ノイケルンのランチもできる映画館

1 März 2019 Nr.1093
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日本への一時帰国から戻った数日後、昨年末にドイツでも公開が始まった是枝裕和監督の映画『万引き家族』を観に行こうと思い立った。単館での上映だが、この街では小規模ながらも個性的なキノ(映画館)がまだまだ頑張っているので、どこで観るのかを考えるのも楽しい。今回はノイケルン地区にある「ヴォルフ」という初めて聞いた名前の映画館に行ってみることにした。

カフェにもなっているヴォルフ・キノ。この右奥に上映室がある
カフェにもなっているヴォルフ・キノ。この右奥に上映室がある

中心部からバスM41に乗ってゾンネンアレーの下町を駆け抜け、Erkstr.という停留所で降りる。カフェやバーが多く集まるヴェーザー通りに面してヴォルフ・キノはあった。店名になっているヴォルフ(狼)のオブジェが窓の上に釣りかかっているが、中に入ると集合住宅の地上階を使ったカフェとさほど変わりない。その奥に上映室が2つあり、バーのカウンターでチケットを買って14時からの上映に合わせて中に入る。

狼のオブジェが目印のヴォルフ・キノの外観
狼のオブジェが目印のヴォルフ・キノの外観

日曜の午後にもかかわらず(だからというべきなのか)、『万引き家族』は私が唯一の観客だった。ほかに誰もいない暗闇の中で、自由に足を伸ばせるのがうれしい。万引きで生計を立てる不思議な家族の映画を観ながら、今回の一時帰国のある時期、テレビをつければ延々と報じられていた少女虐待死亡事故のニュースが重なった。

ベルリンに戻ってきたのに、日本で味わった閉塞感がよみがえってムズムズした気分になる。上映後、この映画館が出している手作りの月報を見ていると、後ろに「お腹をすかせた狼へ」と書かれた日本語とともにランチメニューが載っている。それが気になり、翌日もう一度ヴォルフを訪れた。

前日たった一人で映画を観たのがウソのように、この日の午後はにぎわっていた。ここのカフェで平日ランチメニューを提供しているのが日本人料理人の赤澤真智子さん。私が食べたのは豆腐やブロッコリーをだし汁で煮た煮物、それにご飯とサラダを載せたプレートで、とてもおいしい。赤澤さんによれば、特に日本食にはこだわっていないといい、ビビンバやハンバーグを提供する日もあるそうだ。

この映画館への興味を示したら、赤澤さんが奥から女性オーナーのヴェレーナ・フォン・シュタッケルベルクさんを連れてきてくださった。「何でも家でオンラインで観られる時代ですが、映画館の役割は消えていないと思う。社会性が強く、集まる人々が交流できる映画館をつくりたかった」と語る彼女。クラウドファンディングで集まった5万ユーロで建物を改装し、2017年にヴォルフをオープンさせた。

壁にかかっている各映画のポスターがすてきだなと思っていたら、バーに立っている画家ミロさんが描いたオリジナルだといい、月報にも織り込まれている。この手作り感がいい味を出している。奥にはスタジオもあり、映画関係者が作業をすることも多いそうだ。「10時からここで仕事をすれば、12時になったらマチコの作るランチを食べられるでしょう」とシュタッケルベルクさんが微笑む。

おいしいランチに加え、ポジティブなエネルギーに触れているうちに、日本で感じた閉塞感が遠のき、またここで頑張ろうという気持ち狼のオブジェが目印のヴォルフ・キノの外観が湧いてきた。

インフォメーション

ヴォルフ・キノ
Wolf Kino

ジャンルや地域にこだわらず質の高い作品上映するノイケルン地区の映画館。チケットは6〜8.5ユーロとお手頃で、毎週火曜の10時半からは赤ちゃん連れで映画を楽しめるシリーズも。狼が社会性の高い動物であることから、この映画館の名前に選ばれたそうだ。

オープン:(カフェ)月曜〜金曜10:00〜、
土曜・日曜12:00〜
(映画)月曜〜日曜12:00〜
住所:Weserstr. 59, 12045 Berlin
電話番号:030-921039333
URL: https://wolfberlin.org


パサージュ・キノ
Passage Kino

ノイケルンの歴史的な映画館といえばこちら。U7のKarl-Marx-Str.駅前のノイケルン・パサージュの中庭に面しており、ベルリンのあらゆる映画館の中でも最古の部類に入る。一時期は寂れていたが、1990年代に改装され、1909年の創業当時の内装がよみがえった。「ヨーク・キノ」グループにより運営されている。

住所:Karl-Marx-Str. 131, 12043 Berlin
電話番号:030-68237018
URL: www.yorck.de/kinos/passage