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独断時評

伊達 信夫
伊達 信夫 経済アナリスト。大手邦銀で主に経営企画や国際金融市場分析を担当し、累計14年間ドイツに在住。2年間ケルン大学経営学部に留学した。現在はブログ「日独経済日記」のほか、同名YouTubeチャンネルやX(旧Twitter)(@dateno)などでドイツ経済を中心とするテーマを解説している。デュッセルドルフ在住。

第36回安全保障にゆれるドイツ 軍需による経済成長はあるか?

ドイツの安全保障政策は今や外交・軍事の枠を超え、産業・財政・労働政策を飲み込む巨大な経済テーマへと変貌した。今年はその変化が顕在化する年となるだろう。本稿では、ドイツ経済の新たなけん引役となった「軍需」の実態と、その先に広がるウクライナ復興需要を、在独日系企業の視点から読み解いてみたい。

  • 米露の変容を受け、ドイツは自国防衛と経済成長を直結させる政策へ大転換
  • 急激な軍需拡大は、供給網のボトルネックや労働市場の逼ひっぱく迫という副作用を伴う
  • 軍需に加えて、80兆円規模のウクライナ復興需要を見据えたビジネス環境の再評価をすべき

大転換を強いられるドイツ安全保障政策

ロシアによるウクライナ侵攻から4年、ドイツは安全保障面で戦後最大の転換期を迎えている。ロシアが領土拡大の野望を露骨に追求するなかで、これまで北大西洋条約機構(NATO)の主軸を担ってきた米国が欧州から手を引こうとしつつある。メルツ政権は国防強化に最優先で取り組んでおり、2026年の国防関連支出は、通常の国防予算と特別基金(Sondervermögen)の「二階建て」構造で、総額約1082億ユーロ(約20兆円、GDP比2.5%前後)に達する計画となっている。

注目すべきは、軍需がインフラ投資以上にドイツ景気回復の柱となっている点だ。独連銀は、防衛・インフラ支出が2025~2028年までの4年間で実質GDPを1.3%ポイント押し上げると予測しているが、そのうち防衛関連が約7割を占める(0.9%ポイント)と試算している。戦車や兵器システムなどへの「投資」と人員増強や備品配布に伴う「消費」が半々くらいとなる見込みだ。すでに昨年秋頃から製造業受注は軍需主導で明確な回復基調にあるが、少数の企業に大口受注が集中しているため、景気回復感の裾野はまだ広がっていない。現時点では戦闘車両や弾薬類が中心だが、今後は精密機械やセンサー、IT関連技術など「平時の産業」も安全保障経済圏へ組み込まれ、景気回復感が広がっていくことになろう。

今後の軍需拡大に伴うドイツ社会の軋み

しかし、この急激な軍需拡大はドイツ社会に新たな「軋み」を生んでいる。歴史的背景から長年軍事産業を抑制してきたドイツでは生産能力の拡張が容易でない。ドイツの金融機関は人一倍ESG(環境・社会・ガバナンス)熱心だったこともあり、軍事産業に対して大胆な資金提供に動きづらい。これらの供給制約が需要拡大と共に深刻なボトルネックとなり、納入製品・サービスの価格高騰を招けば、巨額の予算でも期待通りの戦力強化には直結しにくくなる恐れがある。

また、労働市場への悪影響も心配だ。現在18万人規模のドイツ連邦軍は、8万人以上人員が不足しているといわれており、志願制兵役で十分な人員が確保できなければ徴兵制を復活せざるを得ないとされている。若年労働力が大量に軍に吸収されれば、ただでさえ人手不足にあえぐ民間企業にとってはさらなる痛手となり、採用・研修計画の根本的な見直しを迫られることになるだろう。

軍需は経済の基礎体力強化にあまり役立たないという「質の問題」もある。現在年0.4%まで低下しているドイツの潜在成長率が、軍需で改善する可能性は極めて低い。また、大型装備は納入時期の予測が難しく、四半期ベースのGDP成長率を乱高下させる要因にもなる。軍需主導の経済成長は、各種の副作用と無縁ではないということだ。

ドイツの軍需の先には巨大なウクライナ復興需要

ロシアの状況に大きく左右され、発生するタイミングは不明ながら、今後10年で総額約80兆円(5236億ドル)と推計されるウクライナ復興需要(下表)が、ドイツやNATO関連の軍需の先に広がっている。欧州は単なる戦後復興ではなく、水素グリッドや省エネ住宅などを軸とする「グリーン・マーシャル・プラン」に仕立て上げようともくろんでいる 。

ここで発生する需要は、ドイツや欧州の企業だけで賄うにはあまりにも大きすぎるため、日本企業にもチャンスが巡ってくる。特にエネルギー・交通・住宅・土木などのハードインフラ分野や、地雷除去・防災といったリスク低減分野において、日本の高い技術力が求められる可能性が高い。ただし、現地事情に疎い状態で安易に飛び込むのは危険である。現地での実績やネットワークを有するドイツ・欧州・地場企業とうまく協力することこそが、日本の優れた技術や製品を売り込むこと以上に重要になるだろう。

ウクライナ分野別復興需要一覧(今後10年、世銀)

分野 復興需要 構成比 需要イメージ
総額(億米ドル) 5236 100% ものづくり的な部分が中心
住宅 837 16% 設計施工、省エネ住宅、設備類
交通 775 15% 道路、橋、鉄道、物流システム
エネルギー・資源 678 13% 発電・送配電設備、再エネ
商業・産業 644 12% 施設・設備、デジタル・自動化
農業 555 11% 農機、種子、肥料
不発弾・地雷対策 298 6% 調査、探知機、除去機
その他 1449 28% 病院、学校、上下水道、防災など
 
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