米実業家マスク氏が英国の性犯罪事件でスターマー首相を批判 グルーミング・ギャング論争とは
海の向こうでは、とうとうドナルド・トランプ氏が第47代米大統領に就任しました。その横で新政権発足前から「お騒がせ」言動を繰り返しているのが米実業家で富豪のイーロン・マスク氏です。所有する投稿サイトX(旧ツイッター)で約2億人のフォロワーを持つ上に、トランプ政権では要職に就く予定となっており、無視できない存在になってきました。
英国の政界がマスク氏に「噛み付かれた」のは、昨年夏。各地で暴動が発生した折、マスク氏はXで「内戦は避けられない」と投稿しました。「内戦」とは、暴動を先鋭化し扇動するような言葉ですよね。また、キア・スターマー首相が暴徒による「イスラム社会への攻撃を容認しない」と述べると「全ての社会に対する攻撃を懸念するべきではないか」と反論。さらに英保守系政党リフォームUKへの献金を仄めしたかと思うと、極右活動家の受刑者の処遇について意見を異にするナイジェル・ファラージ党首を交代させるよう呼び掛ける展開も。
今年に入ってマスク氏が再度噛み付いたのが、スターマー首相です。1月3日のXで「無残にも輪姦の対象にされ、しばしば悲惨な方法で殺害された何十万人もの英国の少女たちに正義を」と投稿。スターマー首相は前職である検事総長在任中(2008~13年)に「英国の強姦に加担した」ので、「辞任し、英国史上最悪の大規模犯罪への加担で起訴されるべき」と続けました。マスク氏が言及していたのは2010年代に明るみに出た、イングランド各地での児童への性的虐待事件の数々で、グルーミング・ギャング(glooming gang)・スキャンダルと呼ばれるものでした。この場合のグルーミングとは「性的目的で相手を手なずける懐柔行為」を指します。こうした性的虐待やレイプ行為で有罪判決を受けた一連の事件は、主にパキスタン系の男性グループによる若い白人少女たちへの犯罪でしたので、一定の人種による加害行為というイメージが付きました。同6日の記者会見で、スターマー首相はマスク氏を名指しこそしませんでしたが、「嘘や誤解を広めている」政治家や活動家を非難するとともに自分の検察総長時代の実績を主張しました。例えば、被害者が直ちに被害を訴え出なかった場合や、薬物やアルコールを使用していた場合、あるいは特定の服装や行動をしていた場合には、その証言は信頼性が低いと見なされることがあったため、捜査指針を改訂し、その後の起訴を容易にしたこと、その結果、退任時点では児童性的虐待の起訴が過去最多になったこと、アジア系のグルーミング・ギャングを初めて起訴したことなど。
マスク氏がこのトピックを取り上げたきっかけは、昨年10月、スキャンダルが発覚した都市の一つ、英北部オールダムの市議会が政府による公開調査を求めた際に、ジェス・フィリップス保護担当相がこれを拒否したことが年明けに報道されたためです。22年に発表された独立調査は、警察と市議会が子どもたちをグルーミングや性的搾取から守ることができなかったと指摘しています。BBCの取材に対し、地元住民は今も事件の全てが明らかになったわけではないと話し、「隠ぺい行為があったのでは」と当局への不信感をあらわにしています。
野党側は全国規模の調査の開始を呼び掛けました。政府は当初反対していましたが、世論の高まりを受けて、スキャンダルが発生した五つの都市での新たな調査を支援し、グルーミング・ギャングとその犠牲者、発生の背景などについて全国的な調査を行うと発表しました。これに先立ち、イヴェット・クーパー内相は、先の独立調査による20の是正勧告の一つである、子どもに関わる仕事に就く人は自分が目撃した、もしくは子どもあるいは加害者から報告を受けた虐待行為について通報することを義務化し、そうしない場合は刑法違反とすることを犯罪・警察法案に組み込むと議会で発表しています。
Glooming Gang(グルーミング・ギャング)
性的虐待を目的に児童に近づき、信頼関係を築いて性犯罪を行う集団。英中部ロザラム、北部オールダム、ロッチデイルなどで発覚。英ストクラスクライド大学のアレクシス・ジェイ教授が主導した2014年の調査では、少なくとも1400人の子どもたちがロザラムでグルーミング・ギャングから性的搾取を受けた。