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Fri, 19 June 2026

第316回 高級の極み、ロンドン・メイフェアの通り(後篇)

前号では、湿地帯だったメイフェアが碁盤目状の排水整備によって徐々に区画整理ができ、邸宅街に発展したというお話をしました。土地所有者のグロヴナー家はこの街に統一感を保つため、建物の外観に厳しい規制を課しました。ところが開発から150年も経つと「整い過ぎて退屈」という声が出てきました。ちょうどそのころ、急速な産業化への反動としてアーツ&クラフツ運動が起き、画一的な街並みにも批判が高まりました。

古い絵1700年代のグロヴナー広場

初代ウェストミンスター公爵となったヒュー・グロヴナー卿は大きな決断を下します。それはグロヴナー広場の南を東西に走るマウント・ストリートを高級ブティック街に再開発することでした。マウント・ストリートの名前の由来は、17世紀半ばの清数徒革命期に、議会派軍が築いた砦の土塁が通りの東端にあったからです。かつての軍事的な地形を高級ブティック街に変えるという大胆な発想に対して多くの建築家が呼ばれ、再開発が進められました。

赤い煉瓦造りの建物が並ぶ現在のマウント・ストリート現在のマウント・ストリートの様子

現在のマウント・ストリートはロンドン屈指の高級ブティック街です。南側にはフレミッシュ・ルネサンスやフレンチ・フランボワイヤン・ゴシックのリバイバル様式が並び、薄いオレンジ色のレンガとテラコッタが華やかさを添えます。一方、北側にはクイーン・アン様式とジャコビアン・リバイバルの重厚な建物が続き、真紅のレンガが対照的な表情を生んでいます。どのレンガもグロヴナー家とゆかりの深い北ウェールズのルアボン産です。

ルネサンス・リバイバルルネサンス・リバイバル

ジャコビアン・リバイバルジャコビアン・リバイバル

メイフェアには初期の開発で碁盤目状の排水溝を敷いたため、1778年にジョセフ・ブラマー氏が水洗トイレを改良すると、メイフェアの邸宅街は水洗トイレが比較的早くに普及した街の一つになりました。また、従来は地下にあった台所がエレベーターの導入によって最上階に移される例もマウント・ストリートの邸宅で見られるようになりました。おかげで料理の匂いが建物中に広まらず、地上階に高級ブティック、上階に富裕層の邸宅という構造が生まれました。

水洗トイレを改良したJ・ブラマー氏水洗トイレを改良したJ・ブラマー氏

マウント・ストリートの改修が完了して間もなく、1900年から5年間、105番地に20代半ばのウィンストン・チャーチルが暮らしました。当時チャーチルは国会議員になったばかりの独身で、数々の女性客を自宅に招いては近くの高級ホテル、ザ・コノートからルーム・サービスの食事を運んでもらったことが有名な逸話です。ちなみに表の外観が優雅でおしゃれなこの建物も、裏側の公園からみると装飾のない質素な造りになっています。まさに英国人らしい「表は華やか、裏は倹約」の精神がはっきり見て取れます。

若き日のチャーチル元首相が住んでいた105番地 若き日のチャーチル元首相が住んでいた105番地

前編はこちら▶︎ 高級の極み、ロンドン・メイフェアの通り(前篇)

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シティ公認ガイド 寅七

シティ公認ガイド 寅七
『シティを歩けば世界がみえる』を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫


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