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Thu, 28 March 2024

第217回 スレッドニードル街の老婦人 - イングランド銀行のニックネーム

最近、急に物価が高くなったと感じますが、同時にイングランド銀行(英国中央銀行)による政策金利の引き上げがよく話題に上ります。ところで金融界では、イングランド銀行のことを直接その名で呼ばず、「スレッドニードル街の老婦人」あるいは単に「Old Lady」と呼ぶことが多いです。その由来を同銀行の建物正面にある女性の彫刻と勘違いなさらないで下さい。あの彫刻は「Lady ofBank of England」で「老婦人」ではありません。

イングランド銀行イングランド銀行

現在、イングランド銀行はバンク駅の前を通るスレッドニードル通りにあります。スレッドニードルの名前は14世紀からこの通りにある仕立て屋商人ギルド(同業者組合)の糸と針に由来するとか、あるいは別の針職人ギルドがあってその紋章に描かれた3本の針が訛ったスリー・ニードルスからきたなどと言われています。でも、かといって針や糸を持って裁縫する老婦人をイメージして「老婦人」と呼んでいるわけではありません。

正面の彫刻名は「Lady of Bankof England」 正面の彫刻名は「Lady of Bankof England」 

イングランド銀行が現在の場所に移ってきたのは1734年です。1694年の設立時にはマーサーズ(絹物商)・ギルドのホールを間借りし、次にグローサーズ(食料雑貨商)・ギルドのホールを間借り。ようやく3度目に現在の場所に移転しましたが、そこはもともとイングランド銀行の初代総裁ジョン・フーブロン卿の邸宅だった土地です。フーブロン卿はグローサーズ・ギルドの代表を勤め、後にはシティのロード・メイヤー(市長)にもなりました。

14世紀からある仕立て屋商人ギルド14世紀からある仕立て屋商人ギルド

もともとイングランド銀行はテムズ港の税関収入を担保に発行した債券を販売し、それで仕入れた資金を政府に貸し付ける特殊な民間銀行でした。さらに金銀を預かり、その預かり証が紙幣として流通するようになりました。やがて産業革命や国際貿易が進展して、この銀行の紙幣の流通量も拡大。ところが18世紀末にナポレオン軍が英国に攻め入るという噂で社会不安が起き、人々が紙幣を兌だかん換して金銀を取り戻す騒ぎが発生します。

初代総裁フーブロン卿とその自宅(旧50ポンド札初代総裁フーブロン卿とその自宅(旧50ポンド札

当時のウィリアム・ピット政権は1797年、紙幣と金銀の兌換義務を停止させることで金銀の流出を防ぐ一方、政府の紙幣による戦費調達を楽にさせました。その出来事を風刺画家のジェームズ・ギルレイが、紙幣のドレスをまとった金庫番の老婦人から金貨をせしめるピット首相として描きました。その後、この風刺画がマスコミに何度も取り上げられ、イングランド銀行に「老婦人」のニックネームがつけられたのです。

ピット首相がイングランド銀行からお金をせしめる風刺画 ピット首相がイングランド銀行からお金をせしめる風刺画 

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シティ公認ガイド 寅七

シティ公認ガイド 寅七
『シティを歩けば世界がみえる』を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫


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