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独断時評

伊達 信夫
伊達 信夫 経済アナリスト。大手邦銀で主に経営企画や国際金融市場分析を担当し、累計13年間ドイツに駐在。2年間ケルン大学経営学部に留学した。現在はブログ「日独経済日記」のほか、同名YouTubeチャンネルやX(旧Twitter)(@dateno)などでドイツ経済を中心とするテーマを解説している。デュッセルドルフ在住。

第1回 高インフレ下のドイツで賃金は上がり続けるのか?

日本と異なり、ドイツはもともと賃金が高い上に、上昇もしやすい国である。最近は特にインフレが激しいため、企業は今後2年程度は過去に例のない高い賃上げで対応せざるをえない状況になると思われる。今回は各種データに基づいて最近のドイツ賃金情勢を分析した上で、当面のドイツ現地法人経営に対するインプリケーションについても併せて考えてみたい。

  • 昨年に続いて今年もインフレは高止まりする見込み
  • 今後2年間は過去に例がない高賃上げを断行する覚悟が必要
  • 売上とモチベーション両方の引き上げが求められる局面に

そもそもドイツの賃金が高い理由

日本と違ってドイツは賃金が非常に上がりやすい国といえる。それはドイツの生産性が比較的高い上、労働組合が強い交渉力を維持しているためだ。ドイツの賃金はインフレ率プラス1%くらい上がるのが一般的。逆にその程度は賃上げしておかないと、社員の間で不満がたまったり、辞められたくない人に突然辞められてしまったりすることもある。

欧州中央銀行(ECB)の中長期的インフレ目標が年2%であるため、これに1%を加えた3%程度の賃上げが、ドイツにおいて妥当なラインとされている。2%前後のマイルドなインフレは、ドイツ経済全体の暗黙の了解となっているため、商品やサービスの価格がインフレと同程度上がることに対しては、取引先の抵抗もさほど強くない。実際、日本企業と違ってドイツ企業は遠慮なく頻繁に値上げし、説明可能な合理的値上げは比較的すんなり受け入れられている。マイルドかつ継続的なインフレによる高めの名目経済成長が、高めの売上や利益を生み、所得分配をしやすくしているのだ。その点、デフレ的傾向が依然として根強い日本経済より、ドイツ経済の方がはるかにうまく回りやすい体質になっているともいえる。

とはいえ、ドイツの高い賃金は、国際競争力の観点からは問題となる。ドイツは欧州連合(EU)の中でもトップクラスで賃金の高い国だ。2022年の時給水準をEU内で比較すると、EU27カ国の平均が30.50ユーロであるのに対し、ドイツは上から7番目の39.50ユーロと、EU平均値を3割程度上回る水準となっている。最低賃金も昨年秋から12ユーロ(1740円・1ユーロ145円換算)に引き上げられ、こちらもEU内トップクラスである。しかし世界的景気後退が迫る状況下での高コスト体質は、ドイツ経済にとっても大きなダウンサイドリスク要因となる。

2022年以降、ドイツではどのくらい賃上げしたか?

昨年以降のドイツの主な賃金妥結状況は下表の通りだ。高インフレに配慮して賃上げ水準や一時金がかなり高くなっている一方、将来の不透明感を少しでも減らせるよう雇用契約の期間は長めとなっている。ドイツではコロナ禍以前から人手不足が深刻な状況にあったため、ハイテク企業の大規模リストラが相次ぐ米国と異なり、大規模な解雇の話をほとんど聞かない。不景気が心配されている割には、失業率は5.5%前後で今後もほとんど上がらない見込みである。

妥結時期 業種 対象者数 妥結概要
2022年
6月
ビル清掃 49万人 2022年10月から+9.7%、2024年1月~2024年12月末まで+3.2%
2022年
10月
化学 58万人 2023年1月から+3.25%、2024年1月~2024年6月末まで+3.25%、各年初に一時金1500ユーロ
2022年
11月
金属・
電機
364万人 2023年3月に一時金1500ユーロ、2023年6月から+5.2%、2024年3月に一時金1500ユーロ、2024年5月から2024年9月末まで+3.3%
(今後交渉) 公務員 239万人 【要求】年+10.5%(ただし最低月500ユーロ)

だからといって、労働者がウハウハということでは全くない。昨年を振り返ると、賃金は3.5%上がったものの、インフレ率が6.9%になったため、実質の賃金はマイナス3.1%となってしまった。インフレで生活が苦しくなり、賃金に不満を募らせている人たちがどんどん増えており、その不満が経営者に向かいやすい状況だ。労働組合はこのインフレによる実質賃金の目減りを防ぐことを最優先しているので、今年も「超強気スタンス」で賃上げ交渉に臨んでくるだろう。

今後2年はコストの大幅上昇を覚悟

ドイツ4大経済研究所の直近のマクロ経済予測(2023年4月)によると、賃金は今年5.7%、来年5.5%、インフレ率は今年6.0%、来年2.4%上昇する見込みとなっている。今後2年間の事業計画や予算策定においては、物件費だけでなく人件費も平年比かなり大きめの上昇を覚悟しておく必要があるだろう。会社ごとの賃上げ水準については、その会社が属する業界における労使交渉の妥結結果をベースに、必要に応じてさらに上乗せして決めることになる。

コスト全般の大幅上昇がこれからまだ2年も続くという厳しい状況ではあるが、名目成長が今年6.3%、来年4.2%と高いことを忘れてはならない。まずはドイツ企業と同様にしっかりと値上げして、売上と利益を伸ばすことにより賃上げ原資を確保すること。そして、賃上げを社員それぞれのモチベーションやスキル向上に直結させることが求められる局面だと思われる。

 
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