病院に入院していた知人が音楽療法を受けたところ、気分が大分落ち着いたと話していました。音楽療法とはどのような治療なのでしょうか?健康保険は適用されるのか、自宅で音楽を聴くなどセルフケアとして音楽療法を用いることができるのかなど、詳しく教えてください。
Point
- 音楽は脳とこころに働く
- 心理療法的アプローチの一つ
- 音楽療法士が担当
- 病院、施設での補助治療として
- 音楽鑑賞、合唱、演奏など
- 不安、痛み、不眠に一定効果
- 自宅でのセルフ音楽療法
音楽の人への影響
音楽の脳への影響
音楽(Musik)を自ら演奏したり、音を聴いたりすることによって、脳のいろいろな場所が刺激を受けます。楽器演奏では聴覚・視覚・筋力を同時に使うため、空間認識能力や集中力、記憶力などの向上が期待できます(2023年のBrain Behav Immun Health誌)。音楽を学んだことのない人でも、短期間の楽器訓練で脳機能の再構成(脳の可かそ塑性)を生じます(2003年のNeuroimage誌)。
音楽のこころへの影響
音楽は演奏者(作曲者)の感情の表現だけでなく、聴く人の感情も刺激します(2017年のJAMA誌)。短調の和音は悲しみや重苦しい感情を連想させ、明るい長調の曲を聴くと脳内の幸福ホルモン(ドーパミン、セロトニン)を分泌する部分を活性化すると考えられています(2018年のNeuroscience Lett誌、2023年のBrain Behav Immun Health誌)。
音楽を治療に用いる背景
①脳の可塑性や、②記憶力、注意力、学習能力などの認知機能への好影響、③感情へのさまざまな影響などから、④痛みの管理や身体のリハビリテーションにおける音楽の役割が示されています(2023年のBrainBehav Immun Health誌)。
医療における音楽療法
音楽療法(Musiktherapie)とは
音楽的な体験を通じて、心身の健康・社会的機能・自己表現の回復を支援する心理療法的アプローチで(2005年のAMTAの定義、日本音楽療法学会)、補完代替医療(Komplementärmedizin、alternativeMedizin)の一つです。
音楽療法を行うのは誰ですか?
決められている音楽療法プログラムを修了して、音楽療法士(Musiktherapeut/-in)の認定を受けた専門家が、治療過程の中で臨床的エビデンスに基づいた音楽的介入を行います。
どのような領域で用いられますか?
音楽療法は医療補助療法(Ergänzende Therapieform)の一つとして、病院・リハビリ施設、精神科、老年医学、小児科、緩和ケア(Palliativmedizin)など、医療の広い領域で用いられています。
医療保険の対象になりますか?
ドイツでは入院中の音楽療法は多くの場合、治療の一環として保険の対象となっています。外来での音楽療法はドイツの連邦合同委員会(GBA)による治療法として承認には至っておらず、通常は個人で負担しなければなりません(2019年のDeutsches Ärztreblatt誌)。
受け身の音楽療法(rezeptive Musiktherapie)
音楽を鑑賞することによって、感動や身体に生じる変化を治療として用います。音楽鑑賞によって気持ちをリラックスさせる「鑑賞療法」、音楽により精神活動を刺激する「刺激療法」(stimulierendeMusiktherapie)などに分けることができます。
参加型の音楽療法(aktive Musiktherapie)
複数の人と一緒に歌を歌う合唱療法、共に演奏する合奏療法などがあり、身体の動きや精神活動を活発化させます。高齢者と歌を歌う、青少年と歌を作る、バンド活動を企画する、さらに子どもたちの治療では音楽を用いた自由遊びなどが利用されています。
症状と音楽療法の効果
患者の不安に対して
手術待機中の患者を対象とした26論文の系統的レビュー(全ての関連研究を収集・評価する手法)では、音楽鑑賞が術前の不安に対して効果が示されました(2013年のCochrane Database Syst Rev)。がん患者の不安には、音楽療法の効果が示唆される知見が多いものの、研究者のバイアスがかかっている可能性を否定できないと指摘されています(2016年のCochrane Database Syst Rev)。
ストレスに対して
47論文のメタ分析(一定の基準を満たす複数の研究結果を統計学的に統合し、定量的な分析を行う手法。2747名対象)では、音楽療法がストレスに対して改善影響があると示されました(2022年のHealthRsychol Rev誌)。同様に104論文の別のメタ分析(9617名対象)でも、音楽介入が生理的、心理的ストレスの軽減効果があることが示されています(2020年のHealth Rsychol Rev誌)。
痛みに対して
1995~2014年に発表された97論文のメタ分析(9184名対象)での音楽介入は、痛みの強さと痛みによる感情的苦痛の両方への改善効果がみられました(2016年のJ Music Ther誌)。ホスピスの50名のがん患者とその家族を対象に、患者の苦痛、不安、うつ気分などを調べた研究では、患者も家族も音楽療法の良い効果がみられています(2017年のSupport Care Cancer誌)。系統的レビューでも患者の痛みへの効果はみられました(2021年のCochrane Database Syst Rev誌)。
睡眠障害に対して
不眠症者を対象とした13報告の系統的レビュー(1007名対象)によると、音楽は入眠までの時間や本人の熟睡感に対して軽度の改善がみられたようです(2022年のCochrane Database Syst Rev誌)。高齢者の不眠に関する16論文の系統的レビュー(812名対象)では、一定の効果は確認できませんでした(2021年のGeriatr Nurs誌)。
認知症の行動・心理症状(BPSD)に対して
認知機能低下やアルツハイマー病などの認知症患者での音楽療法の影響を調べた研究は数多くあるものの、患者の興奮、攻撃性や認知機能を改善するか否かに関しては一定の結果が得られておらず、認知機能に有益性については明らかではありません(2018年のCochrane Database Syst Rev誌)。一方、軽度認知障害または軽度・中等度認知症の人を対象とした21論文の系統的レビューとメタ分析の組み合わせ(1472名対象)では、わずかながらも認知機能への好影響が示されています(2021年のJ Am Geriatr Soc誌)。
日常自分できる音楽療法
セルフ音楽療法
日常の生活の中で音楽の持つ良い影響を利用することも可能です。リラックスできる音楽を聴いて心身を落ち着かせる、アップテンポな曲で高揚感を得る、日本の歌謡曲や民謡を聴いてこころを和ませることなどが期待できます。
音楽会に行く、合唱や演奏に参加する
日照時間が短く外気温が下がるドイツの冬は、冬季うつ(Winterdepression、Winterblues)にも陥りやすい季節。友だちに会うのもおっくうな時は、一人でコンサートやオペラ、バレエ公演に行ってみるのも気分回復に役立ちます。合唱や演奏グループに参加することも広い意味の音楽療法といえるでしょう。



インベスト・イン・ババリア
スケッチブック







