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ロンドンのゲストハウス
Di. 19. Nov. 2019

州議会選挙でAfD躍進、東西間の心の分断が浮き彫りに

9月1日にザクセン州とブランデンブルク州で行われた州議会選挙では、予想通り、右翼政党ドイツのための選択肢(AfD)が前回の選挙に比べて大幅に得票率を伸ばした。AfDは旧東ドイツに固定的な支持層を持つ地域政党への道を着々と歩みつつある。同時にこの選挙結果は、ドイツ再統一から約30年経った今も東西間の「アイデンティティーの統一」が完遂されておらず、一部の市民の間では亀裂が深まっていることを明らかにした。

9月1日、選挙結果を受けて喜ぶ、AfDブランデンブルク支部長のカルビッツ氏(左)9月1日、選挙結果を受けて喜ぶ、AfDブランデンブルク支部長のカルビッツ氏(左)

ザクセンでは得票率が約3倍に

AfDの躍進は予想されていたとはいえ、前回の2014年の選挙に比べた増加率には驚くべきものがある。逆にキリスト教民主同盟(CDU)と社会民主党(SPD)は両州で大幅に得票率を減らし、全国で続く凋落傾向に歯止めをかけることができなかった。

ザクセン州議会選挙では、AfDの得票率が前回の選挙での9.7%から約3倍に増えて27.5%となった。一方、CDUの得票率は7.3ポイント減って32.1%に、SPDの得票率は4.7ポイント減ってわずか7.7%に下落。SPDはザクセン州では泡沫政党への道を突き進んでいる。

「AfDは一過性の現象ではない」

ブランデンブルク州でもAfDは得票率を前回(12.2%)の約2倍に増やして、23.5%を記録。逆にSPDは得票率を5.7ポイント、CDUは7.4ポイント減らした。AfDブランデンブルク州支部を率いるアンドレアス・カルビッツ氏は、2014年から1年間にわたり「文化と歴史」という極右グループのリーダーだった。彼は開票結果が明らかになると「AfDは、一過性の現象ではない。われわれはここにとどまる」と勝利宣言を発した。カルビッツ氏は、AfDテューリンゲン支部長のビェルン・ヘッケ氏とともに、AfDで最も右に位置する組織「フリューゲル(翼)」で指導的な立場にある。フリューゲルにはネオナチ・グループと接点を持つ党員が加盟しており、外国人を差別する発言を行う者もいることから、ドイツ内務省の捜査機関・連邦憲法擁護庁は同組織に対する監視を行っている。

AfDがザクセンとブランデンブルク州で成功を収めた最大の理由は、同党が「旧東ドイツ人たちは29年前の東西ドイツ統一で貧乏くじを引かされた。今こそ旧東ドイツ人の利益を重視する『Wende2.0(第2の革命)』を起こそう」と訴えたからだ。AfDのこのスローガンについては、1989年にベルリンの壁崩壊につながる市民運動を行った人々の間から「AfDは、当時の社会主義政権に対する抗議運動を自分たちの目的のために悪用している」という批判が上がっている。

抗議政党としての地盤を確保

今回の市議会選挙で興味深いのは、過去に旧東ドイツの抗議政党と見られていた「リンケ(左翼党)」がAfDによって票を奪われたことである。リンケの得票率は、ザクセン州で8.5ポイント、ブランデンブルク州で7.9ポイント減った。つまり旧東ドイツの抗議政党としてのリンケの役割は、AfDによって取って代わられたのだ。この点には、旧東ドイツの右翼化傾向がくっきりと表われている。

AfDは2013年に創設された当時、ユーロに反対する泡沫政党だった。だが2015年にメルケル首相がハンガリーで立ち往生していたシリア難民ら約100万人に対し、超法規的措置としてドイツでの亡命を認めたことが、AfDにとって強力な追い風となった。

同党は2017年の連邦議会選挙で得票率を前回(4.7%)に比べて、ほぼ3倍の12.6%に伸ばした。AfDは連邦議会に100人近い議員を送り込み、泡沫政党から一気に第3党の地位にのし上がった。

しかしこの党の幹部らはイスラム教徒や有色人種、トルコ人に対して差別的な発言を行っているほか、ドイツが戦後続けてきた「ナチスの過去との批判的な対決(Aufarbeitung der NS-Vergangenheit)」を疑問視している。ヘッケ氏は、ベルリンに政府が建設したホロコースト犠牲者のための追悼モニュメントを「恥のモニュメント」と呼んでいる。つまりAfDは、ドイツの戦後レジームを破壊することを狙う政党である。

旧東ドイツ人の怨念が追い風

AfDの追い風となっているのは、政府の難民受け入れ政策に対する不信感と、旧東ドイツ人たちの怨念である。1990年に東西ドイツが統一されると、旧東ドイツの多くの国営企業が閉鎖や民営化されたりして、多数の市民が失業、もしくは早期退職に追い込まれた。早期退職した労働者たちの公的年金は、大幅に減額。2003年に、当時首相だったゲアハルト・シュレーダー氏は労働市場・社会保険制度の改革プロジェクト「アゲンダ2010」を断行し、長期失業者への援助金を生活保護と同じ水準に引き下げたが、この措置は旧東ドイツの多くの市民の暮らしに悪影響を与えた。

今でも旧東ドイツに本社を持つドイツ企業は存在しない。このため高学歴の若者の多くは、職を求めて旧西ドイツへ移住した。旧東ドイツの人口は1990年からの29年間で345万人も減った。

ドイツの政治学者の間では、「AfDの得票率は、旧西ドイツでは今後下がっていくだろう。しかし旧東ドイツでは、AfDは地域政党として固定した地盤を確保するだろう」という見方が強まっている。今回の選挙結果は、東西ドイツ間の心の壁がまだ崩れていないことを如実に示しているのだ。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
http://www.tkumagai.de
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