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Tue, 16 April 2024

第172回 ともに語る言葉ありや

イツメンという言葉

日本の中学・高校生が使う新語に、「イツメン」という言葉がある。「いつものメンバー」という意味だ。今日はイツメンと食事、イツメンと遊びに行く、という使い方をする。逆にこれは、「イツメン」以外とは遊びに行かない、付き合わない、気心の知れない相手とは付き合わない、話もしたくないという強烈な排他性を意味する言葉である。当然、イツメンのいない人はさびしいし、イツメンに無視されたりすると大いに傷つく。

学校卒業までそのイツメンたちとの間だけで育った若者が社会に出る。会社で作法をやかましく言われる。文章を徹底的に書き直しさせられる。小言も言われる。かなりの確率でご飯が食べられなくなる。休む。文句を言い出す。会社はパワハラによる社会的な批判が怖いので甘やかす。増長する。こうなると悪循環で、本人の周りが参ってくる。会社の生産性が落ちて、最後は本人が長期休暇に入る。中小企業なら、事実上、会社にいられなくなる。しかし、大企業では休職制度があって、数年にわたって社員が有給を使って休む。労働経済研究所のアンケートなどによると、そうした社員は日本の大企業の2~3%を占めており、予備軍も入れると不機能社員はその倍ほどになろう。

働きアリばかりを集めても、よく働くアリと怠け者のアリが数%、普通の働きのアリが残り大多数、という普遍の法則では説明できないほどに、精神面の問題を原因とする不機能者の割合が急増している。そして、つまずきから拒食、休職までの期間の短期化が著しい。

企業人事担当者の悩み

企業の人事担当者は頭を抱えている。採用段階での心理試験などでは防ぎようがない五月病、一年病。今、企業が収益を2、3%伸ばすには大変な努力が必要だ。企業内休職者を立ち直らせることができれば、収益は2~3%改善する。だが、飽食時代を生きる彼らに「昔はもっと~したものだ」「頑張れ」「中韓に負けていいのか?」といった叱咤激励は通じない。欧州と並んで、日本は労働時間が圧倒的に少なくなっている。「エコノミック・アニマル」「働き蜂」は死語である。つまり、上の世代と若者とが共有できる言語がない。

問題は社会全体に広がっている。イツメンといれば嫌なことをしなくていい。多少面倒くさくても車の免許を取得しようとしたり、借金してカッコいい車を買って女の子にモテたいといったりしたことを考えない。親がかりが増えているということもあろうが、若年者の車保有率は下がるばかりだ。喫煙、飲酒、そして男女の付き合いですら精神的な負担になる。

若者が社会に出るまでの間に切り結ぶ人が決定的に少なく、また嫌なことを言う人が少なくなっている。独立行政法人日本学生支援機構の調べによると、学生の中で生活のためにバイトしている人の比率は37%と、10年前の10%以上も下がり、親の金で学生生活が成り立つ人が6割である。日本ではこの10年ほどの間に、若者の社会への関わり方が決定的に変化したと感じる。この傾向は高齢化社会のように目に見える現象ではないが、日本経済の根底を揺さぶり、社会に大きな変化をもたらしつつあると思う。

英国から学べるのか

英国に自ら進んで留学しているようなバイタリティーのある人はいいのだが、日本では外国に出たがらない若者が多い。飽食という点では英国社会も同様で、引きこもりの人もいるのだろうが、「イツメン」現象はあまり見かけないように思う。第一、英語に該当語が思い浮かばない。

階級的な要素が強い社会なので、同じ階級に属する人々は言わばイツメンということになるのだろうが、現地の学校に通う子供の親を見てみると、インド人やパキスタン人始め移民はとてもハングリーで、色々な社会各層と切り結ぶ。言うまでもなく、大英帝国時代から、英国人エリートはどんどん海外に出ている。ひ弱な人も中にはいるが、英国の社会全体からはひ弱さはうかがえないように思えるがどうだろうか。

日本には、終身雇用や手厚い正社員保護がある。その意味ではドイツに似ているのかも知れないが、ドイツでは現場の力が強く、徒弟制度も厳しい。そして、日本でも中小企業には休職者が少ない。こうした点を鑑みてみると、日本の大企業や公的機関など、これまで経済成長のエンジンの役割を果たしてきたものに内在するユニークな問題とも考えられる。成長戦略などという抽象的な画餅より、足許の掘崩れが問題だ。

(2011年11月22日脱稿)

 
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