第30回独経済を揺るがすトランプ関税に在独日系企業はどう対応する?
対EUトランプ関税妥結により、関税引き上げ合戦開始という最悪の展開は回避された。しかし、保護主義と地政学的不確実性が常態化する世界の中で、ドイツの企業と経済は今後すさまじい逆風と戦い続けることを強いられる。今回はその逆風の影響を分析し、在独日系企業が取るべき対策について提案する。
- 対EUトランプ関税は15%でいったん決着し、金融市場は不透明感低下を好感
- しかしドイツ企業の負担感はかえって高まっており、ドイツ経済への悪影響は甚大
- コスト増やリスクへの対応力強化と併せて、ドイツ事業の位置づけ再定義を
対EU関税15%で決着貿易戦争回避で市場は安堵
欧州連合(EU)は米工業製品に対する関税(例:自動車10%)を撤廃し、7500億ドル相当の米エネルギー製品を購入と6000億ドルの対米投資を約束するという高い代償と引き換えに、対EUトランプ関税は15%の税率(自動車含む)で決着した。エネルギー輸入や対米投資の約束はあまりにも巨額な上、政府の権限が及ばない部分が大きく、実現は容易でない。EU側に一方的に不利な妥協であり、欧州はほとんど抵抗できずに米国に屈服したとの評価が一般的だ。
しかし、貿易戦争突入という最悪の事態は回避されたということで、金融市場には安堵感が広がり、欧州の株価は上昇した。米国の対EU関税率は約10倍に跳ね上がっており、欧州経済にはマイナスでしかないものの、消費者マインドや企業の投資意欲を悪化させていた不透明感が大きく後退したと受け止められた。
安堵どころでないドイツ企業 年間160億ユーロの経済損失
しかし、ドイツ企業は安堵どころではなく、不安をさらに募らせている。ドイツ商工会議所(DIHK)が8月6日に発表した緊急アンケート結果(対象約3500社)によると、トランプ関税に関してドイツ企業が最も重荷と感じていることの1位は「新たな不安・不透明感」、2位は「税率上昇」となっている(下図)。15%という高水準の関税がもたらす直接的なコスト増と、今後の関税政策が絶えず変更されることに対する恒常的な不透明感がドイツ企業を苦しめている。
DIHK緊急アンケート(2025/8)
トランプ関税関連の負担感・懸念トップ5
米国取引がある企業 | 米国取引がない企業 | ||
---|---|---|---|
1 | 新たな不安・不透明感 | 80% | 77% |
2 | 税率上昇(10%⇒15%) | 72% | 35% |
3 | 通関手続き負担 | 46% | 23% |
4 | 米国市場における競争力低下 | 45% | 17% |
5 | 金融・為替市場の不安定化 | 34% | 39% |
ドイツ経済は輸出依存度が高い上、輸出相手国トップが米国(シェア10%)なので、15%ものトランプ関税はマクロ経済にとって大変な逆風だ。今年上半期(2025年1~6月)のドイツから米国への輸出は前年同期比▲(マイナス)4%、対米貿易黒字は▲13%(302億ユーロ)と減少した。一方、中国からドイツへの輸入は+10%、貿易赤字は+58%(▲400億ユーロ)と急増している。米国市場から締め出された中国製品が大量にEUに流入しているためだ。自動車、機械、化学製品といったドイツの主力製品が直撃されるなかでの貿易黒字減少が、ドイツの国民総生産(GDP)を押し下げ始めている。
経営者系シンクタンクIWの試算によると、対EU関税15%および対米関税ゼロが今後も続いた場合、トランプ政権が続く2028年までの4年間、ドイツの経済損失は年平均約160億ユーロ、ドイツの実質GDPは0.4%押し下げられる、と見積もられている。来年以降は大規模財政出動(インフラ+軍需)による景気回復が期待できるものの、今年のドイツはほぼゼロ成長に終わる見込みである。
日系企業に求められる4つのアクション
トランプ関税は次の大統領選後に撤廃される可能性もある。しかし恒常化すれば、戦後の関税削減トレンド反転、ひいては自由貿易体制の終焉を招きかねない。関税全般に対する臨機応変な対応力が常に求められる状況下、在独日系企業にとっては以下の4点が重要と考える。
- 今後の状況変化に対して必要なアクションを指示する専門部隊を設置し、権限や予算を付与する
- いったん大枠が固まった対EUトランプ関税の自社への影響を計測・整理し、全体像をデータで「見える化」しておく
- 米国への生産シフト、米国市場依存度の引き下げ、自由貿易協定の活用拡大など、グローバルサプライチェーンの見直しを進めつつ、新たな環境下での欧州域内需要の掘り起こしに注力する
- ドル安リスクに迅速に対応できる準備を整えておく(本誌1248号参照)
現状を「分析」し、未来を「予測」し、いかなる未来にも「対応」できる力が企業経営において、ますます重要になってきている。新たな時代におけるドイツ事業の意義をあらためて見つめ直し、経営資源を適切に再配分する好機としていただきたい。