのはいやだから、鎮痛緩和療法を中心に考える」「胃瘻は喉の渇きに対して、最低限の水分補給だけに利用する」とか「家族の結婚式前に葬式を挙げてもらうのはいやだから、それまではできるだけの治療をしたい」など、人それぞれの考え方、事情があるものです。

規定を満たす書式にすれば、代理人・後見人を通して、医者もあなたの願う医療処置を行います。「事前医療指示」の権利保護のため、後見裁判所も備えています。

このテーマはすべての人に関係することです。 “Patientenverfügung”は、患者を規定するのではなく、人が患者となってしまった時に、代理人を通して「医者・医療関係者に与える規定」な のです。

※ 誤解を避けるため、ドイツ連邦法務省と相談し、「事前医療指示法」と和訳しました。
(正式英訳:Advance Medical Directive)

関連ドイツ語
(m) 男性名詞、(f) 女性名詞、(pl) 複数
篠田 郁弥(しのだ・いくや) 神奈川県出身。1970年、父の転勤にて、扶養家族子女としてデッユセルドルフに来独。現地高校卒業、マインツ大学医学部卒業。1993年デュッセルドルフにて開業、今日に至る。心臓カテーテル、集中治療室、緊急医療に携わる傍ら、進行性がん治療病棟も経験し、末期がん緩和治療医資格もある。開業後、多文化心療医学研究会参加、多文化精神科学会にて発表経験あり。公益法人DeJaK-友の会副会長。
最終更新 Montag, 20 Mai 2019 17:21