旅して修行する若者たちヴァルツ職人宿博物館を訪ねて

2 August 2019 Nr.1103 文・写真 勝又 友子

黒いコールテン生地の服に縁の広い帽子、白い布で包まれた荷物を背負い木のステッキを持った若者を、皆さんは見たことがあるでしょうか。この独特の服装をした人々は、「ヴァンダーゲゼレ」と呼ばれる放浪修行中の職人です。大工や家具工といった職人が知識だけでなく、さまざまな土地で経験を積んで職の腕を磨く放浪修行を「ヴァルツ」と言い、これは中世の頃から続いてるドイツの伝統的制度です。ドレスデンから250キロ離れた同じく旧東独圏のブランケンブルクという街にヴァルツ職人宿博物館があり、現在も続く伝統を包括的に知ることができます。

ヴァルツに関するさまざまな資料をそろえた館内ヴァルツに関するさまざまな資料をそろえた館内

ドレスデンの街中でも時折見かける放浪修行職人は、3年と1日の間経験を積める仕事を求めてドイツ国内のほか、さまざまな国や地域を訪れます。この制度には多くの規則があり、身につけるものはわずか、移動は徒歩かヒッチハイクのみ。修行期間中は故郷へ帰ることができないなど、厳しい修行の旅です。仕事が見つからないまま放浪する職人たちにとって救いとなったのが、寝床や食事を提供する専用の宿屋でした。ハルツ山地にあるブランケンブルクには17世紀に建てられた木組みの職人宿があり、現在は博物館として使われています。博物館の中は当時使われていた宿屋が再現され、ここを訪れた職人たちの記録や写真がずいぶん古くから残されていました。

博物館を訪れた職人たちの写真博物館を訪れた職人たちの写真

記録が残っている範囲では、ヴァルツは1920年代に全盛期を迎えますが、第二次世界大戦が始まるとその数が一気に激減しました。当時は男性のみ放浪修行が認められていましたが、その若い男性たちが戦争に駆り出されたためです。また、ナチス政権時代には制度自体が禁止されました。戦後旧東独では移動の制限から不可能となり、旧西独でも社会の経済成長のなか昔ながらの伝統は顧みられなくなりました。ドイツ再統一後に旧東独圏の住民がどこへでも行ける自由を再び手にしたことは、学びの欲求や外の世界への関心を強く持つ若い職人たちにとってどんなに希望が持てたことだったでしょう。

旧東独の頃の話もしてくれた管理人のパウルさん旧東独の頃の話もしてくれた管理人のパウルさん

博物館の管理人によれば、私が訪れる数日前にも放浪職人が博物館を訪ねてきたのだとか。思わぬ偶然に、突然中世から続く長い年月と今の時間が重なる思いがしました。私が初めてヴァルツを知りドイツという国に興味が沸いたのはもう十何年も前になりますが、博物館で重厚な伝統を前にして、再び新鮮な目でドイツと向き合うことができました。

ヴァルツ職人宿博物館:
www.blankenburg.de/tourismus/kultur/herbergsmuseum

勝又 友子
東京都出身。ドイツ、西洋美術への関心と現在も続く職人の放浪修行(Walz ヴァルツ)に衝撃を受け、2009年に渡独。ドレスデン工科大学美術史科在籍。