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Fr. 07. Aug. 2020

DAX市場の寵児ワイヤーカード破綻の衝撃

今年6月のドイツは、大きな経済スキャンダルに揺れた。6月25日に、キャッシュレス決済サービス企業ワイヤーカード(本社・アッシュハイム)が、債務超過により裁判所に倒産申請を行ったのだ。

1日に撮影された、アッシュハイムのワイヤーカード本社1日に撮影された、アッシュハイムのワイヤーカード本社

DAX企業が初めて倒産

このニュースはドイツの金融業界だけでなく、フィンテック銘柄に注目する世界中の投資家にも強い衝撃を与えた。最大手企業30社が構成するドイツ株式指数市場(DAX)に上場している企業が倒産したのは、今回が初めてだからである。

同社は6月18日に「フィリピンの二つの銀行の信託口座に保管していた19億ユーロ(2280億円・1ユーロ=120円換算)の現金が見つからない」と発表した。このため会計監査法人は、同社の2019年の会計報告書の承認を拒否した。19億ユーロは同社の資産の約4分の1に相当する。つまり会計報告書に架空の資産が計上されていた疑いが強まり、一時200ユーロ近かった同社の株価は、2ユーロ前後まで暴落した。

同社のCEO(最高経営責任者)は、オーストリア人起業家のマルクス・ブラウン。彼は6月19日にCEOを辞任した後、22日にミュンヘン検察庁によってバランスシートの偽造や株価操縦の疑いで逮捕された。(彼は一晩拘留された後、500万ユーロの保釈金を払って保釈された)。

フィンテック・ブームに乗り急成長

1999年に創設されたワイヤーカードは、クレジットカードやスマートフォンを使ったキャッシュレス決済、Eコマース(電子商取引)などに関する技術やサービスを提供する企業だ。倒産前には、「欧州、北米、アジアなどの約28万社の企業と取引もしくは提携関係にある」と主張していた。

同社は、フィンテック・ブームの波に乗って急成長した。2004年の年間売上高は680万ユーロ(8億1600万円)だったが、2018年には20億1600万ユーロ(2419億円)に増加。従業員数も2013年からの5年間で5倍に増え、約5100人に達した。

ワイヤーカードは厳密にいうとIT企業だが、銀行も所有していたほか、急ピッチで世界各地に拠点を設置した。ワイヤーカードは、2018年にDAX市場に加わった。創設当初はオンラインゲームの決済サービスなどを提供していた元零細企業が、ドイツ経済界のエリートが名を連ねるクラブに仲間入りしたのだ。

英国日刊紙FTとの苛烈な戦い

だがワイヤーカードについては、2008年頃から「財務内容が不透明だ」という指摘がときおり出され、インターネット上に疑惑が流れるたびに同社の株価が大きく下がった。これに対してワイヤーカードは「一部の投資家が嘘の情報を流すことによって、株価を操縦したり、空売り(株価下落を予想して利益を得る特殊な取引)を行ったりしている」と反論した。

2019年2月には英国の日刊紙ファイナンシャルタイムズ(FT)が、「ワイヤーカードのシンガポール子会社が、香港での営業許可を取得するために売上高を過剰に計上している」という疑惑を報じ、再び株価が急落した。ワイヤーカードは「FTが株価を操作しようとしている」と反論し、同社を相手取って民事訴訟を提起。ドイツ連邦金融監督庁(BaFin)は、ワイヤーカードの株の空売りを2カ月間にわたり禁止するとともに、FTの記者らを株価操縦の罪で告発した。これを受けたミュンヘン検察庁も、同紙の記者に対して有価証券取引法違反の疑いで、一時捜査した。つまり当時監督官庁や捜査当局は、ワイヤーカードを「空売り行為の被害者」と見ていたのだ。

社内調査で不正発覚

だが一方で、監督官庁はワイヤーカードに対する不信感も抱き始めた。BaFinは、2019年2月にバランスシートの審査団体である「ドイツ会計審査機関(DPR)」に対し、ワイヤーカードの2018年上半期の会計報告書の点検を命じている。

ワイヤーカードの監査役会も2019年2月に社内に調査委員会を設置し、通常監査を任せている監査法人とは別の企業に、2016~2018年の会計報告書の分析を依頼した。この監査法人は今年4月に調査結果を公表し、「一部の取引に関する書類が見つからない」と報告。つまり社内調査委員会は、「売上高の一部が存在しない」というFTが報じた疑惑を払拭できなかった。このためブラウンCEO(当時)は、2019年の年次報告書・業績報告書の発表を延期。BaFinは、株価操縦の疑いでブラウンCEO(当時)を刑事告発した。6月5日には、検察庁がワイヤーカードの本社などを家宅捜索して書類などを押収している。

監督官庁の責任は?

ワイヤーカードの経営実態については解明されていない点が多いが、ドイツの論壇では、「この事件は第二次世界大戦後のドイツで最大の会計偽造事件になる」という見方も出ている。なぜ監督官庁や監査法人は、最初の疑惑が指摘されてから10年以上にわたり、ワイヤーカードについて詳細な調査を実施しなかったのか。同社の株や社債に投資していた市民や企業は、今回の株価暴落によって多額の損害を受けた。

ワイヤーカード事件は、ドイツの株式市場に対する投資家の信頼感にも悪影響を与える可能性がある。検察庁による徹底的な解明が必要だ。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
http://www.tkumagai.de
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