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もの忘れと認知症

久しぶりの一時帰国で、父との会話中に「あの人が……」「あそこで……」など、固有名詞が出てきにくいのが気になりました。母は上の階に物を取りに行って何を探していたのか、思い出せないことがあるそうです。これは認知症の始まりなのでしょうか?

Point

  • 日本の高齢者の30%弱に認知機能低下
  • ヒントで思い出す生理的もの忘れ
  • 認知症のもの忘れは自覚なし
  • 認知症では社会生活の支障
  • 変だと思ったら家庭医に相談
  • 生活習慣の工夫で認知症予防

記憶力とは

私たちの記憶力*

正常な記憶には、①情報を覚える(記銘)、②保つ(保持)、③思い出す(想起)の3段階があります。認知症では①の機能低下が、加齢によるものでは③が低下します。もの忘れが全て認知症(Demenz)というわけではありません。

日本の高齢者の3人に1人に認知機能の症状

2022年の65歳以上の高齢者(3603万人)の認知症の数は約443万人(12.3%) 、後述の軽度認知障害(Leichte kognitive Beeinträchtigung[LKB]、Mild Cognitive Impairment[MCI])が約558万人(15.5%)と推計されています(2022年度の厚生労働省「認知症及び軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計」)。

ドイツの認知症患者数

2022年のドイツ国内における認知症患者数は約140万人、40歳以上の人々の2.8%、65歳以上の6.9%が認知症と診断されています(2025年のJ Health Monit誌)。

加齢による生理的もの忘れ

ヒントがあれば思い出す

知っている人の名前が出てこない、どこに置いたのか思い出せないなど、限定的な記憶の低下です。ヒントがあれば思い出すことができるのが特徴です。加齢によるもの忘れは記憶の一部を忘れる(前述*③)もので、誰にでも起こりうる現象です(altersbedingte normale Vergesslichkeit、日本神経内科学会「認知症疾患診療ガイドライン2017)」。

もの忘れの自覚がある(subjektiv wahrgenommene Gedächtnisstörung)

自分でなかなか思い出せない、忘れてしまったという自覚があり、日常生活や社会生活への影響はありません。

年齢と認知機能

これまでは短期記憶力や認知運動能力のピークは20代とされ(2002 年のPsycol Aging誌、2012 年のPsychon Bull Rev誌、2014年のPLOS ONE誌)、以降の記憶力は年齢とともに低下すると考えられてきました。一方最近の研究によると、認知処理速度は60歳以降まで高く保たれているということが示されています(2022年のNat Hum Behav誌)。

認知症によるもの忘れ

体験した出来事が抜け落ちる

出来事や体験そのものを忘れてしまいます。例えば、すでに夕食を済ませているのに食べていないと主張したり、本人は先に質問したことを忘れて短時間に同じ質問を繰り返して尋ねたりします。

もの忘れの自覚なく、日常生活に支障

記憶の記銘(前述*①)ができなくなった病態のため、本人にとって「経験していないこと」であり、忘れたという自覚はありません。認知症は、記憶障害が「日常生活や社会生活にも支障」をきたしている状態を指します。

低下する認知機能

記憶機能、見当識(時間、場所、人物、周囲の状況の認識)、注意力の維持、実行機能(計画を立て実行する)、社会的認知(他人の気持ちへの配慮など)の低下を生じます。日常生活では買い物、食事の準備、服薬管理などの生活機能の低下がみられます。

軽度認知障害のもの忘れ

認知機能の一部だけが低下

軽度認知障害(MCI)は、認知症と健常な状態の中間か一歩手前のような状態です(厚生労働省)。記憶など認知機能低下はあるものの、日常生活を正常に送ることができる状態です。ドイツでは日本ほど用いられない用語で、日本ほど一般に浸透していません。

認知症へ進む割合は?

少なからずの人がMCIの状態から、認知機能障害と行動障害を伴う「認知症」状態に進みます(長田乾著『「うちの家族、認知症?」と思ったら読む本』、2020年、Gakken)。MCIから認知症に移行する割合は、年間約10~15%(1999年のArch Neurol誌、2006年のLancet誌、2009年のActa Psychiart Scand誌)、長期的には半数以上が移行するといわれています(2002年のLancet誌、2002年、2006年、2014年のNeurology誌、2009年のActa Psychiatr Scand誌、2012年のArzeimer Dis Assoc Disord誌)。

周囲で気になったら

もの忘れの自覚ある場合

最近もの忘れが顕著になったとの自覚があり、「もの忘れ外来」を訪れる人の場合、MCIあるいは認知症と診断される人は少ないといわれています。

自覚がなく、日常生活も送れる場合(MCI)

できるだけ早く専門の医療機関を受診しましょう。MCIから認知症への移行を遅らせたり、健常な状態への回復を期待できます。(国立長寿医療研究センター「あたまとからだを元気にする MCI ハンドブック」)。

家族、周囲の人が気付いたら

認知症あるいはMCIのもの忘れでは、本人の自覚がないため周囲が異常に気付いて受診を勧めることになります。その場合、本人にとっては出来事自体を経験していないとの認識であることに配慮することが必要です。

まず掛かりつけ医に

通院している掛かりつけの家庭医(Hausarzt/-ärztin)に相談してみましょう。認知機能テストで認知機能低下が確認された場合は、ほかの原因がないか血液、画像検査が行われます。そして神経内科(Neurologie)、老年科(Geriatrie)、メモリークリニック(Gedächtnisambulanz、多くは大学病院に併設)で精密検査を受けます。

認知症になりにくい生活習慣

生活習慣への配慮

横浜市認知症疾患医療センター長の長田乾先生は、世界中の研究や論文から認知症になりにくい人の生活習慣として、①ほどよい強度の運動を続ける、②痩せ過ぎない(小太りがよい)、③たんぱく質を毎日摂る、④家族や仲間と食事をする機会が多い(孤食を減らす)、⑤家族以外の人との交流、⑥禁煙、⑦毎日外出する、⑧1日7時間程度の睡眠、⑨働き続ける、⑩新聞を読む、などを挙げています(長田乾著『認知症になりにくい人・なりやすい人の習慣』、2023年、Gakken)。

指先と頭を使う

指先と頭を使うジグソー・パズル(Puzzle)なども、認知機能を保つのに役立つことが報告されています(2009年のNeurology誌)。

 
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馬場恒春 内科医師、医学博士、元福島医大助教授。 ザビーネ夫人がノイゲバウア馬場内科クリニックを開設 (Oststraße 51, Tel. 0211-383756)、著者は同分院 (Prinzenallee 19) で診療。

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