Post it! ー ペルシャ絨毯のインスタレーション

壮大なドレスデン地方裁判所の正面玄関前に、高さ7m、幅14mの、合計35枚のペルシャ絨毯からなるインスタレーションが登場しました。これは、招待されたベルリンの芸術家トーマス・エラー氏のキュレートによる「Dresden.? – Arbeiten mit der Stadt」というコンセプトに沿った展示です。

ペルシャ絨毯のインスタレーション
裁判所の正面に登場したペルシャ絨毯のインスタレーション

裁判所へ通じる門のようにも見えるこのインスタレーションは、トルコに生まれ、3歳のときにドイツへ移住したパフォーマンス・アーティスト、ネザケット・エキシス氏の ”Post it”というタイトルの作品です。

ポストイットは普通、一時的なメモとして貼り付けられるものですが、このインスタレーションは、2009年7月1日にこの裁判所の法廷内で起こった不幸な事件の備忘録を意味しています。その事件とは、エジプト出身の薬剤師マルヴァ・エル・シェルビニさんが3歳の息子と公園にいたとき、ブランコの使用をめぐってロシア出身の男性と口論になり、男性がイスラム教を罵ったことで警察を呼ぶ騒ぎに。裁判となり、約1年後の法廷で彼女が証言し、退廷しようとしたとき、ナイフを持ち込んでいた被告男性がシェルビニさんに襲い掛かり、彼女は18カ所もの傷を負って裁判所内で亡くなりました。夫や息子の目前での出来事、しかも彼女は第2子を妊娠中でした。

得てして、野外展示はいたずらや盗難などの危険性が高いものですが、このインスタレーションも例外ではなく、まず2枚のペルシャ絨毯が盗まれ、その翌日には “Scheiß Islam”という落書きが。警察は宗教団体への侮辱罪とみなし、落書きされた6枚を撤去しました。芸術作品をめぐっては、わいせつや暴力表現への是非をめぐって世論や警察などが介入する場合が多く、この作品に関しても、警察権力の介入という事実ができました。通常、野外展示が特別な注目を集めることは皆無ともいえますが、イスラム教絡みのために主催者側が予期せぬ形で世間の注目を集める結果となりました。しかも、ドレスデンは昨年末から反イスラム団体「Pegida」の定期的なデモで評判を落としているところに、この作品をめぐる事件で追い打ちを掛けたともいえるでしょう。

落書きされた痕跡
裏側。落書きされた痕跡が見えます

しかし、イスラムにまつわることだけに注目されるのは、作者の意図することではないはずです。ペルシャ絨毯には多様な意味があります。居住空間の防寒や装飾に欠かせないものであるだけでなく、そこは、家族と食事を取り、語らい、そして祈る場所でもあるのです。ドイツ人の家でもペルシャ絨毯は馴染み深いものであり、生活の安らぎが暗示されています。絨毯は糸を紡いでできているため、「記憶を紡いでいく」というメッセージも込められているのでしょう。絨毯が無造作に張り付けられているだけですが、幾重にも雄弁に語り掛けてくる作品です。

福田陽子さん福田陽子
横浜出身。2005年からドレスデン在住。ドイツ人建築家の夫と娘と4人暮らしの建築ジャーナリスト。好奇心が向くままブログ「monster studio」公開中。
http://yoyodiary.blog.shinobi.jp/