独断時評


三党連立政権は信号機かジャマイカか?

9月26日のドイツ連邦議会選挙では、社会民主党(SPD)と緑の党が躍進し、保守党が大敗。三党連立政権が誕生する公算が強いが、交渉は難航しそうだ。

1日、三者協議を終えた緑の党の共同党首ハベック氏(左)とベアボック氏(中央)、 FDPのリントナー氏(右)1日、三者協議を終えた緑の党の共同党首ハベック氏(左)とベアボック氏(中央)、 FDPのリントナー氏(右)

SPDと緑の党が躍進

選挙管理委員会によると、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の得票率は前回より8.8ポイント減り24.1%となった。結党以来、最低の数字だ。これに対しSPDは前回比で5.2ポイント増え、25.7%を記録。緑の党も5.9ポイント増えて14.8%になり、第3党の地位に到達した。第4党は、企業経営者や自営業者を支持基盤とする自由民主党(FDP)。同党は、得票率を前回よりも0.8ポイント増やした(11.5%)。

政界では、三党連立が必要になるという見方で、現在最も有力視されているのが、次の二つのパターンだ。次期連邦議会の議席数は735なので、新政権は368議席を確保すれば過半数を獲得できる。

連立パターン① 連立パターン②
通称 信号機連立 ジャマイカ連立
首相 ショルツ ラシェット
政党(議席数) SPD(206) CDU・CSU(196)
政党(議席数) 緑の党(118) 緑の党(118)
政党(議席数) FDP(92) FDP(92)
議席数 416 406

各党のシンボルカラーにより、連立パターン①は信号機連立、連立パターン②はジャマイカ国旗の3色が使われているため、ジャマイカ連立と呼ばれる。SPDのショルツ候補は、「今回の選挙ではSPD、緑の党、FDPが得票率を前回に比べて増やした。従って国民の要請に応えて、この3党が連立政権を作るべきだ」と述べている。これに対しCDUのラシェット候補は、「SPDとCDU・CSUの得票率の差はわずか1.6ポイント。得票率が2番目の政党にも、連立政権を率いる権利がある」と主張している。

鍵を握る緑の党とFDP

このため緑の党とFDPは、キングメーカーとして極めて重要な役割を演じる。方向性は異なるものの、両党とも政治経済の改革を求めている。緑の党はエコロジー国家を建設すること、FDPはデジタル化と教育改革を強調したために、特に30歳未満の有権者の間で得票率が高かった。ショルツ・ラシェット両候補の運命は、緑の党とFDPがSPDとCDU・CSUのどちらを選ぶかにかかっているのだ。現在各党は、正式な連立交渉の準備として、個別に事前協議を始めている。

SPDと緑の党は、温暖化と気候変動に歯止めをかけるための政策や、コロナ危機で拡大した所得格差を是正するための政策を重視しており、共通点が多い。両党とも、富裕層への課税強化や、法定最低賃金の引き上げを求めている点は同じだ。緑の党は、再生可能エネルギーの拡大などのために多額の投資が必要になるため、債務ブレーキの緩和を要求している。

CDU・CSUとFDPは政策面では理想的なパートナーである。両党は左派政党ほど具体的に気候保護政策をマニフェストに掲げておらず、富裕層・企業への増税に反対だ。また債務ブレーキの緩和に反対し、一刻も早く財政黒字を回復させることを求めている。

焦点の一つは、緑の党とFDPがどのようにして政策を擦り合わせるかだ。緑の党は政府主導で二酸化炭素CO2削減を加速するため、例えば気候保護省を新設して、パリ協定にそぐわないほかの省庁の法案に対する拒否権を与えることを提案している。

三党は妥協点を見出せるか?

緑の党は、メルケル政権が決めた脱石炭の実施時期(2038年)を8年早めること、全ての新築の建物に太陽光発電装置の設置を義務付けること、全国の土地の少なくとも2%を風力発電設備の用地にすること、2030年以降ディーゼルエンジンとガソリンエンジンの新車の販売を禁止することなどを求めている。

これに対しFDPは、「禁止など法律による強制は、企業に過重な負担となる。気候保護対策については、企業が競争力を維持できるように、禁止措置ではなくイノベーションやCO2排出量取引制度の拡大など、市場メカニズムを重視するべきだ」と主張する。同党は内燃機関を使う新車の販売禁止に反対の立場である。さらに富裕層に対する増税に反対し、逆に企業減税をマニフェストの中で提案している。

つまり緑の党とFDPが信号機連立かジャマイカ連立を成立させるには、数々の政策について、妥協点を見出さなくてはならない。緑の党とFDPは、2017年の連邦議会選挙後の交渉で譲歩せず、ジャマイカ三党連立構想を破綻させた経験がある。ちなみに、三党連立政権が万一成立しない場合、計算上CDU・CSUとSPDは大連立によって402議席を確保できる。しかしSPD執行部はCDU・CSUとの再連立に強く反対しているので、実現する可能性は低い。一方FDPと緑の党は、連立交渉前の準備協議を入念に行っている。

世論調査機関「選挙研究グループ」が10月2日に公表した世論調査によると、「信号機連立を望む」と答えた比率は59%で、ジャマイカ連立を支持する回答者(24%)に大きく水を開けた。「ショルツ候補が首相になるべきだ」と答えた人は76%で、ラシェット候補への支持率(33%)の2倍を上回った。敗軍の将への圧力は、日一日と高まりつつある。前回の選挙時には、政権樹立までに5カ月かかった。欧州のリーダー国で空白状態が長期化するのは好ましくないので、一刻も早く新政権が誕生することを望む。

最終更新 Donnerstag, 14 Oktober 2021 09:43
 

ドイツ経済を建て直せ!次期政権の課題

連邦議会選挙後に誕生する次期政権の前には、さまざまな難題が立ちはだかっている。連邦議会選挙で勝った政党は、一刻も早く政権を樹立して国民の前に具体的な回答を示さなくてはならない。

ドレスデンにあるフォルクスワーゲン社のガラス工場(Gläserne Manufaktur)では、毎日35台ずつ電気自動車が製造されている(6月8日撮影)ドレスデンにあるフォルクスワーゲン社のガラス工場(Gläserne Manufaktur)では、毎日35台ずつ電気自動車が製造されている(6月8日撮影)

7年間で初の財政赤字

喫緊の課題の一つは、国家財政の建て直しだ。ドイツ政府は昨年コロナ・パンデミックによる悪影響を緩和するために、大規模な財政出動を行った。営業を禁止されたレストランや劇場などの経営者に緊急援助金を支給したり、自宅待機する社員の所得減額分の一部を補填する「時短労働補償金」の適用期間を延長したりした。さらに内需の減退を防ぐために、昨年は一時的に付加価値税率が引き下げられた。

これらの措置は、パンデミックという緊急事態に対処するために必要な政策だった。しかし2020年の連邦政府、州政府など公的機関の歳出は前年比で12.1%増え、歳入は3.5%減少。このためドイツは昨年1892億ユーロ(24兆5960億円・1ユーロ=130円換算)という巨額の財政赤字を抱えることになった。2019年までは、G7の中で唯一黒字の優等生だった。赤字に転落するのは、2013年以来7年ぶりだ。

ドイツの基本法には債務ブレーキという規定があり、連邦政府は国内総生産(GDP)の0.35%を超える財政赤字(新規債務)を禁じられている。もちろんパンデミックは緊急事態なので、メルケル政権は2020年の財政については、例外的に債務ブレーキを適用しなかった。ただし次期政権はできるだけ早く財政赤字を減らし、再び黒字を生まなくてはならない。

財政黒字化と気候保護政策のジレンマ

問題は、ドイツ経済の成長率が他国に比べて低いことだ。コロナ危機の影響で、同国のGDPは昨年4.8%減少した。2021年のドイツの予測成長率は3.6%で、中国(8.1%)や米国(7.0%)、英国(7.0%)に比べて大幅に低い。選挙戦のなかでキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は、「経済成長によってコロナ危機による打撃から回復する」と繰り返し主張したが、予測成長率が世界の平均成長率(6.0%)よりも低いのでは、財政黒字の早期回復は難しい。

ドイツ政府は、2045年までにカーボンニュートラルを達成するという目標を持っている。政府は今後地球温暖化・気候変動に歯止めをかけるために、水素エネルギーの実用化や再生可能エネルギー拡大の加速、電気自動車の充電インフラの整備、二酸化炭素を出さない新しい合成燃料の開発、鉄道網の拡充などに多額の投資を迫られる。さらに、今年7月にドイツ西部に深刻な被害を与えた水害から、住宅などを守るための治水対策も重要な課題だ。そのためのお金をどのようにして調達するのかは、未知数である。

つまり次期政権は、財政の健全化と気候保護のための投資という二つの課題を同時に達成しなくてはならない。これはどの政党が首相を輩出しても、極めて困難なテーマである。実際、市民の間では巨額の財政赤字のつけに対する懸念が募っている。R+V保険会社は、1992年以来「ドイツ人の不安」に関するアンケートを毎年実施しているが、今年は不安の原因として「コロナの影響で国の債務が増えたために、増税が行われたり、社会保障サービスが減らされたりすること」を挙げた人が53%と最も多かった。この調査結果には、市民の不安感が反映されている。

さらに、多くの人々がインフレに対しても不安を抱いている。ドイツ政府は気候変動対策として今年1月から車や暖房の燃料に炭素税をかけ始めた。このためガソリンなどの価格が過去に比べて大幅に高くなったが、来年以降、炭素税率は年々上昇する。今年8月のドイツの物価上昇率は前年同期比で3.9%と、過去28年間で最高だった。このため前述のR+Vの調査によると、「生活コストの上昇について不安を抱いている」と答えた人の割合が50%と2番目に高かった。

デジタル化の加速を

またドイツ経済の屋台骨である製造業界は今、産業革命以来最も大きな変化に直面している。政府には、この構造転換が労働者に過剰な負担をかけないように配慮することも求められる。例えば自動車業界は内燃機関を使った車から電気自動車へ移行するだけではなく、自動運転技術や「インターネットに常時接続された車」(コネクテッドカー)の技術をも導入しなくてはならない。内燃機関のエンジニアたちは、新しい知識を身に付けなくてはならないのだ。

一方、鉄鋼業界や化学業界、セメント業界などは非炭素化を達成するために、製造法を大幅に変更することを求められているが、そのために必要な投資額は、東西ドイツの再統一にかかった費用をも上回るという予測すらある。

新政権は、経済、行政、社会のデジタル化も加速しなくてはならない。コロナ危機は、この国のデジタル化が米国、中国、イスラエルなどに比べて遅れていることをはっきりと示した。スイスの市場調査機関IMDが発表した「2020年・デジタル競争力ランキング」によると、ドイツの総合的なデジタル化の度合いは第18位。米国(第1位)、シンガポール(第2位)だけではなく、デンマーク(第3位)、スウェーデン(第4位)など欧州諸国にも水をあけられている。これでは、欧州随一の経済パワーの名が泣く。

こうした難しい課題が山積していることを考えると、選挙で首位に立った政党も、勝利の美酒に酔っている暇はない。

最終更新 Mittwoch, 29 September 2021 14:39
 

SPDショルツ候補の急上昇 三党連立交渉は難航か

「連邦議会選挙がこんな展開になるとは、夢にも思わなかった」。2日、ヘッセン州のブフィエ首相(キリスト教民主同盟・CDU)は、ため息をついた。彼を当惑させている選挙戦の混乱は、ドイツ公共放送連盟(ARD)が同日に発表した政党支持率調査の結果にはっきり表われている。

7日、ARDのテレビ番組「Wahlarena」に出演したショルツ氏7日、ARDのテレビ番組「Wahlarena」に出演したショルツ氏

終盤戦にSPD支持率が爆発的な伸び

社会民主党(SPD)は、支持率を前月に比べて7ポイント増やして25%を記録し、首位の座に躍り出た。わずか2カ月前には、誰も予想していなかった事態だ。これに対しキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は支持率を前月比で7ポイント減らして20%、緑の党も3ポイント減らして16%に下落した。CDU・CSUの支持率は、過去最低の水準である。

第2ドイツテレビ(ZDF)が3日に発表した、各党の首相候補に対する支持率調査でも、回答者の70%が「SPDのショルツ候補は首相になる適格性がある」と答えた。これに対しCDU・CSUのラシェット候補については、適格性ありと答えた人の比率は25%、緑の党のベアボック候補については23%にとどまり、ショルツ氏に大きく水を開けられている。

63歳のショルツ氏は、オスナブリュック出身。ハンブルク市長、SPD幹事長、第1次メルケル政権の労働社会大臣、第4次メルケル政権の副首相兼財務大臣などを歴任。3人の候補の中で最も中央政界、地方政界での実務経験が豊富だ。そして、他候補に比べ失点が少ない。党内では中道穏健派・実務派として知られ、シュレーダー政権の改革プログラム「アゲンダ2010」を支持した。

ラシェット氏の「笑い」が足かせに

比較的好調だったCDU・CSUの支持率が急落したのは、7月中旬にドイツ西部を襲った未曽有の水害以降である。ラシェット氏は7月17日にシュタインマイヤー大統領と共に、洪水で深刻な被害を受けたエルフトシュタットという町を訪れた。大統領が記者団の前で、犠牲者に対する哀悼の意を表す言葉を語っている時に、ラシェット氏は背後で地元の政治家と共に笑っていた。この映像はメディアに大きく取り上げられ、「不謹慎」という批判が集中。同氏は謝罪したが、これ以降CDU・CSUの支持率は急降下した。

さらにラシェット氏については、CDU・CSU内部でも「指導者としての力強いイニシアチブに欠ける」という批判が高まった。CDU・CSUは今年春のアンケートで人気が高かったCSUのゼーダ―党首ではなく、人気が低かったラシェット氏を首相候補に選んだ。今、この選択が裏目に出ている。

また緑の党のベアボック氏も、新著の無断引用問題、特別収入の議会事務局への申告漏れ、経歴の記入ミスなどによって政治家としての未熟さを露呈した。5月には、緑の党の支持率はCDU・CSUとSPDを上回っていたが、同党はまるで風船から空気が抜けるように下降の一途をたどった。緑の党は、今年春「女性優先」の原則を重視して、ハベック共同党首ではなくベアボック氏を首相候補に選んだ。

これに対しショルツ氏は、2020年の財政赤字が巨額になっても、市民と企業を支えるためのコロナ対策を優先させたほか、水害後に被災地へ足を運び、財務大臣として被災者に対し強力な支援を行うことを約束した。一見地味で物静かだが、実直そうな語り口が多くの市民の支持を集めた。

リンケが緑の党とSPDに秋波

さて、選挙後の連立交渉は極めて難航することが予想される。各党の支持率が伯仲しているため、二党の連立では、連邦議会の議席の過半数を取ることは難しい。三党連立には、CDU・CSUと緑の党と自由民主党(FDP)が組むいわゆるジャマイカ連立や、CDU・CSU、緑の党とSPDの連立など、さまざまなパターンが考えられる。

現在焦点となっているのは、SPD、緑の党と左翼党(リンケ)が左翼連立政権をつくるかどうかだ。少なくともリンケは、SPDと緑の党に対して秋波を送っている。CDU・CSUの凋落は、リンケにとって千載一遇のチャンスをもたらしつつある。今年7月には、緑・赤・赤政権の可能性など、夢想する人すらいなかった。

だがリンケは過激な左派政党であり、例えばドイツが北大西洋条約機構(NATO)から脱退することを要求している。これに対しショルツ氏は「ドイツはNATOとの繋がりを強固にしなくてはならない」と強調し、釘を刺している。緑の党も、NATO脱退は受け入れないだろう。このほかリンケは、住宅会社を国有化して、誰でも低い家賃でアパートに住めるようにすることや、勤労年数にかかわらず誰でも月1200ユーロの基本年金を受け取れる制度を提唱。社会主義的な色彩が濃い政策だ。ラシェット氏が「CDU・CSUはリンケとは絶対に連立しない」と断言するのに対し、ショルツ氏は連立の可能性を否定していない。

CDU・CSUと緑の党の間ですら、大きな隔たりがある。例えば緑の党は富裕税の復活や、所得税の最高税率の引き上げを求めているが、CDU・CSUは断固として反対している。CDU・CSUが想定している脱石炭の期日は2038年末だが、緑の党はこれを8年早めることを求めている。2党でも大きな違いがあるのだから、3党の間で政策の溝を埋めるのは、相当複雑な作業になるだろう。「メルケル後」の新政権が成立するまでには、かなりの時間がかかるに違いない。

最終更新 Mittwoch, 15 September 2021 14:55
 

アフガン政権崩壊とドイツ政府の苦悩

アフガニスタンで8月15日にイスラム過激勢力タリバンがカブールを制圧し、ガニ政権が崩壊したことは、メルケル政権に衝撃を与えた。外務省や国防省の判断ミスにより、ドイツに協力した約8000人のアフガン人現地職員と家族の救出が大幅に遅れている。

8月25日、カブール空港でドイツ連邦軍の輸送機に乗り込む人々8月25日、カブール空港でドイツ連邦軍の輸送機に乗り込む人々

タリバン復権でアフガン人協力者に迫る危険

国防省は8月16日に連邦軍の輸送機をカブール空港に派遣。8月26日までにタシケント空港に約5200人の民間人を脱出させた。この数字には現地の支援団体で働くドイツ人医師や慈善活動家、ジャーナリストだけではなく、アフガン人の現地職員など約40カ国の外国人も含まれる。北大西洋条約機構(NATO)加盟国であるドイツは、同時多発テロで打撃を受けた米国を支援するため、2001年から約5000人の戦闘部隊をアフガニスタンに常駐させた。タリバンとの戦闘などで、59人のドイツ兵が死亡している。

過去20年間に何千人ものアフガン人が通訳、運転手、作業員などとしてドイツ連邦軍や大使館、諜報機関などに協力してきた。だが彼らはタリバンから「敵国に協力した裏切者」と見なされて逮捕されたり、処刑されたりする危険がある。このためアフガン人の協力者の大半は家族と共にドイツなどに亡命することを望んでいる。さらにドイツの国際放送局ドイチェヴェレやさまざまな支援団体で働いていたアフガン人、女性の権利を守るための運動を行っていた活動家、女性議員、弁護士たちも危険にさらされている。

独外務省の対応に大幅な遅れ

米国のトランプ政権は、昨年タリバンと行った合意のなかで、米軍を5月1日までにアフガニスタンから撤退させると発表。後任のバイデン大統領は今年4月にこの期限を延長し、9月11日までに撤兵を完了する方針を打ち出していた。しかし、7月以降タリバンの攻勢が強まり、アフガニスタンの地方都市はドミノを倒すように陥落していった。タリバンの戦闘員の数は約6万人。アフガン政府軍は約30万人だったが、政府軍はほとんど戦わずに壊走した。

だがメルケル政権は、諜報機関の情報に基づいて、「タリバンのカブール侵攻は早くても9月末」と考えていた。このため現地協力者へのビザの発給が大幅に遅れていた。カブールのドイツ大使館は、ベルリンの本省に対して、7月以来現地の状況が急速に悪化していることを伝えていたが、メルケル政権は素早い対応を取らなかった。現地協力者の中には、8月の第1週にビザを申請したのに、今なお外務省から退避時期を知らされていない人がいる。

8月16日、ハイコ・マース外相は、「弁解の余地は全くない。われわれは状況判断を完全に誤った。ドイツ連邦政府、同盟国、諜報機関はこのような状況を想定していなかった。タリバンがこれほど速くカブールを手中に収めるとは考えていなかった。アフガニスタン政府軍がタリバンと戦うと思っていたが、それは完全な見込み違いだった」と述べ、判断ミスを認めた。

メルケル政権に対する批判強まる

フランク=ヴァルター・シュタインマイヤー大統領も、混乱するカブール空港の映像について「このような状況は恥ずかしい」とコメントし、ドイツを含む各国政府が早期に民間人退避の準備を始めなかったことに対して、苦言を呈した。メルケル政権は遅くとも5月には、アフガン人協力者の国外退避の準備を始めるべきだった。なぜ準備が遅れたのかは謎である。野党からは「メルケル政権の判断ミスが、多くのアフガン人協力者とその家族を危険にさらしている」として、外相と国防相の辞任を求める声が上がっている。

「アフガン現地協力者支援機関」のマルクス・グロティアン氏は、8月24日の記者会見で「約8000人の現地協力者と家族のうち、脱出できたのは2000人にすぎない。それは、ドイツ政府が退避させるアフガン人現地協力者を厳しく選別しているからだ。空港にたどり着いても、『リストに載っていない』という理由で追い返された人もいる。ドイツ政府は、受け入れるアフガン人の数を低く抑えようとしているのではないか」と述べ、メルケル政権を厳しく批判した。

時間との戦い

カブールでは国外脱出が日に日に難しくなっている。バイデン大統領は軍による救出活動を8月末で終える方針。タリバンも「各国の救出作戦は8月31日で終了させる」と宣言している。これに対し米国以外のG7加盟国は、まだ多くの外国人やアフガン人の協力者が残っていることから、米国に対して軍を9月1日以降もカブールに残すよう要請している。

空港周辺には出国を希望する数千人のアフガン市民が集まっている。8月23日には何者かがアフガン政府軍兵士を狙撃して殺傷し、米軍とドイツ連邦軍が応戦した。8月26日には空港周辺で自爆テロが起き、多数の死傷者が出た。タリバンはカブール市内から空港に通じる道路に検問所を設置し、アフガン人を出国させないようにしている。このためドイツ連邦軍は、ヘリコプターでカブール市内の集合地点から空港へ退避者を空輸し始めている。

タリバンの広報官は記者会見で「われわれは、外国人のために働いたアフガン人に恩赦を与える。報復はしない」と語っているが、そうした発言を鵜呑みにすることはできない。1人でも多くのアフガン人協力者が脱出できることを、心から祈る。

最終更新 Donnerstag, 02 September 2021 09:54
 

メルケル首相の後継者にラシェット氏はなれるか?

ドイツの進路を大きく左右する連邦議会選挙まで、あと約1カ月。世論調査機関が公表する支持率調査の結果は、メディアの報道に応じて敏感に変化する。どの党が首位に立ち、どのような形の連立政権を築くかは、予断を許さない。

2日、ドイツ西部で起きた洪水によるゴミの山の前で話すラシェット州首相2日、ドイツ西部で起きた洪水によるゴミの山の前で話すラシェット州首相

緑の党の失速

今回の選挙戦で最も目を引くのは、華々しいスタートを切った緑の党が勢いを失ったことと、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の失地回復だ。緑の党の支持率は、4月19日にベアボック共同党首を首相候補に選んで以来上昇した。5月14日にインフラテスト・ディマップが発表した支持率調査によると、緑の党の支持率(25%)はCDU・CSU(24%)を追い抜いている。CDU・CSUへの支持率は今年1月以来、ワクチン接種の遅れや一部の党員によるマスク斡旋・収賄事件などのために低下傾向にあった。

だが首相候補は一挙手一投足をメディアによって監視され、どんなに小さな問題点でも容赦なく暴き立てられる。5月中旬以降、メディアはベアボック氏が3万7000ユーロの特別収入を連邦議会事務局に申告するのを忘れていたことや、党のウェブサイトなどに公開していた経歴に複数の誤りがあったことを報じた。

ベアボック氏にとって最も大きな打撃となったのは、同氏が6月17日に出版した著書の中で、他人の文章を無断で書き写していたことだ。問題を悪化させたのは、この報道に対するべアボック氏と党の態度だった。同氏は当初「私はすでに知られている事実については、公表されている内容を使っただけだ。専門書ではないので、あえて脚注を付けなかった」と、あたかも無断引用を正当化するかのように発言。同氏は7月23日まで、過ちを認めなかった。

ベアボック氏の人気が急落

べアボック氏が見せた頑なな態度と、緑の党の危機対応の稚拙さは、同党への信用性を傷つけた。緑の党の支持率は、5月14日の世論調査では25%だったが、ベアボック氏の「オウンゴール」のために、7月23日公表の調査では19%にダウン。逆にCDU・CSUの支持率は、同時期に24%から29%に回復した。

ドイツ第2テレビ(ZDF)が5月21日に発表したアンケート結果では、「仮に首相を選ぶことができるならば、べアボック氏を選ぶ」と答えた回答者の比率は43%だったが、その比率は7月16日には、半分以下の20%に下がっている。緑の党の内部でも、「州政府の閣僚はおろか、地方自治体の首長の経験もないベアボック氏を首相候補に選んだのは誤りだった」という意見が聞かれるほどだ。

水害で気候変動が重要な争点に

ただし、CDU・CSUの圧勝が決まったわけではない。7月にドイツ西部のラインラント=プファルツ(RP)州やノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州などを襲った水害や、ギリシャ・トルコ・ロシアなどで続く森林火災は、市民の間で地球温暖化や気候変動への危機意識を強めた。

国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、8月9日に公表した第6次報告書で、「地球温暖化が人間によって引き起こされていることは、疑いようがない」と断定し、「二酸化炭素(CO2)削減の努力を大幅に強めない限り、産業革命前と比べた地球の平均気温の上昇幅は、2030年頃に1.5度を超える」という悲観的な分析を打ち出した。これらの出来事に影響され、一部の有権者が緑の党に票を投じる可能性もある。

ラシェット氏もミスを犯した。7月17日に洪水の被災地を訪れた時、シュタインマイヤー大統領が記者団の前で犠牲者に哀悼の意を表わしている最中に、ラシェット氏は背後で笑っていた。ラシェット氏が笑う映像はメディアに大きく取り上げられ、「不謹慎」という批判が集中した。

連立交渉は難航か

8月5日の調査結果では、CDU・CSUの支持率は30%にも達していない。仮に同党が連邦議会選挙で首位に立っても、単独で議席の過半数を取ることは不可能だ。「誰を首相に望むか?」というアンケートでは、社会民主党(SPD)のショルツ氏が首位にあり、ラシェット氏、ベアボック氏を上回っているが、政党支持率ではSPDは第3位である。

CDU・CSUと緑の党だけでは議席の過半数を確保できない場合、自由民主党(FDP)やSPDが加わって連立政権を樹立する可能性もある。だが緑の党とCDU・CSUやFDPのマニフェストの間には、CO2削減や所得格差の是正のための対策において、大きな隔たりがある。2017年の選挙同様に連立交渉は難航し、政権誕生には相当時間がかかるに違いない。

政党支持率調査前月の調査に比べた変化(8月5日公表)
参考:Infratest dimap「Sonntagsfrage Bundestagswahl」

政党支持率調査

最終更新 Donnerstag, 19 August 2021 09:13
 

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