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Tue, 29 November 2022

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

30年来の大規模鉄道スト賃上げ、雇用改善で - 急騰インフレ率をしのぐ賃金上昇は可能か

「不満の夏」(summer of discontent)が始まる――。

そんな表現が「フィナンシャル・タイムズ」紙(6月11日付)の記事に出ていました。「不満の夏」とは「不満の冬」のもじりで、後者は1978~79年の冬を指しています。当時、公共部門の相次ぐストで病院や学校などの機能が停止する事態が発生していました。「不満の冬」という表現は、ウィリアム・シェイクスピアの「リチャード三世」の冒頭のせりふに由来しています。

今回、1970年代末の社会情勢再来を暗示する言葉が出てきたのは、6月21日、23日、25日の3日間にわたって、過去30年で最大規模とされる鉄道ストライキが発生したためです。スト参加者は約4万人で、教師、医療従事者、地方政府職員などに広がる動きを見せました。その前には人手不足で航空会社が複数の便をキャンセルする事件がありましたね。夏までに十分な人材を雇用して準備が整わないようだと、まさに「不満の夏」の到来です。

今回の鉄道の大規模ストで、100万人単位が影響を受けたといわれています。スト参加者は鉄道インフラ管理会社「ネットワーク・レール」や13社の鉄道運転会社に勤務する職員です。ミック・リンチ事務局長の指揮の下、鉄道・海運・輸送労組(RMT)が主導する形で賃上げや雇用改善を求めて労使交渉を行っていたのですが、合意に至らず、全国の鉄道の運休あるいは大幅減便となりました。6月21日にはロンドンの地下鉄もストを決行しました。RMT側は少なくとも7%の賃上げを求めていますが、経営側のオファーは2%、もし人員削減や労働条件の変更に合意すればさらに1%を上乗せするというものです。インフレ率が11%に近づこうとするなか、3%の上昇では賃金の大幅カットになり、RMTは受け入れを拒んでいます。ネットワーク・レールが2500人の保守担当者を整理することにも反対です。ネットワーク・レール側は整理人員は2000人程度で希望退職であること、これによって安全性が損なわれることはないと主張しています。

政府は労使交渉には介入していませんが、これまでに鉄道運営用に補助金を出してきました。2015~16年度では40億ポンド(約6600億円)、19~20年度では65億ポンドに増え、全収入の約30%に。新型コロナウイルスの影響で鉄道利用が激減した2020~21年度には、160億ポンドの支援金を提供。このとき、通常は年間90億ポンドの運賃収入は25億ポンドに減りました。現在でも利用者数がかつてのレベルに戻っていないため、政府は何らかの合理化が必要と考えています。

今回の鉄道ストの背景にある大きな要因がコロナによる乗客の激減です。感染拡大当初、乗客数は通常期と比較して5%にまで落ち込みました。2年後の現在でも25%減の状態です。通勤日数を減らし自宅勤務にする企業も増えたため、資金繰りに20億ポンドの不足ができてしまったのです。国家統計局が通勤と自宅勤務を組み合わせた「ハイブリッド型」勤務について調査したところ、4月末から5月上旬時点でハイブリッド型で働いている人は38%だったそうです。4月時点で永久的にハイブリッド型を導入する予定の企業は23%。情報・通信業界に限ると、54%でした。通勤客の鉄道利用離れは定番になってしまうようです。

気になるのは鉄道業界以外にも公的サービス部門で働く教師や看護師などの賃上げがどうなるかです。政府は2~3%の値上げを想定していましたが、インフレ率の高さに少なくとも5%にまで上昇させる案を考慮しているといわれています。先のコロナ下のパーティー疑惑で、国民からの評判が大幅に落ちたボリス・ジョンソン首相ですが、現在の物価高を乗り切れるよう、働く人を支援できるかどうかが去就の焦点になるかもしれませんね。

キーワード

RMT(鉄道・海運・輸送労組)

正式名は「The National Union of Rail, Maritime and Transport Workers」。1990年、鉄道界と船舶界の二つの労組が合併して発足。運輸業界で勤務する職員約8万3000人を会員とし、会員の賃金及び雇用条件の保護と向上を目的とする。2021年5月、事務局長としてミック・リンチが就任。

 
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