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独断時評

伊達 信夫
伊達 信夫 経済アナリスト。大手邦銀で主に経営企画や国際金融市場分析を担当し、累計13年間ドイツに駐在。2年間ケルン大学経営学部に留学した。現在はブログ「日独経済日記」のほか、同名YouTubeチャンネルやX(旧Twitter)(@dateno)などでドイツ経済を中心とするテーマを解説している。デュッセルドルフ在住。

第8回来年から導入?ドイツの「週休3日制」事情

ドイツの労働時間が短いことはよく知られているが、来年あたりから製造業を中心に週休3日制が広く導入され、在独日系企業も対応を迫られる可能性が高まっている。今回は、週休3日制の導入に向けた動きとその対応法について整理しておきたい。

  • ドイツでは賃金が高い&上昇し続けているだけでなく、労働時間が極めて短い
  • ドイツの製造業では週休3日制の本格普及が目前に迫っており、企業の対応負荷が増大
  • 人手確保、コスト増への対応、就業規則や業務プロセスの修正など、体制整備が急務

労働時間短縮を特に重視するドイツ人

ドイツはOECD(経済協力開発機構)諸国の中で、最も労働時間が短いことで有名だ。労働政策研究・研修機構が毎年発表している「データブック国際労働比較2023」によると、2021年時点で年間総労働時間が1349時間、週労働時間が34.3時間と、日米と比べてもかなり短い(表)。週49時間以上の長時間労働の比率も5.7%と低く、ドイツ人が労働時間の短さを非常に重視していることが伺える。

データブック国際労働比較2023

ドイツ 日本 米国
年間総労働時間(時間) 1349 1607 1791
週労働時間(時間) 34.3 36.6 36.6
長時間労働 (週49時間以上)の割合 5.7% 15.1% 14.6%

ドイツ人労働者はそもそも賃金水準が高い上に、インフレ率を上回る賃上げを勝ち取るケースも多い。日本人と比べて短い労働時間で効率よく稼いでいるともいえるだろう。しかし、これは企業にとって人手確保とコストの両面から重い負担を意味する。私の知人であるドイツ人エコノミストは、ドイツの国際競争力に対する懸念を表現する文脈で「ドイツ人はワークライフバランスの世界チャンピオン(Weltmeister)」と表現していた。

週休3日制の本格導入を目指すドイツ労組

ドイツ最大の労働組合「IG メタル」(組合員数220万人)は、週休3日制(週4日労働制)の本格導入に向けて動き始めている。すでに世界で最も短い労働時間をさらに短くしようというわけだ。11月中旬から、ベルリンやノルトライン=ヴェストファーレン州など一部地域の鉄鋼業界約8万人を対象とする労使交渉が始まるが、そのなかでIG メタルは週休3日制と年8.5%の賃上げ(時間短縮分の賃金減少なし)を要求している。ここでの交渉結果が、来年以降のドイツ製造業における労使交渉のベンチマークとなる可能性が高い。

労働組合系シンクタンクWSIの調査によると、週休3日制は労働者の約8割から支持されている。理由として、①自分だけの時間、②家族と過ごす時間、③趣味やスポーツに使う時間がもっと欲しいため、が挙げられている。こういった要望に応えつつ、AI時代に減るかもしれない働き口を、今のうちにワークシェアリングで確保しておく、というのが労組の戦略だ。女性初のIG メタル会長に就任したばかりのクリスティアーネ・ベナー氏は「週32時間労働(≒ 週休3日制)は雇用確保の手段だ」と表現している。

週休3日制に企業はどう対応すべきか?

企業経営から見た週休3日制のメリットとしては、①多様な労働力(育児や介護などで制約のある人々など)の活用、②社員のエンゲージメント向上、③社会的評価の向上、デメリットとしては、①人手確保、②労務コスト増、③体制整備負担、などが挙げられる。

ドイツでは有給休暇とは別に病気休暇が認められており、1人当たり年間15日(2022年連邦統計局)も病欠している。そのため、こうした状況まで踏まえた人員配置も必要だ(この点は日本の本社になかなか理解されないだろう)。週休3日制を導入するためには、総労働時間の減少に対応する人手確保が追加で必要になる。従業員満足度の向上によって病欠や離職が減少し、生産性も少しは上昇するかもしれないが、あてにすることはできない。業務プロセスの根本的見直しやデジタル化の推進によって、人手を要とする業務量を減らしつつ、新規採用や在宅勤務拡大などを通じて人手と時間を確保しなければならない。

就業規則、雇用契約、業務プロセス(シフト、代行ルール)などの大幅修正も必要になる。専門家と相談しながら段階的かつ慎重に作業を進めていく必要があるが、折からの賃金上昇と併せて、かなりのコスト増要因となる。今後の予算策定においては、必要なコストをしっかり見積もった上で、価格政策、販売戦略、資金調達などを含む財務上の対策を講じる必要があるだろう。

いち早く週休3日制を導入してダイバーシティやワークライフバランスにおける先進的企業としてうまくアピールできれば、会社の評判が上がり、優秀な人材確保で優位になれるかもしれない。しかし、すでに世界最高レベルで労働者に優しいドイツのライバル企業を押しのけて高評価を獲得するのはそう簡単ではなさそうだ。

日本政府も「働き方改革」の一環として「選択的」週休3日制の導入促進・普及を進めており、佐川急便やファーストリテイリングなどで導入事例も出てきている。しかし、強力な労働組合が本気で動き始めたドイツでは、少なくとも日本よりはるかに早く週休3日制が本格普及することになると考えられる。在独日系企業においても、必要な対策の議論や準備を今すぐ始めるべきだろう。

 
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