最近、日本肥満学会が「痩せ過ぎはよくない」と発表したと聞きました。娘はスラッとした体型にもかかわらず、いつも体重のことを気にしています。これまではメタボ予防のために痩せることが推奨されていましたが、痩せ過ぎはどんな健康上のリスクがあるのでしょう?
Point
- BMI 18.5未満が低体重(痩せ)
- BMIが標準より少し太めが最も長命
- 日本の20代女性の24.4%が低体重
- 「痩せ=美しい」の思い込みも背景に
- 筋力低下と低栄養の症状も
- 肥満者と同じ糖尿病リスクも
- 基本は十分な食事と日常の運動
肥満の目安のBMI
ボディマス指数(BMI)
体重と身長から算出されます(計算式は、BMI=体重[Kg]÷身長[m]÷身長[m])。日本肥満学会と世界保健機関(WHO)は共に、BMIが18.5 < 25を「普通体重」(Normalgewicht)としています。
日本とドイツの肥満度分類
BMI | 日本(日本肥満学会) | ドイツ(WHO) |
---|---|---|
18.5未満 | 低体重(痩せ) | Untergewicht |
18.5 < 25 | 普通体重 | Normalgewicht |
25 < 30 | 肥満(1度) | Präadipositas(太り気味) |
30 以上 | 肥満(2度)以上 | Adipositas(肥満) |
「普通体重」の根拠
BMIと死亡率(Sterblichkeit)の関係は、BMIが22付近で死亡率が最も低くなるU字型を示し、BMIが20以下あるいは25以上では死亡リスクが上昇します。そのため、日本ではBMIが22が統計的に最も病気になりにくい体重と解釈しています。
太り気味が長生き?
「太り気味」は「痩せ」よりも5~7年長生き
日本の大崎国保コホート研究が40歳以上の約5万人を対象に実施した調査では、WHOの基準で「太り気味」の人の平均余命が最も長く、次に「普通体重」、「肥満」と続き、「痩せ」の人の平均余命が一番短いことが分かりました(2013年のBMJ Open誌、平成19~21年度厚労省科学研究費による総括報告書)。「太り気味」の人の40歳以降の平均余命は、「痩せ」より男性で7年、女性で5年も長いという結果も出ています。
肥満への警鈴の偏重
肥満が生活習慣病と関わることから、専門家もマスコミも肥満、メタボ、内蔵脂肪に対する警鈴を鳴らしてきました。一方で、「痩せ」の課題は、神経性食欲不振症(Anorexia nervosa)を除けば「病気」としての概念がありませんでした。
増えている若い女性の「痩せ」
日本の20代女性のほぼ4人に1人
厚生労働省の調査によると、日本の20代女性の24.4%(ほぼ4人に1人)、30代女性の17.95%(5.6人に1人)がBMIが18.5未満の「痩せ」の状態です(2023年の国民健康・栄養調査)。ドイツの18~29歳の女性の「痩せ」の頻度7.2%と比べても、際立って高くなっています(ロベルト・コッホ研究所[RKI]から発行される2022年のJ Health Monit誌)。
原因は食べない、運動しない
低体重の原因として、①食べない(エネルギー摂取量不足)、②運動しない(筋力、心肺機能の低下)が挙げられます。20代女性の平均1日摂取カロリーは終戦直後を下回るともいわれ、その結果「エネルギー低回転タイプ」となって種々の健康障害のリスクとなっています。
背景にSNSやファッション誌の影響
近年の日本では「痩せ=美しい」という意識が浸透し、それに伴う痩そうしん身願望が背景になっていると考えられています(2000年の教育心理学研究誌、2025年の日本肥満学会「女性の低体重/低栄養症候群ワーキング・グループ」)。20歳代女性のうち、体重をさらに減らそうとしている人の割合は「普通体重」で62.8%、現在「痩せ」でも28.1%と高くなっています(平成20年度国民健康・栄養調査)。
痩せ過ぎのモデルの規制がある国も
フランス、イタリア、イスラエルでは、痩せ過ぎたモデル(Magermodel)を法律で禁止しています。ドイツでは法律はありませんが、BMIが18.5以上の業界自主規制が行われています。
糖尿病治療薬を痩せ薬として用いるリスク
GLP-1受容体作動薬を糖尿病のない人が「痩せ薬」として用い、健康被害が報告されているほか、糖尿病患者に薬が届かなくなるなど、国や医療界が警鐘を発する事態が生じています(2023年のNHKのウェブ特集「GLP-1ダイエット “夢のやせ薬” の落とし穴」)。
太りたくても太れない人も
食べても太れない体質性痩せ(2023年のFrontPublic Health誌)、都会暮らしの若い女性には痩せ願望はないのに経済的な理由で十分な食事を取れない人もいます(2021年3月の読売新聞「大手小町」)。
痩せているのは健康か?
前糖尿病状態が13%も
順天堂大学での研究(2021年のJCEM誌)により、痩せた若年女性では標準体重の女性に比べて耐糖能異常(前糖尿病段階)の割合が約7倍(7.5人に1人)も高く、米国のBMIが30以上の肥満者での耐糖能異常の割合(9.4人に1人)を超えています。痩せているのに糖尿病のリスクがある状態です。
栄養素不足、骨代謝異常、性ホルモンの異常
ビタミンD、B12、葉酸、亜鉛、鉄、カルシウムなどの不足、鉄欠乏性貧血が挙げられています(先の日本肥満学会のワーキンググループ)。骨粗しょう症や骨減少症のほか、極端に痩せると間脳下垂体機能が影響を受け、排卵障害や月経異常を生じてきます。妊娠時の母体と胎児の健康リスクを指摘する声もあります(2011年のInt J Epidemiol誌の総説)。
全身症状、精神・神経症状
疲れやすい、低血圧、冷え性、睡眠障害、肌荒れや髪が細くなるなどの症状がみられます(2010年のClin Med誌、2011年のAntioxid Redox Signal誌、2013年のJ Drugs Dermatol誌、2020年のMediators Inflamm誌)。時には、集中力低下や抑うつ傾向(1999年のPublic Health Nutr誌)、本来は加齢に伴う筋肉量、筋力低下を意味する「サルコペニア」のリスクも(先のワーキンググループ)。
痩せ過ぎの人は
「動いて」「食べる」を意識する
激しい運動でなくとも、階段の登り降りなど日常の活動量を増やすことが大切です。また運動は気分転換、ストレス発散にもつながります。食事は栄養素(糖質、タンパク質、脂肪、野菜、果物、乳製品)のバランスの取れた内容にしましょう。
多様な美しさを許容できるように
痩せ一辺倒の価値観が広がっていることも影響しているとの指摘があります(7月7日の読売新聞「ニュースの門」)。行き過ぎた痩身願望を考え直すことが、必要な時期ともいえるかもしれません。
女性の低体重/低栄養症候群(FUS)
日本肥満学会は今年4月に新しい疾患概念である「女性の低体重/低栄養症候群」を発表しました。今後、日本骨粗しょう症学会、日本産婦人科学会、日本小児内分泌学会、日本女性医学学会、日本心理学会と共同で、「痩せ=美しい」の意識をなくし「健康の新常識」を作りたいとしています。