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Tue, 03 December 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

ドラマ「ザ・クラウン」女王とサッチャーが対立?事実か創作か - ―同年齢の女性2人が英国のトップの座を占めたとき

明けましておめでとうございます。クリスマス休暇、年末年始はいかがお過ごしでしたか。

昨年末から、米動画配信会社のネットフリックスが英王室を題材にしたドラマ、「ザ・クラウン」(英米合作)のシーズン5を配信中です。最初のシリーズ(2016年)は、1947年、エリザベス王女(現在の女王)とフィリップ殿下との挙式から始まりました。1970年代後半から90年までを扱う今回のシーズンではどこまでが「事実(facts)なのか、創作(fiction)なのか」で大きな論争が発生しました。

当初から「ザ・クラウン」は実際に起きたことを基にしながら制作者の手によってドラマ化された「創作」であるわけですが、現実とかけ離れた物語展開になってしまえば、疑問を呈する声が上がるのは避けられません。今回の舞台となった80年代のさまざまな出来事はまだ多くの人の記憶に鮮明に残っており、「事実と違う」という指摘は以前よりも声高になりました。

ドラマの中に出てくる、マーガレット・サッチャー首相(在任1979~90年)とエリザベス女王の「対立」の例を見てみましょう。「ザ・クラウン」では自力で首相の座に就いたサッチャー氏が、世襲制で元首となった女王に人生のお説教をしたり、サッチャー氏が夫とともに女王の私邸であるスコットランドのバルモラル城に招待され、王室独自のルールを知らなかったために恥をかく場面が出てきます。極めつけは1986年7月20日、日曜紙「サンデー・タイムズ」のスクープ事件です。一面に「女王、『冷酷な』サッチャーに失望」という見出しの記事が出ました。英国の立憲君主制の原則である「君臨すれども統治せず」を忠実に実行するエリザベス女王は、政治的中立性を維持し、特定の政策や政権について意見を述べない立場を取ってきました。報道が真実なら、政治非干渉の原則を破ったことになり、一大事です。国の元首としてトップに立つ女王と選挙で選ばれた政治家のトップ、サッチャー氏。ほぼ同じ年齢で、「英国の最強の女性2人が対立」となれば、非常にドラマティックな展開になりますよね。

では、どこが対立点になったのでしょう。1986年、女王が首長である英連邦の加盟国の多くが、人種隔離政策「アパルトヘイト」を行う旧加盟国の南アフリカに対し、サッチャー政権が厳しい経済制裁を科すことを望みます。ドラマでは、経済関係の維持を重視したサッチャー首相がこれに応じようとしない場面がありました。英連邦とのつながりを重視する女王にとって、サッチャー首相は加盟国の意思、ひいては女王を無視する存在として描かれました。

「サンデー・タイムズ」紙のスクープによると、炭鉱の大幅な合理化案に対する大規模ストを政府が強硬な対決姿勢で処理したことなど、サッチャー氏による一連の政策は「冷酷で、対立的であり、社会を分断させた」と女王が感じている、というのです。主要な情報源は女王の広報官だったことが後で判明。昨年11月、元「サンデー・タイムズ」紙の編集長アンドリュー・ニール氏は、同紙への寄稿記事の中で、この広報官が「女王やほかの王族の見方を伝えた」のは確かでも、「女王が自分の思いを公にするよう頼んだとは思わない」と述べました。政治非干渉を肝に銘じている女王が首相との亀裂を世界的に広めようとするはずがないからです。

さて、サッチャー首相と女王の仲は本当はどうだったのでしょう? 真相は2人にしか分からないのかもしれません。ただ、ドラマで描かれた両者の確執は誇張されており、サッチャー氏が女王に「お説教した」ことはないと言われています。サッチャー氏は2013年に死去しました。エリザベス女王はフィリップ殿下とともにお葬式に出席。女王が首相だった政治家の葬式に出席するのは、ウィンストン・チャーチル首相(1965年没)以来です。また、女王はサッチャー氏の首相辞任直後、現在の勲章のなかで最も名誉ある「メリット勲章」を授けています。

キーワード

Margaret Thatcher(マーガレット・サッチャー)

保守党の初の女性党首(1975~90年)で、初の女性首相(79~90年)。保守的、強権的な政治姿勢から「鉄の女」と呼ばれた。経済活動への国家の介入を最小限にし、小さな政府、民営化、規制緩和等の政策を目指す「新自由主義」の下、大胆な改革を推し進めた「サッチャリズム」で知られるが、改革の過程で失業者も増加した。

 

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