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第7回ドイツで仏教哲学を研究する 関心の原点となった本

今回の読書案内人
京極 祐希さん

Yuki Kyogoku京極 祐希さん

仏教哲学の研究者。デュッセルドルフにあるドイツ惠光日本文化センターの研究奨学生として2018年に渡独。現在はライプツィヒ大学の博士課程で仏教哲学の研究を行うほか、コンピューターサイエンスの分野でも働いている。

仏教哲学への入り口となった本

ここ10年ほど、小説などにほとんど触れておらず、専門書と論文ばかり読んでいます。そのため自分のスタート地点ともいえる3冊を選びました。

『ミリンダ王』は、紀元前2世紀の中頃、アレクサンドロス大王の東方遠征によって、インド北西部にギリシャの王朝がぽつぽつとできた時代の本。ミリンダ王は、そんな王朝の王様の一人ですが、とても哲学的な人で、ある時インドの仏教僧を呼んで質問します。例えば、当時インドで信じられていた「輪廻(りんね)」とはどういうものか、インド哲学における「自分とは何か」という問いの意味など。ミリンダ王は仏教やインド社会の前提を知らないため、質問がとてもシンプルなんですよね。

日本の仏教研究者には、お寺出身の人や、幼少期から仏教が身近だった人が多い印象ですが、僕自身は仏教とあまり関係ない環境で育ってきました。これは、自分が仏教世界から遠く離れたドイツで研究をしている理由の一つでもあるのですが、ミリンダ王の率直な問いは、自分の仏教に対する疑問とも共通していて、仏教のより哲学的な部分に関心を持つきっかけになりました。

義に溢れた『三国志』の世界

仏教の研究を始める前、大学では中国の文学や歴史を勉強していました。というのも、父親が中国の歴史書が好きで、よく父の本棚から本を拝借していました。なかでも大好きだったのが『三国志』です。舞台は400年続いた漢という国の末期。政治の腐敗が進んで王朝が滅んでいくなか、三人の武将が勝ち残り、それぞれ魏・呉・蜀という国を建てます。魏を興した曹操(そうそう)は、残忍な性格で人をだましてのし上がるような人で、それとは対照的に、蜀を興した劉備(りゅうび)は温情に熱い人物として描かれています。ほかにも義理堅く人情に熱い関羽(かんう)や、日本でも人気の高い軍師の諸葛亮(しょかつりょう)などが登場。ドラマチックのエピソードの数々に、子どもの頃にわくわくしながら読んだのを覚えています。

言葉とは何か、意味とは何か

3冊目は、『ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む』。僕は仏教の中でも言語哲学が専門で、また現在は機械翻訳や自然言語処理など、コンピューターサイエンスの分野でも働いています。この二つは全く違う分野のように見えて、その根底には「言葉とは何か」という関心が共通します。

言語哲学に興味を持ったきっかけの一つが、オーストリア人の哲学者ヴィトゲンシュタインが書いた『論理哲学論考』なのですが、これがとにかく難解で。野矢茂樹さんのこの解説書では、ヴィトゲンシュタインが考える言葉の機能やその限界について、分かりやすく説明しています。特に印象的なのが、原書が「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」という言葉で締め括られているのに対し、野矢さんは独自の解釈を踏まえて「語りきれぬことは語り続けねばならない」という逆の結論で終わっていること。言葉とは何か、意味とは何か、考えさせられますよね。

人間は言葉を理解する際に、どういう状況や意図でその発話がなされたかを汲み取っていますが、例えば人の感情や芸術、ことわざなど、文脈依存が高く複雑な言葉をどうやって機械に理解させるのか。自然言語処理の分野においても、哲学的な視点がとても重要だと思っていて、この本はそうした思考の出発点にもなりました。

おすすめの3冊はコチラ

『ミリンダ王 ー仏教に帰依したギリシャ人』 森祖道、浪花宣明 著
清水書院

『ミリンダ王ー仏教に帰依したギリシャ人』

紀元前2世紀の中頃、インド西北部を支配していたギリシャ人のミリンダ王と、インドの仏教指導者ナーガセーナが、仏教の思想や哲学をめぐって対話を交わす。著者による時代背景や思想の解説、現地調査の旅行記なども収録。

『三国志』 吉川英治 著
講談社文庫

『三国志』

日本では卑弥呼が邪馬大国を統治していたころ、中国では政治の腐敗が進んで王朝が倒れ、やがて魏・呉・蜀の3国が台頭する。以来100年にも及ぶ国の興亡を、小説家の吉川英治がドラマチックに描いた大ヒット大河小説。

『ヴィトゲンシュタイン 『論理哲学論考』を読む』 野矢茂樹 著 著
ちくま学芸文庫

『ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む』

20世紀哲学の方向性を決定づけたヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』。この衝撃的かつ難解な著作を、同書の日本語訳者でもある野矢茂樹が、柔軟な語り口で分かりやすく解説する。

 
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