コロナ禍で前途多難のアート業界 - 政府による「文化復興基金」は提供されたが……
英国の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による死者が、今年に入ってとうとう10万人を超えてしまいました。
感染防止対策として不要不急以外の外出を禁止する「ロックダウン」(都市封鎖)が初めて全国的に実施されたのは、昨年3月。学校に加えて映画館、劇場、博物館、美術館、レストラン、パブなどが閉鎖され、通りは静まり返りました。その後、行動規制は徐々に解除されましたが、冬にかけて感染がまた拡大し、新たなロックダウン体制に入りました。
ロックダウンが経済的に最も打撃を与えたのは宿泊と外食業界です。下院がまとめたコロナの経済的影響についての最新報告書によると、ロックダウン以前の2月と比較して、4月には約90パーセントの落ち込みをみせ、11月時点でもマイナス約63パーセントに。次に大きな負の影響を受けたのがアートや娯楽業界(4月時点でマイナス約45パーセント、11月ではマイナス約36パーセント)でした。夏には再オープンした映画館や博物館・美術館もあったのですが、12月から変異種ウイルスによる感染が急拡大し、全て閉鎖されてしまいました。
苦境に陥ったアート業界を救うため、政府は総額15億7000ポンド(約2234億円)に上る「文化復興基金」を設置しました。中身はイングランド地方の文化組織を対象にした補助金や貸し付け、コロナ感染で中止されたインフラ建設の再開費、自治政府がある北アイルランド、スコットランド、ウェールズ各地方の文化施設への支援など。12月時点で10億ポンド分の支援の内容が発表され、英王室の宮殿を管理するヒストリック・ロイヤル・パレス、劇団ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーなど11の著名文化団体や施設が総額1億6500万ポンドの融資を受けることになりました。
でも、これでは不十分というのがアート業界の本音のようです。例えば、コロナ危機が長期的に続き、いつ営業を再開できるのかめどが立っていません。再開できても、感染防止のためのソーシャル・ディスタンシングを遵守する必要があり、以前のレベルの訪問客・観客は呼べないでしょう。「リストラや解雇は避けられない」(融資を受けるロイヤル・オペラ・ハウスの経営者談、「ガーディアン」紙、昨年12月11日付)状態です。仕事がない俳優たちが宅配業者になったり、ゴミの収集人になったりという話を新聞記事で見かけるようになりました。
映画館の経営も苦しい状態です。昨年の収入は前年比で76パーセント減少(コムスコア調べ)。1月17日、スティーブ・マックイーン監督を筆頭にした複数の映画人らは、映画館の運営チェーンに政府が支援を提供するよう求める公開書簡を出しました。映画館で映画を鑑賞する人の80パーセントがチェーンを利用しているそうです。映画館も劇場も、閉館でも賃貸料を払う義務が生じるので、経営難に輪をかけています。英国スパイのジェームズ・ボンドが活躍するボンド映画の最新版が3度も公開を延期していますが、コロナ禍で映画やテレビの番組制作にも大きな影響が出ており、再開後に大きな動員数が期待できる大型作品が不足する懸念もあります。
ロックダウンの生活が長く続き、ストリーミング・サービスやズームを使ったイベント開催が生活のなかで常態化してきました。ロックダウン終了後、私たちは文化施設に足を運ぶことを面倒と思うようになるのか、または堰を切ったように出掛けることになるのでしょうか。
筆者は特に演劇界に詳しいわけではないのですが、英国内のさまざまな劇場で素晴らしいときを過ごした経験を持つ多くの人同様に、長年をかけて育まれてきた貴重な人材や制作ノウハウ、文化的遺産が存亡の危機に瀕していることを非常に残念に思っています。はたして「復興」できるのでしょうか。
Culture Recovery Fund(文化復興基金)
英政府がコロナ禍のアート業界支援のために設置した、総額15億7000万ポンドの基金。昨年12月までに10億ポンドの提供が決定され、7万5000人以上の雇用を支援。1億8800万ポンドは自治政府への支援、約5億ポンドはイングランド地方の3000余りの画廊・伝統維持施設への助成金、6億ポンド以上は設備投資用助成金など、設備投資支援の75パーセントはロンドン以外の地域に向けている。