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Sun, 17 November 2019

Uri Geller 英国に理想の邸宅を築いた「超能力者」
ユリ・ゲラー氏インタビュー

「スプーン曲げ」でかつて超能力ブームを巻き起こした男、ユリ・ゲラー。1970年代に米国、英国、そして日本でのテレビ出演などを通じて一世を風靡した「超能力者」である。あれから数十年の月日が過ぎた現在、彼は閑静なロンドン郊外に、英国人の理想を体現したかのような豪奢な邸宅を構えて日々の暮らしを送っていた。一部では既に「超能力者」の肩書きを捨てたとも伝えられているユリ・ゲラー氏本人に会うため、彼の家を訪ねた。

(執筆: 本誌編集部 長野雅俊、写真: 前川紀子)

ユリ・ゲラー氏プロフィール
1946年12月20日生まれ。イスラエルのハンガリー系ユダヤ人の家庭に生まれる。11歳のときにキプロスのニコシアに転居。イスラエル陸軍での従軍経験を終えた後に、米国や英国を始めとする欧州各地、日本などでスプーン曲げを披露するようになり、超能力ブームの火付け役となった。現在、ロンドン郊外のレディングに在住。1月13日からは、次世代の超能力者を発掘するテレビ番組「The Next Uri Geller」の第2シリーズがドイツで放映開始された。
http://site.uri-geller.com/

「スプーン曲げなんて忘れろ」

「今日は取材のための時間をあまり割けなくなった。すぐに インタビューを始めよう。はい、今から開始!」

ユリ・ゲラー氏の自宅に、予定していた時刻よりも15分ほど早く到着してしまった。居間で待機するようにと促した同氏の義弟が、「今からお茶を用意するから」と言い残してその場を立ち去ったと思ったら、Tシャツ姿のユリ・ゲラー氏本人が、入れ代わるように勢いよく登場してきて「すぐにインタビューを始めよう」である。暗い照明の中、ドライアイスの煙に包まれながら怪しげに登場してくるような感のある「超能力者」の第一声としては、かなり意表を突いている。むしろそうした特異な能力を持つ人々を演出する側である、テレビ局の制作スタッフの言動に相応しい。

そもそも、インタビュー取材の約束を取り付けるまでの手続きが驚くほど簡素だった。公式ウェブサイトに掲載されているアドレスにメールを送ると、ほどなくしてユリ・ゲラー氏本人から自宅の電話番号とともに「電話ください」と記されたメッセージを受信。早速その電話番号にかけたところ、義弟からすぐ本人につながり、数十秒ほど通話するだけで取材日が決定した。


同氏の語るところによれば、ウェブサイトを通じて1日に200 通以上のE メールに返信するという。携帯端末「ブラックベリー」の機能を駆使して、乗り物での移動中、食前・食後や就寝前など、とにかくちょっとでも空いている時間があれば、E メールを書く。「ユリ・ゲラーから返事が来た!とびっくりされる方がたくさんいるみたいです。本人ではなく、秘書が代わりにメールを書いているのではないかと疑う人もたくさんいます。でも違う。私がすべて文面を書いているのです」と、携帯電話の画面を見せてくれる。近付くと、彼が香水の匂いを漂わせていることに気付いた。


メールの大部分は、ユリ・ゲラー氏に対する悩み相談である。こうした問い合わせに対して、同氏は「ポジティブなイメージを描くことの大切さ」を説くのだという。先日も、ある男性から「私もあなたのようにスプーンを曲げられるようになりたい。どうしたらスプーン曲げが可能になるのか」と尋ねるメールが届いた。この男性に対してもやはり「ポジティブに思考することを覚えよ」と伝えたらしいのだが、驚いたのは、彼がさらに加えて「スプーン曲げなんて忘れろ」と諭した、と言ったことだ。そして「超能力を手に入れようなんて思うな。それよりも、人生の目標を設定しなさい。お酒を控えなさい。常に成功をイメージせよ」と叱咤激励したというのである。

スプーン曲げといえば、いわば彼の代名詞だろう。それを「忘れろ」だなんて、彼はもう、超能力者ではなくなってしまったのか。

)日本庭園の側には巨大な鳥居が設置されていた
日本庭園の側には巨大な鳥居が設置されていた

「超能力者」は廃業?

ユリ・ゲラー氏の人気が日本で沸騰するきっかけとなったのは、1974年に日本テレビ系列で放送された「矢追純一の木曜スペシャル」を始めとするテレビ番組への出演だった。同番組は26.1%という高視聴率を叩き出し、各地の学校では、給食の時間に生徒たちがスプーンを力づくで曲げるいたずらが流行したという。その彼が、35年の時を経て、ロンドン郊外の邸宅で「スプーン曲げなど忘れろ」と言っている。

現在62 歳になった「超能力者」には、スプーン曲げ以外にもあまりに多くの成すべきことがあるのだ。1999年には、「エラ/孵化(ふか)する少女」なるサイコ・サスペンスを執筆。企業を相手とした講演活動に加えて、日本に生産ラインを持つという宝石のデザインも手掛けている。また英国においては、ITV系列で2002年に放映された実験ドキュメンタリー「I’m a Celebrity……Get Me Out Of Here!」の第1回シリーズに出演した。最近では、次世代の超能力者を発掘するテレビ番組フォーマットを考案し、自らその各国版に出演するためドイツ、オランダ、ハンガリーなど世界中を飛び回っている。


一方で、彼自身が「超能力」を披露する機会は減少しているように思える。

2007年には、ドイツで発行されている魔法・魔術の専門誌「マーギッシュ・ベルト」とのインタビューにおいて、「超能力を使うなんてもう言わない」と発言したとして、「ユリ・ゲラー、ついに『超能力』を撤回か」と報じられた。これに対して本人は、2008年に同じくドイツのリベラルなオンライン・マガジン「テレポリス」の取材を受けて、「『もう超能力を操ると喧伝しない』とは言ったけれど、超能力を私が持たないという意味ではない」との反論を展開している。

この件について真意を正すため、愚直にも改めて「あなたは超能力者なのですか」と尋ねてみた。すると返ってきた答えが、「もう『超能力者』とは名乗らない。私は現在、『神秘を与える者』となったのです」。狐につままれた感じ、という言い回しは、こういうときの気持ちを表現するためにあるのだろう。あるいは、聞く者を当惑させるこうした発言も、「超能力」の成せる業なのかもしれない。

室内は絢爛かつ雑多
室内は絢爛かつ雑多な装飾が施されている
アートプロジェクトの支援
この日ユリ・ゲラー氏の元には、新進アーティストのヘレン・マザックス氏がアート・プロジェクトの支援の依頼にきていた

疑惑の人物か、それとも確信犯か

ユリ・ゲラー氏が披露するスプーン曲げが果たして超能力によるものかどうかについては、これまでにもメディアや科学者たちの間で論争が繰り広げられてきた。言い換えると、スプーン曲げは常に「まやかしではないか」との疑惑にさらされてきたとも言える。最も象徴的なのが、カナダの奇術師ジェームズ・ランディとの「対決」だ。「疑似科学批判家」との肩書きも持ち、著作やテレビ番組などで「手品のトリックを応用することでスプーン曲げは可能」と主張した同氏とは、後に名誉毀損を主な理由とする訴訟問題にまで発展している。

ユリ・ゲラー氏の存在を「疑惑の人物」としているのは、「超能力」の信憑性に関する論争だけではない。「米国中央情報局と連邦捜査局から依頼され、旧ソ連の国家保安委員会の電子記録を超能力で消去するプロジェクトに関わったことがある」という「職歴」。「メキシコで油田を探り当ててメキシコの市民権を授与された」という「逸話」。ビートルズのリーダーであったジョン・レノン、F1レーサーのルイス・ハミルトン、ヴァージン・グループ会長のリチャード・ブランソンといった、各界の第一人者との「交遊録」。こうした彼の言動を伝える新聞各紙の報道は、記者たちが眉に唾をつけた痕跡ともいえる「カギカッコ」だらけになっているのが分かる。


しかしあえて言うならば、こうした疑惑の真偽を問う論争こそが、彼の存在を肥大化させてきたのだ。そして特筆すべきは、ユリ・ゲラー氏本人がその事実にあまりに自覚的なことである。

曰く、「悪いパブリシティなんてない」。19世紀のアイルランド人作家オスカー・ワイルドが残した「話の種になるより悪いことが一つだけある。それは話の種にもならぬことだ」という言葉を引用した後で、「私はこれまで、常に論争の的となってきました。それは、才能の一つといってもいいでしょう。カリスマと言い換えてもいい。決してお金で買うことはできない、貴重な能力なのです」という考えをとうとうと述べる。


さらには自身のHPに「懐疑者たちへ、感謝します」と題した文章を載せて「彼らが35年間にもわたって無料で私の宣伝活動を行ってくれた」という、あまりに直接的な表現過ぎて皮肉にすらならないような見解さえ記している。「私をイカサマ師だと思うにせよ、奇跡を起こす人間だと思うにせよ、一つだけ確かなことがある。それは私が世界で最もすぐれたPR導師の一人に違いないということだ」とまで明言するのだ。疑惑が取り沙汰された人物が、ここまではっきりとその疑惑の効用を喧伝する例はそう多くないだろう。

この人、確信犯だ。

いくつもの曲げられたスプーンやフォークが貼り付けられた自動車
いくつもの曲げられたスプーンやフォークが貼り付けられた自動車。歴史上の人物や著名人などが使用したというプレミアものも多く紛れているという

テムズ河沿いの大邸宅

「英国人の家は城、人生は裏庭にある」ということわざがある。保守的な英国人が描く理想とは、郊外の街に大きな邸宅を構え、家族と共に静かな生活を送ることだという。ユリ・ゲラー氏は、「無料で宣伝活動を行ってくれた」という懐疑者たちのお陰で、この英国人の理想を見事に実現してみせた。


ロンドンのパディントン駅から約30分ほど電車に揺られると、レディング駅に到着する。そこから車を15分ほど走らせると、ロンドン市内よりもずっとゆるやかに流れるテムズ河沿いに、大きな邸宅が並ぶ光景が見えてくる。この地に、総工費2000万ポンド(約28億円)ともいわれる、ユリ・ゲラー氏の豪邸が建っているのだ。

門構えには、「番犬います」の注意書き。来訪者がインターホンを押し、名前を告げると、門がゆっくりと開く。敷地内に足を踏み入れると、目の前に広がるのは、ヘリコプターの発着所にもなるという広大な庭。ここまでは保守的な英国人にとっての理想郷にも映るが、よく目を凝らしてみると、やはりここは「超能力者」ユリ・ゲラーの家であることが分かる。

まず庭の至るところに、曲がったスプーンのオブジェを見かける。また庭には、約1年にわたって家族で住んでいたことがあるという日本への愛着からか、鳥居がそびえる日本庭園に加えて、「山中湖の僧から寄付された」という、重さ1トンの角灯もある。また居間の角には、宇宙人のフィギュア人形が置かれていた。


日本での超能力ブームが終息しつつあった1985年、先述のリチャード・ブランソン氏から「子どもの教育のためには英国に住むのが良い」との助言を受けて、ユリ・ゲラー氏は生活の拠点をこの「城」に移したのだという。以来、妻と共にこの地で2人の子どもを育ててきた。現在、27歳になった息子のダニエルさんはロンドンで法廷弁護士として働き、その一つ下の娘ナタリーさんはニューヨークで女優になることを目指している最中だ。

懐疑論者たちが逆立ちしても実現できない。そんな意地悪な声がどこからか聞こえてきそうなほど、優雅な生活空間がそこにはあった。

広大な庭にあるスプーン曲げをモチーフとしたオブジェ
広大な庭にあるスプーン曲げをモチーフとしたオブジェ

超能力者の正体とは

「スプーン曲げなど忘れろ」や「もう超能力者とは名乗らない」などといった発言の真意はともかく、彼がキャリアの方向転換を図っていることは確かなようだ。「幼い頃はあまり恵まれていない家庭で育ちました。だからテレビでスプーン曲げを披露していた頃は、富と名声ばかりを追い求めていたのです。本当に浅はかな人間だったとは思う。でも今は変わりました。私は今後の人生を、人々を助けるために費やしたいのです」との思いを実現するため、チャリティー活動にも尽力している。

この人はもう、超能力を商売道具とはしたくないのかもし れない。「スプーン曲げなんて忘れろ」発言の意味を、そんな風に何とか理解しようと努めていたら、ユリ・ゲラー氏が「スプーンは持ってきたか」と尋ねてきた。詰まるところ、スプーン曲げを喜んで披露してくれるらしい。サービス精神が旺盛というか、節操がないというのか。こちらも、さっきまで彼の「超能力」をあんなにも疑っていたのに、スプーン曲げが間近で見られるとなると、やはり、何だかわくわくしてしまうのだから、お互い様なのかもしれない。


動画機能を持ったカメラを用意しようとすると、動画撮影は禁止だと言いながら、「ほら曲がってきた、曲がってきた」と、もうスプーン曲げを始めている。確かにスプーンは徐々に曲がってきている、ようにも見える。スプーンを深く握り締めて前後に揺らしているからそう見えるだけで、我々が視線を逸らした一瞬を利用して既に一定の角度まで曲げられていた、と勘繰ることもできなくはない。それから彼は一旦私たちに背を向けて、後方にある暖炉の前にある柵にスプーンを置いてから「今度はひとりでに曲がっていくよ」とヤジロベーのように揺れているスプーンを指差した。気付けば、スプーンは確かにきれいに90度、反り返るように曲がっている。最後にはそのスプーンに、彼の名前とハートマークをサインしてくれた。

居間でのインタビューが一通り終了すると、今度は庭やその他の部屋での写真撮影に付き合ってくれた。私とカメラマン、そしてアート関連プロジェクトの相談のために訪れたというアーティストとその娘を含んだ計4名を携えて、まるで観光ツアーのように敷地内を紹介していく。質問にも淀みなく答えてくれるし、「ジョン・レノンからもらった」り、オークションで競り落としたという、16世紀のイングランド王エドワード6世のスプーンなどが取り付けられた名物の車を見せてくれたときは、「記者たちの聖地だ」と言いながらポーズを決めてくれた。移動中もカメラマンの足元が滑らないようにと気遣うなど、とにかく気配り上手な一方で、「あと5分で写真撮影を終えてしまおう」と物事をテキパキとこなしていく仕切り上手でもある。

マメで、配慮がきめ細かく、手際が良い。ちょっとお調子者だけど、なんだか憎めない、苦笑しながら思い浮かべてしまうような存在。でもやっぱり、どこか安心しきれない、危険な匂いも漂わせている。

その魅力を、世の中では「超能力」と呼ぶのかもしれない。

 
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