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チェリスト石坂団十郎

「磨き抜かれた確かな技巧」「優れた音楽的感性」と、
クラシック音楽界が声高に絶賛する新進気鋭のアーティストがいる。
著名なオーケストラとの共演やリサイタル、室内楽演奏で
日々忙しく世界中を駆け回っている
独日ハーフのチェリスト、石坂団十郎だ。
演奏する先々で聴衆の心を揺さぶる彼の音楽的パワーは
どこから来るのだろうか。
熱い情熱の根源に迫るべく、
彼自身に音楽家としての半生を語っていただいた。
(編集部:林 康子)

チェリスト石坂団十郎

「磨き抜かれた確かな技巧」「優れた音楽的感性」と、
クラシック音楽界が声高に絶賛する新進気鋭のアーティストがいる。
著名なオーケストラとの共演やリサイタル、室内楽演奏で
日々忙しく世界中を駆け回っている
独日ハーフのチェリスト、石坂団十郎だ。
演奏する先々で聴衆の心を揺さぶる彼の音楽的パワーは
どこから来るのだろうか。
熱い情熱の根源に迫るべく、
彼自身に音楽家としての半生を語っていただいた。
(編集部:林 康子)


石坂団十郎 / Danjulo Ishizaka
1979年、ボン生まれ。日本人の父、ドイツ人の母を持つ。4歳からチェロを弾きはじめ、ボリス・ペルガメンシコフらに師事。92年若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクール(モスクワ)特別賞受賞、2001年ARD ミュンヘン国際音楽コンクール第1位、02年エマヌエル・フォイアーマン大賞コンクール(ベルリン)グランプリ受賞、03年 には世界的な活躍が期待されるアーティストに贈られる「ヤングアーティスト・オブ・ザ・イヤー」を受賞するなど、コンクール受賞歴 多数。06年のデビューCD「チェロ・ソナタ」はドイツのグラミー賞とも言われるドイツ・フォノ・アカデミー主催のエコー・クラシック賞で「新進演奏家賞」を獲得。現在はベルリンを拠点に世界各地で演奏活動を展開中。

音楽は寝食と同じ

4歳でチェロを始められたそうですが、きっかけは何だったのでしょうか?

母親がピアノの先生だったこともあり、4歳でまずピアノを習い始めました。ただ、姉と兄が2人ともすでにヴァイオリンやピアノを弾いていたので、母に「うちにはチェリストがいないから、チェロを習うと良いわね」と言われて、5歳になる前にチェロを習い始め、兄妹3人で「石坂トリオ」を組むことになったんです。トリオはその後16年間、僕が20歳になるまで続けました。

まさに、音楽一家に生まれ育ったんですね。子どもの頃はひたすら練習、練習の日々でしたか?

チェロを習い始めた頃は、母について弓だけを持って動かす練習をしていましたが、しばらくしてから楽器を持って、少しずつ弾いていきました。すでに楽譜を読めたので、弾くこと自体はそれほど難しくありませんでした。ただ、一番辛かったのは練習です。母によく「練習しなさい」と厳しく言われたものです。学校から帰ったらまず宿題をし、それが済んだらピアノとチェロの両方の練習、その後はトリオの合わせ、というのが日課でした。そして週末になると祖母の家に行き、ハウス・コンサートを開いていました。そんな半生でした(笑)。学校の友達と遊ぶ時間もなくて……。 今思うと、それはやはり辛かったですね。「本当に音楽を続けたいのかな」と自問することもありました。

それでも弾き続けてこられた理由とは?

音楽が好きだからです。音楽は僕にとって、食べることや寝ることと同じ、生活の一部なのです。母親にも「音楽家になる以外、ほかに選択肢はないのですよ」というようなことを言われ、それなら音楽家になるしかないと思っていましたからね。

過去、師事した先生には、どのようなことを教わりましたか?

様々な先生の指導を受けましたが、最も影響を受けたのはボリス・ペルガメンシコフ氏 *1です。彼に初めて会ったのは8、9歳の頃。その後1年に1度くらいの頻度で会い、講習会にも行っていました。そして「石坂トリオ」をやめてベルリンに引っ越してから、本格的に彼の下で習い始めました。自ら多くの演奏会をこなし、舞台経験が豊富な先生だったので、彼には絶大な信頼を寄せていました。通常、音楽家は10、11歳くらいでオーケストラと初共演するのですが、僕の場合はそれが19歳のときでした。とても緊張していたのですが、「この曲のこの部分はファゴット、ここはク ラリネットをよく聴いて」など、とにかく細かく指導してくれました。そんな先生を頼りにしていたので、集中して弾くことができたのです。

また先生は、曲が作られた当時の文化的背景や作曲家が生きた時代の社会・歴史などにも詳しく、楽曲を知るに当たって、どんな本を読めば良いかなども教えてくれました。演奏する際、曲の背景を思い浮かべながら弾けるようにと。

曲の内容を理解し、イメージを創り上げる

1992年、13歳で挑戦した「若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクール」にて最年少で特別賞を受賞したことを皮切りに、その後、数々のコンクールに出場し、受賞されていますね。やはり、コンクールでの勝負が音楽家のその後のキャリアを左右すると思われますか?

音楽家としてのキャリアを積むには様々な方法があり、コンクールを重ねて大物になる人もいれば、コンクールを全く受けない人もいます。コンクールで受賞すれば、演奏会の機会が一気に増えます。例えばフォイアーマン・コンクールで勝てば、その後の20公演は決まりますね。また、コンクールを受けなくても、オー ケストラの指揮者から「一緒にやってみないか」と声を掛けられ、そこから段々と演奏機会が増えるパターンもあります。そうして有名になっていきます。

僕自身は、コンクールを受けるのがあまり好きではありませんでした。その理由は、コンクールでは自分の好きなように弾けないからです。勝つために、先生に言われた通りに弾くしかない。でも、そもそも音楽はコンクール(=競争)には向いていないと思うんです。自分で曲の内容を考えて理解し、イメージを創り上げて弾くのがベスト。スポーツのように比べられるものではなく、芸術なのですから。

2004年に日本デビューを飾って以降、NHK交響楽団をはじめ、数々の日本のオーケストラと共演されていますね。特にヴィブラートを抑えたピリオド奏法 *2 が好評を博したとのことですが、この奏法を実践されたのはなぜですか。

2006年にロジャー・ノリントン *3 指揮でNHK交響楽団と共演したのですが、ノリントンはどのオーケストラに対してもノン・ヴィブラートで弾くよう依頼する指揮者で、僕もそれに合わせようと思ったのです。その際はエルガーの協奏曲を弾いたのですが、ノリントンと共通のイメージを作ろうと、なるべく彼の意見を受け入れました。演奏自体は上手くいったと思うのですが、自分としてはあまり納得がいきませんでした。

僕自身は、曲によって付けるヴィブラートの数を決めます。バッハの曲は内向的で、それほど音楽を“見せる”必要はないと思うのでほとんど付けませんが、ロマン派の曲では、やはりヴィブラートを付けた方が雰囲気を出せると思っています。

自然な状態で、音楽を感じながら弾く

1日にどのくらい練習されるのでしょうか。

必要なときは、1日8時間くらい弾くこともありますね。もちろん、コンサートで移動があるときはそんなに練習できませんが。また、疲れて体力が落ちているときなど、夜まで練習しない日もありますが、そんなときでも「弾かなければ……」「申し訳ない」という思いが心のどこかにあります。

楽器の演奏は、まさに「体力勝負」なのですね。

音楽家だって人間なので、疲れることもあります。弾く気になれなくても練習しなければいけないときは、最も難しい部分だけを集中して弾いたり、逆に調子が良い日は細部まで練習したりします。どのくらい練習が必要なのかは自分が一番良く分かっているので、自然と練習の時間を決めていますね。また、緊張すべきところで力を入れて、そうでないところはリラックスして弾くことを心掛けています。

練習はプログラミングのようなもので、それによって体はもう弾き方を覚えています。ですから舞台では自分を信じ、音楽を感じながら弾きます。自然な状態で音楽を感じることができるときに、一番良い音が出るのです。

楽器の個性を大切に

石坂団十郎

ハードな練習で、そして本番で、石坂さんが毎日付き合う楽器も気になります。現在使われているチェロの1つは、日本音楽財団から貸与されている1696年製ストラディバリウス *4 の名器だそうですね。

毎年、日本音楽財団に自分のプロフィールや演奏活動スケジュール、デモテープに、楽器を使いたい理由を添えて送ります。それを財団が見て判断し、貸与が決まります。今、貸与されている楽器はもう6年ほど使っています。

楽器との関係は、人間との関係と同じ。楽器には個性があり、自身のプライドもあるようなので、喧嘩っぽくなることもありますね。また日によって、あるいは天候によって出る音が変わってくるので、楽器の調子に合わせて弾くことが大切です。コントロールしようとしすぎると音を潰してしまうので、常にコミュニケーションを図りながら、楽器に対してオープンに接しています。

そんな相性の良いチェロと共に、1年間でどのくらいの数のコンサートをこなされていますか?

今年はオーケストラ、室内楽、リサイタルで60~70回くらいですね。いつも同じ曲を弾くなら、もっと数を増やせるのでしょうが、演奏プログラムを考えなければならないので、回数的にはそのくらいで十分という感じです。

ロマン派が好き、でも最近はジャズやタンゴも

好きな作曲家、好きな楽曲について教えてください。

ロマン派、特にシューマンが大好きです。彼は妻のクララと付き合い始めた当初、クララの父が厳しかったこともあり、内密な交際をしていました。その間に作られた曲には寂しさや孤独感が表れていて、それがすごく綺麗なのです。ほかには、シェーンベルク *5 の『浄められた夜』。あれは最高ですね。デーメルの詩 *6『浄夜』を元に作られたとてもロマンチックで綺麗な弦楽曲です。

バッハの『無伴奏チェロ組曲』や『ブランデンブルク協奏曲』『ヴァイオリン協奏曲』も良いですね。それから、ベンデレツキ *7 などの現代曲も好きです。今、ミヒャエル・デンホフという現代ドイツの作曲家が僕のためにチェロの曲を作ってくれています。

クラシック以外の曲を聴くことはあるのですか?

以前はクラシック以外の曲は全く聴かなかったんですが、最近、友達に勧められてジャズを聴くようになりました。あと、マイケル・ジャクソンとかも。『Thriller』とか『Bad』とか、踊りが格好良いですよね。彼が天才だったということも分かってきました。

タンゴも好きかな。最近、アルゼンチンのピアニストと、ピアソラ *8 が作曲したチェロとピアノのための曲でタンゴ・デュエットもしたんですよ。いつかはタンゴ・リサイタルもやってみたいですね。

どんな感情も、音楽で表現できる

石坂さんにとって、ずばりチェロの魅力とは何ですか?また、音楽家であることの醍醐味とは?

魅力はやはり、音の美しさですね。チェロの音色は、どこか人間の声に似ている気がします。そして音楽の持つ力。悲しいときに音楽を聴けば落ち着き、苦しい状況のときに聴くと希望が沸きます。

例えば、ロシアで市民が国家による圧政を受けていた時代、音楽は人々の望みでした。音楽がなかったら市民は生きていられなかったかもしれません。音楽は人に考えることを促す存在でもありますからね。それほど音楽の力は強く、“Lebenslust(=生きる喜び)” であると言えます。

音楽家の醍醐味は、人間のどんな感情でも表現できることです。チェロの演奏をするとき、僕は自分の感情を表現し、観客と一体になり、音楽を“体感”することができます。言葉では表現できないことを演奏によって表し、また弾くことの中から新たなイメージが沸いたりもします。

もちろん日によって感情も体調も異なり、経験から 「今日の演奏はこんな感じになるだろう」と予測できるものではありません。あまり集中できないときもあれば、全く期待していなかったのに、自然に良いイメージを膨らませて弾けるときもあります。

常に音楽と向き合っていらっしゃいますが、音楽家であることから離れることはあるのでしょうか?

休みの日は映画を観たり、友達に会ったり、本を読んだり、卓球をしたりして過ごしています。たまにスキーや山歩きもしますね。父が昔、スキーのインストラクターをしていたということもあって。その他、リラックスするために最近はヨガもやっています。

音楽がずっと絶えないように……

今後、新たに挑戦してみたいことはありますか?

そろそろ教える立場に立っても良いかなと思っています。これまでは自分のことで精一杯で叶いませんでしたが、教えるからには自分の教え子に責任を持ちたいと思いますね。もちろん、まだ少し先の話ですが。今後も、オーケストラとの演奏や室内楽は続けていきたいです。

最後に、ドイツニュースダイジェストの読者にメッセージをお願いします。

北極の氷が年々溶けているのと同じように、近年人々のクラシック音楽に対する興味が薄くなっています。30、40年後、今と同じようにコンサートを聴きに行けるかどうか、保証はありません。ですから、私たちの後の世代もずっと音楽を聴き続けられるように、音楽がなくならないようにしてほしいと思います。ぜひ演奏を聴きに行ってください。「音楽は(想いを表現する)言葉のようなもの」ということを未来の世代に伝えるために。

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石坂さん「どうも、はじめまして。石坂です」── インタビュー前、そう言いながら満面の笑みを投げかけてくれた石坂さん。若き偉才チェリストとして世界が注目する音楽家の気さくさに、緊張で凝り固まっていた体が一気にほぐれた。終始和やかに進んだインタビューだが、投げかけた質問すべてに予想通りの回答が返ってきたわけではない。音楽家として悩める姿も包み隠さず言葉にするのだ。褒め称えられる彼の技量・才能は、そんな音楽に対するひたむきで誠実な姿勢に裏付けられているものだと確信した。この先の道のりも決して平坦ではないかもしれない。しかし、音楽への揺るぎない情熱を強力な味方に、彼は弦を弾き続けるだろう。

石坂さんの演奏情報
www.danjulo-ishizaka.com


  • * 1:ボリス・ペルガメンシコフ(1948~2004)。ロシア(旧ソ連)出身のチェリスト。スイス・バーゼル音楽院、ベルリン・ハンス・アイスラー音楽大学などで教鞭を取った。
  • * 2:ピリオド奏法:モダン(現代仕様の)楽器で、ピリオド(作曲された当時)の演奏方法に則して演奏すること。
  • * 3:ロジャー・ノリントン(1934~):イギリスの指揮者。1997年からシュトゥットガルト放送交響楽団の首席指揮者を務める。
  • * 4:アントニオ・ストラディバリ(1644~1737):イタリア北西部・クレモナで活躍した弦楽器制作者。彼が制作した楽器は「ストラディバリウス」と呼ばれる。
  • * 5:アルノルト・シェーンベルク(1874~1951):オー ストリアの作曲家。『浄められた夜』は1899年にウィーンで作曲された弦楽六重奏曲。
  • * 6:リヒャルト・デーメル(1863~1920):ドイツの詩人。『浄夜』以外の代表作に、『Aber die Liebe』や『Schöne wilde Welt』など。
  • * 7:クシシュトフ・ペンデレツキ(1933~):ポーランドのユダヤ系作曲家、指揮者。代表作に『ルカ受難曲』『ヴァイオリン協奏曲』など。
  • * 8:アストル・ピアソラ(1921~1992):アルゼンチンの作曲家。タンゴとクラシック、ジャズを融合させた。
 
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