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独断時評

伊達 信夫
伊達 信夫 経済アナリスト。大手邦銀で主に経営企画や国際金融市場分析を担当し、累計14年間ドイツに在住。2年間ケルン大学経営学部に留学した。現在はブログ「日独経済日記」のほか、同名YouTubeチャンネルやX(旧Twitter)(@dateno)などでドイツ経済を中心とするテーマを解説している。デュッセルドルフ在住。

第33回財政余力をどう活かすか?ワイズスペンディングが問われるドイツ

今年はドイツにとって、「財政規律重視から大胆な財政出動へと大きく舵を切った歴史的転換点」だった。今後のドイツは、今年確保した財政資金を賢く使って、少子高齢化、移民、安全保障、脱炭素、景気、産業競争力など、日本と似通った多くの課題を解決していかなければならない。

  • 2025年の2大テーマは「トランプ関税」と「ドイツ財政政策大転換」
  • 今後のメルツ政権最大の使命は、国民の不満解消によるAfD台頭阻止(来年9月の東独州選挙に注目)
  • 日独両国の積極財政を背景に課題と価値観を共有する両国の協働飛躍に期待

財政規律から積極財政へ舵を切ったドイツ

2025年を振り返ると、多くのビジネスパーソンにとって、トランプ関税が今年最大の話題だったのではないかと思う。輸出金額が中国、米国に次ぐ世界第3位で、国内総生産(GDP)の41%(2024年)の規模を誇る輸出大国ドイツにとって、15%もの対米関税は大打撃となった。しかしドイツだけに限って言うと、財政政策の歴史的大転換が最も重要だったのではないかと思う。

ドイツはこれまで、厳格な財政規律を国是としてきたが、ロシアのウクライナ侵攻と国内インフラの老朽化により、根本的な方針変更を余儀なくされた。必要な国防や投資まで削って節約するのはもはや危険だ、という強い危機感から、メルツ首相は首相就任「前」に「旧」議会で民主勢力3分の2の多数を結集してドイツ基本法を改正し、防衛費やインフラ投資を「債務ブレーキ」の枠外と位置づけることに成功した。これによって、ドイツは今後約10年間にわたって、GDPの約2割に相当する財政余力を確保することに成功した。

ワイズスペンディングで極右台頭を阻止できるか

しかし、大奮闘でスタートしたメルツ政権も、足元は不人気に苦しんでいる。難民、経済低迷、東西格差、欧州連合(EU)の官僚主義などに対するドイツ国民の不満が極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の支持に向かい、最近の世論調査ではAfDが支持率トップに躍り出ている。来年9月6日のザクセン=アンハルト州議会選挙は、メルツ政権にとって重要な正念場となる。同州の世論調査でのAfD支持率は4割強だが、ドイツでは5%条項で死票が出るため、47%程度でも過半数に達することがある。これまでAfDは中道政党から一切の協力を拒否されてきたため、連立政権に参加できたことがないが、単独過半数だと誰にも止められない。AfDが州政権樹立に成功すれば、戦後ドイツ政治の前提が大きく揺らぎ、ドイツ内外に凄まじい衝撃が走るだろう。

来年以降は財政資金が出回り始めるため、ドイツ国民の不満を解消するチャンスである。ドイツはこれまで長年にわたって健全財政にこだわり続けてきたため、先進諸国の中では最も財政出動余力が大きい。賢く使えば、今の不満や問題を解決できる可能性は十分ある。もしウクライナで和平が成立すれば、その復興需要もドイツ経済にプラスになるだろう。AfDに流れている不満票を遅くとも2029年春の次回総選挙までに取り戻し、ドイツ極右政権の誕生を阻止することがメルツ政権最大の使命であり、ドイツ国民の大半もそうなることを願っている。

日独協働飛躍のチャンス

IMFの長期経済予測によると、ドル建て名目GDPベースで、来年日本はインドに抜かれて世界第5位に転落する見込みだ。現在日本より上位で世界第3位のドイツとて、2029年にはインドに抜かれて世界4位に転落する。もちろん、このような序列は為替レート次第の部分が大きいため、長期的均衡レートである購買力平価の130円弱で換算し直せば、日本の経済規模はまだまだドイツを上回っている。

いずれにしても、ドイツと日本の経済はほぼ同規模であり、相互に市場を取り込めば、規模が約2倍になるということに変わりない。米国が市場を閉じ、中国が市場を武器化するなか、日独協働の意義はこれまで以上に高まっている。そもそも日独両国は、基本的人権の尊重、自由競争、法の支配などといった基本的価値観を共有している上、冒頭で示した課題も似通っているので、長期的信頼に基づく協力がしやすいはずだ。来年以降、日独両国が積極財政を足がかりに再エネや経済安全保障で協働を深めれば、世界経済に新たな成長モデルを提示できるだろう。その可能性に今後も注目していきたい。

IMF世界経済見通し(2025年10月)の日独印GDP予測

名目GDP(兆米ドル) 2025年 2026年 2027年 2028年 2029年
ドイツ ③ 35.01 ③ 5.33 ③ 5.50 ③ 5.67 ④ 5.85
日本 ④ 4.28 ⑤ 4.46 ⑤ 4.62 ⑤ 4.82 ⑤ 4.95
インド ⑤ 4.13 ④ 4.51 ④ 44.96 ④ 5.46 ③ 6.02
ユーロ円 日独逆転 142,40 142,05 140,96 139,84 138,95
ユーロ円 購買力平価 129,71 129,74 129,82 129,58 129,33
※丸数字は世界ランク
 
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