Nr. 54 主体性が育つドイツの教育

21 November 2014 Nr.990
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日本政府はここ数年、かつてないほど教育における“グローバル化”を目指しています。その目的は、国際社会でリーダーシップを発揮できる人材を育成することです。日本が世界のリーダーとなる日が来るのか。そのためには、語学力を強化するだけでは不十分なことは明らかです。娘は今年、日本の高校教育について考えるというシンポジウムに参加し、文部科学省の方たちを前に、「私は日本の学校が嫌いです!」と爆弾発言をしました。

「この国では勉強に喜びを見出せません。生徒たちは授業中に何をしているのかと言えば、ただひたすらノートに文字を書いていて、発言することもあまりなければ、たまに堂々と寝てしまっている子もいます。そんな授業はドイツでは絶対にあり得ません。意見を言わなければ評価されない国から来た私にとって、学ぶことに受け身な授業スタイルは共感できるものではありません」。

ドイツで子育て&教育相談所
イラスト: © Maki Shimizu

あとで「なるほど」、とお言葉をいただいたそうですが、娘の主張はこういうものでした。たとえ答えが正しくなくても、とにかく発言することを善しとしたドイツの教育を経て成長した我が娘。とにかく自分に自信があります。

日本の中学校でお世話になった先生が、以前こんなことを仰っていました。「外国で育った子どもは、たとえそれがたった1年程の短い期間であったとしても、日本の子どもにはない雰囲気を持っていて、それがその子の強みに思えます」と。海外で生活するということは、住む場所が変わるだけではありません。身近にいる両親や生まれ育った故郷の考え方、価値観とは異なるモノの見方や常識に触れるため、人間性に大きく影響を及ぼします。外国育ちの子が日本で育った子どもと違う雰囲気を持っているのは、そのためでしょう。それは、挨拶の仕方や歩く姿勢、ちょっとした動作や目の動きなど、小さな仕草の中に見受けられるのだそうです。

ドイツで子育て&教育相談所
イラスト: © Maki Shimizu

そうかといえば、ときどき娘はしみじみと、「高校が日本で良かった」と言ったりします。「ドイツのギムナジウムにいたら今頃生きてないわ……」と恐ろしいことを口にするのですが、実は彼女の友人である米国の現地校からの帰国生も似たような感想を持っているそう。そうです、欧米社会は何と言っても弱肉強食の世界。気持ちの弱い人間は負けてしまうのです。つねに自分の強さを誇示し、友達よりもベターであると信じて、態度でもそれを示し、宣言する。もちろんすべての人がそうというわけではありません。米国は分かりませんが、少なくともドイツには、“強い子”に育てようとする気風があります。ゆえにドイツの子どもは自信が強く、その中にいれば嫌でも精神は鍛えられ、そのお陰で娘は日本でのハードな暗記勉強や部活生活を乗り越えられているように見えます。ですから私は娘に対して、「人生で得難いものをあなたはドイツで得たのよ」と思っているのです。

人は皆違う。自分は自分でOK。この姿勢がドイツの子育ての根底にある。だからこそ、子どもは自分のペースを守ることができ、主体性が育つ。ドイツの学校では、常に子どもの主体性が重んじられています。そして、先生が言うことを鵜呑みにせず、“Denken lernen(考えることを学ぶ)”、自分の頭で考え、自分で判断できるようになるための教育が施されます。

振り返ってみればいろいろなことがありましたが、結果的に、我が子をドイツで育てる機会を得ることができて良かったと思っています(次回は最終回です)。