年金受給年齢変更で補償を求める女性たち
「政府は十分な告知に失敗」とオンブズマン
「通知なし、手紙なし、年金なし」。3月末、そんな文句が書かれた紫色のプラカードを掲げている高齢の女性たちのデモが行われていたことをご存知でしょうか。紫といえば、20世紀初め、女性も男性同様に参政権を持つための運動をけん引した、「女性社会政治連合」(WSPU)が使ったイメージ・カラーの一つでした。
今回のデモは運動組織「公的年金の不平等に反対する女性たち」(WASPI =Women Against State Pension Inequality)が主導したもので、政府に対し、公的年金の受給開始年齢が引き上げられたことで不利益を被った女性たちへの補償金の支払いを求めています。WASPIは、引き上げについて十分な通知が行われなかったと主張してきました。
3月21日、受給開始年齢の変更について、政府が正確で適切な情報を提供していたかどうかを調査してきた行政監視機関「議会およびヘルス・サービス・オンブズマン」が最終報告書を発表しました。雇用年金省は年齢引き上げについて適切な情報を与えていなかった、が結論でした。
公的年金制度は1940年代に導入され、2010年4月までは、国民保険に一定期間加入していた男性は65歳から、女性は60歳から年金が受給されてきました。その後、男女間で差をつけるのは不公平という見方が強まり、1995年の年金法で男女間の受給年齢を段階的に同一にするための予定表が策定されました。これによると、2010年から20年の間に、女性の受給開始年齢を男性と同様の65歳まで引き上げるはずでした。その後、高齢化が進み、受給者が増えていきました。そこで、支払い総額を少なくするために、10年に発足した保守党と自由民主党の連立政権は、11年の年金法によって引き上げ開始を18年11月からに前倒しすると決めました。受給開始年齢を男女ともに66歳に引き上げることも決定し、これは22年10月から実施されています。
焦点となっているのは、1995年の年金法による女性の受給開始年齢の引き上げについて、該当する女性に十分な告知がされていたのかどうかです。1950年代に生まれた女性たちは、2010年4月以降、誕生月によって公的年金の受給開始時期が先送りになる現実に直面しました。このときになって初めて、あるいは直前になって人生設計が狂ってしまったことに気付いた人もいました。こうした年齢層に該当する女性たちは約380万人に上るそうです。また、11年の年金法の前倒しによって、260万人の女性が影響を受けたといわれています。
オンブズマンは、雇用年金省が該当年齢にあたる女性たちに十分な告知をしなかったとして、総額35億ポンド(約6700億円)から105億ポンド(約2兆円)に上る補償金の支払いを勧告しました。しかし、雇用年金省が支払いを拒否しているため、「議会が介入するべき」と異例の提案をしています。
オンブズマンが推奨した金額は1人約1000ポンド(約18万8000円)から2950ポンド(約55万5000円)を想定していますが、WASPI側は1人1万ポンド(約190万円)を要求していましたので、推奨額は残念な数字といえます。
ただ、実際に支払いが行われるのかについては疑問が出ています。というのも、政府はほかに二つの大きな補償金支払い問題を抱えているからです。まず、汚染された輸血製剤が使われたことで約3000人がC型肝炎やHIVに感染し、亡くなった事件がありました。その責任を問うための調査委員会が設置されており、22年、委員会は政府に対し、被害者に当座の補償金の支払いを求めました。また、会計システム「ホライゾン」の不具合によって不当に解雇された元郵便局長への補償金の支払いも、今まさに迅速化が議論されているところです。どちらも巨額の支払いになると予想されています。果たして、受給年齢の変更で不利益を被った女性たちへの支援は実現するのでしょうか。
WASPI(公的年金の不平等に反対する女性たち)
「Women Against State Pension Inequality」の略称。公的年金の受給年齢の変更によって不都合が生じた、1950年代に生まれた女性たちの運動組織。受給における男女差の解消には反対しないが、不十分な告知であったことに抗議。受給の遅れで働き続けることを余儀なくされ、不便な生活を強いられたと主張している。