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独断時評

伊達 信夫
伊達 信夫 経済アナリスト。大手邦銀で主に経営企画や国際金融市場分析を担当し、累計13年間ドイツに駐在。2年間ケルン大学経営学部に留学した。現在はブログ「日独経済日記」のほか、同名YouTubeチャンネルやX(旧Twitter)(@dateno)などでドイツ経済を中心とするテーマを解説している。デュッセルドルフ在住。

第12回2024年ドイツ賃金交渉の見通し

ドイツ経済はスタグフレーション的な長期低迷に陥っているものの、深刻な人手不足を背景に労働市場が緩む気配はなく、昨年同様かなりの賃金上昇が続く可能性が高い。今回は賃金交渉における労働組合側の戦略を確認した上で、2024年の賃上げについて展望してみたい。

  • ドイツの少子高齢化による人手不足は、年30万人の移民受け入れでも補えず
  • 今年の労組は、インフレで目減りした分を補うような高い賃上げを目指している
  • 2024年は「ストライキ頻発/賃金上振れ/利下げ後ズレ・ユーロ高円安/週休3日制」に注目

人口動態上やむを得ないドイツの人手不足深刻化

ドイツでは、日本にやや遅れて少子高齢化が進んでいる。60~65歳の年齢層約600万人がこれから年金生活入りするのに対して、これから職業生活に入る15~20歳の年齢層は約400万人しかいない。外国人受け入れに積極的なドイツが、年平均約30万人の移民(難民を含む)を受け入れたとしても、人口減少を止めるのが精いっぱいで、退職していく高齢者分の労働力は補い切れない。

加えてドイツでは労働時間が非常に短いので、人手不足が一層深刻化する。マクロ経済の観点からは、労働投入が不十分で成長率を0.5%程度押し下げるため、ドイツの潜在成長率は年+0.4%と、日本とほぼ同じレベルにまで低下している。ミクロ経済の観点からは、倒産でもしない限り現有戦力(労働者)を極力維持したいと考える企業が増えるだろう。スキルの高い即戦力を他社から引き剥がして雇おうとすれば、高い処遇を要求されることになる。

労組は賃金目減り分の取り返しを最優先

労組系シンクタンクWSIによると、2023年は協定賃金+5.6%と、賃上げ率としては過去に例がないほどの成果を上げた。しかし、インフレを差し引いた実質賃金ベースでは、2021年▲(マイナス)1.4%、2022年▲3.9%、2023年▲0.3%と3年連続でマイナスになっている。つまり、賃金の上昇率が物価上昇に追いつかず、労働者の生活苦が続いているということだ。実質賃金は2020年の水準から▲5%切り下がり、2016年の水準に逆戻りしており、労組としてはその分大幅な賃金上昇を勝ち取りたいと考えている。WSIによれば、労組の2024年賃金交渉取り組み方針は次の通りだ。

  • 高インフレによる購買力低下を補うのに十分な賃上げを目指す
  • 賃上げによる購買力強化は、ドイツ経済が低迷から抜け出すためにも必要
  • 今後見込まれるインフレ低下のため、実質賃金は確保しやすくなるはず
  • インフレ一時金(1回に限り計3000ユーロまで免税、2024年末に廃止)がない場合は、その分賃上げによる上乗せで補う
  • 法定最低賃金を上回る担当業界ごとの最低賃金14ユーロの実現を目指す
  • 賃上げが最優先ながら、可能な限り労働時間短縮も狙っていく

被用者の約15%に適用されている法定最低賃金は、今年から時給12.41ユーロとなった。この金額は2019年末比+35%とこの期間のインフレ率+17.6%を大きく上回っており、実質購買力の面では問題ない。しかし労組は、欧州委員会から欧州連合(EU)加盟国に対して命じられるEU指令の最低賃金水準(各国の平均給与の6割)を充足する時給14ユーロを目標としている。また、賃金を据え置いたまま週38時間労働を35時間に短縮するなど、実質的賃上げを目論んでいる。

今年の賃金交渉の予想と注目点

ドイツ連邦銀行の経済予測によると、ドイツの1人当たり賃金は今年+5.2%と、インフレ率+2.7%を2.5%上回る見込みとなっている。しかし5%以上目減りした実質賃金を強く問題視する労組としては、8%くらいの賃上げは欲しいはずだ。人手不足を背景に労組はストライキを多用しながら強気で賃上げを要求し続けるため、上振れリスクが大きいと覚悟すべきだろう。賃金が上振れすると、ユーロ圏が目指すインフレ率2%が実現困難になるという懸念から、ECBが利下げに慎重になり、現在のユーロ高円安が長期化する可能性がある。

今年の賃金交渉では昨年同様に、労組が1年10%前後の賃上げを要求するのに対し、妥結内容は2年程度の長期にわたって段階的な賃上げが続くという複雑なパターンが多くなるだろう。今年は金属・電機業界(IGメタル、364万人、9月末期限)と公務員(ver.di、288万人、年末期限)の交渉に注目したい。労働時間短縮による実質賃上げの手法も駆使されるため、週休3日制の広がりにも要注目だ(本誌1206号参照)。

人材コンサルタント会社キーンバウムの分析によると、ドイツ企業は人件費の大幅上昇をコスト削減や他国へのシフトではなく、生産性向上や売上増加によって克服しようとしている。リセッションとはいいながらも、名目ベースでは昨年+6.1%、今年+3.3%と経済成長は続いているので、ビッグデータ分析に基づくデジタルマーケティングや、社内ビジネスプロセスのデジタル化などと絡めて攻めのスタンスで対処するのが正しい方向性といえそうだ。

ドイツ連邦銀行の経済予測(2023年12月16日)

2023年 2024年 2025年 2026年
1人当たり賃金 +5.9% +5.2% +3.6% +3.5%
インフレ率 +6.1% +2.7% +2.5% +2.2%
実質成長率 ▲0.3% +0.3% +1.1% +1.6%
名目成長率 +6.1% +3.3% +3.8% +3.4%
 
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