独断時評


新型インフルエンザの謎

メキシコと米国を中心に感染者が増え続けている新型インフルエンザA(H1N1)について、一部市民の間では楽観論が出始めている。しかし、医療関係者の間では「脅威は去っていない」という見方が有力だ。

確かに、現在のところ死者数は限られている。WHO(世界保健機関)によると11日の時点でこのウイルスに感染した人の数は30カ国で4694人、死者は53人。死者が最も多いのはメキシコの48人。米国では3人、カナダとコスタリカに1人ずつ死者が出た。ドイツでの感染者数は11人にとどまっている。メキシコではコンサートやスポーツの試合が中止になったり、商店やレストランが閉鎖されたりするなど、経済活動に悪影響が出ている。このため「流行は峠を越したし、大半の感染者も快方に向かっている」として、新型インフルエンザについて楽観的な見方が出始めているのである。

しかし油断は禁物である。インフルエンザ・ウイルスは気温が上昇する夏には活動が鈍くなるが、秋から冬にかけて本格的に猛威をふるうからだ。第1次世界大戦後に世界中で流行したスペイン風邪は、2000万~4000万人の命を奪ったが、当時も冬に多くの犠牲者が出た。

さらにインフルエンザ・ウイルスの特徴は、頻繁に変異することだ。現在は比較的毒性の弱いウイルスが、夏から秋にかけて変異して毒性を高める可能性もある。医療機関によって確認されている感染者は氷山の一角で、実際の感染者数はなかなか把握できない。

新型インフルエンザA(H1N1)については謎が多い。科学者たちは、鳥インフルエンザを引き起こすH5N1が変異して、人から人へ感染するようになり、世界的な大流行(パンデミック)を起こすと危惧していた。さらに人から人への感染は、鳥インフルエンザが多く見られる東南アジアで始まると予想されていた。

ところが今回のインフルエンザの根源は鳥ではなく豚であり、最初に感染が広がったのはメキシコという意外な地域だった。アジアでの感染者数は、11日の時点で日本と中国、韓国の9人にすぎない。なぜメキシコと米国で感染者が多く、死者が集中しているのかも未だ解明されていない。まるで人間の意表をつくかのような、ウイルスの出現である。

新型インフルエンザの拡大が明らかになった時、私は日本にいたのだが、日独の対応の違いも目についた。日本では感染者が出ていないためか、検疫体制が厳しい。海外から日本に到着した旅客機の乗客は、機内で健康状態に関する質問票を記入させられ、防護服に身を固めた検疫官によって、検温装置で熱があるかどうか調べられる。町では多くの市民がマスクをしている。病院では、通常の入り口と新型インフルエンザの疑いのある患者向けの入り口が区別されている。さらには、発熱患者の診察を拒否する医師まで現れている。

3日に成田からミュンヘンに着いた際は、健康状態に関する質問や検査は全くなかった。すでにドイツ国内で感染者が確認されているせいだろうか。新型インフルエンザについては謎が多いため、どちらの対応が正しいのかは容易に判断できない。パニックを起こすべきではないが、過度の楽観論を持つべきでもないだろう。

13 Mai 2009 Nr. 765

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 11:22
 

地方自治体に意外なリスク

「ドイツの多くの地方自治体が、学校や市役所の建物、市電の路線やゴミ処理場などの公共の財産を米国に売り飛ばしていた?」

こんな意外な事実が、グローバル金融危機によって浮かび上がっている。しかも、ただでさえ台所事情が苦しいドイツの地方自治体に、巨額の財政負担が生じる可能性が強まっているというのだから、ただごとではない。

ベルリン、ハンブルク、ミュンヘン、エッセンなどドイツの多くの地方自治体は、1994~2004年の間に、下水道や見本市会場、市電の路線、廃棄物の処理施設などの社会的なインフラを米国の信託機構に売り、長期的なリース契約を結ぶことによってキャッシュフローを改善してきた。

この仕組みは、「クロス・ボーダー・リーシング」(CBL)と呼ばれる。米国の税制によると、長期的なリース契約は所有権の譲渡と同等に扱われるので、投資した金額を課税対象額から差し引くことが許される。このため米国の投資家は、インフラのリース契約を管理する信託機構に投資すると利益を得ることができたのだ。

一方、ドイツの地方自治体は慢性的な財政赤字に悩んでいたので、キャッシュをもたらすこの取り引きに飛びついた。たとえばボーフム市役所は、投資銀行の仲介で上下水道網を米国の信託機構に売り、リース契約を結ぶことによって2000万ユーロ(約26億円)の現金を手にした。地方自治体は、その後30年もしくは99年にわたり、投資家たちにリース料を支払い続けなければならない。

だが問題は、CBLの債務不履行リスク(つまり地方自治体がリース料を支払えなくなるリスク)が、AIGなど米国の保険会社によって保証されていたことだ。金融危機の影響で、これらの保険会社の信用格付けが引き下げられた。このためドイツの地方自治体は、信託機構に巨額の保証金を差し入れなければならないことが明らかになったのだ。

ドイツの地方自治体と米国の信託機構との間で結ばれているリース契約は、およそ150件。格付けの引き下げの影響で地方自治体が保証を迫られる金額は、800億ユーロ(10兆4000億円)にのぼると予想されている。

地方自治体の担当者は、このリース契約を結んだ際に、保険会社の格付けが下がった場合は保証金を負担するという条項をきちんと読んでいたのだろうか? 世界最大の保険会社であるAIGが破たん寸前にまで追い込まれる事態を想像することは難しかったかもしれないが、万一そうした事態が起こり得ることを想定していただろうか?

多くの地方自治体の首長たちが、短期的に資金繰りを改善するために、保険会社の格付けが下げられた時に生じる保証リスクについて十分検討せずに契約を結んだことに、強い批判の声が上がっている。

現在、失業者が増加しているために、地方自治体の財政は逼迫している。その上、米国とのリース契約の保証金まで納税者が負担させられるのでは、たまったものではない。地方自治体の担当者たちの、リスク意識の低さには唖然とさせられる。

8 Mai 2009 Nr. 764

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:23
 

さらば老舗メーカー

ドイツでは経済危機のために、伝統あるメーカーが次々に倒産している。その中で最も注目を集めたのが、世界的に有名な鉄道模型メーカー、メルクリン社による会社更生法の申請(今年2月4日)だろう。

1859年にテオドア=フリードリヒ=ヴィルヘルム・メルクリンがドイツ南西部のゲッピンゲンで創業した同社は初め、人形遊びの際に使われる台所のミニチュア・セットを作っていた。この会社はその後、様々な玩具メーカーを買収することによって拡大し、1891年にライプツィヒの見本市で初めて精巧な鉄道模型を発表した。

それ以来、同社は様々なスケールの鉄道模型を製作し、この分野では世界最大手に成長した。ナチス・ドイツの空軍大臣へルマン・ゲーリングも、ベルリン郊外の別荘「カリンハル」の一室にメルクリンの鉄道模型を使った大規模なレイアウト(鉄道線路や駅、信号機の模型だけでなく、建物やトンネル、樹木や人形までを配置した一種のディオラマ)を持っていたとされる。

戦後の西ドイツでは一時、「メルクリンの鉄道模型を持っていない男の子は男の子ではない」と言われるほど、同社製品への人気が高まった。だが1990年以降、子どもたちの関心はもっぱらコンピューター・ゲームへと急速に移行し、売り上げは低迷。購入者は一部のマニアやコレクターに限られるようになった。ドイツの少子化も影響したのかもしれない。赤字を抱えた同社は、2006年に英国の投資グループに売却されたが、今年に入り、1月分の給与も支払えないほどキャッシュフローが悪化し、破たんした。

1879年創業の有名な陶磁器メーカー、ローゼンタールも、今年1月に破たんした。同社は1997年から英国・アイルランドの陶磁器メーカー、ウォーターフォード・ウェッジウッドに属していた。しかし、親会社が資金繰りに行き詰まって1月5日に会社更生法を申請すると、ローゼンタールも4日後に同じ道をたどった。

これらの会社ほど知られていないが、今年2月9日に倒産した下着メーカー、シーサー社も1875年創業の老舗だった。スイス人がボーデン湖畔のラドルフツェルで興した繊維メーカーは、最盛期には売上高が5億5500万マルク(277億5000万円/1マルク=50円換算)に達し、世界中に7000人の従業員を抱えるドイツ最大手の下着メーカーとなった。だが、繊維産業は経済のグローバル化によって大きな影響を受け、ドイツ国内での生産では採算が合わなくなった。同社は、2004年に国内の工場を閉めて労働コストが比較的低いチェコとギリシャだけで生産を続けたが、資金繰りが悪化し、会社更生法の申請に追い込まれた。

少子化やライフ・スタイルの変化、経済のグローバル化によって長い歴史を持つ有名企業が次々に苦境に追い込まれるのは残念なことだ。これらの企業のつまずきは、伝統だけでは生き残ることができない時代がやってきたことを示している。

1 Mai 2009 Nr. 763

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:23
 

エネルギー論争の行方

金融危機と並んで、今年9月の連邦議会選挙で重要な争点となるのがエネルギー問題である。地球温暖化と気候変動を受け、ドイツ国民の間では化石燃料に替わるエネルギー源への関心が高まっている。さらに、ロシアからの天然ガス供給をめぐるトラブルが毎年のように発生していることも、「将来のエネルギー源をどう確保するのか」という問いをドイツ社会に投げかけている。

大連立政権を構成するCDU/CSU(キリスト教民主/社会同盟)とSPD(社会民主党)の意見は水と油のように完全に異なっている。メルケル首相を始めとしてCDU/CSU側は、シュレーダー前政権が2000年に導入した原子力廃止政策を見直すべきだと主張。CDUのポファラ幹事長は、「SPDと緑の党は、脱原子力が時代にそぐわず、ドイツを国際的に孤立させている現実を直視するべきだ。周辺諸国のほとんどは、現代のエネルギー源として原子力が欠かせないことを理解している」と指摘している。

1986年のチェルノブイリ事故の影響で、この国には原子力発電に根強い不信感を持つ国民が少なくない。このため大半の政治家は、「今動いている原子炉の稼動年数を延ばすべきだ」と主張するにとどまり、新しい原子炉の建設は提案していない。

だが、CDU/CSUと連立政権を樹立する可能性があるFDP(自由民主党)には、「長期的には安全度が高い小型の次世代原子炉の新設についても考慮するべきだ」いう踏み込んだ意見もある。

これに対してSPDは、赤・緑政権による脱原子力政策維持の姿勢を崩していない。エネルギーに関する論争が熱を帯びている理由の1つは、発電所の建設に多額の投資と長い時間がかかることだ。ドイツでは08年の発電量の内、48.6%が褐炭と石炭。つまり、二酸化炭素などの有害物質を放出する資源から作られている。さらに、多くの石炭火力発電所で老朽化が進んでいるので、電力会社は新しい発電所を建設しなければならない。

ところが、政府が長期的にどのようなエネルギー戦略を取るのかがはっきりしていないため、発電所の更新が本格的に行われていないのが現状だ。風力や太陽光などによる再生可能エネルギーが発電量に占める割合はまだ15%前後にすぎず、石炭や原子力を完全には代替できない。

今年2月には、脱原子力の「先輩」であるスウェーデン政府が、30年前に国民投票で決定した脱原子力政策を転換し、原子炉を新設する方針を発表した。同国は20年に暖房のエネルギー源に化石燃料が占める割合をゼロにすることを目指している。また交通機関による化石燃料の消費量を最大50%、企業の化石燃料消費量を最大40%削減するという。つまり二酸化炭素の排出量を大幅に減らすには、原子力が必要であると判断したのだ。

主要経済国の中で、原子力廃止を決めているのはドイツだけである。CDU/CSUとFDPが連立したら、脱原子力政策は変更されるだろう。この国のエネルギー政策の行方を占う上でも、連邦議会選挙の結果から目を離せない。

24 April 2009 Nr. 762

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:23
 

オバマとドイツが歩む道

米国のオバマ大統領が4月上旬、NATO(北大西洋条約機構)創立60周年記念式典などに参加するために、就任後初めてドイツやフランスなどを歴訪した。初々しい指導者はバーデン・バーデンでも市民の暖かい歓迎を受け、ドイツ人からも大きな期待を寄せられていることを印象づけた。

オバマ氏の言葉には、前任者のブッシュ氏がイラク戦争や対テロ戦争をめぐる議論によって、米国とヨーロッパの間に深めた亀裂を埋めようという姿勢がにじみ出ている。新大統領は米国が一方的に決めたことに従うようEU諸国に求めるのではなく、「ヨーロッパの人々の言葉に耳を傾ける」という態度を強調した。2001年の同時多発テロ以降、長い間米国の指導者から聞いたことがない言葉である。

ほかにもオバマ氏は、ヨーロッパ人の耳に快く響く発言を行っている。プラハで発表した軍縮に関するビジョンはその例だ。彼はロシアとの間で戦略核兵器の削減交渉を開始することなどによって、世界中の核兵器の数を大幅に減らす方針を打ち出し、ヨーロッパ人の注目を集めた。米ソ冷戦時代に米軍は、ドイツに100発近い核砲弾や核爆弾を保有していた。現在は大幅に減っているが、市民団体などはラインラント=プファルツ州のビュッヘル基地にまだ約20発の戦術核が残っていると見ている。ドイツ人からは、これらの核兵器を完全に撤去するよう求める声が上がるだろう。

また、オバマ氏が「温暖化防止に対する米国の態度は、これまで十分ではなかった」と述べ、今後は環境保護に力を入れると明言したことも、ドイツ人に感銘を与えたに違いない。

今年2月にミュンヘンで開かれた安全保障会議で、ドイツ政府関係者は「オバマ政権とは協調的な関係を築けるかもしれない」という印象を得ていたが、同氏のヨーロッパ歴訪はその印象をより強固なものにした。

オバマ氏が対ヨーロッパ政策をブッシュ氏とは180度異なる方向に変えたのは、彼がいま直面している難題を単独では解決できないからだ。例えばグローバル経済危機への対応には、EUとの緊密な連携が不可欠だ。アフガニスタンでは抵抗勢力による駐留軍への攻撃の頻度が増えており、オバマ政権はヨーロッパ諸国の協力を得て同国の安定度を高めたい意向である。米国はドイツなどのEU主要国に対して、軍事・民生の両面でアフガニスタンへの支援を増やすように求めてくるだろう。

さらにオバマ政権は、イランの核兵器開発に歯止めをかけるという重要な課題を抱えている。イランに対する説得工作を行う上で、同国とつながりが深いヨーロッパ諸国の支援は不可欠である。またオバマ政権が来年グアンタナモ収容所を閉鎖するには、帰国すると処刑される危険がある収容者を他国に移住させる必要があり、EU諸国に対して収容者を受け入れるように求めている。

オバマ氏の帰国後、米国からヨーロッパに様々な要望が送られてくるだろう。各国首脳は、その要望にどのように対応するのだろうか。ブッシュ氏とは全く異なる大統領だけに、ヨーロッパにとっては「ノー」と言うことがこれまでよりも難しくなるに違いない。

17 April 2009 Nr. 761

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 11:24
 

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