ニュースダイジェストのグリーティング・カード
Tue, 15 October 2024

新年特集:英国のお笑い
エリートたちによるユーモアの実験

所変われば、笑いも変わる。いや、ユーモアのセンスにこそ、世界各国における文化の違いが最も如実に表れるという。そこでニュースダイジェスト新春第1号では、英国・フランス・ドイツの現地編集部が、それぞれの国ならではのお笑い事情に迫った。お笑いを通して欧州3国の新たな魅力を再発見すると同時に、新年の初笑いを兼ねれば、一石二鳥。まずはエリートがお笑い業界を支配する、英国の実例から紹介する。

英国のお笑い

高学歴のコメディー業界

英国でコメディアンとして活躍したかったら、名門オックスフォード大学もしくはケンブリッジ大学に入学するべし。

冗談で言っているのではない。例えば、ナンセンスなユーモアで1960~70年代にかけて時代の寵児(ちょうじ)となったお笑いグループ、モンティ・パイソン。彼らメンバー6人のうち、実に3人がケンブリッジ大卒、2人がオックスフォード大卒だった。またコミカルな表情や動作が笑いを誘う「Mr ビーン」の役で日本でも人気のローワン・アトキンソンは、オックスフォード大学クイーンズ・カレッジで理学修士を取得している。昨年末に発売されたDVDの売り上げが好調なジミー・カーは、ケンブリッジ大学社会政治学科卒だ。他にも高学歴な英国人コメディアンは、枚挙に暇がない。

しかしよく考えてみると、これってかなり不可思議な現象ではなかろうか。疑問その1。オックスフォードやケンブリッジのような難関校に入ってまで、何ゆえにコメディアンになりたいと思うのか。その2。貧乏でみじめな下積み時代を経ていないエリートたちが手掛けるコメディーなんて、面白いのだろうか。その3。それまで名門大学に入学するだけのエリート教育を我が子に施してきた親は、泣かないのか。

コメディアン
左)「Mr. ビーン」の主人公を演じるローワン・アトキンソンもオックスフォード大卒である
右)日曜紙「オブザーバー」にてコラム記事を執筆するコメディアンの
デービッド・ミッチェルはケンブリッジ大卒

首席からコメディアンへ

オックスフォード大学のコメディー・サークル、「オックスフォード・レビュー」の会長を昨年8月から務めているジョセフ・マーカムさん(21)が、こうした数々の疑問に答えてくれることになった。たかがサークル活動と侮るなかれ。先のローワン・アトキンソンに加えて、モンティ・パイソンの中心メンバーであったテリー・ジョーンズ、ロマンティック・コメディー映画「フォー・ウェディング」の脚本家リチャード・カーティスといった、後に英国コメディー界の重鎮となる才能を輩出してきた、いわば 英国随一の「お笑い芸人養成所」である。

大学街オックスフォード市内の中心を走る大通り、ブロ ード・ストリートに面した本屋のカフェ。マーカムさんはそこで、辞書のように分厚い本を広げて待っていた。読んでいたのは、英国が誇る17世紀の劇作家ウィリアム・シェイクスピアの傑作、「テンペスト」。聞けば同大学で5番目に古い歴史を持つ、由緒正しきオリオル・カレッジにて英文学を学んでいるという。しかもその学年で最も成績優秀な生徒であることから、首席の称号を授与されているときた。だから寮での夕食時など、学生が集合する場においては特別に黒いガウンを着用する栄誉が与えられている。

その彼が、「大学を卒業したら、1年間だけフランスに滞在し見聞を広げて、やがてはお笑い芸人になりたい」と真顔で言う。いやマーカスさんだけでなく、「オックスフォード・レビュー」のメンバーの多くがコメディーの世界で将来のキャリアを築くことを夢見ている。「オックスフォードやケンブリッジに入学する人は、行動力のある人が多いのです。彼らは趣味でもゲームでも、とにかく一番になろうとする。自分が興味を持つ分野であれば、その道を究めたい、と考えるタイプですね」と、マーカスさんは説明してくれるのだが、だからって、別にお笑いを究めなくてもいいじゃないか。「私たちのサークルでは、文学、歴史、演劇を専攻する学生が多い。彼らはシェイクスピアなどの喜劇を通じて、コメディーの世界に興味を持つようになる、というパターンが多いみたいです」。

なるほど、オックスフォードの学生らが扱っているお笑いって、なかなか高尚らしい。

ネタ元は英文学

マーカスさんたちにとって、英文学とコメディーは深く密接している。

「英文学の勉強とお笑いのネタ作りは、ほとんどの場合が並行した作業になりますね。シェイクスピアのテキストを読んでいたら、急にコントのアイデアを「ピン!」と思いついて、次のページにはその台詞を書いているという具合です」と言う彼のノートを見ると、確かにシェイクスピアの講義に関するメモと、コントの台本がごちゃ混ぜになっている。「英文学の学習は、コメディー制作にとって非常に有益です。まず文学パロディーを作るときの資料となる。さらに名作の構成を学べば、それを自分たちの作品作りにも生かすことが出来ます。私が好きな作家は、14世紀の物語集「カンタベリー物語」を書いたジェフリー・チョーサーです。彼の人物の描き方というのが、本当に素晴らしい。登場人物たちが繰り広げる軽妙な掛け合いを読みながら、声を上げて笑ってしまうこともよくありますよ」。なんと教養深いコメディアンであろうか。

ネタが集まってくると、今度はインターネット上のソーシャル・ネットワーキング・サービスである「フェイス・ブック」でのチャットを通じて他のメンバーたちと一緒にアイデアを交換していく。そうして出来た台本を基にしたパフォーマンスを、毎年夏にスコットランドの首都で開催されるエディンバラ・フェスティバルなどの大型イベントで披露し、メディアから良い批評を受ければ、彼らの活動が注目を集めて次のキャリアのためのステップとなる、というわけだ。

目指すはクレバーな笑い

ライバルであるケンブリッジ大学の名門コメディー・サークル、「フットライツ」のメンバーと行う合同イベントも恒例行事の一つ。昨年は、「世界の終末は近付いているか否か」をテーマに討論会を行ったという。宗教論争を彷彿とさせるこの深遠なテーマを掲げたお笑いイベントが、果たして面白いのだろうか。

そこで、同イベントの模様を映したビデオを見せてもらった。意外なことに、これが面白いのである。フットライツのメンバーが、牧師に扮して世界の終末論を展開していたかと思うと、会場の観客に紛れていたメンバーが抗議するという形で乱入して、掛け合い漫才が始まる。続いてオックスフォード・レビューを代表してマーカスさんが登場し、「世界に終末なんてこない」ことを証明するという立場から、ジョークを連発していく。こうして柔道の団体戦のように、各陣営からそれぞれメンバーが登場してネタを披露しながら対戦していくのである。

「もう視聴者は、テレビのコメディー番組で目にするお決まりのジョークに、食傷気味になっている」と考えるマーカムさんたちは、常に新しい笑いの方法論について頭をめぐらせている。目指すは、「クレバーな笑い」。「『クレバー』といっても、別に小難しい知識を見せびらかすことを意味しているのではありません。そうではなくて、人を笑わすための斬新な方法を見つける能力のことを、『クレバー』と呼ぶのだと思うのです。コメディーの世界において実験的な試みを行うのと、聴衆を実際に笑わせるという2つのことを両立させるのは、非常に難しい。しかし、だからこそやりがいを感じる」と、まるで前衛芸術家みたいなことを言う。

そう、彼らにとって笑いとは、芸術の一分野なのだ。

オックスフォード・レビュー
オックスフォード・レビューのメンバーたち。左端がマーカムさん

モンティ・パイソンが火付け役

英国のコメディアンは、身体障害者や人種差別、戦争犯罪といった政治・社会的な問題を含んだ話題をネタに扱うことが多いのだが、マーカムさんによると、これも一種の「笑いとはすぐに結び付かないものを使って人々を笑わす」という「クレバー」な試みの一つであるという。だから「英国のコメディー界全体が、いわゆるブラック・ジョークに傾いている」とも。路上に置かれたバナナの皮で足を滑らせスッテンころり、といった分かりやすいドタバタなお笑いは、英国では廃れつつあるようだ。

この「笑うべきものでないものをも笑いの対象とする」という流れは、英国コメディー史に金字塔を打ち立てたモンティ・パイソンの登場から始まった。オチのないコント、ブラックなネタといった彼らが手掛けた実験的なお笑いは、「既存のものと相対する笑い」という意味を込めて、やがて「オルタナティブ・コメディー」と呼ばれるようになった。このとき、笑いは芸術へと昇華したのだ。そしてこれに続いて1970年代頃から、ケンブリッジ大とオックスフォード大卒の教養深いコメディアンが続々と登場することになったのである。

笑いとは社会的な行為

ところで心配なのが、マーカムさんのご両親の反応である。日本で東大生がお笑い芸人になると言ったら、その学生はきっと家族の猛反対に遭うことだろう。ところが、マーカスさんのご両親にいたっては、このお笑い志望のオックスフォード生を全面的に支援しているという。「両親は、私が素晴らしいことをしていると喜んでくれています。一つに、自分が本気になって取り組める好きなことを見つけたということに対して。さらには、幼い頃から私自身の中にあった偏屈な部分を、人を笑わせるためのエネルギーに転化させることで社会に貢献する手段を見つけることが出来たという事実に対してです」。マーカムさんは幼いころ、いわゆる引きこもり少年だった。だからご両親も「実家で悶々として暮らしているよりも、コメディアンとして活動した方がずっと社会的」であると理解を示してくれているのだという。

ネタの宝庫でもある英文学を通じて教養深くなり、笑いを通じて社交的な人格を形成する。コメディーのネタになると思えば学校の勉強もはかどり、いまや国内のメディアからも注目される人気者になった。

日本のお受験で苦しむお子さんにも、試しにお笑いをやらせてみてはどうだろうか。

ジョセフ・マーカムさんジョセフ・マーカムさん

プロフィール
オックスフォード・レビューの会長、21歳。1950年代初頭に創設されて以来、英国の演劇・テレビ界などで活躍する著名人らを輩出してきた同コメディー・サークルの運営を2008年より手掛ける。同年夏に開催されたエディンバラ・フリンジ・フェスティバルで発表した作品「Bonfire of the Ottomans」は、多くの批評家から高評価を集めて注目を浴びた。

新春特集

フランスのお笑い
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