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死亡ほう助をめぐる ドイツと欧州の潮流

ドイツ法務省は4月24日、死亡ほう助禁止法案を提出した。同法案によると、自死の意思がある人に対し、これを商業的に支援すると最高で懲役3年、または罰金刑が課せられる。家族や医師のほう助はOKで、お金をもらえば NGというこの法案。今回は、死亡ほう助に先進的な欧州の隣国とドイツの関係、ドイツが置かれている状況を見てみたい。

死亡ほう助と日本

「死亡ほう助」というと、日本人には馴染みの薄い言葉かもしれない。「安楽死」の方が分かりやすいだろう。一言に安楽死といっても、大きく3つに分別される。致死量の薬剤を直接飲ませたり投与したりする「積極的安楽死」、モルヒネの投与など、患者を痛みから解放するが生きる時間を短縮する「間接的安楽死」、致死量の薬物を提供するなどの「消極的安楽死」である。日本では、積極的安楽死は認められておらず、殺人罪として刑法で裁かれる。

死亡ほう助とドイツ

実はドイツは、死亡ほう助に対して寛容な国に囲まれている。オランダ、ベルギー、ルクセンブルクは積極的な死亡ほう助を合法としており、スイスでは消極的な死亡ほう助が合法化されている。このような地理的環境において、ドイツはなぜ死亡ほう助に対して消極的なのか、そこには歴史的な背景がある。

ナチス統治下のドイツでは、障害者を「恩寵の死 (Gnadentod)」という名の下に殺害した。いわゆるホロコーストの一環である。その際、優生学の思想に基づいた“人種衛生”を“安楽死”という呼び名に置き換え、安楽死プログラムを実行した。そして戦後、ドイツでは“安楽死”とは、獣医が動物に施すものを指すようになった。

1986年、死亡ほう助について多方面の学問分野にまたがるワーキンググループが結成され、2006年までに理論レベルでの議論は終了。そして2008年に法案としての包括的な安楽死法が公開された。以降、さまざまな批判や議論が繰り返されながら、現在の法案に至る。

今回の死亡ほう助禁止法案に関して言えば、尊厳死を支援する団体「Sterbenhilfe Deutschland」が年間100ユーロの会費を受け取りながら、死亡ほう助を行っていたことが商業的行為に当たるかどうかが問題の1つであろう。もちろん、そこには倫理的な問題も含まれる。

隣国スイスの状況

一歩先を行く隣国を見てみよう。スイスでは、死亡ほう助は合法化されている。金銭を受け取るなどの私利私欲に基づく行為がない限り、医者の消極的な死亡ほう助を容認しているのだ。また、自殺ほう助クリニックも存在する。スイスの連邦統計局(BFS/OFS)によると、安楽死を望む人は、55歳以上が9割を占め、その大半がガンを患っている。

スイス国内での議論

チューリッヒ州では、2011年5月に末期ガン患者に対する死亡ほう助の制限や禁止の是非を問う国民投票が行われ、 結果として議案は否決された。同時に、死亡ほう助対象をチューリッヒ州に1年以上移住した者に制限するという動議も否決された。

自殺ツーリズムの問題

なぜ「チューリッヒ州に1年以上移住」という議案が提出されたのか? 実は、そこにドイツの事情が絡んでくる。スイスで死亡ほう助が合法化された結果、欧州各国から死に至る病を患っている人がスイスの自殺ほう助クリニックを訪れる、いわゆる「自殺ツーリズム」という社会現象が起こった。その訪問者の主な出身国がドイツと英国なのである。外国人を受け入れている自殺ほう助クリニック「ディグニタス (Dignitas)」によると、2011年に実施した安楽死の件数144件のうち139件が外国人を対象としたものであった。そして約3分の1をドイツ人が占めている。自分の国で死ねないのなら、隣の国へというのが実情なのだ。

国内で厳しく制限されたとしても、当事者は藁にもすがる思いで隣国へと踏み出す。今回提出された法案は、ナチスの影に足踏みしていたドイツに、最初の一歩を踏み出させたのかもしれない。

欧州における安楽死の法的状

その他、アメリカの一部の州で死亡ほう助が合法化されている。

命の値段

スイスで外国人を受け入れている自殺ほう助クリニック「ディグニタス(Dignitas)」は2005年にドイツ・ハノーファーに支店を開設している。これは、「自殺ツーリズム」でこのクリニックを訪れる外国人にドイツ人が多いことを示している。ディグニダスのメンバーになるには、9700フラン= 5900ユーロ (2007年11月のレート)が必要である。ディグニダ スの創設者ルートヴィヒ・A.ミネリは、それによって利益が出ていないことを示唆しているが、スイスにあるほかの自殺ほう助団体では、3年以上のメンバーシップサポート付きで2400フランと、はるかに安く、追加料金は発生しないという。しかし、ディグニタスが利益を上げているという明確な証拠は示されていない。

スイスの刑法では、個人に自殺の意思がない場合の死亡ほう助、金銭を受け取るなどの私利私欲に基 づく行為を厳しく制限している。その観点からは、 自殺ほう助クリニックが営利目的で運営されているとは言い難い。しかし、5900ユーロが高額であることに変わりはなく、ディグニタスの門を叩くドイツ人もそれだけの金銭的な余裕のある者に限られ る。「地獄の沙汰も金次第」ということわざが現実になっているのである。

用語解説

死亡ほう助 Die Sterbehilfe

日本語では、自殺ほう助または安楽死と訳されることが多い。死亡ほう助を合法化している国が少ない こともあり、数値の国際比較は難しい。スイスでは、1000人当たり3件(2009年)ベルギーでは、死亡件数1000件につき7.9件(2009年)オランダでは、1000件につき2.3件(2010年)となっている。その人数は増えており、スイスでは2009年には約300人が死亡ほう助を希望した。

<参考URL>
■ Die Welt “Drei Jahre Haft für gewerbsmäßige Suizid-Beihilfe”(25.04.2012)
“Keine Geschäfte mit dem Tod”(25.04.2012)
“Der Freitod kostet bei Dignitas 5900 Euro”(16.11.2007)
■ Swissinfo“ 増える自殺ほう助 2009 年は約300 件に”(29.03.2012)
■ AFPBB News“ 「安楽死ほう助」に約80%が「イエス」、スイス・チューリッヒ州で国民投票”(16.05.2011)

藤田さおり(ふじた・さおり) 法政大学経営学部経営学科卒業。ニュルンベルク在住。スイスの日本人向け会報誌にて、PCコラムを執筆中。日本とドイツの文化の橋渡し役を夢見て邁進中ですが、目下の目標は、ドイツの乳製品でお腹を壊さないようになること。
最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 09:33  
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