独断時評


米国のイラン核合意破棄、EUは核合意維持を確認

5月8日に米国のドナルド・トランプ大統領は中東情勢を大きく不安定化させる決定を行った。彼は選挙期間中の公約通り、米国政府がイランとの核合意を破棄し、同国に対する制裁措置を強化することを明らかにしたのだ。

イスラエルの路線を踏襲した米国

2015年に米国のオバマ政権がロシア、ドイツ、フランス、英国、中国と共にイランとの間で行った合意によると、イランは15年間にわたりウランの濃縮を行わないこと、低濃縮ウランの量を1万キロから300キロに減らすこと、ウラン濃縮に使われる遠心分離機の数を1万9000個から6104個に減らすことを受け入れた。この合意には、イランの核施設に対する部分的な査察も含まれていた。

イランの核開発プログラム凍結と引き換えに、米国や欧州諸国は同国に対する経済制裁を部分的に解除した。しかしトランプ氏は、「この合意では、イランの核開発を止めることはできない。最悪の合意だ」と主張していた。この姿勢にはトランプ氏が強力に肩入れするイスラエル政府の政策が反映している。イスラエルのネタニヤフ政権は、オバマ政権のイランとの核合意を一貫して批判してきた。イランの核兵器開発の最大の狙いは、敵国イスラエルに対抗することだ。イスラエル政府は公に認めていないが、同国は核兵器を保有している。だが、イランが核兵器を積んだ弾道ミサイルを配備すれば、中東の軍拡競争に拍車がかかる。イランの敵国サウジアラビアも核武装する可能性がある。

米国の合意破棄宣言を受けて、イランはミサイルをイスラエル占領下のゴラン高原へ向けて発射。イスラエルは報復措置としてシリア領内のイランの基地など約50カ所を空爆した。内戦で揺れるシリア西部には、イランの革命防衛隊が軍事拠点を置いており、今年2月からイスラエルとの間で小競り合いが続いていた。

5月8日、米ホワイトハウスでイラン核合意の破棄について発表したトランプ大統領
5月8日、米ホワイトハウスでイラン核合意の破棄について発表したトランプ大統領

EUは核合意維持を確認

イランのハッサン・ロハニ大統領は5月8日に「米国の合意破棄は、国際条約を破る違法な決定であり、許しがたい」と述べてトランプ氏の決定を強く批判。ロハニ氏は「米国の合意破棄後も、残りの5カ国と核合意を維持する」としながらも、「この合意が無効になった場合には、ウラン濃縮を再開する」と語り、再び核開発プログラムの道を歩み始めることを明らかにした。

欧州諸国は、トランプ氏の決定に強い失望感を表明した。ドイツのアンゲラ・メルケル首相は5月11日に「国連の安全保障理事会で全会一致で決議した合意を一方的に破棄することは、国際秩序への信頼感を傷付ける」と述べ、トランプ大統領の決断を厳しく批判。さらにシリアを舞台に小競り合いを続けるイランやイスラエルに対して、事態をエスカレートさせるような行動を慎むよう訴えた。メルケル氏は今年4月下旬にワシントンを訪れ、トランプ大統領に対し核合意を維持するよう求めたが、その努力は空振りに終わった。

ただし欧州諸国は、米国が抜けた後も核合意を維持することを確認している。今後メルケル氏は英国、フランス政府と共に、イランにウラン濃縮を再開しないよう働きかける方針だ。EUで外交問題を担当するフェデリカ・モゲリニ委員も「イランがこれまで核合意に違反した兆候はない。同国が合意内容を順守する限り、EUは核合意を維持する」という声明を発表している。

ドイツの論壇では、「今回の決定はトランプ氏がこれまで行ってきた数々の奇矯な決定の中でも、最大の愚行だ」という厳しい見方が出ている。確かに2015年の核合意はイランに核兵器開発を完全に放棄させるものではなく、一部の施設については査察が禁じられるなど不備な点もあった。それでもイランが約15年間にわたり核開発を凍結したことは、中東の緊張緩和に貢献した。

だが米国が合意を破棄したことで、今後イラン国内で穏健派の立場が弱まり反米、反イスラエル色の濃い強硬派が主導権を握る可能性がある。

制裁強化を懸念する欧州経済界

米国がイランに対する経済制裁を強化した場合、同国での経済状況が悪化し、国民の不満が強まる可能性もある。トランプ氏の決定は、イラン国内の強硬派にとって追い風となる危険がある。それは中東だけでなく、欧州にとっても大きな損害である。

2015年の核合意以降、欧州企業はイランとの貿易を始めるための下準備を行ってきた。だがトランプ氏の決定によってそうした努力が水の泡となる可能性が強まっている。その理由は、大半の欧州諸国の企業は米国との貿易や現地生産などを行っているので、米国の制裁規定を守らざるを得ないからだ。米国に子会社を持つ欧州企業が、イランと貿易を行った場合、米国政府は「制裁違反」と見なすだろう。

ドイツはかつて欧州でイランとの経済交流が最も緊密な国の一つだった。それだけにトランプ氏の決定はドイツの経済関係者を深く失望させている。

メルケル首相はトランプ氏の大統領就任以降、「我々はもはや米国を完全に信頼することはできない。自分たちの防衛は自分の手で行わなくてはならない」と語ってきたが、今回の合意破棄によって、欧州と米国間の安全保障をめぐる信頼関係にさらに深い傷が付けられた。これは欧州だけではなく世界全体にとって大きな損失である。

今後EUは米国の力を借りなくても、地域紛争を解決し調停を行う能力を身に付けようとするだろう。

最終更新 Donnerstag, 31 Mai 2018 09:01
 

ハノーファーメッセに見るインダストリー4.0の世界

4月23日から5日間にわたり、世界最大の工業見本市ハノーファーメッセが開催された。131ヘクタールという広大な敷地に26の展示館が設置され、75カ国から約5800社の企業、研究機関などが出展した。展示館だけでも、49万6000平方メートルという広さ。今年も全世界から約21万人のビジネスマン、ジャーナリスト、技術者、研究者、市民らが訪れた。

インダストリー4.0のショーウインドウ

ドイツ政府と産業界は2011年以来、製造業のデジタル化プロジェクト、インダストリー4.0とスマートサービスを進めている。ハノーファーメッセはその進捗度を知るためのバロメーターである。2011年にドイツ連邦教育科学省、ドイツ工学アカデミー、人工知能研究センターが初めてインダストリー4.0宣言を行ったのも、同メッセ開幕の直前だった。それ以来インダストリー4.0とIoT(物のインターネット)は、毎年ハノーファーメッセの中心的なテーマとなっている。

ハノーファーメッセ
ハノーファーメッセは製造業デジタル化のショールームだ(筆者撮影)

今年の見本市でも、デジタル・プラットフォーム、スマート工場、人工知能、バーチュアル・リアリティー(VR)を使った製造プロセス、コボット(コラボレイティヴ・ロボット=限られた機能だけを持つ小型のロボット)などが展示の中心となった。見本市の会場では、人間に代わって、目にも止まらぬ速さで部品を組み立てるロボットのアーム(腕)や、工場内を自動的に走り回って部品や完成品を運ぶ箱形のロボットなどが展示されていた。人間の腕の動きに連動して、部品などをつかむロボット・アームも見かけた。目に見えにくいIoTを視覚化して訪問者にアピールするためだ。

「独はデジタル化の試練を乗り切る」

ハノーファーメッセの主催者であるドイッチェ・メッセ社のヨッヘン・ケックラー社長は、「今年の展示の中心的なメッセージは、テクノロジーが人間と競争するものではなく、人間を補佐するものだということです。ハノーファーメッセは、今や製造業のデジタル化の現状を知るためのホットスポットになったということができるでしょう」と語っている。

アンゲラ・メルケル首相も会場で行った演説の中で「ドイツは過去の産業革命の波を乗り切ったのと同様に、デジタル化と自動化による試練を乗り切るでしょう。現在ドイツの雇用状況は極めて良好であり、中規模企業(ミッテルシュタント)は高いイノベーション力を誇っていますが、政府は今後企業の技術開発を税制上の優遇措置によって、さらに支援します」と述べ、政府がデジタル化関連技術の発展をさらに強力に後押しする方針を明らかにした。

出展企業にとってハノーファーメッセは、インダストリー4.0に関連技術を応用した製品やサービスの進捗度、成熟度を競う場となっている。確かに大企業は、インダストリー4.0を急速に実用化しつつある。たとえばハノーファーメッセで毎年最大の展示スペースを誇るシーメンスは、自動車や航空機のメーカー、化学産業が、IoT技術による「デジタルの双子」(本当の製品をデジタル空間にコピーした物)を製造プロセスに活かしている実例を紹介し、多くの訪問者の注目を集めていた。ボッシュ・レクスロートやSEWユーロドライブ、フアウエーのように、展示ブースに未来の自動化工場の一部を再現して、訪問者のためにデモンストレーションを行う企業も多かった。これらの企業では、工場や製品に取り付けられたセンサーが情報をリアルタイムでメーカーに送り、メーカーがビッグデータを分析して新しいサービスを提供するというプロセスは遠い未来の物ではなくなりつつある。

連邦政府がミッテルシュタント支援

ただし大企業に比べると、中規模企業(ミッテルシュタント)ではデジタル化の動きが遅れている。ドイツの企業数の99%を占めるミッテルシュタントが参加しなければ、インダストリー4.0は成功したことにならない。今回の見本市では、連邦政府がミッテルシュタントに強力な支援を行っていることも感じた。

私はドイツ連邦経済エネルギー省と連邦教育科学省がトップに立つ推進団体「プラットフォーム・インダストリー4.0(PI4,0)」のブースを訪れた。PI4,0のヘンニヒ・バンティエン氏は、「ミッテルシュタントの経営者が、インダストリー4.0に関する投資を行う前に具体的な実験やテストを行えるように、我々はラブ・ネットワーク・インダストリー4.0という枠組みを提供し、研究機関や大学での実験を行えるようにしています」と語り、政府が中小企業への知識の伝達を重視していることを明らかにした。

バンティエン氏は「現在ドイツでは好景気が続いている上に輸出が好調なので、多くのミッテルシュタントでは受注状況が極めて良好です。したがってミッテルシュタントから『現在成功している我々のビジネスモデルを、なぜインダストリー4.0によって変えなくてはならないのか』という声が出るのは当然のことです。我々の仕事の1つは、長期的にデジタル化の流れに適応していくことの重要性を企業経営者に理解してもらうことです」と語った。

ドイツは日本以上に見本市が盛んな国である。その利点は、1カ所に多数の企業が集まっているので多くの人々と気軽に情報交換を行ったり、新しい製品や技術に触れたりすることができることだ。会場はネットワーキングのチャンスで溢れている。インダストリー4.0や物づくり産業に関心のある方には、是非一度ハノーファーメッセに足を運ぶことをおすすめする。

最終更新 Montag, 09 Juli 2018 10:53
 

メルケル、マクロンが見せたEU改革の温度差

4月19日に仏マクロン大統領が、ベルリンでメルケル首相と会談した。この会談はEU、特にユーロ圏の改革を推進しようとするマクロン氏と、国内情勢に配慮してフランスの要請にブレーキをかけようとするメルケル氏の姿勢の違いをはっきりと浮かび上がらせた。

ユーロ圏改革を重視するマクロン氏

「欧州にナショナリズムが復活しつつある」と主張するマクロン氏は、EUを強化することが国粋主義を抑える上で極めて重要だと考えている。このため、彼は去年9月26日にパリのソルボンヌ大学で長時間にわたる演説を行い、デジタル化の推進など21世紀にEUの競争力を強化するための、さまざまなビジョンや施策を打ち出した。彼はドイツと協力して、EU改革を推進しようと考えていた。

ところが去年9月にドイツで行われた連邦議会選挙では、反EU政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が躍進し、伝統的な政党が後退した。このため第4次メルケル政権が成立するまでに約6カ月もかかってしまった。つまりマクロン氏はこの間ドイツ側から自分の「ソルボンヌ提案」に対する正式な回答を得ることができず、貴重な時間が空費されたのだ。本来マクロン氏は、今年6月までにドイツ政府とEU改革案について合意し、同月に開かれるEU首脳会議に提出することを望んでいた。しかしメルケル政権の誕生の遅れにより、残された時間は極めて少なくなっている。

ターフェルの食糧配給を待つ人々
4月19日ベルリンにて、メルケル首相(左)と会談した、フランスのマクロン大統領

独仏間で大きな温度差

マクロン氏にとっての大きな試練は、ユーロ圏の改革に関するドイツ政府との意見の相違だ。彼は2009年のギリシャ危機のような緊急事態に対するユーロ圏の抵抗力を強化することを目指している。そのために、ユーロ圏財務大臣という新たな役職を創設し、独自の予算権を与える。またユーロ圏に「銀行同盟」を創設して、金融機関の経営難により迅速に対応できる態勢を整えるほか、欧州共通の預金保護制度を導入して、市民の預金の安全性をこれまで以上に高める。また現在ユーロ圏には、過重債務に陥った国に緊急融資を行う欧州安定化メカニズム(ESM)という機関があるが、マクロン氏はESMを、国際通貨基金(IMF)の欧州版・欧州通貨基金(EMF)に発展させることを提案。

マクロン氏は、「イタリアやギリシャなど南欧諸国に緊縮財政や構造改革を強制するだけではなく、南欧諸国の経済成長を促すように、ユーロ圏の財政大臣が機動的に、独自の財政出動をできるようなシステムを整えるべきだ」と考えているのだ。だがベルリンでの会談で、メルケル氏は慎重な姿勢を打ち出した。彼女は、EU改革の重点として、まずEU域内共通の亡命申請システムとEU共通の外交政策を挙げ、ユーロ圏改革の順位を3番目にした。この発言からメルケル氏がマクロン氏ほどは、欧州通貨同盟の改革に高い優先順位を与えていないことが浮き彫りになった。

メルケル首相が、ユーロ圏改革に慎重である理由は、国内でマクロン氏の提案に対する反対意見が強まっていることだ。大連立政権に参加している姉妹政党キリスト教社会同盟(CSU)だけでなく、メルケル氏が党首を務めるキリスト教民主同盟(CDU)でも、「ユーロ圏財務大臣に独自の予算権を与えたり、EMFを創設したりすると、ドイツ連邦議会の承認なしに、我が国の納税者の血税が、南欧諸国の救済などに使われる危険が高まる」という意見が強まっている。つまりドイツの保守派は、ユーロ圏財務大臣やEMFが、加盟国の議会を素通りして、南欧諸国などに金融支援を行うことに警戒感を強めているのだ。EUで最大の経済パワーであるドイツは、将来の債務危機での負担が増えることを懸念しているのだ。

独連邦議会で反EU勢力が拡大

さらに、マクロン氏が提唱している「ユーロ圏共通の預金保護制度」についても、「イタリアの銀行が破綻した時に、イタリア市民の預金を保護するために、ドイツの預金者の負担が増えることにならないか」という懸念が出されている。メルケル氏の慎重な態度には、ユーロ圏からのドイツの脱退を求めているAfDが、第3党として連邦議会に100人近い議員団を送り込み、政府の態度に目を光らせているからだ。去年議会に復帰した自由民主党(FDP)も、ユーロ圏改革が連邦議会の権限を弱めることに反対している。つまり去年起きたドイツ中央政界の地殻変動が、メルケル氏の態度に大きな影を落としているのだ。メルケル氏は、「南欧諸国に気前良く財政出動を行うのではなく、まず南欧諸国が財政の健全化や、競争力を高めるための構造改革などの自助努力を行うことが先決だ」と主張。

独仏は意見の違いをどう克服するのか

マクロン氏はドイツ側に「今EUは、深刻な危機を乗り越えられるかどうかの瀬戸際にある。我々は未曽有の冒険を経験しつつある」と、迅速な対応を迫った。彼はメルケル首相がユーロ圏改革を最重要課題と位置付けなかったことについて、落胆したに違いない。メルケル氏は、「ドイツとフランスの議論の初めに、意見の相違があるのは当然なことだ。我々は率直な議論と、最後には譲り合いの姿勢を持つべきだ」と述べた。

今後ドイツとフランスの間では、EUとユーロ圏の針路をめぐって、激しい議論が展開されるに違いない。EUの主軸である独仏は、ポピュリズムの台頭に歯止めをかけ、中東欧諸国で強まる遠心力を抑えることができるだろうか。

最終更新 Donnerstag, 03 Mai 2018 11:10
 

ドイツの難民問題は解決していない

ドイツでは2015年からの2年間に、約116万人の外国人が亡命を申請した。これは世界で最も多い数だ。難民危機は、極右政党の連邦議会進出を許すなど、政界、社会に大きな影響を及ぼしたが、その余波は今なお続いている。

難民の家族呼び寄せをめぐる議論

連邦内務大臣に就任したホルスト・ゼーホーファー氏は、今年4月3日に、難民の家族呼び寄せについて、新たな制限を設けることを提案した。彼はキリスト教社会同盟(CSU)の元党首で、バイエルン州の首相でもあった。ドイツ政府は今年8月から、同国に住む難民がシリアなどから家族を呼び寄せることを部分的に許可する。その数は、毎月1000人に限られる。

だがゼーホーファー氏は、「長期失業者(ハルツIV)として登録され、国から失業者援助金を受け取っている難民には、家族の呼び寄せを禁止するべきだ」と発言したのだ。この提案についてはSPDなどから、「家族と再会できるかどうかを、難民の経済力で決めるという提案は、連立協定に違反するものであり、まったく受け入れられない」と厳しい批判が出ている。

またゼーホーファー氏は、内務大臣の席に着くや否や、イスラム教に関する議論を蒸し返した。彼は3月16日に大衆紙「ビルト」とのインタビューで「ドイツはキリスト教の伝統を持つ国であり、イスラム教はドイツには属さない。勿論ドイツに住むイスラム教徒はこの国に属しているが、彼らに配慮してドイツの慣習や伝統を放棄するべきではない」と語ったのだ。

これはメルケル氏が総選挙前に行ったインタビューで打ち出した「イスラム教はドイツの一部だ」というコメントを否定するものだ。メルケルは、「この国には約400万人のイスラム教徒が住んでおり、ドイツの憲法を守る限り、イスラム教はこの国の一部だ」と述べている。メルケル氏は2015年からこうした主張を繰り返しており、CDU/CSUの保守派から「伝統的な価値観を崩す姿勢」として強く批判されてきた。

ターフェルの食糧配給を待つ人々
ターフェルの食糧配給を待つ人々

右旋回の理由は10月のバイエルン州議会選挙

ゼーホーファー氏は、なぜ難民やイスラム教について厳しい発言を繰り返すのか。その最大の理由は、今年10月にバイエルン州で行われる州議会選挙だ。

CSUはバイエルン州の地方政党で、1957年以来単独で過半数を確保し、州首相の座を占めてきた。だが極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、バイエルン州でも支持率を増やしつつある。同党は去年9月の連邦議会選挙で、バイエルン州での得票率を前回の選挙の4.3%から12.4%に増やした。AfDは連邦政府の難民政策を厳しく批判し、「イスラム教はドイツの憲法と文化にそぐわない」と主張してきた。彼らの主張はリベラルな政策に不満を持つ有権者の心をひきつけた。ゼーホーファー氏がCSU党首の座を追われたのも、この敗戦の責任を問われたからだ。

現在CSUでは、今年10月の州議会選挙でもAfDが大きく躍進することが危惧されている。このためゼーホーファー氏は、政策を右旋回させることによって、AfDから有権者を取り戻そうとしている。つまりCSUは、難民政策やイスラム教に対する姿勢を、AfDに近づけつつあるのだ。

ターフェルが外国人新規登録を一時停止

ドイツ社会の難民に対する姿勢の硬化を示すもう1つのエピソードがある。ドイツには、長期失業者やホームレス、年金生活者など低所得者に、商店で売れ残った野菜やパンを無償で配る「ターフェル(ドイツ語で食卓の意味)」という慈善団体がある。

ところがエッセンのターフェルは、外国人の数が余りにも増えたので、今年1月10日から、食料の配給を受けるための新規登録をドイツ人に限ることに決めた。外国人の排除は、4月上旬まで続いた。

ターフェルが外国人の新規登録をやめた理由は、配給を受けるために並ぶ市民の75%が、難民など外国人で占められているからだ。ターフェルの代表は、「若い難民たちは、列に並んで順番を待つということを知らない。このため年老いたドイツ人や子供を抱えた母親が、外国人に押しのけられて、食料を受け取れない場合が多い。外国人の集団が怖いために、ターフェルに来ないお年寄りや女性が増えている」と説明した。

メルケル首相は「ターフェルの人々が苦労していることは理解できるが、外国人・ドイツ人という基準で区別するのは良くない」というコメントを出した。これに対しターフェルの全国組織は、「ターフェルに外国人が殺到する原因を作ったのは、メルケル首相の難民政策ではないか」と反論した。

ドイツの空気を変えた難民危機

戦後の(西)ドイツは、第二次世界大戦でのナチスの外国人・ユダヤ人差別に対する反省から、外国人差別を避けようと細かい配慮を行ってきた。しかし、「許容の時代」は終わりを告げた。私はこの国に28年間住んでいるが、ターフェルほど露骨に、ドイツ人と外国人を区別した決定は珍しい。以前のドイツならば、お年寄りや女性が食料を受け取る時間と、外国人が受け取る時間をずらすなどの工夫をして、外国人締め出しを避けたはずだ。今回ボランティアたちが、外国人を露骨に排除した背景に、私は2015年の難民危機以来、この国の空気が変わったことを感じる。かつて「欧州の良心」と呼ばれたドイツは、右派勢力の圧力に抗して、人間性を守ることができるだろうか。

 

最終更新 Donnerstag, 19 April 2018 14:32
 

フェイスブックと個人情報をめぐる激論

約20億人が利用する世界最大のソーシャルメディア・フェイスブックは、世論から集中攻撃を受けている。引き金を引いたのは、英国のガーディアン・グループに所属するオブザーバー紙が3月17日に放ったスクープ記事だ。同紙は「フェイスブックの利用者約5000万人の個人情報が、英国のデータ分析企業ケンブリッジ・アナリティカ(CA)に不正流出し、トランプ陣営が大統領選挙戦で有権者の投票行動を分析・操作するために使われた疑いがある」と報じたのだ。

不十分だったフェイスブックの対応

オブザーバーに内部告発を行ったCAの元社員によると、同社と繋がりのあるケンブリッジ大学の心理学者アレクサンドル・コーガンが、2014年にフェイスブックのページで心理クイズを実施。約27万人の利用者がこのクイズに参加して、あるアプリケーションをダウンロードした。彼らは自分の個人情報をコーガンに渡すことに同意し、データはCAに流れた。しかしコーガンは、この27万人のアカウントに含まれている約5000万人の友人・知人の個人情報も入手して、CAに供与。これらの利用者は、自分のデータが第三者にわたることを承諾していなかった。これはフェイスブックの規則に違反する行為であり、各国の個人情報保護法にも違反する恐れがある。

フェイスブックは2015年にデータ流出に気付いたが、CAに個人情報の消去を求めただけで、約5000万人の「被害者」たちに、データが第三者に流れたことを通報しなかった。つまりフェイスブックの対応は、極めてずさんだった。

2018年ドイツの展望
3月26日、フェイスブックの欧州子会社の幹部と会見した後、
記者会見を開くカタリーナ・バーレー司法大臣

データ分析がトランプを勝たせた?

CAは消費者や有権者の行動に関するビッグ・データを分析し、市民の性格、嗜好、政治思想のプロファイリングを行い将来の行動を予測する。コーガンが実施したような心理クイズの結果を人工知能で分析すれば、その人の所得水準、趣味や政治思想、投票行動などをかなりの確度で予測することが可能。CAはそうした分析結果を企業や政党に売り利益を得ている。

オブザーバー紙は、「2016年の大統領選挙でトランプが勝った背景には、CAによるフェイスブックの個人情報の分析がある。トランプ陣営はCAの分析結果に基づき、激戦州で有権者の政治思想に合わせた個別広告を送ることにより、ヒラリー・クリントン候補の票を減らし、勝利することができた」と主張。トランプ政権の戦略担当補佐官だった右派ポピュリストのスティーブ・バノン氏は、一時CAの幹部として働いていた。つまりフェイスブックの利用者5000万人の個人情報が、大統領選挙で有権者の投票行動を左右するために使われた可能性が浮上したのだ。

フェイスブックは対応に落ち度があったことを全面的に認めた。同社のマーク・ザッカーバーグ社長は3月下旬にドイツなどの新聞に全面広告を掲載し「我々はあなたの個人情報を守るという責任を十分に果たさなかった。このことについて謝罪する」と述べている。

「民主主義が脅かされている」

欧州諸国では、個人情報の保護への関心が米国よりも強い。このためオブザーバーがデータの不正流出について報じると、各国政府から怒りの声が上がった。欧州委員会のベラ・ジュロバ司法担当委員は「個人情報の保護は、民主主義の基本である。今回のスキャンダルは、民主主義を脅かす物であり、全く許しがたい」と批判した。メルケル政権のカタリーナ・バーレー司法大臣も、フェイスブックの欧州子会社の幹部を司法省に呼びつけて、説明を求めた。同社によると、CAにデータが不正流出した5000万人の約1%は欧州に住んでいた市民で、ドイツ人も含まれている。フェイスブックは、データがCAに流れたすべての利用者に対し、その事実を連絡することを明らかにしている。

EUは今年5月25日から、世界で最も厳しい個人情報保護法(GDPR)を施行する。企業は個人情報の流出が起きた場合、被害者に直ちに通報することを義務付けられる。この法律の最大の特徴は、罰則の厳しさだ。同法に違反すると、最高2000万ユーロ(36億円・1ユーロ=130円換算)、もしくは年間売上高の最高4%の内、多い方が科される可能性がある。

ソーシャルメディアへの規制強化へ

今回のスキャンダルをきっかけに、欧州では個人情報の保護を強化し、ソーシャルメディアに対する規制を厳しくするべきだという声が強まっている。

ミュンヘン工科大学でソーシャルメディアの政治への影響を研究しているズィーモン・ヘーゲリヒ教授は、「フェイスブックがなかったら、トランプは大統領になっていなかっただろう」と断言する。ヘーゲリヒ氏は、「今日ではソーシャルメディアが多くの市民の情報源となっているために、世論の構造が大きく変化しつつある。ドイツでは極右政党『ドイツのための選択肢(AfD)』がソーシャルメディアを最も積極的に使っているが、キリスト教社会同盟(CSU)などほかの政党も、AfDの真似をしようとしている。政党がソーシャルメディアを使う例が急増しているのだから、政府は規制を強める必要がある」と述べている。

CAのデータ分析がトランプ勝利にどの程度寄与したのかは、まだ立証されていない。しかし今回のスキャンダルは、ソーシャルメディアを使えば数千万人の個人情報を容易に集められることを示した。民主主義を守るためには、何らかの対策が必要だろう。

最終更新 Donnerstag, 05 April 2018 10:32
 

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