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Thu, 18 April 2024

機知に富んだ英国の精神に触れる サミュエル・ジョンソンの言葉

18世紀の文学者サミュエル・ジョンソン(Samuel Johnson)の名前は知らずとも、「ロンドンに飽きた者は人生に飽きた者だ」という言葉を聞いたことがある人は多いだろう。ジョンソンはこのほかにも機知に富んだ格言や警句を数多く残し、それは今も英国人たちに愛され続け、英国の文化にも影響を与えている。ここでは英国らしい諧謔精神やブラック・ユーモアにあふれたサミュエル・ジョンソンの言葉を紹介していこう。(文:英国ニュースダイジェスト編集部)

参考:Dr. Johnsons Dictionary: The Book that Defined the World by Henry Hitchings、「イギリス文学入門」石塚久郎 編集、ウィキペディア ほか

サミュエル・ジョンソン

サミュエル・ジョンソンとは

(Samuel Johnson、1709~1784年)は、「英語辞典」の編纂で知られる文学者(詩人、批評家、文献学者)。英中部スタッフォードシャー生まれ。鋭い警句や談話の名手で、18世紀の英国で文壇の大御所として活躍した。主な著書は、「詩人列伝」、「シェイクスピア全集」(校訂・注釈)ほか。

ジョンソンとその時代

18世紀の英国は、名誉革命後に新たな市民社会が形成された時代として知られる。政治や経済の変化するスピードが速かったため、もはや伝統的な価値観はそんな社会に追い付くことができず、個人の判断力が重視された。正しい判断をするには最新の情報が必要になったことから、この時代に多くの新聞や雑誌が創刊したほか、コーヒー・ハウスや社交クラブでの議論も盛んだった。

チェスターフィールド卿のサロンを訪問したジョンソンチェスターフィールド卿のサロンを訪問したジョンソン(画面中央左)

サミュエル・ジョンソンが活躍したのはそんな時代のロンドン。英中部の小さな本屋の息子に生まれたジョンソンは、オックスフォード大学に入学したが、学費が払えず中退。いったんは故郷へ戻るものの、やがてロンドンで文筆家として生計を立て始める。180センチを超える長身で、大柄にして食欲も旺盛、話し声も大きく非常に豪快なジョンソンは、その博識ぶりやブラック・ユーモアのセンスも手伝い社交クラブでは常に輪の中心にいたという。

後にロイヤル・アカデミーの初代会長を務める画家のジョシュア・レイノルズ、政治思想家のエドマンド・バーク、劇作家のオリヴァー・ゴールドスミスらと親しく交流し、あらゆることに興味を持つ人物だった。また一方で、生き物や弱い立場にある人々に優しく、繊細な性格の持ち主であったことや、少年期の結核が原因で片目・片耳が悪く、顎には大きな瘤があったことなどが、伝記作家ジェームズ・ボズウェルにより詳細に描かれている。

8年で完成した英語辞典

歴史上、初めて英語の辞典が誕生したのは1604年。しかし単語数も少なく正確さに欠けており、その後の150年間に数々の作家や学者などが辞典の編纂に挑戦した。だがいずれも部分的だったり専門性が高かったりと、きちんとした総括的な英語辞典は生まれていなかった。1745年、文芸の庇護者を自任する第4代チェスターフィールド卿は「オランダ語にもドイツ語にも独自の立派な辞典があるのに、英語にはそう呼べるものがない。なんて不名誉なことだ」と嘆いている。

そうした状況で、出版社を経営し政治家でもあったスコットランド人、ウィリアム・ストラーンがサミュエル・ジョンソンに白羽の矢を立てる。ストラーンは1746年6月18日に1500ギニー(現在の金額にして約3000万円)でジョンソンと辞典の執筆契約を結んだ。隣国のフランスではアカデミーを創設し50年という月日をかけて辞典を編纂していたが、ジョンソンの交わした契約は「3年で辞典を完成させる」というもの。これにあたりパトロンにチェスターフィールド卿を頼ったものの断られたジョンソンは、1人で辞典作りに着手する。

ネイサン・ベイリー編の「An Universal Etymological English Dictionary,1721」を基礎にしながらも、足りない言葉を丁寧に補い、全く独自の視点から自分で用例を集め、8年をかけて独力で完成させた。こうして1755年に生まれたのが「英語辞典」(A Dictionary of the English Language)である。

A Dictionary of the English Language英北西部マンチェスターのチェタム図書館に所蔵されている
ジョンソンの編纂した「英語辞典」(第2巻)

この辞典は18世紀当時一般に使われていた言葉がきちんと組み込まれアルファベット順に並ぶ、現代の私たちが考える辞典のスタイルを備えており、以降、1928年に「オックスフォード英語辞典」が編纂されるまで、英語辞典の原典として存在した。

ただし、皮肉屋のジョンソンが執筆した「英語辞典」には右に示すような自由な語釈がところどころに含まれている。辞典編纂の最中に、心に浮かんだことをそのまま書いたような愚痴めいた語釈が楽しい。これらは第2版以降で部分修正されていることも多いという。

ジョンソンによる自由な語釈

【dull(退屈な)】活力のない、楽しくないこと。例: 辞書作りは退屈な仕事だ。

【excise(物品税)】日用品に課せられるおぞましい税金で、税額は資産評価の専門家によってではなく、物品税を徴収する側に雇われたケチな手先によって決められる。

【fart(屁)】体の後ろから空気を吹き出すこと。

【lexicographer(辞書編集者)】辞書を書く人。文章を書き写し、言葉の意味を説明するという仕事をこつこつとこなす無害の人(a harmless dr udge)。

【oat(オート麦)】穀物。イングランドでは一般に馬に与えられ、スコットランドでは人が食べる。

【patr on(パトロン)】支持し、擁護し、援助する人。たいていは尊大な態度で保護し、お追従という代償を得る見下げ果てた人間。

【pension(年金)】政府に雇われて国を裏切った者に与えられる報酬。

サミュエル・ジョンソンの言葉

友人との気軽なおしゃべりや議論、自著の中に散りばめられた一言など、21世紀の現在でも色褪せないジョンソンの言葉。そのほんの一部を紹介しよう。(出典:「サミュエル・ジョンソン伝」ほか)

サミュエル・ジョンソン

Sir, when a man is tired of London, he is tired of life;
for there is in London all that life can afford.
ロンドンに飽きた者は人生に飽きた者だ。
ロンドンには人生が与え得るもの全てがあるから。


Patriotism is the last refuge of a scoundrel. 愛国主義は不埒なやつらの最後の隠れ家だ。


信頼なくして友情はない、誠実さなくして信頼はない。


あらゆる出来事の最も良い面に目を向ける習慣は、
年間1000ポンドの所得よりも価値がある。


音楽は背徳を伴わない唯一の官能的な愉しみである。


思慮分別は人生を安全にはするが、往々にして幸せにはしない。


結婚は多くの苦悩を生むが、独身は何の喜びも生まない。


There is no kind of idleness by which
we are so easily seduce as that which dignifies itself
by the appearance of business.
多忙という威厳をまとった怠惰に、
人は何よりもたやすく惹きつけられる。


怠け者だったら、友達を作れ。友達がなければ、怠けるな。


過ぎ行く時を捉えよ。時々刻々を善用せよ。
人生は短き春にして人は花なり。


Tea’s proper use is to amuse the idle, and relax the studious.紅茶の正当な効用は、怠け者には暇つぶしになり、
勤勉な者をリラックスさせる。


腐敗した社会には、多くの法律がある。


A fishing pole has a hook at one end and a fool at the other.釣り竿は一方に釣り針を、もう一方の端に馬鹿者をつけた棒である。


恋は愚か者の知恵であり、賢人の愚行である。


政府は我々を幸せにすることはできないが、
惨めな状態にすることはできる。


Hell is paved with good intentions.地獄への道は善意が敷き詰められている。


短い人生は時間の浪費によって一層短くなる。


If a man does not make new acquaintances as he advances through life,
he will soon find himself left alone.
A man, sir, should keep his friendship in a constant repair.
人生において新しい知人を作らずにいると、
やがて独りぼっちになるだろう。
人はね、君、友情を常に修復し続けなければならないのだよ。


サミュエル・ジョンソンを有名にした人物 ジェームズ・ボズウェル
James Boswell(1740〜1795年)

James Boswell

サミュエル・ジョンソンを崇拝するがゆえに常に行動を共にし、ジョンソンの発言を日々書き留めていたのが、文学を愛好する弁護士ジェームズ・ボズウェル。ジョンソンの死後にボズウェルが伝記「サミュエル・ジョンソン伝」(1791年)を著し、その日常を生き生きと詳細に記録してくれたおかげで、ジョンソンは後世にもその性格や素顔が詳しく知られる人物となった。ボズウェルなしにはジョンソンは語れない。

ボズウェル流とは

スコットランド出身のボズウェルは1763年、ロンドンで30歳以上も年上のジョンソンと知り合い意気投合、ジョンソンを中心にした社交クラブの一員となった。ボズウェルは、このクラブで当時の作家、画家、政治家とジョンソンとの間に交わされた議論や、ともに旅行をしたときのジョンソンの言動、または自宅での愛猫や召使いとのエピソードなどを全て速記で克明に記録。帰宅後に整理し書き直していた。以来、英語には「Boswellian」(ボズウェル流)という言葉ができたほどで、その意味は「対象物に密着して、何一つ漏らさずに全てを書く」だ。

オート麦をめぐって

それほどにジョンソンに傾倒していたボズウェルだが、イングランド人のジョンソンはスコットランド嫌いとも言われている。辞書編纂の際、オート麦の説明文を「イングランドでは一般に馬に与えられ、スコットランドでは人が食べる」にしたことはすでに述べたが、これに対しスコットランド人のボズウェルは「だからイングランドの馬とスコットランドの人間は優秀なのでしょう」とさらりと反論したという。

こうした逸話がふんだんに散りばめられた「サミュエル・ジョンソン伝」は伝記文学または日記文学の傑作として、「教養ある英国人の必読書」とも言われている。英国人のユーモアや英国人らしさを、18世紀の書物から学んでみるのも楽しいかもしれない。

サミュエル・ジョンソンが住んでいた家 ドクター・ジョンソンズ・ハウス
Dr. Johnson's House

Dr. Johnson's House ザ・ブリッツ(ロンドン大空襲)の激しい空爆から生き残った建物だ

ロンドン中心部にあるジョンソンがかつて住んでいた自宅は、現在「ドクター・ジョンソンズ・ハウス」という博物館になっており、一般公開されている。

ジョンソンの旧宅は地下鉄のチャンスリー・レーン駅とブラックフライアーズ駅の間にあり、周囲を建物に囲まれた静かな場所にたたずむ。築300年以上のこのタウンハウスの屋根裏部屋で、ジョンソンは辞典の編集を進めた。20世紀初頭に一般公開を開始してから、ジョンソンにまつわる資料や絵画、工芸品、インテリアなど貴重な展示品を収集してきた同館には、英語辞典の初版やジョンソン本人が所有していた貴重な書籍なども展示されている。建物内は全ての部屋を見学できるので、当時の雰囲気を味わうことできるだろう。

Dr. Johnson's House
17 Gough Square, London EC4A 3DE
Tel: 020 7353 3745 
www.drjohnsonshouse.org

ジョンソンの愛猫ホッジ

ジョンソンズ・ハウス前方に広がるゴフ・スクエアの一角に英語辞典の上に乗った猫の銅像があるが、これはジョンソンの数匹の飼い猫のなかで、特に溺愛されていた黒猫のホッジをモデルに1997年に作られたもの。前述のジェームズ・ボズウェルの「サミュエル・ジョンソン伝」によると、その甘やかし具合は「忘れられない」とボズウェルも表現しているほどで、ジョンソンはホッジにエサとして新鮮な牡蠣を与えていたらしい。18世紀当時の牡蠣は簡単に手に入ることから、貧乏人が好む食べ物であったものの、ジョンソンは自ら毎日市場へ足を運び、ホッジのためにわざわざ購入していたのだとか。銅像の足元には牡蠣の殻が彫られており、時折、遊び心のある誰かが残したコインが入っていることもある。

ホッジは撫でられるとゴロゴロと喉を鳴らす愛らしい猫だったようで、ジョンソンはホッジが死の間際に苦しんでいたとき、痛みを和らげるためにセイヨウカノコソウという薬草を買いに行った、というエピソードも残されている。主人を精神的に支えた猫は、「a very fine cat indeed」という言葉ともに今も旧宅のそばで座り続けている。

ジョンソンの愛猫ホッジ(写真左)台座にはQRコードがついており、スマホで読み取ってみると……
(写真右)辞書の上に乗っているホッジの像。足元には牡蠣の貝殻も彫られている

【名言集】英国らしい皮肉たっぷり|サミュエル・ジョンソンの言葉
 

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