チェロとフランス風ケーキを味わいながら

7 April 2017 Nr.1047
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昨年末、ベルリンのシェーネベルク地区に日本人パティシエのカフェがオープンしたと聞き、ヴィッテンベルク広場駅から近い閑静な住宅街にあるカフェを訪れた。オーナーの小峯晋さんと立ち話をしていると、10年以上前に、あるチェリスト宅でのパーティーで一度お会いしていたことがわかった。実は、小峯さんはチェリストだ。初めてのお店なのに意外な接点に嬉しくなって、後日カフェ・コミネで改めて話を伺うことになった。

パティシエ小峯晋さん
カフェ・コミネのパティシエ小峯晋さん

10歳でチェロを始め、東京芸大を卒業した小峯さんがベルリンに留学でやって来たのは2000年夏。マルクス・ニコシュという著名な教師に師事し、「プロのチェリストになることをまったく疑っていなかった」小峯さんだったが、世界中から集まる精鋭たちに囲まれる生活に、「今から思えばプレッシャーも重なっていたのかもしれない」。学部を卒業する頃に一度スランプに陥った。そこから立て直し、最終的にコンツェルトエグザーメン課程を終了したものの、理想と現実の狭間で悩む日々だった。

その頃、小峯さんにはもともと好きだったお菓子への情熱が芽生えていた。日本で食べた洋菓子の影響もあって、フランス風のケーキ作りを学びたいと思ったのだ。「『音楽をやめるわけじゃない。長い人生の中で1年だけケーキ作りの修行をしたい』と両親に相談したのですが、大反対されて……」。2007年秋、小峯さんは一旦帰国し両親と話し合った。完全には納得しなかったものの、「チェロの活動を最優先することを条件に」、フランスの名門料理教育機関ル・コルドン・ブルーの東京校に通うことを許してくれた。すると、「想像以上に面白い世界」が目の前に開けた。「それまではチーズケーキのように混ぜて焼くものしか作ったことがなかった。最初にへぇと思ったのは、何かを組み立てていく感じ。それぞれのパーツをきちんと作らないと後で崩れてしまう。生地とクリーム、ムースといった要素を入れていく過程で、一つの質感を変えればそれが全体に影響する。音楽のハーモニーを作り上げていく感覚と一緒だなと」。

パティシエ小峯晋さん
モンブラン(中央)を始め、色とりどりの美しいケーキが並ぶ

いつの頃からか自分のカフェをベルリンで開きたいと夢見るようになった。もともとフランス風ケーキを出すお店はベルリンにも数えるほどしかない。「隣国のスタイルのカフェがないのは、ドイツの人にあまり好まれないから? 店として成り立たないのでは、と不安もあった」が、2013年に意を決して再びベルリンへ。住み慣れた西側に物件を探していた時、「状態は最悪だが、奥にキッチンが2つある最高の間取りの物件」に出会い、これを逃してはいけないと思った。

カフェ・コミネのオープンから4カ月、訪れる人の評判は上々だ。ここに至るまでの道のりは決して平坦ではなかったが、長年の音楽経験もどこかで生きていると小峯さんは感じている。「昔も今も、ブラームスの音楽が大好きで。どっしりしつつも、内声の変化に応じて色がふわっと変わる。それも、分かりやすい変わり方ではなく、どこか淡いんですね。私が目指すケーキもそんな味かもしれません」。こんな話を思い出しているうちに、小峯さんが作る繊細なケーキをまた食べたくなってきた。

インフォメーション

カフェ・コミネ
Café Komine

シェーネベルク地区にあるフランス菓子のカフェ。モンブラン、抹茶のシュークリーム、キャラメル・チョコレート・マンゴなど、見た目も美しい洋菓子が8〜9種類ほど用意されている。ケーキをテイクアウトする場合は、(ドイツでは珍しい)紙の箱に入れてくれる。小峯さんは、いつか生演奏ができるサロン的な空間を作りたいと夢見ているそうだ。

オープン:水〜土12:30〜19:00、日12:30〜18:00
住所:Welserstr. 13-15, 10777 Berlin
電話番号:030-22477955
URL:www.cafekomine.de

ヴィクトリア・ルイーゼ広場
Viktoria-Luise-Platz

カフェ・コミネから南に5分ほど歩くとぶつかる六角形の広場。ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の娘、ヴィクトリア・ルイーゼ・フォン・プロイセンから名付けられ、中央に位置する噴水も含めて、現在は文化財に指定されている。ベルリン西地区の中でも特に雰囲気の良い広場の一つで、毎週土曜日の10時から16時まではエコマーケットが開催されている。

住所:Viktoria-Luise-Platz, 10777 Berlin