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独断時評

伊達 信夫
伊達 信夫 経済アナリスト。大手邦銀で主に経営企画や国際金融市場分析を担当し、累計13年間ドイツに駐在。2年間ケルン大学経営学部に留学した。現在はブログ「日独経済日記」のほか、同名YouTubeチャンネルやX(旧Twitter)(@dateno)などでドイツ経済を中心とするテーマを解説している。デュッセルドルフ在住。

第5回 ドイツのインフレや円安ユーロ高とどう向き合うか?

昨今のインフレや為替変動への対応は、日本でもさぞかし大変ではないかと思うが、ドイツで高インフレと円安ユーロ高にお困りの方も少なくないだろう。今回は、現在の状況とどう付き合うべきか、私が大手邦銀で国際金融市場を担当していた経験を踏まえ、ポイントを整理してお伝えしたい。

  • 足元の円安ユーロ高は、購買力平価に比べてやや行き過ぎであり、今後修正される可能性が高い
  • インフレと賃金は今後3年間高めに推移し、平時とは異なることを意識すべき
  • 防衛策は円転、日本向け送金、円建て円株ETF購入、早め・大きめの為替ヘッジ、預金運用

購買力平価と比べる円安ユーロ高の実態

マクドナルドのホームページでビッグマックの単品価格を確認すると、ドイツでは5.29ユーロ、日本では450円となっている。ドイツは1個当たり545キロカロリー、日本は526キロカロリーとなっているので、厳密には同じものとはいえないが、ビッグマックが日独でほぼ同じものだと見なせば、1ユーロ=85.07円(450÷5.29)が適正な為替レートということになる。同様の発想で、国際通貨基金(IMF)の購買力平価(一物一価の法則が成り立つと仮定した場合の二国間為替レート)を確認すると、今年は1ユーロ=124.08円、来年は1ユーロ=123.73円となっている。現在の市場実勢レートである1ユーロ=159円(8月10日時点)は、これらのどちらと比較してもかなりの円安ユーロ高といえる。

円安ユーロ高の影響で日本旅行がかなりお得に見えるため、今年4~6月に日本を訪れたドイツ人の数はコロナ禍前(2019年同期)の水準をほぼ回復し、日本での消費金額(円建て)は総額でも1人当たりでもコロナ禍前の6割増となっている。一方、ドイツ在住の日本人にとっては、もともとドイツでは消費税が高い上(ドイツの標準税率が19%に対して日本は10%)、コロナ禍前から物価水準が19%も上昇しているので(2023年7月と2019年7月のHICP比較ベース)、日本と比べたドイツの生活の割高感がハンパない状況になっている。

今後も円安ユーロ高は続くのか?

1999年1月のユーロ誕生以来、ユーロ/円レートは1ユーロ=90~170円という広いレンジのなかで推移してきた。現在の1ユーロ=159円という市場実勢は、そのレンジのかなり上の方ということになるが、これはひとえに金利差拡大によるものである。過去1年間、日本銀行は政策金利を一切動かしていないのに対し、欧州中央銀行(ECB)は4.25%も引き上げてきた。金利面でこれだけ魅力的なユーロが、円に対して強くなるのはある意味当然だった。

しかし、日欧それぞれの今後の金融政策の見通しを色濃く反映する2年物国債利回りの差はすでに頭打ちとなっており、今後はユーロ経済の減速もあって縮小に向かう見込みとなっている。従って、今年後半から来年に向けて、ユーロ/円レートがレンジ上限である170円を超える可能性はかなり低く、どちらかというと円高ユーロ安方向に修正が入りやすくなる局面と見ておくべきだろう。

インフレ、賃金はしばらく平時を上回ったまま

ドイツ駐在ビジネスパーソンとして、最低限のドイツのマクロ経済感覚を維持するためには、ドイツ連邦銀行(Bundesbank)が毎年6月と12月に発表しているドイツ経済見通しをチェックすることをお勧めする。ドイツ語だけでなく英語でも即日発表される上、ECBの金融政策ベースにもなっているため、頼りにする価値がある。直近の6月分を見ると、インフレは今年+6.0%/来年+3.1%/再来年2.7%、1人当たりの賃金については、同+6.0%/+5.2%/+4.1%となっている。ドイツの長期的基調(=平時の感覚)としては、インフレ+2%、賃金+3%なのだが、今後3年間はこれらを大きく上回る状況が続くということだ。

会社の予算や計画を策定する際は、安易に過去のトレンドの延長線上で将来を考えるべきではない。例えば物件費には高めのインフレ率、人件費には人手不足を勘案し、かなり強めの賃金上昇率を想定して、十分に保守性を確保しておくべきだろう。また、販売価格については、これらのコスト上昇幅とタイミングをしっかり把握した上で、競合他社の動向を見極め、年替わり等の節目に向けた早めの事前予告で顧客と丁寧なコミュニケーションを取りつつ、慎重に価格調整を進めてゆく必要がある。

ドイツで実践すべき防衛策

ユーロ/円レートは今かなり高いレベルにあり、今後円高方向に修正される可能性が高い上、高止まりを続けるインフレのため、ユーロの購買力は時間の経過とともにどんどん目減りする。従って、いずれ日本に帰国する人は、ドイツで使い切らないまとまった資金があるなら、極力前倒しかつ小まめに円転(+日本へ送金)しておくことをお勧めする。

長期滞在者なら、その代わりに円建て日経平均ETF(例えば、ドイツ証券コードA2P7NT)を購入して、長期的資産運用に活かすという手もある(個人的に私も実践している)。企業の場合は、ユーロ/円レートが社内予算レートを上回っているうちに、ユーロ建て売上や利益に対する為替ヘッジを極力早め・大きめに実行することをお勧めしたい。なお、個人・企業ともにいえることだが、まとまったユーロ資金を円転・送金・ヘッジせずに手元にとどめておく場合は、インフレによる購買力目減り分を預金金利で少しでも穴埋めすることが望ましい。今なら1年物定期預金で3%台の金利獲得が可能であり、試してみる価値は十分あるはずだ。

 
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