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坂本あゆみ監督インタビュー

坂本あゆみ 監督インタビュー 第64回 ベルリン国際映画祭 FIPRESCI受賞映画『FORMA』

日本映画界に新星が現れた。その人は、坂本あゆみ監督。長編デビュー作となる『FORMA』が、 第64回ベルリン国際映画祭にてFIPRESCI(国際批評家連盟賞、各部門から選出される特別賞)を受賞したのだ。過去のベルリン国際映画祭において、初監督作品が本賞を受賞したのは史上初。映画のタイトルとなったラテン語の"FORMA"という言葉は、「本質」という意味を持つ。 坂本監督は、人間が本質的に持っている悪意や心の闇を、現代日本に生きる女性2人を通して斬新な手法で描いた。映画祭での公開初日の翌日、自身の映画や人間観について、坂本監督がみずみずしい言葉で語ってくれた。(取材・文:中村真人)

Ayumi Sakamoto
坂本あゆみ
Ayumi Sakamoto

1981年2月16日生まれ。熊本県出身。高校卒業後、映画監督を目指し上京。塚本晋也監督の作品に多数参加し、演出・撮影・照明技術を学ぶ。その後、照明技師となり、様々な作品の光の演出を手掛ける。現在、映像作家として、ミュージックビデオやドキュメンタリー、ライブ、インスタレーションなどの映像を演出する。本作が長編初監督作品。

撮ることで、生きていることの罪悪感を浄化したい

ベルリンに来られたのは今回が初めてですか?

海外の映画祭に参加するのも、ベルリンに来たのも初めてです。今回の映画祭ではオープニング作品、そして大好きなラース・フォン・トリアー監督の『Nymphomaniac』を観ました。日本の映画館はいつも静かなので、ここでは雰囲気や熱気を肌で感じることができ、面白かったですね。メイン会場でのオープニングセレモニーにも参加させていただき、それはもう圧倒されるほど素晴らしい世界でした。

一方で、ベルリンの街はまだ少ししか見られていません。今回借りているアパートの近くをうろうろしたり、タクシーの中から『ベルリン・天使の詩』(ヴィム・ヴェンダース監督)に出てくる女神像を見上げたり、(ユダヤ人犠牲者を慰霊する)つまずきの石のところを通ったり……。

今回、ベルリン国際映画祭のフォーラム部門に出品された『FORMA』は、昨夜が初上映でした。観客の反応はいかがでしたか?

実は本当に緊張していて、心ここにあらずというか、気が気でなかったんです(笑)。上映後にQ&Aも控えていましたから。日本ではなかったところで笑いが起きることが何度かありましたが、皆さん淡々とじっくり観てくださっているようには感じました。

FORMA

最後のQ&Aでは多くの質問が出ましたね。

質問の内容は、日本で受けるものと大差はありませんでした。「こんなに不幸なのが日本なのですか?日本のOLってこうなんですか?」といった質問を受けましたが、反対に私が別の国の不幸な人々を描いた映画を観ても、それがその国のすべてだとは考えないと思うんです。私は、人間の根本的な姿というのは変わらないと思っているのですが、社会のある部分を切り取って忠実に再現することを追求したので、そういう質問が出てきたのは、逆にリアルに描けたからではないかとプラスに考えています。

本作は完成までに、実に6年掛かったとうかがっています。

まず4年程掛けて、別の撮影の仕事の合間に脚本家の仁志原了さんと一緒に脚本を作りました。2011年にこの映画の撮影をし、そこから編集作業を別の仕事の合間に少しずつ行いました。その後、体調を崩してしばらく作業を休んだ時期もありましたが、最終的に13年1月に完成披露となり、撮影から2年経って、ようやく皆さんにお見せすることができました。

映画監督になるまでの道のりを聞かせてください。

高校卒業後、映画監督を目指して熊本から上京し、塚本晋也監督のスタッフとして何作品かの制作に参加させていただきました。映画作りについて監督から直接得たものは大きいですね。

もう1つ、自分にとって大変ラッキーだったのは、プロデューサーの谷中史幸さんと出会えたことです。初めて台本を見せたときは、私自身の映画を撮る態勢が熟しておらず、撮らせてもらえませんでしたが、谷中さんの判断でOKが出た後は、自由にやらせてもらえました。芸術性、作家性を大事にしてくださったのです。こういうケースは稀だと思います。デビューしたいという人はたくさんいると思いますが、日本では若手の監督に対する支援がありません。商業性の強いプロデューサーの下では、どうしても様々な制約があり、自分が本当に撮りたいものとの折り合いを付けていくのが大変です。もちろん自分の気持ちは大切ですが、プロデューサーの存在は大きいと思いました。

坂本あゆみ監督(右)と谷中史幸プロデューサー
映画『FORMA』の坂本あゆみ監督(右)と谷中史幸プロデューサー

『FORMA』を撮影した際のエピソードを1つ教えてください。

実は、ラストシーンは別の設定を考えていました。撮影最終日の前日の深夜になって、谷中さんがそのことを根本から問うような意見を伝えてきたんです。「今ですか!?」と、私は唖然としました(笑)。眠れずにずっとそのことを考えていたのですが、翌朝現場に立って何テイクか撮っているうちに、自然とラストシーンが見えたというか、映画自体がラストシーンを作ったという瞬間が生まれたんです。スタッフ全員がそう感じたと思います。結果的に当初考えていた設定とは違うものになりました。様々なタイプの監督がいると思いますが、私はいかに芝居が"リアルな現実"になるかを目指していて、その集大成がラストシーンに向かったという感じです。

なぜ、この作品のタイトルが示す「人間の本質」や「心の闇」というテーマに取り組もうと思ったのですか?

私が映画を撮る理由の1つに「罪悪感」があります。生きていることに対して、すごく罪悪感があるのです。肉を食べたり、他人を傷つけたりと、人は生きているだけで加害者の立場からどうしても逃れられない。ものすごく人類を憎んでいるんです。殺し合ったり、睨み合ったり、動物をいじめたり……。かといって自分は完全な菜食主義者ではないし、いろいろな犠牲を生み出すことから逃れられない。自分もそのような人類に属するということの罪悪感ですね。それを浄化したいという気持ちが、何かを撮り、表現する行為に繋がっています。でも、憎んでいる反面、愛してもいるので、そのバランスを取るのは自分にとって難しい。この矛盾した気持ちを映画に投影できたら良いなと思います。

人物の造形で心掛けたことは?

大まかに言うと、多面的、客観的に描くようにしました。1人の主人公で押し切るのではなく、リアリティーの追及も含めて、いろいろな場面から切り取っていく話にしたいと思いました。多くの映画では、重要な登場人物が冒頭で説明されてから始まりますが、実際の日常生活では突然会う人っていますよね。それが映画の中で起きたら面白いなと思いましたし、説明ばかりしている映画に対しての反抗心も少しありました。

その意味では、観客の多くが意表を突かれ、ストーリーの中で重要な鍵を握っているのが長田修という役柄だったと思います。

多面的に描くに当たって、長田役は最初の構成の段階から決まっていました。突然、変な男が現れるという……。長田役のノゾエ征爾さんは普通の人と変な人の境目すれすれのところを絶妙に演じてくださいましたね。撮影の前にいろいろな話をして、人物を固めていく上で決めた結果ですが、素晴らしい演技をしてくださり、助けられました。主人公の女性2人の芝居もレベルが高く、リアルに演じてくださいました。

この映画でもう1つ特徴的だったのが、カメラを固定しての長撮りです。特にクライマックス・シーンは圧巻でした。

シーンを短くしてしまうと、どうしても「説明」になってしまうんです。私は説明をしたいのではなく、その人物の裏にある想いを描きたかった。例えば公園のシーンでは、子どもの頃はただ楽しい遊び場だった公園が大人になったら楽しめなくなったり、ブランコに乗っている2人がやがて悲劇を迎えてしまうなど、様々な感情や不可避の運命が凝縮されていると思うのですが、短くしてしまうと「公園にいた」という事実にしかなりません。人によっては長いと感じるでしょうし、それも理解できますが、私にとってはどうしてもあの長い尺が必要だったんです。観客の皆さんには、多分ボディーブローのように効いているとは思います。ありがたいことに、作品の長さは最初から気にせず作っていました。

綾子(梅野渚)が頭にダンボールを被る冒頭のシーンについて、「日本の何かの習慣なのですか?」と質問した観客がいました(笑)。

冒頭のシーンは最初の構成にはありませんでした。まず綾子の心の闇を抽象的に表したいと漠然と考えていたのですが、ある日、そのアイデアを仁志原さんが持ってきて、すぐには受け入れられなかったのですが、考えていくうちに自分の中で納得することができました。実は、安部公房の『箱男』へのオマージュも少し入っています。スタッフの間では、あのシーンを「箱女」と呼んでいました(笑)。

FORMA

坂本監督は、塚本晋也監督の下で学ばれました。特に影響を受けた監督、また好きな映画監督を何人か挙げていただけますか?

やはり、まず塚本監督ですね。塚本監督がいたから今の自分があると言っても過言ではありません。崇拝し、尊敬しています。パワーに溢れ、「芸術家とはこうあるべきだ」という鏡のような存在です。作風は全く異なりますが、ものを作る人としては、彼から大きな影響を受けました。

作風で影響を受けたとなると、イランのアッバス・キアロスタミ監督でしょうか。日常を決して劇的に描かないというか、「でも日常的なことこそ、実はドラマチックなのだ」というようなことを描いています。初めてイラン映画を観たときの衝撃は、ものすごかったですね。同監督が脚本を書いた『鍵』という作品で、部屋の中で少年が鍵を探すというだけの内容なんです。それまで映画には起承転結があるものだと思っていたので、ただ鍵を探すだけで成立している映画があることに驚きました。高校を卒業した頃、実際にイランに行きたいと思いましたよ。こういう風に映画を撮る国ってどんなところだろうと思ったし、とにかく憧れていました。まだ実現していないですが、いつか行ってみたいですね。

もう1人映画監督を挙げるとしたら?

1人ではなく、たくさん挙げてもいいですか?(笑)。好きな監督の名前を挙げるのは、それだけで楽しいので。ギリシャのテオ・アンゲロプロス監督とポーランドのクシシュトフ・キェシロフスキ監督です。実は『FORMA』の中にもキェシロフスキ監督へのオマージュがあります。父親役の光石研さんがテレビのスポーツニュースを観ているシーンで、「キェシロフスキ」 が水泳競技の選手名として出てくるんです。まだ誰にも気付かれていませんよ(笑)。あとはラース・フォン・トリアー監督、オーストリアのミヒャエル・ハネケ監督ですね。映画の由香里(松岡恵望子)の部屋は実は私のアパートなのですが、ハネケのDVDボックスが置いてあります(笑)。

最後に、今後の目標を教えてください。

私の主題は、これからもずっと変わらないと思います。人間の偽善、原罪(人が生まれ持ったどうしても 逃れられない罪)、罪深さ。そういうことをもっともっと追求して描き続けていきたいです。またベルリンにも戻って来たいですね。これがスタートラインなので、怠らずに精進していきたいと思います。


『FORMA』あらすじ

ある日、金城綾子は同級生だった保坂由香里と再会する。綾子は由香里を自分の会社に誘い、由香里は綾子の会社で働くようになる。しかし、綾子は徐々に由香里に冷たくなり、奇妙な態度を取り始める。次第に追い詰められていく由香里。綾子には、ある想いがあった。積み重なった憎しみが、綾子の心の闇を深くする。その想いを確認するため、綾子は由香里を呼び出す。交錯する、それぞれの想い……。そして憎しみの連鎖は、どのような結末を迎えようとしているのか。

『FORMA』作品情報

監督・原案:坂本あゆみ
プロデューサー:谷中史幸
脚本:仁志原了
撮影監督:山田真也
ギャファー:竹本勝幸
録音:高橋勝
キャスティング・ディレクター:奏太
キャスト:松岡恵望子、梅野渚、ノゾエ征爾、光石研

2013年 / 日本 / 145分 / ステレオ / ©kukuru inc. /
配給: kukuru(株)
公式ホームページ:http://forma-movie.com/jp/
日本公開:2014年予定

最終更新 Dienstag, 02 Juli 2019 17:22
 

ドイツのビジネスマナー&コミュニケーション

ドイツ人と職場で仲良く ビジネスマナー&コミュニケーション

ドイツ人と働く日本人の中には、日独のビジネス文化の違いに戸惑った経験をお持ちの方も多いことでしょう。ドイツの会社で日本人が働くとき、あるいは日本の会社でドイツ人と働くとき、どのような問題が起こりやすいのでしょうか。スムーズなビジネスコミュニケーションには、異文化理解が不可欠。今回は日独の企業のビジネス事情に精通した人材エキスパートのお2人に、ドイツ人と仲良く、気持ち良く働くテクを教えていただきました。(編集部:林 康子)

ドイツの会社で働く

Q「日本の会社で数年の勤務経験があるという人が、ドイツの会社で初めて働くことになった場合、予めどのようなことを知っておくと良いでしょうか。日本の会社では通例であっても、ドイツではやっていけないことなどはありますか。
answer

田沼 久美子さん
Kienbaum Executive Consultants GmbH
田沼 久美子さん

世界20カ国にネットワークを持つドイツ最大手のヒューマンリソース・コンサルティング会社キーンバウム・コンサルタンツの日系企業グループに所属。日本人コンサルタントの下で在欧日系企業や日本進出の欧州企業を対象としたグローバルなリクルートメントおよびHRコンサルティング活動をサポート。

田沼さんから見たドイツ人の働き方
「ドイツ人にとって、 仕事は個人の生活の一部」

仕事に飲み込まれてしまうことがない。仕事は自分という核の周りを回っている様々な要素のうちの1つなのです。オンとオフの切り替え方が上手く、仕事中は集中し、自分が納得いくまで追及するプロ意識を持っていると思います。

プロフェッショナルに対応する

ドイツには新入社員であっても遠慮せず、自分がしたいことを積極的に提案する人が多いと思います。日本の会社の場合、入社したらまず上司や先輩がやっていることを真似て、きっちり覚えてから次のステップへ移る。しかし、そうこうしているうちに業務の中に取り込まれ、入社した頃に何を考えていたか、何を変えたいと思っていたのかを忘れてしまいがちです。

一方、ドイツではそのようなことはありません。極端な例ですが、入社2日目に「このオフィスの家具が気に入らないから替えてほしい」と言った人もいるほどです。ドイツで求められる人材は、その職種の業務を完璧にこなせる人。だからこそ、「私はこの会社でこれをやりたい、こう変えたい」と言いやすいのかもしれません。日本人は「会社が社員を育てる」という風習から遠慮しがちですが、ドイツでは指示を待つより、「自分が会社を改革してやろう」というくらいの積極的な姿勢でいた方が良いでしょう。

敬称と親称はしっかり使い分けを

ドイツ語では「Sie」と「Du」がそれぞれ敬称、親称として区別されますが、この2つの呼び方をどう使い分けるかは会社によって様々です。基本的に上司に対しては敬称を使いますが、上司が「ここではフランクに、友達同士のように呼び合おう」と言えば、それに従うでしょう。米系の企業では英語を使うことが多く、全員がファーストネームで呼び合うこともあるようですが、それでもドイツでは、上司には敬称を使うことが多い気がします。また、同僚同士、ポジションが同じくらいの人であれば親称が基本です。なお、Dr.(ドクター)やProf.(プロフェッサー)などの肩書きがある人に対しては、必ずそれを付けて呼びます。

スモールトーク同僚の輪に入るコツはスモールトーク

ドイツでは、日本で言う「飲み会」のようなものをランチタイムに行うことが多いですね。特にタイムカードを導入している会社の場合、勤務時間数さえ合っていれば、事前に上司の承諾を得て昼休憩を少し長めに取り、同僚と外食に出ることもあります。そのような機会に仲良くなれば、仕事以外でもイベントや映画に誘われることもあるでしょう。その他、一般的な集まりとして、大体どの会社もクリスマスパーティーを開催します。

そのような場で話す内容は、週末の予定や体験、趣味のこと、また食事のときであれば料理についてなど、スモールトークが多いですね。ただし、恋愛話やテレビの話などはあまり深く話しません。話すとしても、あくまで趣味の1つという感じ。特に恋愛に関する話をしないのは、そこで仕事とプライベートの線引きをしているのかもしれません。いずれにせよ、ドイツ人の同僚の輪の中に入りたいと思うなら、自分から積極的に話し掛けることが大事です。話すのはドイツ語より英語の方が得意という人が、ドイツ語での質問に対して英語で答え、上手くコミュニケーションを取っている姿を何度か見掛けたことがあります。それでも、反応するということは「聞いたことを理解しています」というアピールにもなるので、相手に受け入れられやすくなります。

休暇を取らないと呼び出される!?

休暇は、取らなければいけないものとされています。年間の有給休暇をすべて消化しなかった人は人事部から呼び出され、なぜ消化しなかったのか追及されることさえあります。ドイツは日本と比べて休暇が多い国なので、企業によっては年間休暇カレンダーを張り出し、各社員の休暇を年の初めにすべて決めてしまうところもあります。それを見れば、誰がいつ不在で、休暇代理が必要になるのかということが一目瞭然ですから。子どもがいる場合は、休暇を学校の休みと合わせたいでしょうし、クリスマスの時期は休暇の希望が重なりやすいので、その際は同僚とローテーションを組んだりして調整します。また、日本人であればお正月は家族と過ごすという伝統があるので帰国させてもらいたいと話せば、大抵の人は納得してくれると思います。

指示は理解できるまでしつこく聞く

上司に何かを指示され、内容がよく分からなかったのに分かった振りをするというのは、一番やってはいけないことです。それをすると、後で自分が一番困ることになりますから。どんなに上司が忙しそうなときでも、煙たがられて叱られることになっても、しつこく聞いて言われた内容をしっかり理解すること。同様に電話応対の際も、切った後に「なんだかよく分からない人から急ぎの電話があったな……」ということにならないよう、相手の名前と用件が聞き取れなかったら、分かるまで聞き返してしっかり理解することが大切です。ドイツでは、会話の中に「○○さん」と相手の名前を入れることは、好印象を与えますしね。

ドイツ人の部下を持つ / ドイツ企業の接待

Q日本の本社から駐在員としてドイツに派遣され、上司としてドイツ人の部下を抱えることになった場合、どのような点に気を付けるべきでしょうか。また、一定以上のポジションに就いていれば接待の機会もあると思いますが、その際、日独でマナーの違いはありますか。
answer

伊藤 朗子さん
Fischer HRM GmbH
伊藤 朗子さん

ドイツ国内をはじめとする世界全域での人材採用サポートを、各カントリー・デスクを通して提供しているドイツ系インターナショナル人材リクルート会社フィッシャーHRMに勤務。在ドイツ・在欧州の日系企業のための人材リクルート・サポートを主軸にする「日本デスク」を統括している。

伊藤さんから見たドイツ人の働き方
「ドイツ人は、仕事に対する考え方が合理的」

回りくどい社交辞令などなく、休暇を取る際も同僚や上司に遠慮はしない。「私がいない間、あなたの仕事が増えて大変でしょうけれど、あなたの休暇中は私の仕事が増えるわけで、お互い様」という付き合い方ができます。

「目的」へ向かう方法は個人の自由

日本では、よく「報(ホウ)・連(レン)・相(ソウ)」と言われるように、どのような業務でも報告、連絡、相談をしながら進めるのが基本ですよね。一方、ドイツ人の考え方は、課題と期限を与えられたら、あとはどのようなやり方で仕事を進めても良いというものなのです。「○月○日までにリポートを提出する」「売上を○○ユーロまで伸ばす」といった“Ziel=目的”が明確に定められたら、そこへ向かう過程は個人の自由。要は結果を出せば良いのです。実はここが、一番誤解を招きやすいポイントでもあります。  

日本人の上司にしてみれば、報告がないことを不満に思うことがあるかもしれません。逆に、ドイツ人の上司を持つ日本人の場合、課題と期限を指示されたら、当然それを遂行するための相談やミーティングの時間があるのだろうと考えますが、上司は何も言って来ず、いざ期限当日になってみたら何もできていなかったという事態になりかねません。  

また、残業に対する姿勢も違います。上司が残っている限り帰れないというような、日本人が持つ感覚はドイツ人にはなく、定時になれば帰ります。もちろん、やることが多いために残業をする人もいますが、それは次の日までに片付けておかなければ自分が困るからであって、会社や上司のためではありません。仕事は会社のためではなく、自分のためにするものという意識が根底にあるのです。日本人が仕事80%、プライベート20%の感覚でいるとすれば、ドイツ人の場合はそれぞれ50%というわけではなく、双方100%。ですから、仕事さえきちんとこなしていれば、定時で帰るのは当然のことなのです。一方、日本では残業をすることがモチベーションの表れと捉える風潮がありますよね。

これら仕事に対する価値観の違いを、仕事を始める段階でお互いに認識しておかなければ、コミュニケーションは成り立ちません。

ビジネス

褒めることで、信頼関係を築く

コミュニケーションを上手く取るためには、部下を褒めることも大切です。これは簡単そうでいて、日本人が特に苦手としていることなのですが、褒めてあげることでドイツ人は自分が期待され、認められているのだと分かり、それがさらなるモチベーションに繋がって、そこから会社に対するロイヤリティーも変わってきます。批判ばかりされると聞く耳を持たなくなりますが、普段から褒めていれば信頼関係が生まれ、不満や批判も聞き入れられやすくなります。ですから、叱るよりはどんどん褒めてあげると良いと思います。褒めることは、ただでできますしね。

権限を与え、横へのキャリアアップを支援

ドイツ語圏の人々の転職理由の上位3位はお金(報酬)ではなく、仕事の内容に関係しています。働き始めの頃は、限られた枠の中で新しい仕事を次々に覚えていきますが、3年くらい経つと、どうしても仕事がルーティン化してきます。そこで必要なのが、できるだけ権限を増やし、業務の幅を広げていくこと。「キャリアアップ」というと、日本では一般的に上へ向かうこと、昇進を指しますが、役割や課題、権限を増やしていくという横へのキャリアアップもあるのです。これは案外思い付かないことですが、それが与えられないとドイツ人は辞めてしまいます。良い働きをしてくれる社員には、会社に長くいてほしいですよね。会社にとって必要な人材をリテンションするという意味でも、入社3年目くらいに頃合を見計らって権限を増やすことをお勧めします。

接待でもビジネスの話をする

日本ほど頻繁ではありませんが、ドイツの会社も接待は行います。接待のあり方も異なるので、ここでは私が以前務めていたドイツの会社での失敗談をお話ししましょう。自社の商品を売り込むため、日本の会社とアポを取って出張し、会食をすることになりました。先方としては、ドイツからはるばる来てくれたということで、接待のつもりだったと思います。皆でお酒を飲んで楽しく歓談し、「そろそろお開きにしましょうか」という場面で私の上司がビジネスの話を始めたのです。きっと上司は、そのような場でも最後に仕事の話をするというやり方に慣れているから、そうしたのでしょう。しかし、その瞬間に和やかだった場の雰囲気がぶち壊されましたね。

日本では、初めての接待の場でビジネスの話はしないですよね。そこでは世間話などをしてお互いをよく知る機会にとどめ、その後、何度もやり取りをする中でようやく仕事の話を切り出せるようになります。商談がまとまるまでに10段階あるとしたら、初回の接待というのはその初めの1歩だということはお互いにとって暗黙の了解であり、その上で会っているわけですから、そこで野暮な話はしません。しかし、ドイツ人は合理的に考える人たちですから、目的がビジネス関係の締結なのであれば、その場で何らかの結果を出して帰りたいのでしょう。ドイツの会社では、接待の場でもビジネスの話をすると思いますよ。

電話ドイツ語で電話

秘書など、特に印象が大事な職種の場合、明るい声で、できるだけポジティブなことを言うのが◎。たとえネガティブなことでも、心を込めて言うことで気持ちを伝えましょう。

お役立ちフレーズ

Vielen Dank für Ihren Anruf / fürs Warten!
お電話ありがとうございます / お待たせしました。

Wie war denn nochmal Ihr Firmenname, Herr Schmidt?
シュミットさん、もう一度御社名をお伺いできますか?

Es tut mir sehr leid, wir müssen aber den Termin absagen.
大変申し訳ございませんが、アポイントメントをキャンセルしなければなりません。

Sie haben Recht, das können wir aber leider nur schwer ändern.
仰ることはごもっともですが、それは変更しかねます。

誰かに電話をつなぐことが目的の場合、日本の会社では余談は良しとされず、事務的な受け答えに徹する傾向がありますが、ドイツでは、何度かやり取りしている人であれば「Guten Tag, Frau Mayer. Wie geht es Ihnen? =マイヤーさん、お世話になっております(こんにちは)。お元気ですか?」などと言うことで、好感度がアップします。

最終更新 Freitag, 07 März 2014 17:05
 

ストリートペーパーが映し出すドイツ社会 - 「ホームレス」支援の意味するもの

ストリートペーパーが映し出すドイツ社会「ホームレス」支援の意味するもの

ストリートペーパー(ドイツ語でStraßenmagazin)をご存じだろうか。それは、ホームレスに路上での販売を委ねることで彼らの仕事を創出して自立を支援し、ホームレス問題を世に喚起する意味を持つ雑誌や新聞のこと。販売価格の半分以上が販売者の現金収益になるという仕組みだ。ストリートペーパーそのものの存在を知らなくても、路上で販売者の姿を見掛けたことがあるという人は多いのではないだろうか。

世界で初めてストリートペーパーのビジネスモデルが誕生したのは1991年。英ロンドンでの「ビッグイシュー」だ。以後、その波は世界中に広がり、日本でも2003年に「ビッグイシュー日本版」が創刊された。ドイツでは、ある程度の規模以 上の都市には必ずと言って良いほど「ご当地ストリートペーパー」があり、一般紙さながらに豊かな地域色と個性を押し出している。ドイツを代表する2誌のストリートペーパーが創刊されたのは1993年。10月にミュンヘンの「BISS」、続く11月にハンブルクで「Hinz&Kunzt」が産声を上げた。ストリートペーパーの誕生はまさに、ドイツでは1990年の東西統一の熱狂が冷め、酷な現実を突き付けられていた頃、世界的には経済のグローバル化の波が加速した時代と一致する。

急激な社会の変化に伴って底辺に追いやられた人たちの姿は、私たちが生きる現代社会の1つの象徴でもある。ストリートペーパーは、そこから目を背けるのではなく、光を当てることで問題と向き合い、共生の道を探ろうとする試みなのだ。 ここでは、ドイツのストリートペーパー5誌を通して、その現状と取り組みを紹介したい。 

(取材・文:見市 知)

ストリートペーパーの名前が語る「ホームレス」

ストリートペーパー販売の担い手となる「ホームレス」と呼ばれる人々は、一体誰なのか。それは、いくつかのストリートペーパーの名前がいみじくも示している。例えばミュンヘンの「BISS」は、「社会的困難の中にある市民(Bürger in Sozialen Schwierigkeiten)」の頭文字。ハンブルクの「Hinz& Kunzt」は「Hinz und Kunz =どこにでもいる人」という慣用句からきている。そのクンツに「芸術(Kunst)」を掛けて、「Lebenskünstler=生き抜く術を知っている人」という意味も込められている。

ミュンヘンBISS ビス

BISS
販売者のマルティン・ベラバーさんは正社員として働いている

「BISS」
創刊:1993年10月
発行部数:平均3万8000部(月刊)
販売地域:ミュンヘン
従業員数:46人(うち40人が正規雇用の販売者)
販売者数:約100人
価格:2.20ユーロ(販売者の収益:1.10ユーロ)
www.biss-magazin.de

人々がホームレスになってしまう原因は何か。この問い掛けに対し、 「BISS」発行人のヒルデガルト・デニンガーさんはこう説明してくれた。「貧困家庭に生まれ、学歴が低く、職業訓練を受けたり、資格を得たりする 機会を逃してきたというのが一番多いパターンです。そこに借金や病気、離婚などの不運が重なり、自分の人生を抱えきれなくなる。ホームレス1人ひとりに、そこに至るまでの長く複雑な経緯があるのです」。

月刊で発行される「BISS」の誌面は30ページ。南ドイツ新聞など、高級紙出身のプロのジャーナリストが、社会的テーマから時事問題、娯楽まで幅広いコンテンツを手掛け、読み応えは十分だ。中でも、販売者たちが プロの編集者の指導を受けて書く「雑記工房」はちょっとした名物。日常 生活のことや自分の子ども時代の思い出などが飾り気のない筆致で綴られており、彼らの人生がぐっと身近に感じられる。

「BISS」では、販売者の社会福祉手当の申請やアパートへの入居も積極的にサポートし、その一方で、仕事を求めて訪れる若いホームレスには、提携する自転車修理工場などへの職業訓練を斡旋。1998年以降は、販売者の正社員雇用も行っている。

ドルトムント / ボーフムBODO ボド

BODO ボド
販売者のロジーさん。膝が悪いため、外に立てるのは1日3時間のみ

「BODO」
創刊:1995年2月
発行部数:平均2万部(月刊)
販売地域:ドルトムント、ボーフム
従業員数:6人
販売者数:約110人
価格:2.50ユーロ (販売者の収益:1.25ユーロ)
www.bodoev.de

「サッカーとビールに興味がなければ、この街では生きていけない」と言われるルール工業地帯の主要都市ドルトムント。かつて鉄鋼業で栄えたこの地域も、構造不況の波にさらされ、深刻な貧困が広がりつつある。

「ルール地方には、労働者の街特有のユーモアとオープンな気質があります。現状を悲観していても始まらない。そのような精神は『BODO』の中にも流れています」。編集長のバスティアン・ピュッターさんはそう語る。誌面は、セレブインタビューなどの華やかなページが目を引く、ちょっとおしゃれなシティーマガジンといった体裁だが、20%程度は読む人に貧困問題の切実さを感じさせるような構成にしているという。「問題提起は必要ですが、プロパガンダでは人の心を掴むことはできません」。

「BODO」の販売者の20%は、アルコール依存や薬物中毒の問題を抱えた人たち。精神疾患を患っていたり、多額の借金を抱えている人も多い。さらに最近では、ルーマニアやブルガリアなどからの移民が20%を占めているという。

「販売者になりたいと希望する人に対しては、最初に必ず面談を行います。そして彼らの問題の根幹がどこにあるのかを認識する。今、ただ少しお金が必要なだけなのか、それとも本当は薬物中毒の治療を必要としている人なのか、見極めることが重要です」とピュッターさんは語る。個々のケースに対応したサポートが可能な公的機関とのネットワークも機能している。

ベルリンstrassenfeger シュトラーセンフェーガー

strassenfeger シュトラーセンフェーガー
編集長のアンドレアス・デュリックさん

「strassenfeger」
創刊:1994年
発行部数:平均2万部(隔週)
販売地域:ベルリン
従業員数:4人
販売者数:約1700人
価格:1.50ユーロ(販売者の収益:0.90ユーロ)
www.strassenfeger.org

高い失業率を抱え、国内16 州の中で最も深刻な財政難を抱える首都ベルリン。「ここには、人 生に失敗したあらゆる人々が流れ着く」と、「strassenfeger」の編集長アンドレアス・デュリックさんは言う。近年では外国人、特にルーマニア人の販売希望者が増え、販売者が必ず目を通して同意しなければならない規約は、ドイツ語と英語、そしてルーマニア語の3カ国語で書かれている。

ベルリンのストリートペーパー事情は、他都市と比べて深刻さの度合いが異なる。同じ大都市 でもミュンヘンやハンブルクの場合、社会的意識の高い富裕層の存在がストリートペーパーを支え ていると言われるが、ベルリンは貧富のバランスにおいて貧困層の割合が突出している。そのため、 ベルリンでのストリートペーパーの販売はホームレスの人々にとって、「自立支援」というよりは「とりあえず現金を稼げる応急手段」という意味合いが強い。30ページにわたる誌面は、ホームレスと貧困問題についてのテーマが多くを占める。

「strassenfeger」は、ホームレスのための簡易宿泊所を運営する団体の一部として機能してい る。デュリックさんはこう語る。「私たちに問題を解決することはできない。できるのは、事態を緩和することだけです」。

デュッセル ドルフfiftyfifty フィフティーフィフティー

fiftyfifty フィフティーフィフティー
販売者のベルノーさんは、販売を始めて2~3年になる

「fiftyfifty」
創刊:1995年4月
発行部数:平均4万部(月刊)
販売地域:デュッセルドルフ
従業員数:7人
販売者数:約700人
価格:1.90ユーロ(販売者の収益:0.95ユーロ)
www.fiftyfifty-galerie.de

「ルール工業地帯の事務デスク」と呼ばれ、アートの街としても名高いデュッセルドルフは、同じノルトライン=ヴェストファーレン州にありながら、ドルトムントと比べると圧倒的に裕福な土地柄。その分、貧富の差が大きい場所とも言える。「fiftyfifty」販売者のベルノーさんは、「クリスマスの時期は雑誌がよく売れる。この時期、人は販売者を見ると良心が痛むんじゃないのかな」と話す。

「fiftyfifty」は、カトリック教会のフランシスコ会が後援者となって設立された。創刊者は、アート系のジャーナリストだったフーバー・オステンドルフさん。彼はアート界の人脈を活かし、独自の経営基盤を作ることに成功した。ギャラリーを運営し、そこに故イェルク・インメンドルフやゲルハルト・リヒターなど、デュッセルドルフとゆかりの深い著名アーティストが自身の作品を寄付。その収益がストリートペーパーの発行を支えてきた。さらに、7人の常勤スタッフのうち3人はソーシャルワーカーで、誌面作りそのものに力を入れるというよりも、どちらかというと慈善事業的側面が強い印象だ。

「fiftyfifty」では販売者の人数制限を設けておらず、希望者を断ることは基本的にしない。販売者の男女比はだいたい男性8割、女性2割だという。

ハンブルクHinz&Kunzt ヒンツ・ウント・クンツト

Hinz&Kunzt ヒンツ・ウント・クンツト
編集長のビルギット・ミュラーさんは創刊時からのスタッフ

「Hinz&Kunzt」
創刊:1993年11月
発行部数:平均6万8000部(月刊)
販売地域:ハンブルク
従業員数:26人(うち10人が元販売者)
販売者数:約500 人
価格:1.90ユーロ(販売者の収益:1ユーロ)
www.hinzundkunzt.de

「私たちが作っているのはホームレスマガジンではありません。ストリートペーパーです。また、ライフスタイルマガジンではなく、生身の人間の物語を綴っているのです」。ハンブルガー・アーベントブラッ ト紙のジャーナリストだったビルギット・ミュラー編集長は、「Hinz&Kunzt」の創刊時からのスタッフだ。

「本誌が創刊された1993年は、東西ドイツ統一から3年が経って世の中全体が悲観的になり、人の心も冷たくなっていた頃でした。そこへ登場した『Hinz&Kunzt』は、失われつつあった人々の良心に訴え掛ける力を持っていたのでしょう、予想外の支持を持って迎えられました。最初の10日で3万部が完売したんです」。

しかし、ホームレス問題というのは一朝一夕に解決するものではない。東西統一によって社会的地位や職を失った人々、若年ホームレス、そして最近ではルーマニアやブルガリアからの貧困移民と、販売者のプロフィールは常にその時々の世相を反映しながら変遷してきた。「貧しい人々と富める人々の間に、どうしたら橋を架けられるのか。そのために対話を続けることが、私たちの仕事なのです」。

「Hinz&Kunzt」では、1年半前から販売者のための社会福祉住宅を運営し、学校などでのホーム レス問題の啓蒙活動にも力を入れている。また、26人の常勤スタッフのうち10人は元販売者で、内「Hinz&Kunzt」勤業務に従事している。

貧困移民問題とストリートペーパー ARMUTSEINWANDERER UND STR ASSENMAGAZIN

ストリートペーパー販売者のプロフィールは、その国の社会問題を映し出す。

今、ドイツで発行されているストリートペーパーの間で共通のテーマとなっているのは「貧困移民(Armutseinwanderer)」と呼ばれる、ルーマニアおよびブルガリア出身の販売者の増加問題だ。  

2013年夏、ストリートペーパーの国際ネットワーク「INSP」の総会がミュンヘンで開催され、29カ国が参加した。ドイツ国内からは最多の14誌が集い、オーストリア、スイスも交えたドイツ語圏の分科会では、「貧困移民」の急増が主要な議題となった。欧州連合(EU)の新規加盟国からドイツ語圏のストリートペーパーに仕事を求めてくる人々が急増しており、中でも多いのが、本国での差別や貧困から逃れるようにやって来るロマの人々だ。

貧困移民問題とストリートペーパー
左)INSP会議のドイツ語圏分科会。 写真中央がBODO編集長のバスティアン・ピュッターさん
右)BISS発行人のヒルデガルト・デニンガーさん

ハンブルクの「Hinz&Kunzt」誌は、このような事態に直面して現地調査を行い、ルーマニ アとブルガリア出身の販売者を50人まで受け入れることを決めた。ほかの媒体でも、無料のドイツ語講座を提供したり、ルーマニア語やブルガリア語の通訳を臨時スタッフとして雇ったり、ストリートペーパーのスタッフ自身がルーマニア語の勉強を始めたりと、具体的な対応がなされつつあるという。  

助けを求めている困窮者がいる。それが誰であろうと排除せず、まず包摂の道を探る。そして問題そのものを顕在化させて世に訴える。それがストリートペーパーに共通する哲学であり、闘い方なのだと感じた。

最終更新 Freitag, 21 Februar 2014 15:13
 

第64回 ベルリン国際映画祭

第64回 ベルリン国際映画祭

ベルリナーレ金熊賞は誰の手に? 注目作が目白押し!

カンヌ、ヴェネツィアと並び、世界3大国際映画祭の1つに数えられるベルリン国際映画祭(通称ベルリナーレ)が、いよいよ2月6日に開幕!今年で64回目を迎える同映画祭は、世界中から400本以上の作品が集まり、およそ50万人の来場者数を記録する一大フェスティバルだ。今号では、目玉となるコンペティション部門のほか、パノラマ、フォーラム、パースペクティブ・ドイツ映画の各部門から、注目作品をご紹介。気になる作品をチェックして、ベルリンへ急げ!

全プログラムの詳細は
下記の公式ウェブサイトをご参照ください。
www.berlinale.de

コンペティション部門

Boyhood

Boyhood米国
監督:Richard Linklater
出演:Ethan Hawke, Patricia Arquette, Ellar Coltrane ほか

『ビフォア・ミッドナイト』(2013年)での高評価が記憶に新しいリチャード・リンクレイターが、同作で共同脚本を手掛けた俳優イーサン・ホークとアイデアを温めてきた作品。離婚した夫婦の子育ての様子を、子どもが17、18歳になるまでの12年間を通して追う。作品中の子どもの成長とその子役の実際の年齢をリンクさせるため、2002年夏から13年秋まで12年にわたって撮影を行ったという大作。

2月13日(木)18:00 Berlinale Palast
2月14日(金)10:00 Haus der Berliner Festspiele ほか計5 回

小さいおうち

小さいおうち日本
監督:山田洋次
出演:松たか子、黒木華、片岡幸太郎ほか

2010年に直木賞を受賞した中島京子の同名のベストセラー小説を映画化。昭和初期、東京郊外の赤い三角屋根の「小さいおうち」に奉公していた女中の布宮タキは、そこである「秘められた恋愛」を見る。そしてその封印された秘密が、60年の歳月を経て解き明かされ、物語は現代へと繋がっていく。山田洋次監督作品のベルリン国際映画祭コンペ部門への出品は、2008年の『母べえ』以来6年ぶり5回目。

2月14日(金)22:00 Berlinale Palast
2月15日(土)9:00 Friedrichstadt-Palast ほか計4回

The Grand Budapest Hotel  *オープニング作品

The Grand Budapest Hotelドイツ、英国
監督:Wes Anderson
出演:Ralf Fieness, Tony Revolori, Adrian Brodyほか

第1次世界大戦後の激動期、ヨーロッパの有名なホテル「グランド・ブダペスト・ホテル」の伝説のコンシェルジュ、グスタヴ・Hは、一夜を共にしたマダムDからルネッサンス時代の絵画を譲り受けるが、そのマダムDが殺され、グスタヴは莫大な遺産をめぐる争いに巻き込まれていく。彼は親友のベルボーイ、ゼロと共にホテルの威信を掛けて謎解きに挑戦する。アンダーソン監督が独自の感性で描く人間模様にご注目。

2月7日(金) 12:00 Friedrichstadt-Palast
2月8日(土) 21:30 Eva Lichtspiele ほか 計6回

Kraftidioten (In Order of Disappearance)

Kraftidiotenスウェーデン、ノルウェー、デンマーク
監督:Hans Petter Moland
出演:Stellan Skarsgård, Bruno Ganz, Pål Sverre Hagenほか

ノルウェー中部の町ベイトストーレンに暮らすニールズは、除雪車の運転手。妻とオスロで大学生になったばかりの息子を持ち、45歳にして早くも引退後の生活や孫の誕生を楽しみにしている幸福な父親だった。しかし息子を急性薬物中毒で亡くし、打ちひしがれて彼を死に追いやった人物に復讐すべく奔走するうちに、マフィアの麻薬抗争に巻き込まれていく。実直な父親像を軸に、真の正義とは何かを問う作品。

2月10日(月)18:45 Berlinale Palast

La tercera orilla (The Third Side of the River)

La tercera orillaアルゼンチン、ドイツ、オランダ
監督:Celina Murga
出演:Alian Devetac, Daniel Veronese, Gaby Ferreroほか

アルゼンチンのエントレ・リオス州の村に住む16歳の少年ニコラスの父は、地元の名医。しかし彼にはもう1つの家庭があり、二重生活を送っていた。ニコラスは父の唯一の嫡出子だが、父に会ってはならず、公の場で「パパ」と呼ぶことを禁じられている。ニコラスはそれを当然のこととして受け入れていたが、ある決断を迫られることになり……。奇妙な家族関係が、現代家族の問題点を浮き彫りにする。

2月12日(水)16:00 Berlinale Palast
2月13日(木)13:00 Zoo Palast ほか計5回

Macondo

Macondoオーストリア
監督:Sudabeh Mortezai
出演:Ramasan Minkailov, Aslan Elbiev, Kheda Gazievaほか

チェチェンの紛争地帯から逃れて家族と共にオーストリアへ渡った少年。庇護申請が認められたものの、難民としての生活は決して楽なものではなかった。ドキュメンタリー作品を専門としてきたイラン系オーストリア人のSudabeh Mortezai監督による初の長編映画。アマチュア俳優を起用し、移民が受入国で様々な問題に直面しながらも、アイデンティティーを確立していく様子をリアリティー豊かに描く。

2月14日(金)16:00 Berlinale Palast
2月15日(土)9:30 Zoo Palast ほか計5回

Praia do futuro

Praia do futuroドイツ、ブラジル
監督:Karim Aïnouz
出演:Wagner Moura, Clemens Schick, Jesuita Barbosaほか

美しい海岸が広がるブラジル北東部のリゾート地プライア・ド・フトゥーロでライフガードとして働くドナート。ドイツ人観光客2人を救えなかったことを悔い、自分が死なせてしまったと自責の念に駆られて転落人生を歩み始める彼を、弟のアイルトンは必死に助けようとする。著名な国際映画祭で、数多くの出品・受賞経験を持つカリム・アイノズ監督が兄弟の愛を荒海のような壮大なスケールで描く冒険物語。

2月11日(火)19:00 Berlinale Palast
2月12日(水)9:00 Haus der Berliner Festspipele ほか計5回

Zwischen Welten (Inbetween Worlds)

Zwischen Weltenドイツ
監督:Feo Aladag
出演:Roland Zehrfeld, Mohamad Mohsen, Saida Barmakiほか

イェスパーは、連邦兵だった兄がアフガニスタンで命を落としたにもかかわらず、自身も連邦軍に入隊し、イスラム武装勢力タリバンから小さな村を守る任務に当たっていた。彼が村の住民からの信頼獲得に苦労する一方で、信頼を置くアフガニスタン人通訳者のタリクも文化の違いに悩まされていた。苦境下で、人間の善を信じる人々が取る行動とは。連邦軍のアフガニスタン駐留の実態に迫る戦争映画。

2月11日(火)16:00 Berlinale Palast
2月12日(水)9:30 Friedrich-Stadtpalast ほか計5回

パノラマ部門

家路

家路日本
監督:久保田直
出演:松山ケンイチ、田中裕子、内野聖陽ほか

東日本大震災で、家も、先祖代々続く家業の農業も失った総一は、継母とデリヘル嬢として働く妻と共に狭い仮設住宅で悶々とした生活を送っていた。そんな折、20年前に生き別れた継母の実子・次郎が警戒地域で1人、田んぼを耕しているという知らせが入る。この出来事を機に、ばらばらだった家族の想いに変化が生じる。オール福島ロケによる、美しい日本の風景が心を打つ、家族再生の物語。

2月11日(火)20:00 Cinemaxx
2月12日(水)22:45 Cinestar ほか計5回

Love is Strange

Love is Strange米国
監督:Ira Sachs
出演:John Lithgow, Alfred Molina, Darren Burrowsほか

39年間同棲したベンとジョージがついに結婚を決意。ところが、ハネムーンから戻った矢先に、ジョージが長年勤めていたカトリック学校を解雇されてしまう。貯金もない2人は家賃さえ支払えなくなり、ジョージは隣に住むゲイの警察官、ベンはテレビマンの甥一家の家に居候を余儀なくされるが……。役所での手続きや、慣れない新生活に翻弄される2人のおちゃめな初老が繰り広げるラブ(?)コメディー。

2月7日(金)21:00 Zoo Palast
2月8日(土)22:45 Cinemaxx ほか計4回

Hoje eu quero voltar sozinho (The Way He Looks)

Hoje eu quero voltar sozinhoブラジル
監督:Daniel Ribeiro
出演:Ghilherme Lobo, Fabio Audi, Tess Amorimほか

過保護な母親に嫌気が差していた盲目の少年レオナルド。自立できないもどかしさを募らせる彼に、親友ジョバーナが交換留学プログラムへの参加を持ち掛ける。そんな中、彼らのクラスにやって来た転校生の少女ガブリエル。レオナルドは彼女の存在によって心の変化を感じ始め、ジョバーナの計画を実行に移そうと考える。少年少女の心の機微を繊細に描いた青春映画が、甘酸っぱい恋心を呼び覚ます。

2月10日(月)20:00 Cinemaxx
2月11日(火)22:45 Cinestar ほか計6回

Concerning Violence

Concerning Violenceスウェーデン、米国、デンマーク
監督:Göran Hugo Olsson

1960~70年代に起きたアフリカ奴隷解放運動の苦闘を追ったドキュメンタリー映画。支配者への抵抗や現況を織り交ぜ、アフリカの脱植民地化やより良い世界を訴える。アルジェリア独立運動で指導的役割を果たした精神科医で思想家のフランツ・ファノン(1925~61年)のテキスト“The Wretched of the Earth”を引用し、ナレーションを務める歌手ローリン・ヒルの声が臨場感を伴って心に深く突き刺さる。

2月9日(日)17:00 Cinestar
2月10日(月)14:30 Cinestar ほか計4回

フォーラム部門

Seolguk-yeolcha (Snowpiercer)

Seolguk-yeolcha韓国
監督:Joon-ho Bong
出演:Chris Evans, Song Kang-Ho, Tilda Swintonほか

温暖化が進み、地球はもはや住める場所ではなくなってしまう。わずかな生存者たちは地球の周りを永遠に走り続ける列車に乗って生き延びているが、列車内には階級制度が蔓延り、やがて貧困者たちの不満や怒りが爆発する。原作は、ボン・ジュノ監督が本屋で見付け、全3巻を貪るように読んだというフランスのコミック作品。彼がそれから8年もの年月を経て実現させた、肝煎りのSFアクション・スリラー。

2月7日(金)18:30 Cinestar
2月9日(土)22:15 Cubix

Kumiko, the Treasure Hunter

Kumiko, the Treasure Hunter米国
監督: David Zellner
出演:菊池凜子、勝部演之、Shirley Venardほか

東京での退屈な日々に辟易していたOLの久美子は、ある日フィクション映画を観て、そのエンディングで隠された身代金が必ず存在すると思い込む。彼女は取り憑かれたように、宝の在りかを探しに冬のミネソタへ向かう。謎に包まれた彼女の宝探しは、一体どこへ導かれるのか。劇中のフィクション映画とは、コーエン兄弟監督作『ファーゴ』(1996年)。鑑賞する際は、同作を事前にチェックしよう!

2月8日(土)22:00 Cinestar
2月9日(日)20:00 Cubix ほか計4回

パースペクティブ・ドイツ映画部門

Hüter meines Bruders (My Brother’s Keeper)

Hüter meines Brudersドイツ
監督:Maximilian Leo
出演:Sebastian Zimmler, Nadja Bobyleva, Robert Finsterほか

内科医として成功している兄グレゴアと、似て非なる弟ピーチーが、恒例のセーリングの旅に出掛ける。しかしその旅路で突如、弟が跡形もなく姿を消してしまう。弟を探して奔走する兄は仕事も家庭もないがしろにし始め、やがて弟の人格を帯びるようになっていく。観る者に「死や別れを通して、人は失った人間の大切さを痛感する。我々は自分が思っているほど強くない」というメッセージを投げ掛ける作品。

2月7日(金)19:30 Cinemaxx
2月8日(土)13:00 Colosseum ほか計3回

AMMA & APPA

AMMA & APPAドイツ
監督:Franziska Schönenberger, Jayakrishnan Subramanian

ドイツに住むインド人のジャイは、ドイツ人女性フランチェスカとの結婚の許しを双方の両親に乞うため、4人でインドへ向かう。愛のない結婚生活を30年も送る彼女の両親にとって、インド旅行など人生初! 一方、片田舎で見合い結婚をしたジャイの両親は、外国人を見たことがない。子どもたちの結婚話から問われる愛、そして信仰とは? 互いの両親を反面教師に、自らの愛の形を模索する2人のドキュメンタリー。

2月8日(土)19:30 Cinemaxx
2月9日(日)13:00 Colosseum ほか1回


ベルリン国際映画祭 主な上映会場

ベルリン映画祭の会場は全24カ所。普段は劇場やイベント、展示会場として使われている場所も、この2週間は映画祭のために衣替えし、街中が映画一色に染まる。期間中にベルリンを訪れたならば、普段の様相とはひと味違った華やかなフェスティバルの雰囲気を楽しめるだろう。

  • 盛り上がりを直に感じられるメイン会場
    Berlinale Palast

    Berlinale Palast
    普段はミュージカル専用劇場として使われているポツダム広場のベルリナーレ・パラストが、毎年、ベルリン映画祭が開かれる2週間だけは、このイベント専用の特設会場に様変わりする。ここでは開幕式のほか、コンペティション部門全作品の初回上映が行われるため、映画スターのレッドカーペットへの登場を待つファンやジャーナリストたちで溢れ、映画祭の最もホットな一幕を感じられる場所。
    Marlene-Dietrich-Platz 1, 10785 Berlin
  • ショー劇場が巨大シネマに様変わり
    Friedrichstadt - Palast

    Friedrichstadt - Palast
    欧州最大のモダンなショー劇場として、ベルリン中心部でひと際存在感を放つフリードリヒシュタット・パラストは、2009年からベルリン映画祭の会場として使用されている。100年以上もの歴史を誇るこの劇場の自慢は、収容人数1750の広大なホール。普段、華やかなエンターテインメント・ショーが開催されている劇場は最新の上映機材も完備しており、2週間の開催期間中は巨大シネマと化す。
    Friedrichstr. 107, 10117 Berlin
  • 開放感溢れる近代的な芸術劇場
    Haus der Berliner Festspiele

    Haus der Berliner Festspiele
    1963年にエルヴィン・ピスカトール総監督の下、「フライエ・フォルクスビューネ劇場」として産声を上げ、2001年にモダンな建物に生まれ変わった劇場は、緑に囲まれた、開放感溢れるガラス張りの構造が特徴。年間を通して世界中の芸術家がコンサートや演劇、朗読を行う屋内のホールは、どの客席からも舞台全体を見渡せる造りとなっており、まさに戦後モダニズム建築の理想を実現している。
    Schaperstr. 24, 10719 Berlin
  • リニューアルしたベルリナーレのホーム
    Zoo Palast

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    3年におよぶ修復工事を経て、2013年11月にリニューアル・オープンした、7つのスクリーンを持つツォー駅前のシネマコンプレックス。記念建造物にも指定されている重厚な建物が、映画館として歩んできた長い歴史を感じさせる。1999年までベルリン映画祭の会場の中でも中枢部分を担い、数々のドラマを生んできたこの映画館が、今年再び、同映画祭の主要会場として復活を果たす!
    Hardenbergstr. 29a, 10623 Berlin

コンペティション部門の審査員長はこの人!

ジェイムス・シェイマス今年、コンペティション部門の審査員長に選ばれたのは、米国の脚本家で映画プロデューサーのジェームズ・シェイマス。インディペンデント映画普及の立役者であり、米アカデミー賞監督賞・脚色賞・オリジナル音楽賞の3つのオスカーを獲得した『ブロークバック・マウンテン』(2005年)や『アイス・ストーム』(1997年)、『グリーン・ディスティニー』(2000年)など、主にアン・リー監督作品のプロデュースを手掛けていることで知られる。その他、イランの画家で映画監督のミトラ・ファラハニや『愛さえあれば』(2012年)で一躍その名を世界に轟かせたトリーヌ・ディルホム、ウォン・カーウァイ監督作品には欠かせない香港スター、トニー・レオンなど計7人が審査員を務める。

チケット販売所

Potsdamer Platz Arkaden Alte Potsdamer Str. 7, 10785 Berlin
International Karl-Marx-Allee 33 / Ecke Schillingstr. 10178 Berlin
Haus der Berliner Festspiele Schaperstr. 24, 10719 Berlin

www.berlinale.de
ウェブサイト上部のメニューバー「PROGRAMM」より。

最終更新 Dienstag, 11 Februar 2014 13:37
 

ソチ冬季五輪代表 バイアスロン アンドレアス・ビルンバッハー選手

ソチオリンピック、代表候補選手にインタビュー:スポーツとは、転んでは起き上がり、また挑戦することの繰り返しです

ソチ冬季五輪が開催される2014年が明けた。そこで新春号では、同五輪での活躍が期待される欧州各国の注目選手へのインタビューを実施。ドイツからは、国内の大会でデビュー当初から抜きん出た才能を発揮して「ドイツ・バイアスロン界のホープ」と評され、その期待に応え続けてきたアンドレアス・ビルンバッハー選手。この競技に全身全霊を捧げ、今やベテランの域に達しつつある彼にとって唯一欠けているもの、それが五輪での勝利だ。自身のスポーツキャリアにおいて大一番となる大会を前にした同選手に、心の内を聞いた。

バイアスロン男子・ドイツ代表 アンドレアス・ビルンバッハー Andreas Birnbacher

アンドレアス・ビルンバッハー

1981年9月11日、バイエルン州プリーン・アム・キームゼー生まれ。12歳のときにバイアスロンを始め、2000、01年 のジュニア世界選手権でメダルを量産して一躍注目を集め、02年に同州スポーツ賞の「次世代優秀選手」に選ばれる。国内では02年のリレーでの優勝を皮切りに、現在までに金24個、銀5個、銅4個の驚異的な記録を樹立している。世界選手権デビューは07年のラズン・アンテルセルヴァ(イタリア)大会。マススタートで銀を獲得した。五輪は、10年バンクーバー大会のマススタート15位が最高と振るわず、ソチ大会には並々ならぬ気合いで挑む。所属クラブはSCシュレッヒング。
www.andi-birnbacher.de

「射撃と滑走という相反する行為が、
僕を魅了してやみません」

ジュニア時代から世界の舞台で金メダルを総なめにしてきました。ドイツ代表として表彰台のトップに立つときの気分は。

表彰台では、ただひたすら喜びに浸ります。でも、ドイツ代表として大会に出場することに関して栄誉だとか、逆にプレッシャーだとかを感じたことはほとんどありません。僕は根っからのバイアスロン選手。このスポーツを心から愛していて、楽しいからやっているだけです。ですから、どの勝利も自分にとっては特別なもので、どの表彰台も、そこに立つためにしてきた努力、味わってきた苦難が報われた証しだと思うと、感極まるものがあります。

バイアスロンとの出会いについて教えてください。

僕の地元はウィンタースポーツが盛んな地域で、子どもの頃からスポーツは常に身近な存在でした。そのような環境下でスポーツに明け暮れていた当時、父の紹介で、アルベールビル冬季五輪のバイアスロン金メダリスト、フリッツ・フィッシャーと出会いました。彼と僕の父は、共に連邦軍に所属していた仲間でした。そのフィッシャー氏に勧められて地元バイエルン州のルーポルディングという町で体験レッスンを受けたのが最初です。そこでこの競技に魅了されて以来、今まで続けているというわけです。フィッシャー氏は、当初から現在までずっと僕のトレーナーをしてくれています。

また、家族をはじめ周囲の人々が僕を支えてくれたことも、この道に進んだ理由の1つ。バイアスロンは、僕が人生において全情熱を注いでいるものです。

あなたにとって、バイアスロンの最大の魅力とは。

クロスカントリー(滑走)と射撃という、性質的に相反する2種目のコンビネーションでしょうか。滑走で求められるのは高い持久力。そして次の瞬間に行われる射撃では、極限の集中力が求められます。滑走で激しく体を動かした直後に、精神の静寂を見いださなければならないのです。滑ることと撃つことは、互いに対照的な行為であり、その分、この競技の難易度を高めています。これが僕を魅了してやみません。

手本としている選手はいますか。

ノルウェーのオーレ・アイナル・ビョルンダーレン選手です。彼は2002年のソルトレイクシティ冬季五輪で史上初の4種目(スプリント、個人、パシュート、4リレー)制覇という輝かしい成績を残しただけでなく、とても気さくで心が温かく、優れた人格の持ち主なのです。まさに僕が、こうありたいと願っている理想像です。

日本にも、永井順二選手や猪股和也選手、井佐英徳選手など、熱心な選手がそろっていますよね。言葉の壁があり、彼らと直接話したことはありませんが、皆優しくて優秀な選手というイメージがあります。

W杯のオーストリア大会10kmスプリントで優勝したビルンバッハー選手
2012年12月、W杯のオーストリア大会10kmスプリントで優勝したビルンバッハー選手(中央)。
2位はフランスのマルタン・フールカデ選手(左)、
3位はスロヴェニアのヤコブ・ファク選手(右)

「これといった弱点がないことこそが、自分の強み」

選手生活の中で、最も大変なことは何ですか。

一番過酷なのは、シーズンを通して続く大会を乗り切ることです。1つの大会が終わって、ひと息つく間もないのですよ。体を休めて「さあ、次へ!」と気持ちを切り替える時間が許されない。だからこそ、夏の間の体力作りがものをいう世界なのです。

基礎トレーニングではサイクリングやジョギング、人工ゲレンデでのトレーニング、水泳、カヤック、山登りなどをします。これらを退屈だと思ったことは一度もありません。もちろん、きつい練習ですから「絶対に投げ出さない」というのは簡単ではありませんが、僕の場合、家族がいつもモチベーションを与えてくれています。両親と妻、そして生まれたばかりの長男が、可能な限りトレーニングや大会に付いて来て、間近で僕を応援してくれるのです。

ご自身の強みや弱点をどう分析されていますか。

自分としては、これといった弱点がないことこそが強みだと考えています。トレーナーやほかの選手仲間がどう考えているかは分かりませんが(笑)。どんな課題でも、割と難なくこなせる自信があります。だからこそ、複合的な能力を要求されるバイアスロンで好成績を出せるのだと思っています。

ただ、滑走ではどうあがいても勝てない選手がいます。近年、世界大会で上位に食い込んできているフランスのマルタン・フールカデやノルウェーのエミル=ヘグレ・スヴェンセンなど、僕がライバル視している選手たちです。そこで巻き返しの鍵となるのが射撃。今はそのトレーニングに、特に重点を置いています。しかし射撃は、自分が100%のコンディションで挑んでも、霧や風、雨、雪など、当日の天候に大きく左右され、それが常に自分に味方してくれるとは限らないのが難しいところです。

思うような結果が出せなかったとき、それをどのように克服していますか。

僕は、悪かった結果を省みて長々と分析し、思い悩むようなことはしません。それよりも、ひたすら先を見て、改善すべき点について考えるようにしています。

スポーツとは、常に「転んでは起き上がり、また挑戦する」という行為の繰り返しです。もちろん、失敗して落胆することはざらにあります。しかし、このような苦い経験こそが、スポーツ選手にとって、次の機会にポジティブな結果を生むために必要なことなのではないでしょうか。僕自身は、フィジカル面を鍛えることのほか、目的意識、向上心を持ち、そして自分自身を励まし続けることを心掛けています。シーズンの目標を定めたら、エネルギーとモチベーションは自ずと付いてきます。例えば、僕は今季の目標をワールドカップ(W杯)総合3位以内と決めています。今すべきことは、目標達成に向けて努力を重ねるのみ。そうして日々、気持ちを高めています。

13年2月、同チェコ大会のクロスカントリーでのビルンバッハー選手
13年2月、同チェコ大会4x7.5kmリレーのクロスカントリー。手前がビルンバッハー選手。
ドイツ・チームはこの大会で3位に入った

「目の前の課題に集中し、
極めることを全身で楽しんでいます」

五輪で勝つために心掛けていることは何ですか。

世界トップレベルの大会では、選手たちの技術や運動能力はほぼ互角です。では、何が勝敗を分けるのかというと、先に述べたように当日の天気、自身のコンディション、そして何より精神力です。ごく些細なミスが命取りになるだけに、競技中の失敗は決して許されません。そこで僕は、射撃では不命中ゼロ、滑走ではトップを行く選手が100%だとしたら、そこから1ないし2%以上の差を付けて滑らないことを必須条件として自身に課しています。

それを満たすために必要なのは、勝つために計算し尽くされた1日6~8時間のトレーニング・プログラムをきちんとこなすこと。規律や秩序、正確さというのはスポーツ選手に限らず、ドイツ人が得意とするところです。目の前の課題に集中し、自分が100%納得できるまで繰り返し、極める。これを全身で楽しみながらやっています。

今は現役生活の真っただ中ではありますが、すでに引退後の在り方について考えていますか。

引退後はバイアスロンに限らず、次世代のスポーツ選手の育成に全力を注ぎたいと思っています。バイアスロンはドイツで根強い人気を誇るスポーツなので、若い世代がどんどん育っています。例えば、僕の姪のマリーナ・シュタードラーもその1人。それから、この競技ではないですが、カヤックのトビアス・カーグル選手にも注目していて、すでにトレーニングに付き添うなど、可能な範囲で支援しています。

多数の若手選手の中から世界の舞台で闘えるごく一握りの優秀な才能を見いだすのは、非常に難しいことです。そこで、自分がトレーナーとなってその手伝いをしたいのです。競技に必要な技術を教えるだけでなく、精神的な面でも若者を鼓舞していきたいと思います。

メディアで「ミスター・マススタート」と評されるほど、この種目が得意だそうですね。やはり、読者にとっても同種目が見どころとなりそうですか。

そうですね。得意な種目はマススタートと追い抜きですが、基本的に全種目が好きで、ソチでも個人、団体共に全種目に出場する予定です。五輪では、とにかくベストを尽くし、勝ちに行きます! ですので皆さん、ぜひ見ていてください。僕にとって観客の応援はとても励みになりますし、それが良い結果をもたらしてくれます。バイアスロンは、ルールをよく知らなくても見て楽しめる競技です。滑走と射撃が織り成すスリリングな展開には、初めて見る方もきっと魅了され、最後まで目が離せないはずです!

バイアスロン Biathlon

クロスカントリースキーとライフル射撃を組み合わせた複合競技。スキーで山中を駆け回り、獲物を撃っていた北欧の冬の狩猟に端を発し、18世紀後半には当地で軍人の戦闘技術として用いられるようになったことが、競技の原型とされる。

冬季五輪競技に加わったのは、男子が1960年のスコーバレー(米国)大会、女子は92年のアルベールビル(フランス)大会から。

五輪実施種目は、個人、リレー、スプリント、複合、マススタートの5種目で、大きな相違はクロスカントリーの距離、そして射撃の数(2回もしくは4回)と予備弾使用の有無。また、個人とスプリントでは1人ずつスタートする一方、その他の種目では全選手が一斉にスタートするという違いもある。

バイアスロン男子・ドイツ代表 アンドレアス・ビルンバッハーカーリング女子・英国代表主将 イブ・ミュアヘッド

最終更新 Montag, 06 Januar 2014 18:51
 

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