トラス新政権大型減税案で英国の評判ガタ落ち - 金融市場の大混乱、支持率急落、党の内紛も
9月6日に誕生したばかりのリズ・トラス新政権の将来が危うくなってきました。きっかけは同23日、クワジ・クワーテング財務相(当時)による「ミニ予算案」の発表でした。トラス首相は与党・保守党の党首選で減税によって経済を成長させると約束しており、財務相がどのような具体策を示すのか、多くの人が注目しました。
発表されたのは、過去半世紀で最大規模とされる約450億ポンド(約7兆円)の大型減税案でした。所得税の最高税額45%(45p taxrate)を40%に引き下げ、前政権が決めた法人税率の引き上げを凍結、銀行員の賞与の上限規制の撤廃などが盛り込まれました。トラス首相の公約に沿った計画だったのですが、光熱費の高騰や急激な物価高に日々悩む多くの国民にとって、成長最重視の減税案は期待に沿うものではありませんでした。最高税額の引き下げは与野党から「富裕層優先」と批判を受けました。減税案の発表直後、市場では通貨、株式、国債が同時に売られるトリプル安を誘発してしまいます。27日、国際通貨基金(IMF)が大型減税案について「財政悪化につながりかねない」と政府に再考を促します。翌28日にはイングランド銀行が長期国債を支えるための緊急対策を発表しました。安定した経済政策では定評があるはずの保守党政権の評判が大きく揺らぐなか、世論調査で最大野党労働党の支持率が50%を超え、保守党は20%に急落。次の総選挙は2024年に予定されていますが、トラス党首では「選挙に負けるかもしれない」という不安が出てきました。
10月2日、保守党の党大会が英中部バーミンガムで始まりました。元閣僚のマイケル・ゴーブ氏が「最高所得税率の引き下げは間違った価値観を国民に伝えてしまう」、「この法案に自分は賛成票を入れない」と発言しました。ゴーブ氏だけに限らず、党内ではミニ予算案の富裕層優遇のイメージや市場に引き起こした混乱を批判する声が高まり、とうとう3日、クワーテング氏はほんの10日前に発表したばかりの減税策のうち所得税の最高税率引き下げを撤回すると表明しました。「大型減税案実行の妨げになる」「皆さんの声に耳を傾けた」とその理由を説明しています。象徴的なUターンとなりました。大会終了後、保守党内に党首交代コールが広がりました。
市場が最も知りたがったのは、新政府の経済政策が十分に健全なものであるかどうかでした。先に大型財政案を発表したとき、財務省は予算責任局(OBR)の経済見通しを出しませんでした。OBRは中立的な立場から経済や財政についての分析を行い、公表する組織です。説明責任を求める声が強くなり、政府はOBRによる見通しの公表を当初の11月23日から10月31日に前倒しすることにしました。同時に大型減税案の代替財源と債務削減のための中期財政戦略も発表します。それでも財政不安はますます深まるばかり。14日、トランス首相はクワーテング氏を更迭し、前政権が決めた法人税率の引き上げ計画を維持し、自身が掲げた凍結案を撤回すると表明しました。17日、元外相のジェレミー・ハント新財務相は市場の混乱を一刻も早く解消するため、新たな財政計画の概要を発表。ミニ予算案で提案された所得税の基礎税率を20%から19%への削減や配当税の削減などを撤回しました。ミニ予算案のほとんどが変更となったわけです。エネルギー価格高騰のなか、電気・ガス料金の上限を2500ポンドに抑える支援策については、トラス首相は2年間有効としていましたが、ハント財務相は実施から半年後の来年春、見直し対象とすると述べました。大型減税案を新政権の柱としてきたトラス首相。これをほぼ覆された今、トラス氏の去就が注目されます。
45p tax rate(45%の最高所得税率)
年間収入が15万ポンド(約2400万円)以上の人に課される所得税の最高税率。9月23日の大型減税案で、政府は現行の45%を5%引き下げようとした。該当する人は人口の約1%。富裕層を優遇する策として反感を買った。これを断念後、減税額規模は約430億ポンドに。2019年の総選挙で保守党は労働党の牙城であった選挙区を勝ち取っており、保守党が富裕層を優遇する政党として認識されると、将来議席を失う危険が懸念された。