独断時評


コロナデモと議事堂突入未遂の衝撃

8月29日の土曜日にメルケル政権のコロナ対策に反対する人々約3万人から4万人が、ベルリンの中心部でデモを繰り広げた。この時、ベルリンから衝撃的な映像が世界中に流れた。連邦議会議事堂(ライヒスターク)の正面階段に、黒・白・赤の旗を持った極右勢力のメンバーら数百人が押し寄せたのだ。

8月29日、ベルリンのブランデンブルク門の前で帝国旗を掲げる人々8月29日、ベルリンのブランデンブルク門の前で帝国旗を掲げる人々

議会前で「帝国旗」を振りかざす

彼らは警察が設置していた防護柵を乗り越え、一部は議事堂の中になだれ込もうとした。だが議事堂を警備していた3人の警察官たちが、入り口の前に立ちはだかり、多数の暴徒が建物に侵入するのをかろうじて食い止めた。やがて応援の警官隊が現場に駆け付け、デモ隊は議事堂の前から解散させられた。

当時ベルリンの中心部では、コロナ政策反対デモのために多数の市民が集まり、警察官たちが警戒・規制措置で大わらわだった。極右勢力はその最中に、虚を突くようにして議事堂を「襲った」のだ。

この時に極右勢力のメンバーたちが持っていた黒・白・赤の旗は、1871~1919年までドイツ帝国の国旗として使われていたため、「ライヒスフラッゲ(帝国旗)」と呼ばれる。ナチスも1933年から2年間にわたり、この旗に鉄十字章を配した「帝国戦争旗」を一時的に使ったことがある。第二次世界大戦中に戦功があった兵士に授与された鉄十字章のリボンには、この三つの色が使われていた。

現在、鉤十字(ハーケンクロイツ)とは違って、帝国旗を公衆の面前で掲げることは法律で禁止されていない。このためネオナチらはデモの時にしばしば帝国旗を掲げる。いわばドイツの極右にとっては、鉤十字の旗の「代用品」。この旗を公衆の面前で掲げる人々は、極右かそれに近い思想の持ち主と考えるべきだ。

民主主義への攻撃

連邦議会議事堂はドイツの議会制民主主義と政治の中心だ。この建物は、1933年のナチスによる放火、1945年のソ連軍による占拠、1961年のベルリンの壁建設、1990年のドイツ再統一などの事件を目撃してきた「ドイツ現代史の証人」でもある。その前でネオナチが帝国旗を掲げ、不法侵入を試みる……。この行為は多くの人の目に「民主主義への挑戦」と映った。

ドイツの政治家たちは、強い言葉で今回の事件を糾弾している。シュタインマイヤー大統領(社会民主党・SPD)は「極右勢力が連邦議会議事堂の前で帝国旗を振るという騒擾(そうじょう)は、われわれの民主主義の心臓部への耐えがたい攻撃だ」と批判。大統領は「政府のコロナ対策について怒り、その必要性を疑う者は、公に抗議したりデモを行ったりする権利がある。しかしデモ参加者が、民主主義を敵視する政治的な扇動者の先棒を担ぐことは、断じて許されない」と述べた。彼はデモに極右勢力が混ざっているのを、デモの主催者や参加者らが黙認することに警鐘を鳴らしているのだ。

連邦議会のショイブレ議長(キリスト教民主同盟・CDU)も、「暴力的な少数派が議事堂への乱入を試みるという行為は、全ての国民に対する攻撃だ。デモが極右勢力に悪用されるのを見過ごすことは、無責任だ」と指摘。彼は「ドイツの憲法(基本法)は、連帯の精神を欠いた少数意見をも守る。さらにデモを行う権利は、重要な市民権の一つだ。しかし発言やデモの自由にも、限界がある。政府が定めた規則に反したり、議事堂に突入を試みて、警察官に挑戦する行為は、市民に許される境界線を越えるものだ」と述べている。

ベルリンの警察当局は「過去のデモの例から、マスク着用や1.5メートルの最低距離などの規則が守られない可能性が強い」として、今回のコロナ対策抗議デモを禁止しようとした。だがベルリン行政裁判所は、「デモの主催者は政府が定めた規則を守れば、実施できる」として禁止措置を差し止めた。蓋を開けてみると、多くの参加者は抗議の意を示すために、わざとマスクを着けず、最低距離も取らなかった。

大半のドイツ市民はコロナ対策を許容

デモの映像はメディアによって拡散されるので注目されるが、ドイツ人の大半はメルケル政権のコロナ対策を必要だと考えている。Yougovが8月7~10日に実施したアンケートによると、「メルケル政権のコロナ対策はやり過ぎだ」と答えた回答者は約10%にすぎなかった。また、「新型コロナウイルスは危険ではない」と答えた人は3%、「コロナ対策の裏には、別の政治的な目的を達成しようとする勢力の意図がある」という陰謀論者は7%だった。

極右勢力は、声高なコロナ政策反対者の抗議行動を利用して、政府への反感を強めようとしている。極右政党・ドイツのための選択肢(AfD)が、2015年のメルケル政権の難民受け入れを利用して市民の不満を煽り、支持率を飛躍的に高めたことと似た点がある。

救済策の強化を!

新型コロナウイルスは、世界全体で経済活動を鈍化させ、第二次世界大戦後最も深刻な不況を引き起こしている。飲食店、ホテル、小売店、旅行業界、イベント業界などで倒産や失業の危機に曝されている市民の数は少なくない。今後コロナ危機は、社会の格差を拡大していくだろう。失業禍が今後深刻化し、困窮する市民の数が増えた場合、難民危機の時と同じように右派ポピュリストへの支持が高まる可能性もある。

ドイツ政府は、社会の安定を維持するためにも、パンデミックによって苦しい生活を強いられる人々のための救いの手をさらに充実させる必要がある。

最終更新 Donnerstag, 17 September 2020 08:56
 

ナワリヌイ暗殺未遂事件とメルケル政権の苦悩

ドイツとロシアの関係に大きな影を落とす事件が、また発生した。プーチン政権の声高な批判者として知られるロシアの政治活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏が、8月20日に、シベリアのトムスクからモスクワに戻る飛行機の中で意識不明の重体に陥ったのだ。

今年2月にモスクワで撮影された、ナワリヌイ氏(左)と妻のユリア・ナワリヌイ氏(右)今年2月にモスクワで撮影された、ナワリヌイ氏(左)と妻のユリア・ナワリヌイ氏(右)

家族がドイツへの移送を希望

旅客機はオムスク空港に緊急着陸し、ナワリヌイ氏は病院に担ぎ込まれた。彼の家族は「ナワリヌイ氏はシベリアで始終尾行されていた。彼は飛行機に搭乗する前に毒を盛られたに違いない」と指摘したが、オムスクの病院は「毒物は見つからなかった。新陳代謝障害ではないか」と発表。

ナワリヌイ氏の妻は、ヤカ・ビジリ氏に電話で救援を要請した。ビジリ氏はスロベニア人の映画プロデューサーでリベラルな政治活動家でもある。また、同氏はベルリンに本部を持つ「平和のための映画(シネマ・フォー・ピース)」財団の責任者で、2018年にロシアの政治活動家ピョートル・ウェルシロフ氏がやはり毒物を盛られた時にも救援活動を行った。

ビジリ氏は看護施設を備えた特殊な小型ジェット機をオムスク空港に送り、ナワリヌイ氏をドイツに搬送してベルリンのシャリテー大学病院に収容させた。この病院の医師たちはウェルシロフ氏が毒を盛られた時にも治療に当たっており、毒物に関する救急医療の経験が豊富だ。

「神経剤が使われた疑い」

シャリテー病院は8月24日に声明を発表し、「ナワリヌイ氏の症状は、コリンエステラーゼ阻害剤による疑いが強い。毒物そのものは検出されていないが、複数の独立した検査機関が、被害者の身体にコリンエステラーゼ阻害剤が作用しているという見解に達した」と述べた。コリンエステラーゼ阻害剤は神経剤の一種で、VXやサリンなどの毒物はその例だ。

メルケル政権のシュテフェン・ザイバート報道官は同日「シャリテー病院の医師団は、ナワリヌイ氏が毒を盛られた疑いを強めている。ナワリヌイ氏がロシア政府に反対する勢力として重要な地位にあることを考えると、ロシア当局はこの事件を徹底的に解明しその過程と結果を公表するべきだ。ナワリヌイ氏を襲った者たちを逮捕し、法的責任を追及しなくてはならない。われわれはナワリヌイ氏が治癒することを願う。厳しい運命に襲われたナワリヌイ氏の家族に対しても、われわれは心から連帯を示す」という声明を出している。

ドイツ連邦刑事局(BKA)やベルリン警察は、ナワリヌイ氏がさらに襲われる危険があるとして、シャリテー病院に厳重な警戒態勢を敷いている。

ドイツの政界や論壇では、犯行の手口などから何者かが反プーチン派の急先鋒であるナワリヌイ氏を暗殺しようとしたという疑いを強めている。連邦議会外務委員会のノルベルト・レットゲン委員長は「再び起きた殺人未遂事件は、ロシア政府とプーチン大統領の真の顔を曝した」と批判した。キリスト教民主同盟(CDU)で国際問題を担当するローデリヒ・キーゼベッター議員は、ロシアの外交官の追放や、ロシア政府への追加的な制裁措置を実施するべきだと主張している。また緑の党のオミード・ノリプーリ議員は、「欧州連合(EU)はロシア政府に事件の徹底究明を求める共同声明を出すべきだ」と求めている。

ロシア側は毒物説を疑問視

ロシア政府の報道官は「ナワリヌイ氏が毒を盛られたという証拠は、まだ見つかっていない。なぜドイツの医師たちがこれほど早い時点で毒殺未遂という結論に至ったのか、理解できない」と述べている。

ナワリヌイ氏を誰が誰の命令で暗殺しようとしたのかは、過去の事件同様に闇に包まれたまま終わるに違いない。ロシアには、犯罪者、マフィア関係者、元秘密警察や元軍関係者など、体制側の「空気」を読んで政府批判者の殺害を試みる人々がいる。実行者は、誰の指示で動いたかについて、証拠を残さない。

ドイツでは昨年ベルリンでチェチェン人の亡命者がロシア人に拳銃で射殺される事件が発生したばかり。被害者はコーカサス地方でロシア軍と戦った抵抗勢力のメンバーだった。ドイツの捜査当局は、ロシア軍の諜報機関が殺害を命じたとみている。ロシア政府はこの時にも、ドイツ側の捜査に積極的に協力しなかった。ナワリヌイ氏暗殺未遂事件の解明も難航するだろう。

EU・ロシア間の「新冷戦」がさらに深刻に

この事件はメルケル政権にとって大きな頭痛の種だ。欧州だけでなく中東の安全保障は、ロシア政府の協力なしには確保できない。例えば、現在ベラルーシでは多くの市民が選挙結果をめぐって政府に対する抗議デモを繰り広げているが、同国政府による武力鎮圧を避けるには、プーチン大統領の圧力が重要である。

だが近年ロシア政府はクリミア半島の併合やウクライナ内戦への介入に見られるように強権的な態度を強めているほか、体制批判が暴力によって封じられる状況を放置している。ドイツ在住のあるロシア人は「ロシアの大手新聞や放送局は翼賛化されており、リベラルな大手メディアはない」と断言する。ドイツをはじめEU加盟国は、言論や思想の自由が踏みにじられる事態を見過ごすべきではない。この事件で、ドイツ・EUとロシアの間の「新冷戦」は一段と深刻になるだろう。

黒・緑連立政権が誕生か?

来年の連邦議会選挙のシナリオで最も可能性が高いと見られているのが、CDU・CSUと緑の党の連立政権である。公共放送局ARDが8月6日に発表した調査によると、CDU・CSUへの支持率は38%、緑の党は18%なので過半数を確保できる可能性が強い。

2015年の難民危機以降、CDU・CSUへの支持率は下がる一方だったが、コロナ危機からは回復した。イタリアやフランス、スペイン、英国とは対照的に、メルケル政権がパンデミックの第1波で死者数を比較的低い水準に抑えることに成功したからである。

コロナ対策の巧拙は政局に大きな影響を与える。ゼーダー氏も完全無欠ではない。8月中旬には、バイエルン州保健当局で帰国者に対するPCR検査の結果通知が大幅に遅れるなど、混乱が生じている。「ゼーダー首相」が来年本当に誕生するかどうかは未知数だ。

最終更新 Mittwoch, 02 September 2020 17:23
 

メルケル首相の後継者最有力はゼーダー氏

来年秋の連邦議会選挙まで、およそ1年。この総選挙にはドイツだけではなく世界各国が注目している。その理由は、2005年以来首相を務めているアンゲラ・メルケル氏が総選挙後に政界を引退する方針を明らかにしているからだ。つまり、来年はメルケル首相の後継者が決まるのである。

バイエルン州旗をモチーフにしたマスクは、ゼーダー氏のトレードマークにバイエルン州旗をモチーフにしたマスクは、ゼーダー氏のトレードマークに

ゼーダー氏への支持率がトップ

そうしたなか、この国の政界では異変が起きている。これまで首相候補として名乗りを上げていたキリスト教民主同盟(CDU)の3人の政治家を差し置いて、バイエルン州のマルクス・ゼーダー首相(53歳)が最も有力なメルケルの後継者と見られているからだ。ゼーダー氏は、CDUの姉妹政党で、バイエルン州の地域政党のキリスト教社会同盟(CSU)の党首である。

シュピーゲル誌が今年6月の最後の週に実施した世論調査によると、メルケル氏の後釜に座るべき人物として、ゼーダー氏を挙げた人の比率は39%で最も多かった。ゼーダー氏は、CDUのフリードリッヒ・メルツ元連邦議会院内総務(14.4%)、ノルベルト・レットゲン連邦議会・外務委員長(5.3%)、ノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州のアルミン・ラシェット首相(4.7%)に大きく水をあけている。

メルツ氏ら3人のCDU党員とは対照的に、ゼーダー氏は本稿を執筆している8月12日の時点では「メルケルの後継者として連邦政府の首相を目指す」という出馬表明を行っていない。彼はドイツのメディアでのインタビュー中に、「私の居場所は、バイエルン州だ」という言葉を繰り返している。

ゼーダー氏のコロナ対策への高い評価

ゼーダー氏の人気が急上昇している最大の理由は、彼のコロナ対策だ。同氏は、今年春に欧州で新型コロナウイルスが猛威を振るっていた時に、感染者の増加を防ぐために積極的な対策を取った。彼はドイツの16の州の首相の中で、感染拡大の防止のために最も積極的な政治家と見られている。

例えばゼーダー氏は、バイエルン州に3月21日に罰則付きの外出禁止・接触制限令(ロックダウン)を施行した。これは、メルケル首相が全国に外出禁止・接触制限令を施行するよりも2日早かった。また、ゼーダー氏の機敏な決断を多くの市民が支持。ある若者はCDUの支持者ではないが、「ゼーダー氏がいち早く外出禁止・接触制限令を施行したのは正しかったと思う」と語っている。

またゼーダー氏は、7月1日以降バイエルン州でPCR検査を希望する市民に対して、症状がない場合にも無料で検査するという仕組みを導入した。このような対策を打ち出したのは、ゼーダー氏が全国で最初である。

さらに彼は、新規感染者数が減少傾向に転じても「ウイルスが消えたわけではないので、商店やレストランの再開はあくまでも段階的に行うべきだ。公共交通機関や商店でのマスク着用義務、1.5メートルの最低距離は維持しなくてはならない」として、ロックダウンの急激な緩和に対しては消極的な姿勢を貫いた。

旗色が悪いラシェットNRW州首相

こうした姿勢が有権者の間で「ゼーダー・ファン」を増やしつつあるのだ。ゼーダー州首相は出馬表明はしていないものの、「コロナ対策で成功した者だけが、次期首相候補を名乗る資格がある」と語っている。この論法で行くと、コロナ対策に関わっていないメルツ氏とレットゲン氏は、首相候補レースでは不利である。

またNRW州のラシェット首相は、ロックダウン緩和に慎重なメルケル首相に反旗を翻して、今年4月という早い時点で経済活動の再開など「出口戦略」を要求した。さらに今年6月に同州のギュータースロー郡の食肉加工場でクラスターが見つかった時のラシェット氏の対応もぎこちなかった。同郡の保健所が食肉加工場で最初の感染者を確認したのは、6月17日。同郡はこの日に学校や託児所を閉鎖した。

だがラシェット氏は当初、「食肉加工場を除けば、感染者の数は多くない」として、直ちに同郡のロックダウンを命じなかった。彼がロックダウンを命じたのは、最初の感染者の発見から6日後。6月23日の時点でギュータースローの直近1週間の新規感染者数は10万人当たり約270人と極めて多くなっていた。ラシェット氏が集団感染の発生後も直ちにロックダウンに踏み切らなかったことは、「コロナ対策に積極的ではない」という印象を与えた。

黒・緑連立政権が誕生か?

来年の連邦議会選挙のシナリオで最も可能性が高いと見られているのが、CDU・CSUと緑の党の連立政権である。公共放送局ARDが8月6日に発表した調査によると、CDU・CSUへの支持率は38%、緑の党は18%なので過半数を確保できる可能性が強い。

2015年の難民危機以降、CDU・CSUへの支持率は下がる一方だったが、コロナ危機からは回復した。イタリアやフランス、スペイン、英国とは対照的に、メルケル政権がパンデミックの第1波で死者数を比較的低い水準に抑えることに成功したからである。

コロナ対策の巧拙は政局に大きな影響を与える。ゼーダー氏も完全無欠ではない。8月中旬には、バイエルン州保健当局で帰国者に対するPCR検査の結果通知が大幅に遅れるなど、混乱が生じている。「ゼーダー首相」が来年本当に誕生するかどうかは未知数だ。

最終更新 Donnerstag, 20 August 2020 12:15
 

第2波に備えるドイツ科学者は重大な懸念

7月28日に、ドイツの国立感染症研究機関であるロベルト・コッホ研究所(RKI)のヴィーラ―所長が、厳しい表情で記者会見を行った。彼は「ドイツでは再び感染者数が増えている。集団感染は、職場、家族や親戚の間での会食、介護施設で起きている。このため私は、非常に大きな懸念を抱いている」と語った。

7月25日、ケルン・ボン空港で無料のPCR検査の列に並ぶ、危険地域から帰国した人々7月25日、ケルン・ボン空港で無料のPCR検査の列に並ぶ、危険地域から帰国した人々

「国内で規則が守られていないことが主因」

ヴィーラ―所長によると、7月中旬以降に新規感染者数が増加している主な理由は、ドイツに住む人々の間で、感染を防ぐための規則を守らない人が増えていることだ。つまり5月の規制緩和以降、他人と最低1.5メートルの距離を取らなかったり、商店や公共交通機関でマスクを着けない人が増えているという。

彼は「現在の状況が、パンデミックの第2波であるかどうかは、断言できない。しかしわれわれは、最低限の距離やマスク着用の義務を守り、ウイルスが急激に拡散することを防がなくてはならない」と訴えた。

ヴィーラ―所長は欧州で新型コロナウイルスが猛威を振るった3月後半から4月には、毎日記者会見を行っていたが、ロックダウン緩和以降は何週間も会見を行わなかった。メルケル首相のアドバイザーであるウイルス学者が、7月28日に再び会見を行ったこと自体が、事態の悪化を象徴している。

7月下旬以降、新規感染者数が増加傾向

ドイツの1日当たりの新規感染者数 (資料=RKI)ドイツの1日当たりの新規感染者数 (資料=RKI)

RKIの7月28日付けの報告書によると、ドイツの累計感染者数は20万6240人。累計死者数は9122人で、フランスやイタリア、スペインなどに比べるとはるかに少ない。集中治療室(ICU)で人工呼吸器を装着している重症者の数は、126人と低い水準にある。

だがRKIの統計によると、7月下旬になってから、1日当たりの感染者数が500人を超える日が、以前に比べて増えている。ヴィーラー所長は、「感染者数の増加傾向に変化が現れている」と指摘する。

確かにドイツでは、夏に入って新型コロナウイルスのクラスターが時折発見されている。例えば7月25日には、バイエルン州ディンゴルフィング・ランダウ郡の農場で、収穫作業員176人が感染していることが分かり、労働者約500人が隔離された。州政府は連邦軍の応援も受けて、この地区の住民に無料でPCR検査を実施している。またバーデン=ヴュルテンベルク州のシュヴェービッシュ・グミュントでも、7月14日に行われた葬儀に参列したイスラム教徒らの間で、58人の感染が確認された。

リスク国からの帰国者に強制検査

一方、シュパーン連邦保健大臣は、7月27日に「新型コロナウイルスが蔓延している危険国から帰国する人に対しては、空港などでPCR検査を受けることを義務付ける」と発表した。ドイツでは日本と異なり、帰国者に対し強制的に検査を実施することを「市民権の制限」と見なす傾向が強い。このためシュパーン大臣は、当初強制検査には慎重な姿勢を示していた。

だが、多くのドイツ人が夏のバカンスを過ごすトルコ、スペインなどで感染者の数が増える傾向にあることから、シュパーン大臣も方針を変更して、強制検査に踏み切った。特にスペインのカタルーニャ地方では7月に入って感染者数が急増しているため、ドイツ外務省は7月28日に、同地方への観光など不要不急の旅行を見合わせるよう市民に勧告している。

今年3月にドイツで感染者が急増した理由の一つは、イタリアやオーストリアで謝肉祭や復活祭の休暇を過ごした市民の一部が、ウイルスをドイツへ持ち込んだことだった。このため政府は、夏休み後に同様の事態が繰り返されるのを防ごうとしているのだ。

パンデミックは終わっていない

バイエルン州政府は、7月1日以降、市民が希望すれば症状がなくても無料でPCR検査を受けられる態勢を整えた。これもクラスターを早期に発見して、さらなる感染を防ぐための対策の一部である。

ヴィーラ―所長は、記者会見の席上で「われわれは、まだ世界で急速に広がりつつあるパンデミックの只中にいる。パンデミックは、まだ終わっていない」と警告した。ウイルス学者の間では、秋から冬にかけて、第2波が到来するという見方が有力だ。今年3~4月のように感染者数が爆発的に増えた場合、政府は再びロックダウンを施行せざるを得ない。その場合、経済が再び大きな打撃を受け、不況がさらに深刻化する。

こうした事態を防ぐためには、市民は責任感を持って行動すべきだ。萎縮する必要はないが、ワクチンが開発されて投与が始まるまでは、過剰な楽観主義は禁物だと思う。科学者の言葉に、耳を傾けたい。

最終更新 Mittwoch, 05 August 2020 16:32
 

DAX市場の寵児ワイヤーカード破綻の衝撃

今年6月のドイツは、大きな経済スキャンダルに揺れた。6月25日に、キャッシュレス決済サービス企業ワイヤーカード(本社・アッシュハイム)が、債務超過により裁判所に倒産申請を行ったのだ。

1日に撮影された、アッシュハイムのワイヤーカード本社1日に撮影された、アッシュハイムのワイヤーカード本社

DAX企業が初めて倒産

このニュースはドイツの金融業界だけでなく、フィンテック銘柄に注目する世界中の投資家にも強い衝撃を与えた。最大手企業30社が構成するドイツ株式指数市場(DAX)に上場している企業が倒産したのは、今回が初めてだからである。

同社は6月18日に「フィリピンの二つの銀行の信託口座に保管していた19億ユーロ(2280億円・1ユーロ=120円換算)の現金が見つからない」と発表した。このため会計監査法人は、同社の2019年の会計報告書の承認を拒否した。19億ユーロは同社の資産の約4分の1に相当する。つまり会計報告書に架空の資産が計上されていた疑いが強まり、一時200ユーロ近かった同社の株価は、2ユーロ前後まで暴落した。

同社のCEO(最高経営責任者)は、オーストリア人起業家のマルクス・ブラウン。彼は6月19日にCEOを辞任した後、22日にミュンヘン検察庁によってバランスシートの偽造や株価操縦の疑いで逮捕された。(彼は一晩拘留された後、500万ユーロの保釈金を払って保釈された)。

フィンテック・ブームに乗り急成長

1999年に創設されたワイヤーカードは、クレジットカードやスマートフォンを使ったキャッシュレス決済、Eコマース(電子商取引)などに関する技術やサービスを提供する企業だ。倒産前には、「欧州、北米、アジアなどの約28万社の企業と取引もしくは提携関係にある」と主張していた。

同社は、フィンテック・ブームの波に乗って急成長した。2004年の年間売上高は680万ユーロ(8億1600万円)だったが、2018年には20億1600万ユーロ(2419億円)に増加。従業員数も2013年からの5年間で5倍に増え、約5100人に達した。

ワイヤーカードは厳密にいうとIT企業だが、銀行も所有していたほか、急ピッチで世界各地に拠点を設置した。ワイヤーカードは、2018年にDAX市場に加わった。創設当初はオンラインゲームの決済サービスなどを提供していた元零細企業が、ドイツ経済界のエリートが名を連ねるクラブに仲間入りしたのだ。

英国日刊紙FTとの苛烈な戦い

だがワイヤーカードについては、2008年頃から「財務内容が不透明だ」という指摘がときおり出され、インターネット上に疑惑が流れるたびに同社の株価が大きく下がった。これに対してワイヤーカードは「一部の投資家が嘘の情報を流すことによって、株価を操縦したり、空売り(株価下落を予想して利益を得る特殊な取引)を行ったりしている」と反論した。

2019年2月には英国の日刊紙ファイナンシャルタイムズ(FT)が、「ワイヤーカードのシンガポール子会社が、香港での営業許可を取得するために売上高を過剰に計上している」という疑惑を報じ、再び株価が急落した。ワイヤーカードは「FTが株価を操作しようとしている」と反論し、同社を相手取って民事訴訟を提起。ドイツ連邦金融監督庁(BaFin)は、ワイヤーカードの株の空売りを2カ月間にわたり禁止するとともに、FTの記者らを株価操縦の罪で告発した。これを受けたミュンヘン検察庁も、同紙の記者に対して有価証券取引法違反の疑いで、一時捜査した。つまり当時監督官庁や捜査当局は、ワイヤーカードを「空売り行為の被害者」と見ていたのだ。

社内調査で不正発覚

だが一方で、監督官庁はワイヤーカードに対する不信感も抱き始めた。BaFinは、2019年2月にバランスシートの審査団体である「ドイツ会計審査機関(DPR)」に対し、ワイヤーカードの2018年上半期の会計報告書の点検を命じている。

ワイヤーカードの監査役会も2019年2月に社内に調査委員会を設置し、通常監査を任せている監査法人とは別の企業に、2016~2018年の会計報告書の分析を依頼した。この監査法人は今年4月に調査結果を公表し、「一部の取引に関する書類が見つからない」と報告。つまり社内調査委員会は、「売上高の一部が存在しない」というFTが報じた疑惑を払拭できなかった。このためブラウンCEO(当時)は、2019年の年次報告書・業績報告書の発表を延期。BaFinは、株価操縦の疑いでブラウンCEO(当時)を刑事告発した。6月5日には、検察庁がワイヤーカードの本社などを家宅捜索して書類などを押収している。

監督官庁の責任は?

ワイヤーカードの経営実態については解明されていない点が多いが、ドイツの論壇では、「この事件は第二次世界大戦後のドイツで最大の会計偽造事件になる」という見方も出ている。なぜ監督官庁や監査法人は、最初の疑惑が指摘されてから10年以上にわたり、ワイヤーカードについて詳細な調査を実施しなかったのか。同社の株や社債に投資していた市民や企業は、今回の株価暴落によって多額の損害を受けた。

ワイヤーカード事件は、ドイツの株式市場に対する投資家の信頼感にも悪影響を与える可能性がある。検察庁による徹底的な解明が必要だ。

最終更新 Dienstag, 14 Juli 2020 16:41
 

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