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英国ニュース解説

最終更新日:2012年9月26日

憎悪犯罪に揺れる多信仰国家の英国 - イスラム恐怖症と宗教差別

イスラム恐怖症と宗教差別
憎悪犯罪に揺れる多信仰国家の英国

イスラム

近年、イスラム教徒に対する憎悪犯罪が増加傾向にある中、被害者支援のための相談窓口が英国で設置された。しかし、宗教差別に起因する憎悪犯罪は、民族差別によるものとの区別が曖昧であり、その実態把握が困難な状況だ。今週は、多民族・多信仰国家である英国社会が向き合う憎悪犯罪に焦点を当てる。

The World Factbook
参考文献:「図解宗教史」成美堂出版、CIA「The World Factbook」

憎悪犯罪件数

分類 2009年 2010年
性転換差別 312 357
身体障害者差別 1,294 1,569
宗教差別
(ユダヤ人差別)
2,083
(703)
2,007
(488)
同性愛差別 4,805 4,883
人種差別 43,426 39,311
合計 51,920 48,127

出典: True Vision, Total of recorded hate crime from regional forces in England,
Wales and Northern Ireland during the calendar year 2010

英国における宗教別人口割合(%)

英国における宗教別人口割合
出典: Office for National Statistics (2010年4月~ 2011年3月)*北アイルランドを除く

イスラム教徒のための被害者支援窓口が創設

2月21日、英国に、イスラム教徒の宗教差別犯罪被害者支援を目的とした相談窓口「Measuring Anti-Muslim Attacks(MAMA)」が設置された。これは、宗教の自由の保護などを提唱する市民団体「Faith Matters」と政府支援による公共サービスで、MAMAに寄せられた被害情報を地元警察と共有することで、イスラム教徒に対する憎悪犯罪の実態把握や監視などを実施するものだ。

米同時多発テロ事件やロンドン同時爆破事件以降、イスラム教やイスラム教徒に対する恐怖や不安、嫌悪感などの情動を抱く「イスラム恐怖症(イスラモフォビア)」に起因する宗教差別が顕著になってきたとされる中、MAMAに対するムスリム・コミュニティーの期待値は高い。また以前から、ユダヤ人支援団体「The CommunitySecurity Trust (CST)」が、反ユダヤ人感情などに起因する憎悪犯罪の被害者支援や、被害報告に基づく犯罪調査などを実施している例を挙げ、イスラム教徒に対する同様の相談窓口の早期設置を訴える声も高かった。

実態の把握状況に課題も

2009年10月、法務省は、近年エスカレートする憎悪犯罪「ヘイト・クライム」の包括防止に向けた指針「ヘイト・クライム・アクショ ン・プラン」を発表し、被害者支援の強化や、犯人告発、及び犯人処罰の徹底などを含む方策強化を実施。その結果、2010年の憎 悪犯罪件数は4万8127件で、前年度比の約1割減となるなどの成 果も見られた。

しかし一方で、日常的に発生する差別的な罵倒や落書きなどの被害が通報・告発までに至らないケースや、いじめや嫌がらせ、及び反社会的行動による被害との区別がしにくいことなど、問題点や課題も指摘されている。

また、内務省管轄の下、地域警察には、人種、宗教、同性愛、 性転換、身体障害などに対する偏見や差別に起因する憎悪犯罪の記録が義務付けられているが、宗教差別による憎悪犯罪は人種・ 民族差別との区別が曖昧であるため、人種差別と見なされるケー スが多く、宗教差別による憎悪犯罪の被害件数や実態が正確に把 握されていないのが現状だ。

一人歩きする「英国人らしさ」

英国は、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイル ランドからなる多重国家であると同時に、多くの移民を受け入れてきた多民族・多人種国家であり、また宗教的自由を認める多信仰国 家でもある。英国国教会を公式宗教とする英国では、キリスト教を含む多様な宗教教育を各校で義務付けている反面、キリスト教以外の宗教が母体の宗教校が増加傾向を見せている。

今年1月、1993年に当時18歳の黒人青年が白人少年グループに殺害された「スティーブン・ローレンス殺人事件」の最終判決 が行われた際、判事は「英国の良心を損なう事件」とし、人種差別による憎悪事件を非難した。しかし、英国の歴史的文脈の理解や帰属意識の形成が国民一人ひとりに求められる中、多様化した「英国人らしさ」が英国社会を一人歩きしているようにも見える。

The Church of England

英国国教会。1534年、英国王ヘンリー8世が自身の離婚問題を巡りローマ教皇と対立、国王至上法により自ら英国国教会の最高首長となり、ローマ教皇庁から独立した。以降、国家君主(現エリザベス女王)が「Defender of the Faith and Supreme Governor(信仰の擁護者で最高統治者)」となる。最高職位はカンタベリー大主教とヨーク大主教で、英国全土を各々南部と北部に分けて管轄。通常プロテスタントに分類されるが、典礼的にはカトリックとの共通点が多い。一方、カトリックに比して、女性司祭の叙任や同性愛を認めるなど寛容。

(吉田智賀子)

 
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