「スパイ小説」?ブルガリア人らがロシアへの情報収集活動標的の誘拐や殺害を計画、軍事施設監視も
ネクタイや偽の岩に隠されたカメラ、録音装置を内蔵した眼鏡……まるで「スパイ道具の宝庫」ともいえるようなアイテムを駆使して、ロシアのためにスパイ活動(Spying)を行っていたブルガリア国籍の男女3人に、今月7日、有罪判決が下りました。英警察によると、外国政府のための諜報活動としては最大規模の一つといえるそうです。
ヴァーニャ・ガベロヴァ被告、カトリン・イヴァノヴァ被告、ティホミル・イヴァンチェフ被告の3人は、2020~23年にかけて欧州各地で、ジャーナリストや元政治家、米軍基地などを監視していたグループのメンバーでした。ロシア人ではないのにロシアのために活動をしていた点と、スパイらしくないスパイであることが特徴です。3人はそれぞれが美容師、医療従事者、装飾業者として働き、英国の生活にすっかり根を下ろしていました。ガベロヴァ被告は受賞歴のある美容師で、まつげの美しさを競うイベントで審査員を務めていました。10年前に英国に移住したイヴァノヴァ被告とイヴァンチェフ被告はカップルとして生活し、在英ブルガリア人向けのコミュニティー組織を運営していました。
スパイ・グループの司令塔は同じブルガリア人のオルリン・ルセフ被告で、イングランド東部ノーフォークのグレート・ヤーマスにある元ゲストハウスを根城にしていました。指揮系統でその上にいたのが、金融サービス会社ワイヤーカードに関連する詐欺容疑で、ドイツで指名手配されているヤン・マルサレク容疑者です。10年前にルセフ被告はオーストリア国籍のマルサレク氏と出会い、ロシアのスパイになったそうです。検察によると、マルサレク容疑者はロシア情報機関の仲介者でした。ここでロシアとのつながりができたわけです。ルセフ被告は次々とブルガリア人をスパイとして勧誘していきます。
グループの主なターゲットは英国発祥の調査報道サイト「ベリングキャット」の記者クリスト・グロゼフ氏と、ロシアの調査報道サイト「ザ・インサイダー」の創設者ロマン・ドブロホトフ氏でした。この2人は、2018年に英南部ソールズベリーで元ロシア・スパイのセルゲイ・スクリパリ氏暗殺未遂事件や、2020年にロシアの野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏に対して行われた神経剤攻撃における、ロシア当局の役割を暴露したことで知られています。グループはグロゼフ氏のノートパソコンを奪ってロシア大使館に持ち込む、モスクワに連れて行く、殺害するなどのあらゆる計画を立てました。イヴァノヴァ被告は飛行機でドブロホトフ氏の近くに座り、携帯電話の暗証番号が見えるほど接近したこともあったそうです。ウクライナ侵攻の最中である22年後半には、独シュトゥットガルトの米軍基地で監視活動を実施しました。
ロシアはなぜブルガリア国籍保持者をスパイとして使ったのでしょうか? ブルガリアはかつてソ連の衛星国で、ソ連を中心とする共産主義圏(東側)と米国を筆頭とする資本主義圏(西側)が対立した冷戦時代(1940年代末~89年)を、東欧の一国として生き延びてきました。東西体制が崩壊する89年に共産党独裁体制が終焉し、民主化・市場経済化を進めて現在に至ります。
旧ソ連の情報機関KGBは共産圏の同盟国に住む人々を使って工作活動をしていたそうですが、今回はロシアが同様の手法でブルガリア人らを巻き込んだ可能性がありそうです。ロシア人のジャーナリストで英国に亡命中のアンドレイ・ソルダトフ氏がBBCに語ったところによると、ウクライナ戦争開始後の2022年、多くのロシア外交官が英国を含む欧州諸国から追放されたため、ロシアの情報機関はスパイ網を再結成する必要が出てきたそうです。そこでスパイのアウトソーシング化が行われたのでしょう。私たちの周囲に外国のスパイがいるかもという懸念の種を植え付けたという点では、一定の成果を上げてしまったのかもしれません。
Spying(スパイ活動)
政府やほかの組織に雇われて、秘密裏に敵や競争相手の情報を得る行為。この活動を行う人をスパイと呼ぶ。英国では国家安全保障上の観点から情報を収集・分析し、政府首脳に報告する情報機関の職員「インテリジェント・オフィサー」と、情報機関員に秘密裏に取得した情報を提供する「エージェント」の2種類に分類される。