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独断時評


2026年のドイツを展望する

今年は、ドイツのメルツ政権にとって正念場となる。国内政治では、社会保障改革が最大のテーマだ。連立政権は昨年12月に、公的年金制度を抜本的に改革するために「年金委員会」を発足させた。議員や経済学者ら13人から成るこの委員会は、今年6月までに具体的な改革案を打ち出す。

昨年12月18日、欧州首脳会議に参加したメルツ首相昨年12月18日、欧州首脳会議に参加したメルツ首相

焦点は年金制度の改革

年金受給者が増加する一方、保険料を払う就業者が減っていく。このためドイツ政府は連邦予算から、昨年1230億ユーロ(22兆1400億円・1ユーロ=180円換算)を公的年金制度に投じた。この金額は2029年には25%増えて1540億ユーロ(27兆7200億円)になる見通し。税収の約3分の1が公的年金制度維持のために使われることを意味する。

フリードリヒ・メルツ首相は、昨年8月の演説で「社会保障制度を現在のまま維持することは不可能だ。痛みを伴っても、私は改革を断行する」と語った。政府は、年金制度に変更を加えて、年金支給年齢に達する前に退職する市民の数を減らしたり、60代後半になっても職場に残る市民の数を増やすためのインセンティブを導入したりする必要がある。さらにドイツでは、スカンジナビア諸国に比べると、特に中小企業で企業年金が十分ではないという問題点がある。政府の企業年金支援によって、市民の老後のための備えを手厚くする努力が必要だ。

医療支出の増加によって、公的健康保険の保険料も高くなる一方だ。政府は健康保険制度についても抜本的な改革を迫られる。

2%成長を達成できるか?

景気回復も重要な課題だ。ドイツは2022年のロシアのウクライナ侵攻以来、深刻な不況に苦しんでいる。昨年1~9月には約1万8000社の企業が倒産したが、これは過去11年間で最も多い。製造業界の生産額は、4年連続で減少した。

実質GDP(国内総生産)成長率は2023年、2024年にマイナス成長を記録した。政府は2025年には0.2%の成長率を予想していたが、昨年12月ifo経済研究所は、2025年の予測成長率を0.1%に下方修正。メルツ氏は、ドイツの成長率を2%に回復させることを目指している。

前述の社会保障制度の改革は、成長率回復のためにも不可欠だ。その理由は、社会保険料の増加が企業にとって重荷となり、人件費の高さのために企業の競争力・収益力が鈍化しているからだ。ドイツ企業経営者連合会(BDA)によると、2025年に社会保険料が平均賃金に占める比率は41.9%だった。現在のままでは2035年に46%に達する恐れがある。企業は社会保険料の半分を負担しているので、この比率の増加は、企業の競争力を阻害する。

メルツ政権の5000億ユーロ(90兆円)に上るインフラ特別予算や、電気自動車とプラグイン・ハイブリッド車のための購入補助金復活などの措置は、一時的に患者を元気づけるカンフル注射にはなるが、持続的な経済成長につながらない。

経済専門家評議会のヴェロニカ・グリム教授は、「減税や国債発行だけでは、成長率は高まらない。最も重要なのは、社会保障費用の削減などの構造改革だ」と述べた。BDAのライナー・ドゥルガー会長も、「企業の競争力を回復させるには、多額の借金だけでは不十分であり、構造改革が不可欠だ。ゲアハルト・シュレーダー氏(1998~2005年まで首相を務めた)が2003年に始めたアゲンダ2010のような、抜本的な社会保障改革が進んでいない」と述べ、メルツ氏を批判した。2026年は、大連立政権がドイツ経済を成長路線に引き戻せるかどうかを占う、試金石となるだろう。

2026年は、国内政治にとっても重要な年だ。バーデン=ヴュルテンベルク州、ラインラント=プファルツ州など四つの州で州議会選挙が行われる。旧東ドイツのザクセン=アンハルト州では、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の支持率が約40%に達している。9月6日の州議会選挙でAfDが圧勝し、政権に参加する可能性も指摘されている。

メルツ政権の経済政策が直ちに効果を表さない場合、有権者が不満を募らせ、AfDの得票率がさらに高まる可能性もある。過激勢力の拡大を防ぐためにも、経済成長率の回復は重要である。

ドイツが久々に外交の舞台でイニシアチブ

外交面でも課題が山積している。ウクライナ戦争は今年2月に4年目に突入するが、ロシアはキーウなど主要都市へのミサイル攻撃を続けており、死傷者が絶えない。

昨年米国のトランプ政権は停戦のための28項目提案を作成したが、その内容はロシアの要望に基づくもので、ウクライナと欧州連合(EU)が受け入れられるものではなかった。例えばロシアは、武力攻撃によって占領した土地の割譲を求めているが、ウクライナはこの要求を拒否している。トランプ政権は戦争の早期終結を重視し、領土割譲を認めるようウクライナ政府に圧力をかけている。米国がロシア寄りの姿勢を強めているのだ。

このためメルツ首相は、ゼレンスキー大統領や米国のウィトコフ特使、北大西洋条約機構(NATO)のルッテ事務総長、欧州委員会のフォンデアライエン委員長、英仏伊などの首脳らを12月14日にベルリンに招いて緊急会議を開催。ウクライナの要望に配慮した、20項目の対案をまとめ上げた。欧州諸国は停戦発効後に、平和維持軍をウクライナに駐留させる方針を打ち出した。ただしロシアは欧州側の提案を拒否しており、早期に停戦が実現する可能性は低い。

具体的な成果はなかったが、ドイツが欧州の安全保障をめぐる外交の舞台で主導権を取ったのは、久しぶりだ。メルツ氏は「外務首相」とあだ名を付けられるほど、外交のひのき舞台では生き生きと活動している。だが国内で難しい課題が山積している今年、メルツ氏は、国内政治に重点を置くことを求められるに違いない。

最終更新 Mittwoch, 07 Januar 2026 16:22
 

年金パッケージ論争でメルツ首相が窮地に

年金パッケージ法案をめぐる議論が膠こうちゃく着し、フリードリヒ・メルツ首相(キリスト教民主同盟・CDU)が袋小路に陥った。政権誕生からわずか約半年で、大連立政権の崩壊の危険すら取り沙汰されている。

11月15日、南バーデン地方ルストで開かれたJUの大会で演説するメルツ氏11月15日、南バーデン地方ルストで開かれたJUの大会で演説するメルツ氏

CDU・CSU青年部が反旗

大連立政権は今年末までに、年金パッケージ法案を連邦議会と参議院で可決させることを目指している。法案の中で最も重要なのは、2031年まで年金の水準を、平均賃金の48%に維持するという点だ。ただし大連立政権は、法案に、2031年以後も年金水準が急激に下がらないようにする仕組みを加えた。この点には、社会民主党(SPD)の「年金水準を減らさない」という意向が強く反映している。全体として、年配の市民にとって有利な仕組みである。

だがメルツ氏をこれまで支えてきた、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の青年部(JU)は、「現在の年金パッケージ法案は、われわれの世代に大きな負担を課すものであり、絶対に受け入れられない」として、法案に反対する姿勢を打ち出した。JUは、「この法案が可決されると、2032年以降年金のための支出が1200億ユーロ(21兆6000億円・1ユーロ=180円換算)増えてしまう」と主張している。

問題は青年部の議員たちが、議会で法案をブロックできることだ。JUに属する連邦議会議員は18人。大連立政権の議席数は、野党を12議席しか上回っていないので、18人全員が法案に反対すると、法案は否決される。メルツ氏自身、若い時にはJUに属しており、彼が首相に就任できた背景には、青年部の強力な支援があった。彼にとって、JUが反旗を翻したことは想定外の事態だった。

メルツ氏は11月15日の演説で「法案に付随文書を付け加えて、年金委員会が2032年以降の年金改革について具体策を打ち出す」と提案して理解を求めたが、JUは「不十分だ」とはねつけた。

SPDは年金パッケージの変更を拒否。CSUのマルクス・ゼーダー党首も変更に反対している。その理由は、パッケージの中に同党が連邦議会選挙前から約束していた母親年金の改善措置が含まれているからだ。ゼーダー氏はメルツ氏と共に、JUに対して妥協するように求めている。彼は、「このままの状態では、大連立政権が崩壊する可能性もある」と述べた。CDU・CSUでは、「法案を修正した場合、SPDが連立政権を離脱するので、CDU・CSUが少数派政権になるべきだ」という声もあるが、「少数派政権では、円滑な政権運営は望めない」という反対意見も根強い。

経済学者・経営者団体も反対

年金パッケージ法案に反対しているのは、若者たちだけではない。11月24日にはifo経済研究所のフュスト所長、政府の経済専門家評議会に属するモニカ・シュニッツァー教授、ヴェロニカ・グリム教授など20人の経済学者たちも、メルツ政権に法案の撤回を要求する声明を公表した。彼らは「年金受給者の増加速度が、保険料を払う勤労者たちの増加速度を上回っている。この状態を改善するために、政府は時間をかけてより抜本的な年金改革を行わなくてはならない」と主張している。

企業経営者たちも法案に反対している。企業経営者連合会(BDA)のライナー・ドゥルガー会長は11月25日、ドイツの日刊紙とのインタビューの中で、「私はJUと同意見だ。メルツ政権は高齢者だけではなく、若者の立場も尊重するべきだ。世代間の公平性を確保するために、メルツ氏は年金パッケージ法案を撤回してほしい」と述べた。さらに、「メルツ政権は、国債発行を可能にしてインフラ特別予算5000億ユーロ(90兆円)を確保した。ただし資金だけでは不十分であり、構造改革が不可欠だ。ゲアハルト・シュレーダー元首相が2003年に実行したアゲンダ2010のような、抜本的な社会保障改革が進んでいない」と述べて、メルツ氏を批判した。

メルツ氏は11月25日にBDAに招かれて演説した。メルツ首相については、「多くの国を積極的に訪問して、『外務首相』として活躍している印象を与える。それだけではなく『改革首相』でもあってほしい」という指摘がある。これに対してメルツ氏は「私は世界を飛び回っているだけではない。ロシアから欧州を守り、アグレッシブな中国に対抗するために、日夜努力している」と、怒りをあらわにして反論した。

メルツ氏に対する失望感の強まり

メルツ氏が今年2月の連邦議会選挙へ向けて首相候補になった時、学界と経済界は「米国の投資銀行で一時働くなど、経済通として知られるメルツ氏ならば、マイナス成長と構造不況に苦しむドイツを建て直してくれるだろう」という大きな期待感を持っていた。しかし経済学者たちや経営者団体の最近の発言からは、メルツ氏の政策に対する失望が感じられる。

連邦議会選挙前からの公約である年金パッケージ法案ですらこれだけもめているのであれば、メルツ氏が約束した「痛みを伴う社会保障改革」など実行できるのだろうか? この論争は、高齢者・若年層の間の「国富」をめぐる競争の深刻化、そしてメルツ氏の党内での指導力の弱まりを象徴している。メルツ氏が5月6日に連邦議会での首相指名選挙で、一度落選したことが思い出される。法案が可決、否決、撤回のどの道をたどるにせよ、今回の議論は、メルツ政権が薄い氷の上を歩いていることをはっきり表わしている。

最終更新 Freitag, 05 Dezember 2025 13:59
 

メルツ政権がエネルギー転換を修正

ドイツ連邦エネルギー水道事業連合会(BDEW)によると、2024年の電力消費量に再生可能エネルギー(再エネ)電力が占める比率は、54.9%だった。しかしメルツ政権は、この国が2000年以来進めて来たエネルギー転換(Energiewende)に修正を加える。産業界などから、費用効率性や企業競争力に配慮すべきだという要望が強まっているからだ。

9月15日、ベルリンでの記者会見に臨むライヒェ大臣9月15日、ベルリンでの記者会見に臨むライヒェ大臣

ドイツ連邦エネルギー水道事業連合会(BDEW)によると、2024年の電力消費量に再生可能エネルギー(再エネ)電力が占める比率は、54.9%だった。しかしメルツ政権は、この国が2000年以来進めて来たエネルギー転換(Energiewende)に修正を加える。産業界などから、費用効率性や企業競争力に配慮すべきだという要望が強まっているからだ。

太陽光発電設備の助成金を一部廃止へ

エネルギー転換を修正する方針を打ち出したのは、連邦経済エネルギー省のカタリーナ・ライヒェ大臣(キリスト教民主同盟・CDU)だ。同氏は、9月15日の記者会見で、「エネルギー転換は、成功するか失敗するかの分かれ道に差し掛かっている。エネルギー転換を成功させるには、政策の中心を電力の安定供給と、費用効率性の改善に移さなくてはならない」と主張した。

ライヒェ氏は、エネルギー転換をやめると言っているわけではない。彼女は、「電力消費量に再エネ電力が占める比率を2030年までに80%に引き上げる」という目標と、「2045年までに気候中立(二酸化炭素の排出量を実質ゼロにすること)を達成する」という二つの目標は維持すると語った。

ただし同氏は、エネルギー転換の費用を減らす方針を打ち出した。ライヒェ大臣は、「発電所や送電線などの建設にかかる費用が年々増え、このままでは市民と企業が費用負担に耐えられなくなる」と懸念している。そのため、現在設置ブームが起きている住宅用の太陽光発電設備(PV)について、固定価格による助成金の廃止を発表。さらに、エネルギーに関する全ての助成制度を点検し、水準を抑制すると語った。

またこれまでドイツでは、しばしば再エネ発電設備の建設と、送電線の新設がコーディネートされず、ばらばらに行われていた。ライヒェ大臣は、発電設備と送電線の建設をシンクロナイズさせることを目指す。送電線を低コストで建設できる地域に、多くの再エネ発電設備が建設されるように仕向ける。

これまでドイツでは高圧送電線を新設する際に、原則として送電線を地中に埋めることが義務付けられていた。住民や環境保護団体の反対が強かったからだ。ライヒェ大臣は、高圧送電線を原則として地上に設置することを義務付け、建設費用を抑える方針だ。

ライヒェ氏は、再エネ拡大目標についても、現実的な観点から見直す。例えば2024年のPV容量は100ギガワット(GW)だったが、ショルツ政権の計画によると、2030年にはこれを215GW、2040年には400GWに引き上げる予定だった。2024年の陸上風力発電設備の容量は64GWだったが、2030年には115GW、2040年には160GWに増やす予定だった。

ライヒェ大臣は、「ショルツ政権が想定していた2030年の電力需要量の見積もりは、多すぎる。PVの2030年の目標は達成できる見込みだが、陸上風力の目標は達成できない」と指摘。「現実的な観点から、容量目標を見直す」という方針を明らかにした。

またショルツ政権は、2023年に発表した国家水素戦略の改訂版の中で、「2030年までに、再エネ電力を使った水素の生産能力を10GWに高める」という目標を持っていたが、ライヒェ大臣は「非現実的なので、より柔軟な目標に置き換える」と述べている。

ライヒェ大臣は、大手電力会社エーオンに属する配電会社で社長として働いた経験を持つ。また政府の水素評議会の会長も務めた。このため、ドイツの電力市場や水素市場の現状を熟知している。つまり同氏は、エネルギー転換をより現実的な方向に引き戻そうとしているのだ。さらにメルツ政権は、風や太陽光が少ない時のためのバックアップとして、天然ガス火力発電設備(容量20GW)を新設するほか、核融合の研究にも力を入れる。

産業界は修正を歓迎

産業界は、ライヒェ大臣の提案を歓迎した。ドイツ産業連盟(BDI)のレッシュ副専務理事は、9月15日、「ライヒェ大臣の10項目提案は、電力システムの費用効率性を改善する上で基礎となる重要な提案だ」と高く評価する声明を発表。ドイツ化学工業会(VCI)のヴォルフガング・グローセ・エントルップ専務理事も、「ライヒェ大臣は、これまでのエネルギー転換が誤った方向に進んでいたことを的確に指摘した。政府はエネルギー転換を、大幅に変更する必要がある」と述べた。

経済界がライヒェ大臣の提案を歓迎した理由は、2022年のロシアのウクライナ侵攻以来、ドイツの産業向け電力価格が高騰し、製造業界の価格競争力を低下させているからだ。国際エネルギー機関(IEA)によると、2022年のドイツの産業用電力価格は1メガワット時(MWh)当たり205ドルで、米国(84ドル)や中国(62ドル)を大きく上回っていた。2024年以来、ポーランドやチェコに新しい工場を設置するドイツ企業が増えているが、この理由としては、中東欧での人件費の安さと並んで、ドイツに比べて電力価格が安いことも挙げられている。つまり政府が電力価格引き下げのための枠組みを整えない場合、製造業の国外流出が加速する危険がある。

ただし再エネ業界は、ライヒェ大臣の提案に反対している。ドイツ太陽光発電連合会(BSW)は、「大臣の提案は、エネルギー転換にブレーキをかける」として、民家の屋根に設置するPVの助成廃止を撤回するよう求めている。ライヒェ大臣の提案については、今後保守派とリベラル勢力の間で、激しい論争が行われるに違いない。

最終更新 Donnerstag, 06 November 2025 12:13
 

メルツ政権成立から100日 政策に厳しい評価

キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)が連立し、メルツ首相(CDU)が率いる政権が誕生してから100日が過ぎた。経済学者の間ではこの政権の政局運営について批判的な意見が強い。

9月23日、ドイツ連邦議会第21期第26回本会議に出席したメルツ首相(CDU)9月23日、ドイツ連邦議会第21期第26回本会議に出席したメルツ首相(CDU)

2%の成長率を目指す

メルツ氏は野党時代から、経済政策、特に税制問題を得意とする政治家として知られてきた。彼は「過去の政権の政策の失敗のために、今ドイツは停滞している。私は、ドイツを再び尊敬される国に作り変える」と宣言して、最初の100日間にさまざまな政策を打ち出した。メルツ氏の目標の一つは、企業の競争力を強化することによって、マイナス成長から脱却することだ。ドイツの2023年の実質GDP成長率はマイナス0.9%、2024年もマイナス0.5%だった。今年の成長率は、トランプ関税の影響などにより0%と予想されている。メルツ氏は、さまざまな改革措置によって、同国の成長率を2%に回復させると述べている。

同氏が重視しているのが、公共投資だ。例えばメルツ氏は、政府にGDPの0.35%を超える財政赤字を禁止している債務ブレーキという憲法規定を改正し、国債でまかなう5000億ユーロ規模のインフラ特別予算を設置した。この予算を使って、鉄道、道路、橋梁、医療施設、病院、学校など老朽化したインフラを更新したり、デジタル化を促進したり、化学、鉄鋼業などの脱炭素化を実施したりする。メルツ氏は、「極力借金を避ける」という財政政策の原則を180度転換した。

例えばメルツ政権が発表した2025年度の連邦予算は5030億ユーロだが、その内23%にあたる1157億ユーロがインフラへの投資に充てられる。このうち、約46%が国債でカバーされる。さらに債務ブレーキの改正によって、GDPの1%を超える防衛支出については、無制限に国債を発行できるようにした。これによってドイツは、北大西洋条約機構(NATO)に対して約束した通り、2035年までに防衛支出の対GDP比率を5%に引き上げる。これらの措置はドイツの産業界、防衛産業、建設業界などから歓迎された。

2025年7月21日、メルツ首相は大手銀行と電機・電子メーカーのCEOたちと共に、「Made for Germany」プロジェクトを発表した。首相によると、61社の企業が、連邦政府との協議の結果、2028年までにドイツに6310億ユーロを投資することに合意。首相は「インフラ近代化の柱は、民間投資。企業の競争力を改善し、産業立地ドイツへの信頼感を取り戻す」と説明した。投資対象事業の例としては、製造業で利用されるAIに関するイノベーションが言及されたが、その他の具体的な投資内容は公表されなかった。

競争力回復のために企業減税

7月19日、メルツ政権は「企業競争力を改善するための、税制面での投資即時プログラム」を施行させた。まず投資ブースターと名付けたプログラムにより、2025年7月1日~2027年12月31日までに企業が購入した設備への投資額について、法人税の課税対象額からの控除を加速する。機械などを購入した年以降の毎年の控除率を30%に引き上げる。

企業減税も実施する。現在ドイツは法人税など、企業の収益に課税される税率が世界で最も高い国の一つだが、メルツ政権は2028年以降、法人税を5年間にわたり、毎年1ポイントずつ減らす。企業の収益への税率は、29.93%から25%に下がる。

さらに不況に苦しむ自動車産業を支援し、BEV(電池だけを使う電気自動車)の普及加速を目指す。メルツ政権は、企業が今年7月1日~2027年12月31日の間にBEVの新車を購入するために支出する費用について、企業の法人税の課税対象額からの控除率を最初の年に75%に引き上げた。

また製造業、農林業の電力税率を、欧州連合(EU)が許可している最低税率に引き下げるほか、エネルギー消費量が多く、国際競争にさらされている企業約2000社の産業用電力価格を一時的に引き下げる。ドイツの産業界からは、「電力価格が中国や米国に比べて高いことが、企業の国際競争力を減らしている」という批判が出ているからだ。

最大の難関は社会保障改革

メルツ氏は今年後半から、企業の国際競争力を強化するために社会保障制度の抜本的な改革を実施する方針だ。しかしSPD左派は、国民に痛みを与え、所得格差を拡大する政策には反対する可能性が高い。SPD左派の政策には、ほかにもメルツ氏の政策とは相容れない点がある。例えばSPDは「2027年に300億ユーロの歳入不足が生じるので、この穴を埋めるために富裕層に対する新しい税金を導入することも検討するべきだ」と主張しているが、CDU・CSUは猛反対している。インフラ特別予算が適用される部門を除けば、通常予算は相変わらず火の車だ。

経済学者の間でも、メルツ政権の最初の100日間の政策について批判の声が強い。ifo経済研究所は、今年8月に700人の経済学者を対象にアンケートを実施。その結果、「メルツ政権の最初の100日間の経済政策は良くなかった」もしくは「非常に悪かった」と答えた経済学者の比率は42%で、「良かった」と答えた経済学者の比率(25%)を大きく上回った。29人の経済学者が「メルツ政権が行った経済政策の中で、良かったものは一つもない」と答えた。メルツ首相は、最大の難関である社会保障改革を断行できるだろうか。これが当面のドイツの政局の最大の焦点だ。

最終更新 Mittwoch, 01 Oktober 2025 10:13
 

メルツ政権が新しい兵役制度を導入へ

メルツ政権は8月27日、連邦軍の兵力を大幅に増やすための、志願制を中心とした兵役制度に関する法案を閣議決定した。だが政府が兵員数の目標を達成できるかどうかについては、疑問の声が上がっている。

8月27日の閣議後、記者会見で話すピストリウス国防大臣(SPD)とメルツ首相(CDU)8月27日の閣議後、記者会見で話すピストリウス国防大臣(SPD)とメルツ首相(CDU)

ドイツには1956年以来、兵役義務法に基づく徴兵制度があったが、政府はソ連崩壊後の2011年に「欧州における脅威が減った」として徴兵制度を停止した(廃止ではない)。これによって2011年以降は、兵役義務法が「再起動」されて強制的な徴兵が行われるのは、原則としてドイツが外国軍などによって攻撃される防衛事態(Verteidigungsfall)か、ドイツに対する攻撃の危険などが高まり、連邦議会の票決で3分の2を超える賛成が得られた時(Spannungsfall、緊張事態)などに限られていた。

2026年から質問票を送付

2022年以降ロシアのウクライナ侵攻によって地政学的状況が大きく変化し、ドイツも抑止力を高める必要が生じたため、政府は連邦軍の兵員数を増やすことを決めた。ただしメルツ政権が閣議決定した兵役制度は、東西冷戦時代の徴兵制度とは異なり、志願制を中心にしたスウェーデンの制度をモデルにしている。

ボリス・ピストリウス国防大臣(社会民主党・SPD)の法案によると、2026年から、政府は18歳の誕生日を迎えた男女に質問票を送る。男性は回答義務があるが、女性は任意だ。市民はこの質問票を通じて、連邦軍で基礎訓練を受けることに関心があるかどうかや、資格などについて答えることを求められる。

連邦軍は、「関心がある」と答えた市民の中から、軍務に適していると判断した者を適格検査に招く。連邦軍は、適格検査で「軍務に向いている」と判断した若者に対し、基礎訓練を受ける気があるかどうか、質問する。ピストリウス大臣は、兵士の給与などの待遇を大幅に改善することで連邦軍の魅力を高める。志願した若者は、6カ月の基礎訓練を受け、軍務に関心がある者は兵役期間を17カ月延長することができる。

ちなみに2026年から適格検査に招かれるのは「軍務に関心がある」と答え、連邦軍から「軍務に適している」と見なされた若者だけだ。ただし2027年7月1日からは、2008年以降に生まれた全ての男性が、適格検査を義務付けられる。その際にも、連邦軍での基礎訓練は任意であり、強制はされない。

ただし政府は法律に、強制的な徴兵に関する新しい条文を盛り込んだ。政府は、地政学的な変化などのために短期間に兵員数を増やす必要が生じ、それが志願制では実現できない場合には、連邦議会の承認を得れば、法令により市民を連邦軍の基礎訓練などに強制的に参加させることができる。この法令は、防衛事態や緊張事態が発生していなくても施行できる。

46万人の兵力が目標

現在連邦軍の現役兵士(aktive Soldaten)の数は約18万2000人。ピストリウス大臣は、ロシアの脅威に備えるために、現役兵士の数を2030年までに26万人に増やすことを目指している。連邦軍は2026年には、5000人の現役兵士の採用を目標にしている。

基礎訓練を含めて、軍務に就いた経験を持つ者は予備役兵士(Reservist)として登録される。現在連邦軍の予備役兵士の数は約93万人。だが予備役兵士は、アクティブな予備役とそれ以外の予備役に分けられる。アクティブな予備役兵士の数は、現在約3万4000人。彼らは普段会社員や公務員などとして働いているが、連邦軍の要請があれば歩哨、警戒任務などの短期的な軍務に就いたり、定期的に訓練や軍事演習に参加したりする。ピストリウス大臣は、このアクティブな予備役兵士の数を現在の3万4000人から20万人に増やすことを目指している。つまり政府の計画通りに進めば、連邦軍は、2030年までに現役兵士とアクティブな予備役兵士を合わせて46万人の兵力を持つことになる。

保守政党は「志願制は不十分」と批判

ただし連立与党のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)からは、「志願制中心の兵役制度では、短期間に十分な数の兵員を集められない」という危惧が出ている。ヨハン・ヴァーデプール外務大臣(CDU)は8月25日に「この法案は十分ではない」と異議を唱えたが、ピストリウス大臣との協議の結果、異議を取り下げた。連邦議会・国防委員会のトーマス・レーヴェカンプ委員長(CDU)も、「連邦軍が必要とする兵員数を、志願制中心の制度で達成できるかは、大いに疑問だ」と述べている。CSUのマルクス・ゼーダー党首は、東西冷戦時代のような徴兵制の復活を提案している。

ピストリウス大臣が属するSPDには、徴兵に反対する者が多い。特にSPD青年部は、完全な志願制を要求していた。ピストリウス大臣は、結局SPD左派の意向に配慮して、志願制に近い制度を採用した。

昨年5月に公共放送局MDRが公表した世論調査の結果によると、回答者の61%が兵役義務の復活に賛成すると答えた。しかし、兵役義務が導入された場合、軍務に就くことを求められる可能性が高い16~29歳の回答者の間では賛成者が32%にとどまった。

メルツ政権は憲法を改正して債務ブレーキに変更を加え、GDP(国民総生産)の1%を超える防衛支出については国債を無制限に発行できるようにした。だが「生命を危険にさらし、自由時間を犠牲にしても、国の防衛に貢献するべきだ」と考える市民を増やすことは、防衛支出の増額よりも難しい。政府がこの制度により目標の兵員数を達成できるかどうかは、未知数だ。

最終更新 Mittwoch, 03 September 2025 16:19
 

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