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Fri, 06 November 2026

第325回 カティ・サーク号を取り巻く絆の物語

ロンドン中心部にあるコートールド・ギャラリーでフランス印象派の絵画を鑑賞していると、ふと一隻の帆船の物語が胸に浮かんできました。コートールド家は17世紀末にシティの隣町スピタルフィールズに移民したユグノーの末裔で、絹職人から世界的な繊維財閥へと成長し、ギャラリー創設者のサミュエルは豊かな財力を背景に重要な美術コレクターになりました。今回はそのサミュエルの妹キャサリンに関連するお話です。

コートールド・ギャラリーコートールド・ギャラリー

繊維財閥の令嬢キャサリンは芸術と社会運動に情熱を注ぎ、「サフラジェット・アトリエ」や「芸術家女性参政権連盟」の創設に関わり、女性参政権運動を広めるポスターやポストカードの制作を担った人物です。裕福で才能に溢れ、社会運動に貢献して一般男性には見向きもしません。ところがそのキャサリンが恋愛をします。そのお相手が、後に英南西部コーンウォールで少年向け海事学校を経営するウィルフレッド・ドーマン氏でした。

女性参政権運動と海の男のイメージ女性参政権運動と海の男のイメージ

ウィルフレッドは貧しい家の出でしたが、一等航海士となり船長になる資格も取っていました。1922年、ウィルフレッドは嵐に遭遇したボロ船が港に停泊しているのを見かけます。その正体はかつての高速帆船カティ・サーク号だと即座に見抜きました。見習い時代、ウィルフレッドの横を風のように駆け抜けたカティ・サーク号の姿をずっと覚えていたからです。この船を若者の夢の場所にしたいという熱意は、妻のキャサリンに真っ直ぐに届きました。

現在のカティ・サーク号現在のカティ・サーク号

2人は船を買いあげ、訓練船として修復しました。ちなみにカティ・サーク号は1869年11月にスコットランドで進水した高速帆船です。皮肉なことにその前週にスエズ運河が開通したため、帆船時代が急速に終焉を迎えました。中国からの新茶を数カ月で届けるための高速帆船は商業的に成功しなくなり、1895年にはポルトガルの船会社に中古の運搬船として売却され、その雄姿は人々の脳裏から次第に消えていきました。

1890年ごろのカティ・サーク号1890年ごろのカティ・サーク号

やがてウィルフレッドは他界。キャサリンは夫の遺志を継いでカティ・サーク号を英南部ケントのグリーンハイズにあるテムズ航海訓練学校に寄附しました。その約60年前に東郷平八郎が学んだ学校です。戦後に廃船計画が出るとエディンバラ公を中心に、訓練学校の卒業生ら、カティ・サーク号保存のための寄附活動が実り、グリニッジで保存されることになりました。2007年の火災でも全国からの寄付が集まりました。カティ・サーク号を取り巻く絆は幾千もの人々を結び、その希望の光はキャサリンの絹糸から続いているようです。

1905年ごろの東郷提督と旗艦三笠1905年ごろの東郷提督と旗艦三笠

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シティ公認ガイド 寅七

シティ公認ガイド 寅七
『シティを歩けば世界がみえる』を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫


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