Hanacell
輝け、原石たち


usaginingen/31design

 

平井 伸一さん
1977年 香川県生まれ
2000年 北里大学医療工学科卒業
平井 絵美さん
1980年 神奈川県生まれ
2000年 女子美術大学デザイン学科卒業
2008年4月 アートユニット「usaginingen」設立
2010年2月 「渡独。ベルリンを拠点に活動開始
2012年1月 デザインユニット「31design」設立
usaginingenは、平井さん夫婦が結婚と同時期に立ち上げたユ ニット。2人の作品はこれまでに、ニューヨークの国際広告賞 “One Show”で銀賞、アジア太平洋広告祭で銅賞に輝くなど、 高い評価を獲得。現在はヤマハやベネッセコーポレーションな ど大手企業をクライアントに抱える。

大きな脚立のような木製の立体。その下方には大きなドラム、上方には3層の透明アクリル板、天辺にはカメラが下向きに設置され、立体の横の椅子に付いているペダルを踏 むとドラムが回転する。そしてドラムやアクリル板の上で工作をすると、壁に絵が映し出される……。ベルリンで活動するアートユニット「usaginingen」が編み出した、音楽ライブなどで使用するオリジナル映像マシーン「TA-CO」だ。

一風変わった名称を持つユニットのメンバーは、東京の広告制作会社でデザイナー/アートディレクターを務めていた平井絵美さんと、元々放射線技師だった伸一さん夫妻。 会社を辞めて独立した絵美さんの仕事を伸一さんが手伝うようになったことを機に、夫婦二人三脚の活動が始まった。

日本では大手企業の広告制作をいくつも手掛けるなど、順風満帆だった2人が渡独を選んだのは、「自分たちに足りない部分を補いたい」との想いから。色彩豊かでユーモラスな東欧デザインを好む2人にとって、「機能性」「合理性」などの言葉で表されるプロダクトデザインが主流のドイツは縁遠い存在だった。そこにあえて身を投じることで、自分たちのデザインをより豊かにしたいと考えたのだ。

意気揚々とベルリンへ渡ったものの、異国の地で自分たちのデザインの良さを企業に売り込むのは、困難を極めた。 日本からの仕事も徐々に減る中、「ここで自分たちに何ができるのか」と考えて閃いたのが、パフォーマンスをしながらリアルタイムで映像を作り出すマシーンだった。当地で出会った個性豊かで刺激的なアーティストやミュージシャンたちと一緒に何かをしたい、との発想から生まれた作品だ。

ドイツで、自分たちの活動の原点が「人を楽しませるもの作り」であると気付いたusaginingen。TA-COの人気も上々で、今年から商業デザイン専門のデザインユニット 「31design」も開始した。そして現在、TA-COと共演できる楽器も構想中。エンジンが掛かった2人のユニークなアイデアが、どんどん形になっていく。(編集部:林 康子)


ベルリン在住のミュージシャン、
SPENCER(大谷友介)のミュージックビデオ「Fun Fun Fun」



TA-COを使ったパフォーマンス。
今年2月、ベルリンTheater Kapelle で行われたコーンサートにて



ヤマハ音楽教室のキャラクター&リーフレットデザイン

Information


靴作家JUCO.の展示会用ポスター

自分たちのデザインに自信と誇りがあるからこそ、受ける仕事の内容にもこだわりを持つ usaginingen。それゆえ、企業広告のデザイン製作と「自分たちが作りたいもの」とのバラ ンスが常に一致するとは限らない。そこで2人は、自らが主体となってグラフィックや映像、音楽、パフォーマンスなどのアート活動を行う「usaginingen」とは別に、新たにプロの写真家やスタイリストも加えて企業ロゴやミュージックビデオ、CDジャケットなど商業デザインを手掛ける広告プロダクション「31design」を立ち上げた。

usaginingen
www.usaginingen.com
2人の作品のほか、TA-COを使ってパフォーマンスを行うイベントの情報も随時更新。

31design
www.31design.biz

最終更新 Freitag, 27 April 2012 14:59
 

アイスホッケー選手 高嶌 遥さん

1988年 北海道生まれ
2000年 「岩倉ぺリグリン」所属
2006年 「SEIBUプリンセスラビッツ」所属
2010年 早稲田大学スポーツ科学部卒業後、
スイス・チューリッヒの「ZSC LIONS」に移籍
2011年 渡独。ベルリンの「OSC Berlin」所属
アイスホッケーを始めたのは、小学2年生の頃。それ以来、「もっと強く、もっと上手く」という想いのままに走り続け、高校生にして最年少で日本代表に選出され、大学時代は名門 SEIBUプリンセスラビッツに所属した。スイスに移籍すると、その年にリーグ優勝を経験。現在はベルリンで修行中。

「氷上の格闘技」と呼ばれるアイスホッケーの世界に身を投じ、日本のトップアスリートとして活躍してきた高嶌遥さん。日本と世界との距離を埋めようと、たった1人で欧州に乗り込み、経験を積み上げる彼女には、目指すべき明確な夢がある。

2014年のソチ冬季五輪に出場すること。06年トリノ、10年バンクーバーと、2度の五輪予選を日本代表として戦ったが、あと一歩のところで涙を呑んだ。来年から始まるソチ冬季五輪予選は、「最後の挑戦」と高嶌さんは言う。現在24歳の高嶌さんが、26歳で迎える五輪で引退も視野に入れていることに驚いた。

なぜ?「私が知る限り、アイスホッケーだけで食べていけている女子選手はほとんどいないんです」。仕事と競技の両立には限界があると、高嶌さんは選手人生の次のステップを冷静に見据える。でも今はまだ、アイスホッケーを始めた9歳の頃からずっと応援し続けてくれた家族に世界の舞台に立った勇姿を見せるため、すべてを賭ける。

スケートの町、苫小牧で生まれ育った高嶌さんは、趣味でアイスホッケーをしていた父の背中を追う様に、自然とアイスホッケーに魅了されていった。冬になると、どこにでも一晩で天然のアイスリンクができる環境。家の庭にも父が作ってくれた小さなリンクがあり、車のライトを頼りに練習した。女子部がなければ男子部に参加し、中学生で社会人チームに加わり、高校生で日本代表に。才能をいかんなく発揮する高嶌さんが世界に目を向けるのは、当然の成り行きだったのかもしれない。

スイスに挑戦の地を見出して1年。ドイツへの移籍の際は、日本代表FWとしての攻撃力と、スイスで養ったDFとしてのセンスを買われ、「守備に攻撃に強い、経験豊かな選手」と歓迎された。「自分にない強さ」を欧州に認めながらも、「海外の方が、自分らしいプレーができる」と笑顔。言葉のハンデを少しずつ乗り越えながら、自力で挑戦の場を開拓するたくましさが、彼女を強くしている。(編集部:高橋 萌)


OSC Berlinでブンデスリーガを戦う



日本代表として、バンクーバー五輪最終予選に挑んだ時



ZSC Lionsの優勝記念品としてプレゼントされたパーカーを着て

Information

女子アイスホッケーのブンデスリーガ1部「OSC Berlin」に所属して最初のシーズンを4位という成績で終えた高嶌さん。「とても悔しいですが、成長できた1シーズン」と振り返 る。彼女のもう1つの目標である「欧州チャンピオンズカップ出場」を目指し、来季でのリーグ制覇を目指す。来シーズンが開幕するのは9月。夢に向かって氷上で戦う高嶌さんを応援しに行こう!!

OSC Berlin
www.osc-berlin-eisladies.de

高嶌さんのブログ
http://ameblo.jp/dream-on-ice

最終更新 Donnerstag, 22 März 2012 12:14
 

製薬会社シニアブランドマネージャー 服部 記子さん

1982年 埼玉県所沢市生まれ
2005年 東京大学理学部生物学科卒業
2006年 フランスHEC Paris School of Management経営学修士課程入学
2009年 デンマークの製薬会社ノボノルディスクに入社
2012年現在 仏系製薬会社サノフィの糖尿病部門シニアブランドマネージャー。フランフルト在住
デンマークの製薬会社ではドイツ支社に勤めていたが、支社での業務範囲は勤務国に限られるため、日本人として日本の制度や文化を伝えられる、多言語が話せるといった自身のメリットを活かせないと考え、インターナショナルな環境が整う製薬会社の本社で働くことを選んだ。

「病気で苦しむ人を助けたい!」と将来の夢を語る子どもが思い描く職業と言えば、お医者さん。野口英世の伝記を読み感銘を受けた服部記子さんも、幼い頃から医師として働く自分の姿を想像してきた。現在は、製薬会社に勤務。職種は違っても、人の命に関わる仕事という根っこは同じだ。

服部さんが高校生の頃、バイオブームが到来した。メディアに踊る「遺伝子」や「バイオテクノロジー」などの文字。自身も夏休みに大学で開かれた高校生用のバイオ実験教室に参加して生物学の面白さに魅せられ、大学では生物の進化をテーマに、皮膚がんに関わる遺伝子解析などの研究に没頭した。しかしやがて、膨大な実験や研究を要するわりにその成果が目に見えて現れない基礎研究では人の命を救うに至るまでの道程が長過ぎると感じるようになる。

バイオ分野における産学連携の重要性に気付き、研究室を飛び出した服部さんは、心機一転、経営のイロハを習得すべくパリへ。フランスを選んだ理由は、多くの学生が留学する英語圏では学べない、自分ならではの価値観を身に付けたいと思ったから。その甲斐あって、複数言語を操ることや、外国でインターンシップを経験することが当たり前の欧州で、「挑戦さえすれば不可能はない」ことを学んだ。

積極的に新天地へ移る度胸を付けた今は、製薬会社の糖尿病部門で新製品の開発や日本など諸外国で上市する際のサポートに携わり、本社と各国支社との取り次ぎ役に奔走する日々。ドイツから日本の医療現場を見て、新薬の認可に非常に時間が掛かる「ドラッグ・ラグ」などの問題が多く、薬に関していかに後進国であるかを目の当たりにしている。手続き上の障壁のせいで助かるはずの命が削られているというもどかしさ。問題解消のためには、「費用対効果を計算して新薬導入を判断する医療経済の考え方が広まらなければ」「消費者にも病気に関する知識を啓発しなければ」と志を掲げる服部さん。いつか医療制度改革の現場に立つべく、経験と知識を蓄えている最中だ。(編集部:林 康子)


ノボノルディスク社に勤務していた頃、ドイツ人の同僚と
チームミーティングを行なったときの様子



サノフィの仏本社勤務当時、担当していた抗血小板薬のグローバル発売10周年を記念したイベントを企画。イベント参加者と一緒に



糖尿病関連の学会で、現在の担当商品である
iPhone接続型の血糖値測定器について説明

Information
服部さんは薬品販売の経験を経て、現在勤務する製薬会社では医療機器販売を手掛けている。今取り扱っているのは、血糖値を測ってiPhoneにつなぐことでデータを管理できる簡易血糖値測定器(日本未発売)。商品開発の段階で自分の意見を反映できる業務に、「やりがいを感じている」と語ってくれた。

・iPhoneにつなげる血糖値測定器
http://en.sanofi.com/our_company/highlights/diabetes/diabetes.aspx

・サノフィ糖尿病部門のウェブサイト
http://en.sanofi.com/our_company/highlights/diabetes/diabetes.aspx

最終更新 Donnerstag, 16 Februar 2012 15:10
 

水墨画家 堀ノ内夏子さん

1983年 東京都生まれ
2003年 佐藤耕雲氏の下で水墨画を学び始める
2007年 渡独
2010年〜 画家として独立開業。オーダーメイドの水墨画制作を中心に活動中
東京外国語大学卒、トルコのボスフォラス大学への交換留学、さらに東京大学文学部に在学した時期もあるという学歴を持つ画家。外語大在学中に出会った水墨画で師に才能を見出された。現在は、国際中国書法国画家協会のドイツ支部協会会長として、ドイツでの水墨画普及に尽力中。

流れるように筆が走り、あっという間に絵が浮き上がる。筆の動き1つひとつに意味があり、ごまかしは一切効かない。精神状態が筆に表れる水墨画の精神性や東洋的思想の魅力をドイツで広めるべく、ザクセン州の街プラウエンで奮闘するのが堀ノ内夏子さんだ。

絵を描くのが大好きだった4歳の頃から「画家になりたい」と口にしていた。しかし、両親は堅実な将来像を我が子に描いてみせた。国立大学に行って、仕事に就いて・・・・・・。画家として生きる厳しさを知り、絵は趣味として、大学へ進学。幼い日の夢はどんどん遠のいていった、はずだった。

トルコへの留学、世界各国への旅。大学生活は日本と海外の往復だった。クリムトら西洋画家の美に感動し、歴史や文化に魅せられ、旅を終えて日本に帰って気付いたことは、「日本の方が数倍おもしろい!」。日本の思想、禅などへの興味がある日、水墨画と繋がった。「魔法のよう」と、その華麗な筆の動きに魅了されたのがきっかけだった。

水墨画を始めてすぐ、師である佐藤耕雲氏に才能を認められ、プロの道を勧められたが、当時はまだ画家という職業が将来の選択肢に入っていなかったため、東大に進学。しかしその後、日本で出会った留学生との結婚を機に、ドイツへと生活の拠点を移すという、人生の転機を迎える。

ドイツでも水墨画を続ける彼女の周囲にファンが増えていったが、画家として開業しようと決意した決定的な理由は、結婚生活が終わりを告げたこと。「生きていくために、食べていくために、絵を売ろう」。大学で学んだ経営学の知識をフル稼働させ、戦略的に売れる絵を描く。商業画家としてのスタートは、生活が懸かっているだけにがむしゃらだった。

開業してから約1年。今では、彼女の絵を売りたいという人も現れ、展覧会の話も進んでいる。自分の表現を極める段階に入った堀ノ内さん。「東洋の思想を表現し、人にインスピレーションを与えるような絵を描きたい」。画家として、これからが本番だ。
(編集部:高橋 萌)


水墨画の道具はすべて日本から



ドイツで見る風景も、水墨画で表現



日本ではない発想の注文を受けるのがドイツでの活動の楽しみ

Information
笑顔の瞬間や忘れられない景色、そして故郷の四季を、絵は目に見える形に残してくれる。ご自宅用に、プレゼント用に、堀ノ内さんは、オーダーメイドの水墨画や掛け軸ほか、ご希望のスタイルの絵画を注文販売している。2月には、プラウエン近郊のロイプニッツ城(Schloss Leubnitz)で展覧会も予定されている。

問合せ先
E-mail: このメールアドレスは、スパムロボットから保護されています。アドレスを確認するにはJavaScriptを有効にしてください
TEL: 01522-3412875
http://tuschmalerei.com

最終更新 Dienstag, 17 Januar 2012 16:54
 

ヴィブラフォン奏者・作曲家 藤田 正嘉さん

1978年 神奈川県茅ケ崎市生まれ
2000年 日本工学院専門学校 マルチメディアアート科卒業
2003年 ヴィブラフォンの演奏を始める
2008年 渡独。ベルリンを拠点に作曲、演奏活動を展開
小学生の頃よりドラムを始め、様々なバンドで演奏。渡独後、2007年にel fogの名義で1stアルバム「Reverberate Slowly」、09年に2ndアルバム「Rebuilding Vibes」をリリース。10年には電子音楽界をリードするミュージシャン、ヤン・イェリネックとコラボレーションアルバム「Bird Lake, Objects」を出している。

朝霧のかかる森の中で、生命の息吹にそっと耳を澄まして聞き入る……ヴィブラフォンとは、そんな光景を想起させる楽器。藤田正嘉さんの音楽を聴いてそう感じた。聞けば、夜や霧、山、鳥といった自然が、彼の音楽の根底にあるという。自分の世界観を表現することに長けた音楽家だ。

藤田さんは長年、バンドのドラマーとして音楽に携わってきた。しかし、それだけでは「自分の音が作れない」と行き詰まりを感じていた20代初めの頃、あるライブでヴィブラフォンの演奏を聴き、「メチャメチャ格好いい」と衝撃を受けた。もともとこの楽器の独特の音色に憧れを抱いていたから、後はもう運命の導きに従うのみ。早速、その演奏者に声を掛け、レッスンを受けることになった。

環境を大きく変えることへの抵抗がないと自己分析する通り、高校卒業後、雷に打たれたかのように一念発起し、映像作家を目指して専門学校に通ったこともある。しかし、やはり自分には向いていないと感じ、音楽に戻った。彼の行き着くべきところは映像でもドラムでもなく、ヴィブラフォンだったのだ。「長い人生、どこで勝負すべきかを考えた時、この楽器には一生掛けてやる価値があると思った」。紆余曲折は、進むべき道を見出すのに必要な過程だった。

もっとも、始めた当初は手探り状態。音を鳴らしてコンピューターで編集するなど、独自の手法で楽器に慣れ親しんでいった。ただ、その頃の意識はまだ「自分は本物のヴィブラフォニストではない」というもの。プロ意識が芽生えたのは、「音楽に対する懐が深い」と感じるドイツで、音楽仲間に恵まれて楽器と本気で向き合ってきたからに違いない。

最近は楽器自体とその演奏にはまっていて、まだ歴史の浅いこの楽器の可能性を探りたいと考えている。そのために、「世界観を表現するだけでなく、音大生並みに猛練習をしてもっと技術を高め、自分の音楽に説得力を持たせたい」と語る藤田さん。その想いは、ヴィブラフォンから奏でられる共振音のように広がっていく。

(編集部:林 康子)


2010年11月、ヤン・イェリネックと共にポーランドで行ったコンサート



今年4月に開催した東日本大震災の復興支援を願う
「Brücke」のチャリティー・コンサート



el fog名義で出した2枚目のCDジャケット

Information
エレクトロニカやタブと呼ばれる電子音楽が好きで、アコースティックな音や、レコードやテープの質感とコンピューターを使ったデジタル音楽の融合を試みてきた藤田さん。ヴィブラフォンの世界に没頭する現在は、アコースティックのソロ・アルバムをレコーディング中。東日本大震災後は、ベルリン在住のほかのアーティストたちと共に支援団体「Brücke」立ち上げ、被災地支援や復興状況を国外に伝えることを目的にチャリティー活動も開催している。

公演情報
ポルトガル人アーティストMariana CalóとFranciscoQueimadelaによる展覧会のクロージング・セレモニーの枠内で開かれるコンサート
12月11日(日) Open 19:00 / Start 20:00
出演:藤田正嘉、Will Samson
場所:Altes Finanzamt, Schönstedtstr.7, 12043 Berlin

藤田さんのHP:http://masayoshifujita.com
BrückeのHP:http://bruecke.jp

最終更新 Montag, 11 März 2013 11:59
 

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