ジャパンダイジェスト

ルターと愛のボックビール

3月に入り、ようやく寒さが和らいだとは言え、春はまだ先ですね。こんな季節にうってつけなのが、ボックビール。このビールは北ドイツのアインベックで造られていたもので、「アインベック」が南ドイツの方言で訛って「ボック(Bock)」になったと言われています。アルコール度数が高い上に栄養たっぷりなので、「飲むと雄山羊のように元気になる」という意味も込め、ラベルに雄山羊(Bock)の絵が描かれることが多いようです。このボックビールが、宗教改革を行ったマルティン・ルターを支えたことをご存知ですか?

宗教改革は1517年、ルターがヴィッテンブルク城の教会の扉にローマ教会の堕落を弾劾する「95 ヶ条の論題」を貼り出したことが引き金となりました。ルターが上げた改革の狼煙(のろし)は、折よく実用化されたグーテンベルクの印刷機によって瞬く間にドイツ中に伝播し、教会による免罪符販売や聖職者たちの貪欲な搾取に憤懣(ふんまん)やるかたない思いをしていた国内の諸侯や民衆の間で燃え広がりました。事の重大さに気付いた神聖ローマ帝国皇帝カール5世は、ルターを帝国議会に召喚します。異端者として処罰されかねない事態に、ルターの足は震えていたことでしょう。議会に臨むルターを助けたのは、ほかでもないボックビールでした。登壇を待つルターに、彼の信者がジョッキになみなみと注がれたボックビールを差し出します。それを一気に飲み干し、血の巡りが良くなったルターは、勇気を持って皇帝や諸侯たちと対峙します。そして自説を撤回するよう迫るカール5世に向かって「聖書に書かれていないことを認めるわけにはいかない。私はここにいる。それ以上のことはできない」と、自分は神と良心に忠実であることを力強く説いたのでした。

アウグスブルク,宗教和議
ルター死後の1555年にアウグスブルクで宗教和議が結ばれ、
ようやくルター派の新教が認められた

ルターは42歳の時、26歳の元修道女カタリーナと結婚します。議会での勇気ある演説が称えられ、結婚式にはアインベックからビールが贈られました。しかし、ルターが愛していたのは妻が造るビール。カタリーナは結婚前、修道院で醸造を学んだビール造りの名人でした。「修道院でビール?」とルターと愛のボックビール思われる方もいるでしょう。そう、修道院では巡礼者へのもてなしとして、また断食の時期に栄養を補給するための「液体のパン」としてビールが造られていたのです。来客が多いルターとの結婚生活でカタリーナは、家畜を飼い、畑を耕し、ビールを醸造してルターを陰で支えました。ルターはカタリーナを生涯愛し、彼女のビールはドイツ一だと周囲に自慢しました。愛と信頼で結ばれた妻が造るボックビールがルターを勇気付け、精力的な宗教活動を支えたことは間違いありません。最後に、ルターの残した言葉をご紹介しましょう。

「私がここに座って、美味いヴィッテンベルグのビールを飲む。するとひとりでに神の国がやってくる」
「人類にとって最も美味い飲み物はアインベッカービール(ボックビール)と呼ばれている」

今宵は、愛と勇気のボックビールで乾杯!

 
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