3 August 2012 Nr. 930
渡辺・レーグナー 嘉子渡辺・レーグナー 嘉子 
Yoshiko Watanabe Rögner


公益法人文化を配慮した介護 DeJaK-友の会の代表。
2011年、"老後を考える会"の代表として、ノルトライン=ヴェストファーレン州の厚生大臣より表彰を受ける。日本語教師。「ドイツ会話と暮らしのハンドブック」(三修社)、「Bildwörterbuch zur Einführung in die japanische Kultur : Architektur und Religion」(Buske)など、日本とドイツで出版した著書多数。

仕事をリタイヤした後、60代、70代、そして80代になった自分が、どこで、どんな暮らしをしているか、考えてみたことはありますか? 「がむしゃらに海外で挑戦中の今、そんなこと想像したこともない」という人もいるかもしれません。しかし、どの国で老後を迎えるとしても、「無防備に老後に突入すると大変なことになる」と、そう警鐘を鳴らすのが、今年3月に発足した「DeJaK-友の会」の代表を務める渡辺・レーグナーさん。ドイツで老後を迎える日本人が直面する問題とは何か、そして、その解決のために動き出したDeJaK-友の会が目指す介護のあり方について伺いました。

2009年現在、ドイツに住む70歳以上の日本国籍者は600人以上。統計に含まれていない人、ドイツ国籍を取得した人も入れると、その数はもっと増えるそうですね。ドイツで老後を迎える日本人が直面する現実について、私たちはどのようなことを知っておくべきでしょうか?

老後ドイツ社会の中で、ドイツ人に紛れるように数十年間を暮らしていても、老年に差し掛かると徐々に日本人であることを思い出していく過程が皆さんにあるようです。

例えば、こんな話を聞きました。ある日、「近所の日本人の様子が変だ」というドイツ市民からの通報を受け、日本総領事館の職員がその家を訪問したそうです。日本語で声を掛けても一向にドアを開けてくれない。それから毎日、「大丈夫ですか?」と声を掛けるも応答はなく、しかも、どうやら食料も底をついた様子。その日本人の方は、認知症が進んでいて、人に対する不信感、特にドイツ人やドイツ語に対する抵抗感が強くなっていたようです。総領事館の職員が何日も通ってやっと顔を合わせることができた。その後、健康を少し回復されたその方は、結局日本へ帰国されたそうです。

このように周りの助けを得られるケースは珍しいのでしょうね。

近所の日本人との付き合いが密だったり、総領事館や大使館の人の目が届くところにいらっしゃればいいですけど、大都市から遠く離れた町に住んでいると難しいでしょう。私たち、現在60歳代の世代だと日本人とのコンタクトは一応あります。でも、もう少し上の年代の方々になると、圧倒的に日本人同士の交流が少なくなります。田舎の町に日本人1人とか、そういった環境でバラバラに暮らしている方が多いんです。ドイツ人の中に入り込んで暮らしている。これは、日本人の良いところでもあるんですが……。

「郷に入れば、郷に従え」という意識で、ドイツ社会に上手く適応しているんですね。

はい。ところが、年を重ねると徐々に、まずは言葉ができなくなる。8歳以降に習った言葉は最終的に失う可能性が高いという研究結果もあります。そして、だんだん食べ物も受け付けなくなる。そういった問題が実際にあるということが分かってきました。

私自身が、身を持って体験した老後体験は、ある81歳の女性との出会いから始まりました。その方は、ドイツ社会にうまく同化して暮らしていて、お友達もドイツ人の方が多く、ドイツ語も堪能で学識も高い方。ドイツでの生活にさほど苦労せずに暮らしてこられた。ところが、ドイツ人のご主人が亡くなられてからほどなくして、認知症を発症。その後、現地の友人との付き合いが難しくなってきて……。そういう状況の中、私はその方とお付き合いさせていただくことになったのです。そして、認知症の症状がどんどんひどくなっていく過程を目の当たりにすることになりました。食べ物については、やはり日本食を強く求めるので、私が作って差し入れたりということをしていました。物忘れもひどくなり、テレビの付け方が分からなかったり。最終的には体も弱くなってしまったので、老人ホームに入所されました。

ドイツ人の後見人がいて、基本的にはその方が面倒を看てくれていたので、私は日本語の書類について協力したり、日本人としてできることをするだけという立場でした。でも、認知症が進むに従って明らかになってきたのは、あんなに堪能だったドイツ語が分からなくなってきているということ。すると本人は、不安なんですね。質問に対しては、「Ja」「Nein」で答えるんですが、不安そうで。その内に、なんで自分が老人ホームにいるのかも理解できずに、逃げ出そうとすることも。昔のことはよく分かっているに、短い間の記憶がない。「どうして? あの人は誰? ここはどこ?」と、常に警戒している。それでも、私が日本語で話し掛けると、安心して笑顔も見せてくれるんです。ホームの介護士さん達によると、その違いはまるで別人のようだと。人格が変わってしまうくらい、不安になってしまうんです。

言葉が分からない土地で、認知症が進む怖さです。認知症を発症する前は、日本人と距離を取っていらした方でも、「日本人に会いたい」と、そればっかりになる。ドイツ語やドイツ的な顔立ち、外国人である自分を見る表情、そういったもののすべてを受け入れるのが難しくなる。

たとえ50年以上ドイツに暮らしていたとしても、感覚が幼少期に過ごした故郷・日本に帰っていくんですね。

私がお付き合いしていた女性の場合、経済面で比較的余裕があったので、週に1回でも日本食レストランで外食したら良かったのにと思うんですよね。ところが、後見人がドイツ人で、しかも、お寿司を見るのも嫌だというタイプ。そうすると、日本食を求める気持ちを理解してもらえない。彼女が「お寿司が食べたい」と言うと、中華インビスや現地のスーパーで買ってきたものを差し出す。彼らに全く悪気はないんですよ。それが、日本人が求める日本食だと思っているから。

食事に関して最も問題になるのは、ドイツの老人ホームや病院では毎日ドイツ食が出されること。「ドイツの病院に入院したら病気になる」なんて言う人がいるくらい、食は心身に影響を及ぼします。

食事

文化の違い、言葉や食事、生活習慣の違い。老齢期に差し掛かり、老人ホームに入ったとき、そういったものがとても大きな問題になってくる。私はこの女性との出会いで、人生観が変わるほど痛切に、そのことを感じました。

海外で老後を迎える日本人には、日本人としての介護が必要になる。介護そのものが文化で、文化を尊重したものでなくてはならない。こういった、介護における文化的問題に対応するため、私達は「DeJaK-友の会」を立ち上げました。Deutsch-Japanischer Verein für kultursensible Pflegeという名前が示す通り、日本とドイツの文化を考慮・配慮した介護を目指すための会です。ドイツ各地に存在する邦人の老後について考える会や団体と手を組んで、地域の枠を超えて情報を共有し、専門家と共に問題解決に向けた具体的な行動を起こしていきます。

はっきりしていることは、老後の問題は個人でなんとかできる問題ではないということです。私たちはここでドイツ市民として暮らしていて、ドイツという国は、国内に住む外国人を介護することを当たり前のことだと思ってくれているんです。2009年には、「外国人のための介護」をテーマに、プロジェクトを推進するキャンペーンが全国的に行われました。ところが、現実的にはなかなか上手くいかないんです。それはなぜか。当事者の意識がまだまだ低いからです。

老後を目前にした当事者が、「当事者意識」を持てていないと感じていらっしゃる。

そうです。あまりに辛い、暗い現実から目を背けてしまっている場合があります。仲間内で励まし合うことも大切なことだけれど、本当に深刻な状況になったとき、どうするのか。日本に帰るのか、ドイツに残るのか。その選択に必要な情報を持っているか。手続きができているか……。DeJaK-友の会ではまず、情報をどんどん集めて、皆さんに提供していくことを課題としています。自分たちが将来の当事者であることは確かです。そして、老後に入ってから、または認知症になってからでは遅いんです。そうすると自分ではもう、何もできません。当事者が動かなければ、誰も何もしてくれない。待っているだけではだめなんです。在独邦人の介護のために、ドイツや日本の制度を改正してもらう必要があるなら働き掛け、介護について現実的な話し合いをしましょう。

私達、DeJak-友の会では老人ホームなどに働き掛け、会員が見学に行って情報を集め、いずれ必要な時が来たら自分たちが入れる老人ホームを探そうとしています。そして、そこに日本人が集まって、日本人のための介護が受けられる体制を整えていけるようにしよう。それが、会の目標です。

老人ホームに入ったとき、日本人が1人ぽつんと入っているのでは、寂しいんですよね。ドイツ語で介護を受けることも、当人にとっては難しい状況ですから。だから、日本人が1人いるだけで救われる。日本人の先生や介護士がいてくれたら最高ですが、現実的には難しい。そこで、ボランティアの力を借りようと考えています。日本語で話す相手がいる、それだけでも状況は大きく改善されます。ボランティア活動を組織し、ドイツの老人ホームの中で日本人が安心して過ごせるような体制を整えていきたいのです。とにかく今、老後を目前に控えている、もしくは当事者となっている私たちから始めよう! そして、次の世代が引き継いでくれて、どんどん活動が広がれば良いなと思っています。

法律や制度を変えるためには時間が掛かるけれど、日本人の介護のあり方、こうあったら良いなという想いを形にして、経験と実績をどんどん積み重ねていこうということですね。日本でも、「老後難民」などの言葉に現れるように、老後の生活に対する不安が高まっています。

日本でさえ厳しい現実。ドイツで老後を迎えた日本人が様々な問題に直面することは、火を見るより明らかな事実です。「どのみちボケちゃうんだからいいや」と言う人もいます。でも、ボケても感情はあるんです。私達は、人生の最後の日々、辛い想いをして暮らす日本人が少しでも減るようにと願っています。ドイツでの老後について興味がある人、心配なことがある人は、私たちと一緒に考えていきませんか?

山積する老後の問題に、真正面から向き合う渡辺・レーグナーさん。人生を最後まで謳歌するために、今できることをしよう。世代を超えて手と手を取り合い、日本の文化に根差した絆を紡いでいこう。DeJaK-友の会の活動の先に、笑顔溢れる介護の現場が見えてくるかもしれない。


インタビュー・構成:高橋 萌
Illustration: ©31design / www.31design.biz


講演会 「家族とボランティアのための介護ヒント」
― 心の準備と知っておくべき初期症状 ―


日時 2012年8月7日(火)18:00~19:30
講師 鳥取大学医学部附属病院
平松喜美子特任教授
会場 Diakonie Oberkassel 1階会議室 (カフェのカウンターの左)
Dorothee-Sölle-Haus, Hansaallee 112, Düsseldorf
主催 公益法人 文化を配慮した介護 DeJaK-友の会
www.dejak-tomonokai.de