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独断時評


連邦議会選挙で保守党が勝利 メルツ政権誕生へ

2月23日の連邦議会選挙で、ドイツ人たちは政権交代と政治の変革を強く望んだ。そのことは、82.5%という驚異的な投票率にはっきり表われている。そしてキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が28.5%の得票率で首位を獲得し、CDUのフリードリヒ・メルツ党首(69)の首相就任が確実になった。同氏は保守本流の政治家。ライバルのアンゲラ・メルケル前首相との権力闘争に敗れて2009年にいったん政界を去り、民間経済で働いた(2021年に政界復帰)。16年間の臥がしんしょうたん薪嘗胆の後、首相の座への切符を手にした。

2月23日、選挙戦を終えて演説するメルツ氏2月23日、選挙戦を終えて演説するメルツ氏

極右政党の得票率が倍増

もう一人の勝者は、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)だ。同党は得票率を2021年の10.3%から約2倍の20.8%に増やし、第二党となった。2013年の結党以来、最も高い得票率だ。同党は欧州連合(EU)やユーロ圏からの脱退、エネルギー転換の停止などを含む、過激な政策変化を要求。AfDのテューリンゲン州支部などは、憲法擁護庁から監視されている。それにもかかわらず、有権者の5人に1人が同党に票を投じ、旧東独地域では首位だった。アリス・ヴァイデル共同党首は、「われわれはもはや少数政党ではなく、国民政党になった」と述べて成果を強調した。

これに対し、ショルツ政権に属していた政党は、有権者から厳しく罰せられた。オーラフ・ショルツ首相が率いる社会民主党(SPD)は得票率を前回から9.3ポイント減らして16.4%と惨敗。緑の党の得票率も3.2ポイント減って11.6%となった。昨年11月まで連立政権に属していた自由民主党(FDP)の得票率は前回の総選挙に比べてほぼ半減し、4.3%となった。FDPは5%条項に従い、連邦議会からはじき出された。

ショルツ政権への不満が爆発

主な政党の得票率の推移

主な政党の得票率の推移参考:選挙管理員会

今回の選挙結果には、国民の不満がはっきり表われている。連立政権に参加した三党はしばしば対立し、路線闘争のために迅速な政策決定を下すことができなかった。多くの市民が、「ショルツ政権は環境保護、特に二酸化炭素の削減を最優先にした政策を重視しすぎている」と感じた。また人々は、ロシアのウクライナ侵攻以来続く景気停滞、不況対策の遅れ、ビューロクラシーの増加、難民による犯罪の多発などについて、強い不満を持っている。ドイツでは昨年5月から9カ月間に難民による市民の無差別殺傷事件が6件起きており、多くの市民が治安の悪化を感じている。

CDU・CSUにとって今回の選挙結果は、手放しで喜べるものではない。同党への支持率は、昨年11月のアレンスバッハ人口動態研究所の世論調査では37%だったが、わずか4カ月で28.5%に減った。失速の理由は、特に若い世代の間で、メルツ氏の厳しい難民政策への反発が強まったからだ。彼は「ドイツでの亡命申請を拒否され、出国を義務付けられている外国人は逮捕して、直ちに収容施設に拘留する」という措置を提案した。メルツ氏は、AfDによって支持者を切り崩されないように、難民政策をAfDの路線に急激に近づけたのだ。

この提案はCDU・CSU支持者の中でリベラルな思想を持つ人々、例えばメルケル氏の人道的な難民政策を支持していた人々を憤慨させ、CDU・CSUへの支持率が減った。逆に左翼党が前回に比べて得票率を3.9ポイント増やして連邦議会に復帰することは、リベラルな有権者の間でメルツ氏の路線に対する警戒感が強まっていることを示している。

大連立の公算が大

メルツ氏は、SPDとの大連立によって議席の過半数を確保する方針。SPDで院内総務に選ばれたラース・クリングバイル氏との準備協議を始めた。しかしCDU・CSUとSPDの間には、難民政策や債務ブレーキの修正をめぐって、意見の相違がある。メルツ氏が目指している社会保障サービスの削減についても、SPDが反対するかもしれない。

この国には、直ちに取り組まなくてはならない難題が山積している。ドイツの実質GDP(国民総生産)成長率は2023年、2024年と2年連続でマイナスだった。トランプ米大統領が自動車関税を予告していることは、ドイツの産業界に強い不安を与えている。メルツ氏は、企業に対する税金や社会保険料負担の引き下げを通じて企業の競争力を改善させることで、GDP成長率を2%に回復させると国民に約束している。

メルツ氏が、「欧州の病人ドイツ」を健康体に回復させられるか、欧州諸国も見守っている。ウクライナ戦争の停戦をめぐるトランプ政権の電撃的な外交攻勢に対しても、EU加盟国と協力して、独自の提案を打ち出さなければならない。メルツ氏は復活祭(4月後半)までに新政権発足を目指しているが、この国は一刻も早く、安定した連立政権を樹立させる必要がある。

最終更新 Donnerstag, 06 März 2025 14:36
 

難民規制決議でメルツ氏がAfDの支援を容認

キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の首相候補フリードリヒ・メルツ氏は1月29日、難民規制のための決議案を議会で可決させた。だがメルツ氏は、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の賛成票を容認したことで強く批判されている。

1月31日、入国制限法案の採決で賛成票を投じるメルツ氏(中央)1月31日、入国制限法案の採決で賛成票を投じるメルツ氏(中央)

メルツ氏は、アンゲラ・メルケル前首相が2015年に採用した、人道主義に基づく寛容な難民政策を撤回し、亡命申請者の入国数を大幅に減らすことを狙う。「事実上の難民受け入れ停止」を目指すCDU・CSUの決議案は、次の措置を含む。

  1. 有効な入国許可を持たない外国人のドイツへの入国を禁止し、国境で追い返す。その外国人が「亡命を希望する」と発言しても、入国を許さない。
  2. 滞在資格がない外国人を兵営などに収容し、毎日追放する。
  3. 国境では常に入国検査を行う。
  4. 連邦政府は、滞在資格がない外国人の国外追放について、州政府を支援する。連邦警察は、出国を義務付けられた外国人の逮捕状を請求できるようにする。
  5. 滞在資格がない外国人犯罪者や、ドイツの治安を脅かすと見られる外国人は、出国するまで、収容施設に無期限に拘束する。

1月29日に連邦議会で行われた採決では、CDU・CSUがAfD、自由民主党(FDP)、ザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)の支援を受けて、過半数を得た。同党がAfDの助けを借りて決議案を議会で採択させたのは、初めてだ。社会民主党(SPD)や緑の党は「タブーを破る行為だ」と強く批判。両党は、メルツ氏の難民規制案は憲法やEU(欧州連合)法に違反すると主張する。メルケル前首相も「メルツ氏は、AfDと協力しないという昨年11月に行った約束を守るべきだ」と異例の発言を行った。

背景は無差別殺傷事件の多発

メルツ氏が連邦議会で決議案を採択させた理由は、昨年から外国人による無差別殺傷事件が頻発しているからだ。昨年5月31日には、マンハイムでアフガニスタンからの難民が警察官1人をナイフで殺害し、5人に重傷を負わせた。8月にはゾーリンゲンでシリア難民がナイフで3人を殺害し、8人が重軽傷を負った。12月にはマクデブルクで、サウジアラビア人の元難民の医師が、車でクリスマス市場に突っ込み、6人を死亡させ、約300人に重軽傷を負わせた。今年1月にはアシャッフェンブルクの公園でアフガニスタン人の難民が2歳の幼児と41歳の通行人をナイフで殺害し、3人に重傷を負わせている。

アシャッフェンブルクの犯人は、2年前にドイツで亡命申請を却下されていた。それにもかかわらず国外退去処分を免れ、罪のない市民の命を奪った。行政当局や警察の連絡ミスや人員不足が原因とみられるが、多くの市民が不安を感じている。メルツ氏は、「現在のドイツの亡命申請者・難民に関するシステムは、市民の危険を脅かしている。連邦議会は、この現実を直視して行動しなくてはならない」と主張する。この決議は一種の意思表示であり法的な拘束力はない。CDU・CSUは1月31日に、やはりAfDの賛成票を使って「入国制限法案」を連邦議会で可決させようとしたが過半数を得ることができず、法案は否決された。

連邦議会選挙にも大きな影響

メルツ氏は1月29日の決議を巡り、強く批判されている。彼はこれまで、「AfDとは絶対に連立、協力、提携しない」と繰り返してきた。だが彼はAfDの支援を受けて法案を通過させることを、黙認した。同30日には各地でCDU・CSUに対する抗議デモが行われたほか、ユダヤ人の著述家ミヒェル・フリードマンは、「AfDとの協力は破局だ」としてCDUを離党した。

アシャッフェンブルクの事件以降、難民規制は連邦議会選挙で最大の争点の一つとなった。頻発する難民による殺傷事件の影響で、CDU・CSUの難民政策が、AfDの政策に急速に近づいている。メルツ氏は、「今思い切った行動を取らなければ、連邦議会選挙でAfDに大量の票を奪われる」と危惧している。実際、1月に公表された政党支持率調査によると、CDU・CSUへの支持率は昨年12月の36%から1月には34%に、AfDへの支持率は12月の18%から1月には20%になった。メルツ氏にとっての警告信号だ。

メルツ氏の改革案は、政治的なリスクを含む。EUのダブリン協定によると、加盟国は亡命申請を希望する外国人の出身国の調査などを行わずに、入国を拒否して追い返すことを禁止されている。さらにシェンゲン協定に参加している国は、国境での入国検査を常時行うことも禁じられている。だがEU法では、加盟国が「非常事態が起きた」と判断したときに限り、EU法の規定から逸脱して独自の政策を取ることを許している。メルツ氏は「EUの難民規定は機能不全を起こしているので、ドイツには独自の行動を取る権利がある」と考えている。ただし、将来人権団体などが「メルツ氏の措置はEU法に違反する」として欧州裁判所に提訴した場合、独政府が勝つ保証はない。これまで欧州裁判所は、非常事態を理由とした、加盟国の例外措置を全て違法とする判決を下している。

また、難民政策を巡ってCDU・CSUとSPD・緑の党の対立がエスカレートした場合、連立交渉の障壁となる可能性もある。メルツ氏は選挙に勝っても、これらの党と連立しなくては、首相になれない。メルツ氏の改革は、難民による暴力事件を減らせるのか。そして有権者は投票日にどのような判断を下すだろうか。

最終更新 Donnerstag, 06 Februar 2025 10:04
 

2025年のドイツを展望する

今年は、ドイツにとって大きな変化と試練の年となる。昨年の三党連立解消により、連邦議会選挙が2月23日に前倒しされた。アレンスバッハ人口動態研究所が昨年12月に公表した調査によると、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の支持率は36%で、社会民主党(SPD)の16%、緑の党の12%、自由民主党(FDP)の4%に大きく水を開けている。そのため、CDU・CSUがSPDと連立し、CDUのフリードリヒ・メルツ党首が次期首相に選ばれる可能性が高い。

昨年12月9日、次期首相となることを見据え、ウクライナのゼレンスキー大統領と会談したメルツ氏(右)昨年12月9日、次期首相となることを見据え、ウクライナのゼレンスキー大統領と会談したメルツ氏(右)

政権交代後も、難題が山積

次期政権にとって最大の課題は、ドイツの産業界が直面している競争力の低下を克服するための改革だ。自動車、自動車部品、鉄鋼、化学などの業界では多くの企業が余剰生産能力と収益性の低下に苦しんでいる。これらの業界が削減を検討している従業員の数は、数万人に上る。一部の企業は、中東欧や米国での生産額を増やしており、産業界の空洞化が進むかもしれない。現在のままでは、失業者数が2025年中に300万人を超える可能性がある。

経済協力開発機構(OECD)が昨年12月に公表した予測によると、昨年のドイツの実質国内総生産(GDP)成長率はゼロ、今年は0.7%と低水準にとどまる見込みだ。ドイツ産業連盟(BDI)は、ドイツの競争力と成長力を回復させるには、人件費や税負担、エネルギー価格の引き下げ、鉄道などのインフラ整備、デジタル化の促進、許認可プロセスの簡素化などビューロクラシーの削減が必要だと主張する。さらに経済界からは、「エネルギー転換についても、市民の負担を減らすための修正が必要だ」という声が高まっている。

競争力回復とインフラ整備のためには、数千億ユーロ単位の投資が必要になる。だがドイツ政府は2023年11月の連邦憲法裁判所の違憲判決以来、財政難に苦しんでいる。次期政権が決断を迫られるのは、債務ブレーキを修正するかどうかだ。野放図な借金を防ぐために、連邦政府はGDPの0.35%を超える財政赤字を憲法によって禁じられている。一部の経済学者は「競争力の回復やイノベーションに必要な投資については、債務ブレーキの適用対象から外すべきだ」という意見が出ているが、メルツ党首は反対している。

1998~2005年まで首相だったゲアハルト・シュレーダー氏(SPD)は、社会保障制度・労働市場改革「アゲンダ2010」により企業の競争力を回復させ、480万人いた失業者を半分に減らした。次期政権がこのような改革を実行できるかは、重要なポイントとなる。

第二次トランプ政権の脅威

ドイツにとって今年の大きな試練の一つは、米国でトランプ政権が再び誕生することだ。トランプ氏は全ての輸入品に10~20%の関税、中国からの輸入品には60%の関税をかけると発言している。米国はドイツにとって最も重要な輸出市場の一つだ。関税政策が実行された場合、独自動車業界は深刻な打撃を受ける。

もう一つの懸念は、安全保障政策だ。トランプ氏はウクライナに対する軍事支援を減らす可能性を示唆しているほか、北大西洋条約機構(NATO)から脱退することもほのめかしている。2022年1月から昨年10月までのウクライナへの軍事支援額1222億ユーロ(19兆5520億円・1ユーロ=160円換算)のうち、約48%は米国が負担した。最悪の場合、欧州諸国は米国抜きでウクライナを支援しなくてはならない。

メルツ氏は、昨年12月にベルリンで行った演説の中で、「米国がウクライナ支援を減らす場合に備えて、独仏英、ポーランドが中心となってウクライナ・コンタクト・グループを2025年に創設する」と述べた。さらに同氏は、ドイツ製巡航ミサイル・タウルスをウクライナに供与することも示唆している。2025年にはドイツでの徴兵制の復活へ向けた準備も始まる。

「アメリカ・ファースト」を標ひょうぼう榜する米大統領の再選で、欧州と米国が長年培ってきた同盟関係に深い亀裂が入る可能性がある。ドイツをはじめ欧州連合(EU)加盟国は防衛支出の大幅な増額を迫られる。「限られたパイの配分」をめぐる争いが一段と激しくなるだろう。

また昨年12月20日には、サウジアラビア出身の医師がマクデブルクのクリスマス市場に車で突っ込み、5人を殺害し約230人に重軽傷を負わせた大惨事が起きた。今年は難民議論が一段と活発化するだろう。

南米諸国と自由貿易圏創設で合意

昨年以来暗い重苦しいニュースが多いドイツだが、明るい話題もある。昨年12月6日、欧州委員会は約25年に及ぶ交渉の末、南米南部共同市場(メルコスール)の大半の加盟国との自由貿易圏の創設へ向けて、政治的合意に達した。EUとブラジル、パラグアイ、ウルグアイ、アルゼンチンは自由貿易圏を形成し、輸出入品目の91~92%について関税を撤廃する。計画が実現した場合に最も恩恵を受けるのはドイツだ。ドイツとメルコスール加盟国の貿易額は240億ユーロ(3兆8400億円)になるとみられている。

この合意によりEUは孤立主義者トランプ氏に対し、「われわれは自由貿易を重視する」という明確なメッセージを送ったのだ。2025年は欧州にとって、米国への依存を減らし、いかにして自立とソブリニティー(主権性)を維持するかの道を模索する年になるだろう。

筆者より

いつも記事を読んでくださり、どうもありがとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

最終更新 Mittwoch, 08 Januar 2025 15:56
 

未曽有の製造業危機からドイツはどう脱出するのか

ドイツの製造業を襲いつつある危機は、日に日に深刻化している。特にこの重要な時期にショルツ政権が連邦議会で議席の過半数を失い、強い指導力を発揮できないことは、製造業界の懸念を深めている。

11月20日記者会見した、IGメタルのトルステン・グレーガー氏(左)とVW事業所評議会のダニエラ・カヴァッロ議長(右)11月20日記者会見した、IGメタルのトルステン・グレーガー氏(左)とVW事業所評議会のダニエラ・カヴァッロ議長(右)

独自動車業界は「炎上中」

ドイツのある経済記者は、現在の自動車業界の状況を「Es brennt lichterloh」(炎上中)と形容した。フォルクスワーゲン(VW)の経営陣は、国内10カ所の工場のうち少なくとも3カ所を閉鎖し、数万人の従業員を解雇して全従業員の賃金を10%減らすという、大規模なリストラを計画している。国内の乗用車部門の営業利益率を2.3%から6.5%に引き上げるためだ。

これに対し、全金属労組(IGメタル)とVWの事業所評議会は、工場閉鎖や解雇を防ぐために、11月20日に経営側に経費削減のための提案を行った。労組は、「VWの自社賃金協定よりも低いIGメタルの賃金協定を受け入れ、約5%の賃上げ分を基金に振り込む。生産能力が過剰な工場を、この基金から支援する。取締役のボーナスや株主の配当の一部も基金に振り込み、経費を15億ユーロ(2400億円・1ユーロ=160円換算)を減らす」と発表した。

だが経営側は、「価格競争力を高めるためには経費を約100億ユーロ(1兆6000億円)減らす必要があり、工場閉鎖は避けられない」という姿勢を変えていない。このため労組側は、12月にストライキに突入する公算が強い。VWの従業員の間では、「路頭に迷うのではないか」という不安が強まっている。

他業種にも飛び火

自動車業界の危機は、他企業にも飛び火しつつある。11月21日にはフォードが欧州で従業員数を4000人削減すると発表したが、そのうち2900人はケルンの工場で減らされる。理由は、BEV(電池だけを使う電気自動車)の売れ行きの不振である。昨年12月にショルツ政権が、BEVの購入補助金を突然廃止して以来、販売台数が低迷している。

さらに事態が深刻なのが、サプライヤーである。今年7月には自動車部品業界の老舗ZFが従業員数を最高1万4000人減らすと発表。同社は「内燃機関の車の部品への需要が減っているほか、新設したBEV用部品の工場でも稼働率が十分ではないため」と説明している。11月22日には世界最大の自動車部品メーカー、ボッシュが世界全体で従業員数を5550人減らし、そのうちドイツでは3800人削減すると発表した。

ドイツ自動車工業会(VDA)は、10月29日に公表した研究報告書の中で、「BEVシフトのために、ドイツの自動車業界の就業者の数は、2023年の91万1000人から、2035年には76万7000人に減る」という悲観的な予測を明らかにした。14万4000人、つまり約15%が今の職を失うことになる。

自動車業界が強く懸念しているのは、米大統領選挙でトランプ氏が圧勝したことだ。彼は選挙戦の期間中に、「世界からの輸入品に10~20%の関税をかける」と発言。同氏がドイツからの自動車に関税をかけた場合、自動車業界は強い打撃を受ける。また欧州連合(EU)は10月30日に中国からのBEVに追加関税を導入した。貿易戦争は、産業界が最も恐れている事態だ。

自動車業界の不振は、他業種にも悪影響を与える。大手鉄鋼メーカーのテュッセンクルップは11月25日、2万7000人の従業員のうち、1万1000人を削減、または別会社に分離する方針を発表した。また世界最大の化学メーカーBASFも、ルードヴィヒスハーフェン本社工場での業績悪化のために、従業員削減を計画している。両社の不振の一因は、自動車の販売台数の下落によって、素材への需要が減ったことだ。

また、商工会議所が今年8月に発表した調査結果によると、従業員500人以上の企業の51%が「エネルギー費用が高すぎるので、ドイツでの生産を減らすか、工場の国外移転を考えている」と答えた。連邦労働局によると、今年10月時点の失業者数は約279万人だが、来年には300万人を超える可能性がある。

1990年代の製造業界危機との違い

製造業界の危機というと、1995~2005年にドイツを襲った不況で一時失業者数が480万人に達した事態が思い出される。当時はシュレーダー首相が「アゲンダ2010」という社会保障・労働市場改革を断行し、企業の社会保障費負担を減らすことなどによって、価格競争力を回復させた。失業者数は半減し、2010年以降ドイツの製造業界は活況にわいた。

だが今回の製造業危機は、当時よりも深刻だ。その理由は、(1)製造業界がエネルギー転換の必要がある、(2)電力と天然ガスの価格が米国や中国に比べて大幅に高い、(3)ショルツ政権が政治の遂行能力を事実上失っている、(4)昨年の違憲判決以降、政府が財政難である、(5)ロシアの脅威を抑止するために政府が防衛予算を大幅に増やす必要があることなどである。

さらに現在は政治状況が当時と大きく異なる。ドイツのための選択肢(AfD)とザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)という過激政党への支持率が旧東ドイツを中心に高まっている。政府がアゲンダ2010のような、市民に痛みをもたらす改革を行った場合、過激政党への支持率がさらに増える危険がある。来年2月の連邦議会選挙ではキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が勝ち、CDUのメルツ党首が首相に就任する可能性が強いが、彼にとっても製造業界を危機から脱出させるのは容易なことではない。

最終更新 Donnerstag, 05 Dezember 2024 11:43
 

フォルクスワーゲンは競争力を回復できるか?

トヨタに次ぐ世界第2位の自動車メーカー、フォルクスワーゲン(VW)グループが大規模なリストラに踏み切る方針を打ち出した。「VWはタブーを破った」という批判もある。労働組合は強く反発している。

9月4日、ヴォルフスブルクのVW本社会議に参加するオリバー・ブルーメ社長(左)9月4日、ヴォルフスブルクのVW本社会議に参加するオリバー・ブルーメ社長(左)

国内の工場閉鎖の可能性も

「自動車産業を取り巻く環境は大きく変わった。情勢は極めて厳しい」。9月2日にVWグループのオリバー・ブルーメ社長が打ち出した方針は、同社の従業員だけではなく、ドイツの政界、経済界にも強い衝撃を与えた。同社は「車の販売台数減少のために、ドイツで生産能力が過剰になっており、1~2カ所の工場が余分だ。国内工場の一部閉鎖や、従業員の解雇も辞さない」と発表した。1937年創設以来、国内工場が閉鎖されたことは一度もない。

ドイツのVW社員は、事業所評議会(企業内組合)が1994年に経営側と結んだ雇用保証協定によって解雇から守られていた。この協定は2029年まで続く予定だったが、今回経営側はこの合意を破棄。経営側は来年7月から社員を解雇できる。VWグループは、全世界で約68万人を雇用。国内10カ所の工場で約12万人、約6万人がヴォルフスブルクの本社工場で働く。

事業所評議会は、「工場閉鎖と解雇には断固反対する。状況悪化の原因は、経営陣が割安なBEV(電池だけを使う電気自動車)の開発に遅れたことだ」と強く反発した。同氏は「リストラ案を撤回させるために、12月以降ストライキも視野に入れる」と述べており、全面対決の様相が深まっている。

VW乗用車部門の低利益率が焦点

なぜVWはこれほど厳しい措置に踏み切るのか。最大の原因は、VW乗用車部門の収益性の低さである。VWグループは2023年に全世界で約936万台の車を売った。そのうち、コアブランドが約483万台で、約52%を占める。しかしコアブランドの販売台数の半分以上を占めるVW乗用車部門の今年上半期の営業利益率(営業利益の売上高に対する比率)は、わずか2.3%だった。これはポルシェの15.7%、シュコダの8.4%、アウディの6.4%に比べて大幅に低い。つまりVWグループのフラッグシップ(旗艦)ともいうべき部門の利益率が、際立って低いのだ。経営陣は今回の改革によって、VW乗用車部門の利益率を2.3%から6.5%に引き上げることを目指す。

VW乗用車部門の利益率が低い理由は、人件費の高さや、昨年ドイツ政府が購入補助金を廃止したために、BEVの国内販売台数が低迷していることだ。BEV市場は二酸化炭素削減という政策に基づいて、人工的に作られた。しかもBEVに使われる電池の大半は、中国からの輸入だ。このためBEVの価格は内燃機関の車よりも約30%高いので、政府の補助金なしには普及が難しい。ショルツ政権が財政難のあおりを受けて補助金を廃止したことは、BEVに注力してきたVWにとっては、はしごを外されたことを意味する。

連邦自動車局によると、昨年12月に新規登録されたBEVの台数は5万4654台だったが、今年1月にはほぼ半減。今年8月のBEVの新規登録台数は、前年同期比で69%も減った。VWは国内10カ所の工場のうち、エムデンとツヴィッカウの2工場をBEVだけを組み立てる工場に改修したが、BEV不振のため工場の稼働率が低い。ドイツの自動車業界は、過去数年間にBEV普及を見込んで数十億ユーロの費用を投じたが、生産能力のだぶつきが生じている。

中国事業の不振も逆風に

もう一つVWを苦境に追い込んでいるのが、同社にとって世界で最も重要な市場の一つである中国事業の不振だ。VWグループにとって、中国での販売台数は約33%を占める。だが2023年度業績報告書によると、同グループが中国で売った車の台数は、2022年から2023年にかけて5万7000台減った。

ドイツの経済日刊紙ハンデルスブラットは、今年8月16日付電子版で、「2020年からの4年間で、VWグループの中国での販売台数は43万台減った。VWグループの中国でのマーケットシェアは、19%から14%に減った」と報じた。同氏は「逆に中国メーカーのマーケットシェアは2020年の33%から、2024年6月には52%に増加した」と指摘している。VWは中国でのマーケットシェアにおいて長年首位を占めたが、2023年の第1四半期に、中国の自動車大手であるBYDにその地位を奪われた。

その原因は、VWが中国メーカーに対抗できる魅力的なBEVの開発に遅れたためだ。中国では、メーカーの間でBEVの激しい値引き合戦が起きており、欧州とは違ってBEVの方が内燃機関の車よりも価格が安い。VWのアルノ・アントリッツ取締役は、「これまでは中国からの黒字で、ドイツの低い収益率をカバーすることができた。だが中国でのわが社のマーケットシェアが減り、もはや中国からの黒字でカバーすることはできない」と述べている。

ドイツ政府は、VWに対する支援策を現在協議中だ。内燃機関の車を廃車にしてBEVを買うと6000ユーロの補助金がもらえる制度や、産業用電力料金の上限設定などの提案が出されている。だが政府の補助金は、急場しのぎのカンフル注射にすぎない。割安で魅力ある製品を開発して国際競争力を高めるには、VWが体質を改善する必要がある。VWが改革に成功するかどうかは、高い人件費やエネルギー費用に悩むドイツの製造業全体にとっても、重要な試金石になりそうだ。

最終更新 Donnerstag, 31 Oktober 2024 11:11
 

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