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独断時評

伊達 信夫
伊達 信夫 経済アナリスト。大手邦銀で主に経営企画や国際金融市場分析を担当し、累計13年間ドイツに駐在。2年間ケルン大学経営学部に留学した。現在はブログ「日独経済日記」のほか、同名YouTubeチャンネルやX(旧Twitter)(@dateno)などでドイツ経済を中心とするテーマを解説している。デュッセルドルフ在住。

第4回 ドイツの職場で求められるスキル

ドイツの職場では、当然ながら日本の職場と違ったスキルやマインドセットが求められ、考え方の違いなどからトラブルになることも少なくない。今回は各種調査結果をはじめ、私の社会人人生35年のうち累計12年を占めるドイツでの勤務経験も踏まえた上で、特に重要だと思う点を整理してお伝えしたい。

  • ドイツ語能力やクリティカル・シンキングに対する高い期待
  • 日本の本社は、在ドイツ駐在員に対して厳しい欧州市場での成果を求める
  • 日本人幹部だけの日本語会議を廃止し、ドイツ語の決まり文句の活用をお勧めする

ドイツ企業が社員に求めるものトップ10

ドイツのベルテルスマン財団が、オンライン求人広告などの膨大なデータを分析し、国内の求人において需要が高いスキルを客観的に炙り出した調査がある。これによると、トップ10は、①心構え(積極的にすぐ取り組むという前向きなスタンスと責任感)、②チームワーク、③自律性、④ドイツ語力(英語力は11位)、⑤信頼性、⑥計画性、⑦クリティカル・シンキング(物事の前提を疑い、論理的・客観的に思考すること)、⑧コミュニケーション、⑨顧客志向、⑩組織を動かす力、となっている。またコロナ禍以降は、メンタル面での抵抗力や回復力、データセキュリティー関連のスキルも重視されているようだ。一見、日本でのイメージと大差ないように見えるが、ドイツで働く日本人にとって、④ドイツ語と⑦クリティカル・シンキングは特に注意が必要だ。

年間で平均30万人程度の移民を受け入れるドイツにとって、移民がドイツ社会に溶け込むことは必要条件であり、ドイツ語能力はその根幹となるスキルである。ドイツ人は英語をあまり苦にしない傾向にあり(英語と相応に似ているため、少なくとも日本よりも上手な人が多い)、たしかに多くのビジネスは英語で済ますことができる。しかし、ドイツ語能力があることはドイツ社会に一生懸命溶け込もうとする姿勢と努力の証であり、外国人労働者にとって評価と信頼度を高める一つの手段ともいえる。

また、物事を客観的に分析し、正しい判断を下すクリティカル・シンキングの面では、普段からしっかりと口に出して議論できることが非常に重要だ。議論自体は英語でも問題ない。しかし日本の職場にありがちな忖度 (そんたく)に基づく結論ありきの判断などは、日本文化に精通し、日系企業での経験が豊富なごく限られたドイツ人以外には理解されないだろう。

在ドイツ日系企業に日本の本社が求めるもの

在ドイツ日系企業の場合は、片足が日本にある分、問題がさらに複雑になる。大手会計事務所PwCが欧州市場における日系企業の経営課題を分析したところ、①市場・競合環境の理解、②デジタル対応人材の確保・育成、③不正や横領の抑止、④買収後のPMI(企業の合併および買収・M&Aの効果を最大化するための統合プロセス)、⑤各国法制変化への対応、となっていた。日本からドイツに派遣された社員は、現地での業務遂行や本社との連携においてこれらの課題解決を期待されており、そのための能力獲得も求められる。

欧州連合(EU)は人、モノ、資本、サービスが自由に移動できる魅力的な巨大単一市場(人口、国内総生産・GDPは共に日本の3倍強)ではあるが、27もの国の集合体なので、実際には国ごとの言語、文化・商慣習、法制の違いが厳然として存在し、米国市場や中国市場とは明らかに異なる手強さを内包している。それゆえに、外国語習得や異文化交流が得意でない傾向にある日本人はコスト高や非効率に陥りやすい。

日本の本社は、駐在員に対して現地マーケットに精通した上で現地の競合他社との競争に勝ち抜いて成果を上げ、さらにはさまざまな管理要求にも応えてほしいと思っている。そのため、駐在員にはフリンジ・ベネフィット(給与以外の手当や報酬)を含めて国内の社員よりもかなり高い給与が支払われるが、この厳しい欧州市場で成果を上げることは容易ではない。

明日から始められる駐在員向けのスキル

上記のような各種の高い要望に簡単に応えられるようなマニュアルやテクニックは存在しない。結局は個々の状況に応じて身に付けるべきスキルに優勢順位を付けた上で、各自が努力と工夫を積み上げていくしかないのだ。しかし私の経験上、比較的簡単に実行できて効果が大きいと感じるスキルが二つだけあるのでご紹介する。

一つ目は、日本人幹部だけで集まって日本語での会議をするのをやめること。現地人幹部たちから不信感を持たれるだけでなく、監査的視点でも不適切なガバナンスと疑われてしまう。多少言葉はたどたどしくなっても、クリティカル・シンキングを意識して、シャープでロジカルな議論を現地人幹部との間で積み重ねるようにすることをお勧めする。

二つ目は、ビジネス上最低限必要なドイツ語フレーズを丸暗記し、会話の最初や最後に使うこと。議論や会話のメインは英語で構わない。難しい文法や単語の勉強をする必要もない。例えば何かをお願いするときに、ドイツ語で「Können Sie mir einen Gefallen tun?」(Could you do me a favor?)と話しかけたり、会議の始めに「Wollen wir anfangen?」(Shall we begin?)と切り出したりするだけでOK。一生懸命日本語で話そうとしている外国人に親近感を覚え、耳を傾けようとするのと同じで、ドイツ語の決まり文句を節目節目に使うだけでも好感度は上昇するだろう。個人的な経験からも、ドイツ人の同僚との心の距離を埋めるにあたってのドイツ語の威力は絶大である。うまくやれば仕事の生産性も少しは改善するかもしれない。

 
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