ノーベル文学賞在英作家のグルナ氏が受賞 - タンザニア出身の元難民、最近までケント大の教授
今月7日、ノーベル文学賞の受賞者が発表されました。タンザニア出身の元難民で、今は英国に住んでいるアブドゥルラザク・グルナ氏(72)です。
「冗談でしょう?」報道発表の直前、文学賞を選考するスウェーデン・アカデミーから自宅に電話をもらったとき、グルナ氏はそう思ったそうです。まさか自分が選考リストに入り、しかも受賞するとは予想外で、「本当だ」と確信したのはアカデミーによる受賞発表後でした。BBCラジオのインタビューでは、「自分が選考員だったら、自分を選ばないだろう」と発言しています。グルナ氏はこれまで10冊の小説を出版していますが、邦訳されたものはなく、日本では知名度が低かったかもしれません。
2017年のカズオ・イシグロ氏の受賞以降、在英作家が選ばれたのは4年ぶりになります。アフリカ大陸出身の黒人作家の中では1986年、ナイジェリアのウォーレ・ショインカ氏に次いで2人目です。グルナ氏の受賞理由をスウェーデン・アカデミーは「植民地主義の影響と文化の狭間、大陸の狭間にいる難民の運命について、妥協なくそして温情を持って見事に描いた」と説明しています。
グルナ氏は1948年12月、アフリカ東岸の英領ザンジバル諸島(現タンザニア)の裕福な家庭に生まれました。ザンジバル王国は63年に英国から独立しますが、翌年、武装勢力によるクーデターで革命が発生。ザンジバルは人民共和国となるのですが、その後も動乱が続き、グルナ氏は祖国を後にしました。60年代末、英国に難民としてやってきたグルナ氏は、「敵意、悪口、醜い凝視、無礼」を体験します。貧乏で、祖国を思ってホームシックにもなりました。それでも次第に英国での生活になじみ、英文学を夢中になって読むようになったそうです。カンタベリー・クライスト・チャーチ大学で学び、82年、ケント大学で文学の博士号を取得。今回の受賞の少し前までケント大学で教授を務め、多くの学生を育ててきました。専門は英文学・ポスト植民地文学です。「ポスト植民地文学」とは、旧植民地出身者による英語作品を指します。
21歳から創作活動を始めたグルナ氏の初の小説「出発の記憶」(「Memory of Departure」)の出版は、87年。4作目「パラダイス」(「Paradise」94年)が英国で最も権威ある文学賞、ブッカー賞の最終選考に残り、その名が広く知られるようになりました。最新作は「パラダイス」の続編ともいえる「アフターライブズ」(「Afterlives」2020年)です。
アフリカ東部を取材して書いた「パラダイス」は、20世紀初頭にタンザニアで育った少年の物語を伝え、「海辺にて」(「By the Sea」01年)では英国の海辺の町で暮らす難民を描きました。グルナ氏は英国に住む移民・難民の思いや植民地時代のアフリカや奴隷制などをテーマに作品を発表してきました。同氏の作品では「紛争による混乱や苦しみが多く描かれる」が、「深い人間愛が根底にあり、読後もずっと、この点が心に残る」と「エコノミスト」誌は10月7日付記事で評しています。
グルナ氏の母語はスワヒリ語ですが、一連の作品は英語で書かれています。このためもあって、タンザニアでは英国ほどには有名ではないそうです。グルナ氏はなぜ英語で書くのかとよく聞かれますが、英語は「英国で発祥後、全ての人が楽しむ競技になったクリケットのようなものだ」と答えてきました。しかも、「時として外国人の方がうまくプレーできる」とも。
ノーベル文学賞の賞金は1000万スウェーデン・クローナ(約1億2700万円)です。授賞式は物理学賞、化学賞、生理学・医学賞、経済学賞とともに12月10日、ストックホルムで行われ、平和賞だけがノルウェーのオスロでの開催です。今年は新型コロナウイルスの影響で、受賞者は居住国でのメダル授与となる見込みです。
Nobel Literature Prize(ノーベル文学賞)
スウェーデンの発明家アルフレッド・ノーベル氏(1833~96年)が5つの分野で「人類に最大の貢献をもたらした人物に贈る」賞の設置を遺言に残し、これを基にできた賞。ノーベル財団が運営する。最初の受賞者はフランスの詩人シュリ・プリュドム氏(1901年)。日本人の受賞者は68年の川端康成氏と94年の大江健三郎氏。