独断時評


ドイツの好景気についに陰り?

私は東西ドイツが統一されて以来、29年間にわたってドイツで政治・経済の定点観測を続けている。

ドイツ経済の「わが世の春」

この国で、2010年以降の9年間ほど景気が良い時期を経験したことは一度もなかった。ドイツの失業率は欧州連合(EU)圏内でチェコに次いで最も低い。今でも多くの企業がITなどの分野で高度なスキルを持つ人材を探している。スーパーマーケットやパン屋さんですら、人手不足に悩んでいる。

2018年には、ドイツ株式指数市場(DAX)に上場している大手企業30社が、950億ユーロ(12兆3500億円・1ユーロ=130円換算)もの収益を上げた。これは1988年のDAX誕生以来、2番目に多い額で、株主たちの懐に多額の配当が流れ込んだ。ドイツの賃金水準もじりじりと上昇する傾向にある。税収は着々と増え、連邦政府や州政府は2014年以来財政黒字を毎年増やしつつある。昨年の財政黒字は、580億ユーロ(7兆5400億円)と過去最高を記録した。

昨年7月、フランクフルト証券取引所でDAXの30周年が祝われた昨年7月、フランクフルト証券取引所でDAXの30周年が祝われた

経済諮問会議が2019年予測を下方修正

だが、ドイツの好景気には陰りが見え始めている。ドイツ連邦政府の経済諮問会議に属する経済学者たちは、今年3月の報告書の中で「ドイツ経済の拡大の速度は、目に見えて衰えた。好景気の時代は過ぎ去った」と指摘。経済諮問会議は、昨年の報告書の中で2019年の国内総生産(GDP)成長率を1.5%と予測していたが、今年3月にこの値を0.8%に引き下げた。

ドイツのGDP成長率資料=経済諮問会議(2019年3月発表)

2017年にドイツの経済成長率は2%を超えたが、成長のスピードは2年連続で減衰。経済諮問会議は2020年の成長率を1.7%と予測するが、今後の世界経済の動向によっては、この予測も再び下方修正される可能性がある。経済学者たちの悲観的な予測の背景には、いくつかの原因がある。まず輸出大国ドイツにとって都合の悪いことに、外国市場に不透明感が増してきている。

貿易摩擦・BREXITの影

例えばドイツ経済にとって最も重要な市場の1つの中国では景気に陰りが見え、需要が減っている。米中の貿易摩擦も、両首脳が今年6月の大阪サミットで「一時的に停戦」することで合意したものの、摩擦が完全に解消したとは言えない。またトランプ大統領はEU、特にドイツからの自動車に対する関税率を引き上げる可能性に言及したことがある。米欧間の自動車摩擦は、ドイツ経済が最も恐れている事態の1つだ。

さらにBREXIT(英国のEU離脱)も、大きな不安要素だ。英国がEUとなんの合意にも達せないままEUを離脱した場合、ドイツからの輸出品に関税がかけられるほか、英国からの部品や半製品、原材料の調達にも困難が生じる。経済諮問会議は「今後の経済動向に関するリスクは非常に高い。世界経済の成長テンポが減速しつつあることを考えると、各国が保護主義的な政策を強めた場合、ドイツに深刻な影響が及ぶかもしれない」と警鐘を鳴らしている。

人手不足で生産が間に合わず

さらに成長率鈍化は、メーカーなどの国内生産能力が限界に近づいたことも災いしている。つまり労働力不足の深刻化で、生産キャパシティーに余裕がなくなり、受注があっても企業が対応できなくなりつつある。

確かに一部のドイツ企業では、昨年度の業績にすでに陰りが見えていた。例えばBMWでは2018年度の売上高が前年比で0.8%、当期利益が16.9%減少し、普通株への配当を12.5%減らした。本社では昨年夏から、新入社員の採用をストップしている。

ダイムラーの2018年度の売上高は2%増えたが、当期利益は29%減少し、配当の11%引き下げを余儀なくされた。ドイツの自動車メーカーにとって世界で最も重要な市場は、中国である。ダイムラー、BMW、フォルクスワーゲンが毎年販売する車の約35%は中国で売られている。だが中国の景気が冷却傾向を見せているために、2018年度の第4・四半期には、この3社の販売台数が前年同期比で6%減少。2019年は、この傾向に拍車がかかると予想されている。

人員削減を始める企業も

景気の冷え込みや市場環境の変化に備えて、リストラや人員削減を始める企業も現れている。大手電機・電子メーカーのシーメンスはエネルギー部門を中心に従業員数を約1万人減らす方針で、大手化学メーカーBASFも社員数を約6000人削減する。業績悪化と株価の下落に苦しむドイツ銀行も、約2万人規模の人員削減を検討している。各企業はデジタル化にも多額の投資を行わなくてはならず、社員にも新しい資格、技能を身につけることが求められる。10年近く「わが世の春」を謳歌してきたドイツの働き手にとっても、厳しい時代が到来するのかもしれない。

最終更新 Donnerstag, 05 September 2019 12:37
 

イラン危機への対応に苦慮するドイツ

米国とイランとの間で緊張が高まるなか、ドイツ政府は重要な決定を行った。ドイツ外務省のハイコ・マース大臣は、7月31日にワルシャワで「わが国は、米国が計画中のホルムズ海峡の警戒作戦には加わらない」と述べたのだ。

7月31日にワルシャワで開かれた記者会見で話すマース外相(左)7月31日にワルシャワで開かれた記者会見で話すマース外相(左)

「イラン危機は外交交渉で解決を」

米国政府は、数週間前からドイツなど同盟国に対し、ホルムズ海峡に軍艦を派遣して、この海域を航行するタンカーを守る作戦に参加するよう要請していた。米軍が「センチネル作戦」と呼ぶこの作戦では、海峡を通過するタンカーに軍艦が随伴し、敵の攻撃から守る。イランの革命防衛隊がタンカーを拿捕したり、船体に機雷を仕掛けたりしようとした場合には、米軍が発砲し両国間で戦闘が始まる可能性がある。

マース氏はトランプ政権の要請を拒絶する理由について、「わが国は、イランへの圧力を最大限に高めるという米国政府の戦略には反対だ。あくまで外交的な手段を使うべきだ。米国主導の警戒作戦への参加は、外交手段を優先するわが国の方針と相容れない。これはフランスなど同盟国との協議の結果、決めたことだ」と説明した。

つまりマース外相は、ホルムズ海峡で軍艦を航行させてタンカーをイランの攻撃から守るというトランプ政権の方針に、真っ向から「ノー」と言ったのである。

マース氏は、「米国がホルムズ海峡に軍艦を派遣することは、中東の緊張をさらに高める恐れがある。軍事的なエスカレートは回避するべきだ。イラン危機を解決する唯一の道は外交交渉。軍事手段を使ってはならない」と述べ、トランプ政権の姿勢を間接的に批判した。マース氏は社会民主党(SPD)に属し、リベラルな思想を持つハト派の政治家だ。2003年にSPDと緑の党の左派連立政権を率いたゲアハルト・シュレーダー首相は、米国のイラク侵攻作戦への参加を拒否した。SPDは、それから16年後に再び、米国主導の軍事作戦への協力を拒否したことになる。

やはりSPDに属するオーラフ・ショルツ副首相(財務大臣)も「私は米国主導の作戦には懐疑的だ。今最も重要なことは緊張の緩和である。夢遊病者のように軍事衝突の道に迷い込むことだけは絶対に避けなくてはならない」と述べ、トランプ政権の方針に反対した。

EU主導の作戦を提唱

ただしドイツ政府は、米国主導ではない欧州連合(EU)独自の作戦を検討している。マース外相が考えているのは、米国のように軍艦にタンカーを護衛させるのではなく、ホルムズ海峡の状況に関するデータを逐一タンカーなど民間の艦船に伝達することにより、抑止力を高めようとするものだ。ただし万一タンカーがイランなどに攻撃されても、EUの艦艇は武力で反撃しない。メルケル政権は現在この作戦について、フランスなど同盟国と協議している。

ドイツ産業連盟(BDI)のシュテファン・マイヤー理事も「ホルムズ海峡は貿易立国ドイツにとって重要な交通路だ。攻撃的ではなく、欧州諸国が主導権を握る作戦を実施するべきだ」と述べ、マース外相の路線を支持する態度を打ち出している。BDIは、米国主導の作戦をメルケル政権が拒否したのは正しいという見解を持っている。

ホルムズ海峡で相次ぐ攻撃・拿捕

トランプ政権が昨年5月にイランとの核合意から撤退して以来、欧米とイランとの間の緊張は急激に高まっている。この核合意は、包括的共同作業計画(JCPOA)と呼ばれ、米国のオバマ政権、英、仏、独、中、露の6カ国が2015年7月にイラン政府との間で結んだもの。イランに対する経済制裁の緩和と引き換えに、同国の核開発にブレーキをかけることが目的だった。だがトランプ政権は、イスラエル政府の意向を受けて「最悪のディールだ」とこの合意から撤退しただけではなく、イランへの経済制裁を再び強化した。

それ以来、ホルムズ海峡付近では緊張が高まる一方だ。今年6月13日には日本船籍のタンカーを含む2隻が爆発物による攻撃を受けて損傷した。トランプ政権は「イランの革命防衛隊が船体に機雷を付着させた」と主張。イラン側はこれを否定している。

6月20日には米軍の無人偵察機が、ホルムズ海峡上空でイランに撃墜された。米国政府は同月21日以降に報復としてイランを攻撃しようとしたが、トランプ大統領は攻撃開始10分前に「民間人に多数の犠牲者が出る」として攻撃命令を撤回した。7月4日には英国がジブラルタル付近でイランのタンカーを拿捕。これに対しイランは同月19日以降、ホルムズ海峡を航行していた英国籍のタンカーなど3隻を報復措置として拿捕している。英国政府は、米国主導のセンチネル作戦に参加する方針を明らかにした。

ホルムズ海峡は戦略的に世界で最も重要な交通路の1つだ。幅は狭いところで約35キロメートルで、毎日約1700万バレル分の原油が輸送される。そのうちの約76%が日本、中国、韓国などアジア諸国向けだ。世界で消費される天然ガスの約30%、原油の約25%がこの海峡を通過している。万一この海峡が封鎖された場合、世界経済は深刻な打撃を受ける。欧米としては現在の状況を放置するわけにはいかないだろう。軍事的緊張を高めずに、ホルムズ海峡の安全を確保するというドイツ政府の戦略は成功するだろうか。ドイツの支援拒否にトランプ政権がどう反応するかも、注目される。

最終更新 Donnerstag, 15 August 2019 10:45
 

次期EU委員長の政策を読み解く

7月16日にドイツのフォンデアライエン氏が、欧州議会によって次期EU委員長に選ばれた。

7月17日、ドイツ国防大臣を辞任したフォンデアライエン氏(中)。後任はクランプ=カレンバウアー氏(左)が務める7月17日、ドイツ国防大臣を辞任したフォンデアライエン氏(中)。後任はクランプ=カレンバウアー氏(左)が務める

多数の反対票

ドイツの社会民主党(SPD)や緑の党の議員らは、筆頭候補モデル(1102号「独断時評」参照)が欧州理事会によってなきものにされたことに抗議して、同候補への投票を拒否。フォンデアライエン氏が属するキリスト教民主同盟(CDU)の会派である欧州人民党グループ(EPP)からも、約20人の造反者が出た。

このためフォンデアライエン氏の得票数は、過半数の確保に必要な374票をわずか9票しか上回らなかった。約40%の議員が同氏への投票を拒否したことは、欧州議会の亀裂が深いことを示している。彼女は「民主主義では、(僅差でも)過半数であることには変わりない。2週間前に候補として指名されたときは過半数を確保していなかったが、各会派に私の政策を説明することで、過半数を超えられた」と述べている。

地球温暖化対策を重視

ドイツの経済学者や財界は、フォンデアライエン氏が7月16日の採決前に欧州議会で行った演説について、懸念を強めている。彼女が演説のなかでSPDや緑の党に近いリベラルな政策を提唱したからである。同氏はこの日、過半数を確保できる自信がなかったので、社民党勢力や環境保護会派のハートをつかむために、演説の内容を大きく「左旋回」させたのだ。

まず彼女は、現在最も重要なテーマの1つである地球温暖化対策に力を入れると明らかにした。具体的には、就任後100日間にわたり「欧州のためのグリーン・ディール」というキャンペーンを実施し、「2030年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で40%削減」という欧州連合(EU)の目標を、少なくとも「50%削減」に強化する。さらに同氏は、「2050年までにEUを世界で最初の温室効果ガス排出量正味ゼロの大陸にする」と強調。正味ゼロとは、温室効果ガスの排出量と、人間が技術的に温室効果ガスを回収したり、自然の力で減少する量が同じになるという意味だ。

さらにフォンデアライエン氏は、欧州投資銀行(EIB)のなかに「気候保護銀行」を創設し、今後10年間に温室効果ガス削減のために1兆ユーロ(120兆円・1ユーロ=120円換算)の投資を行う。また独政府は今年9月に「気候保護法案」を閣議決定する方針だが、同氏も気候保護のためのEU指令を導入し、全加盟国に温室効果ガスの本格的な削減を求める。

これらの政策には、緑の党の会派にアピールするという狙いが感じられる。しかしフォンデアライエン氏は、どのようにして削減幅を40%から50%へ引き上げるかについては明らかにしていない。

EU最低賃金・失業保険制度を提唱

独経済界が特に懸念を強めているのは、フォンデアライエン氏が演説のなかでCDUの路線から逸脱して、ギリシャ、イタリア、スペインなどの南欧諸国さらにフランスの耳に快く響く政策を提案したことだ。例えば彼女は市民の所得格差を縮めるために、EU共通の最低賃金制度を導入する方針を打ち出した。これは、SPDのショルツ財務大臣が提唱している政策である。

だが独経済学者からは、「最低賃金よりも低い給料で働くことを拒否する人が増えるので、失業者数が増加する」という懸念の声が強い。さらに、EU域内の生活水準や物価水準には南北間で大きな違いがあるので、どのように共通の最低賃金を決めるのかについても未知数だ。そこでフォンデアライエン氏は、EU共通の失業保険制度を創設することも提唱している。彼女が考えているのは、ドイツ政府の短時間労働制度をEU域内に拡大することだ。

2009年にリーマンショックがドイツを襲ったとき、同国の国内総生産(GDP)は5%も下落し、多くのメーカーで受注額が大幅に減った。自動車メーカーなどは生産を縮小し、多くの従業員に自宅待機を命じなくてはならなかった。独政府は企業が熟練したエンジニアらを解雇しないように、労働時間の短縮によって給料が減った分の60%を負担。そのため、多くの従業員が路頭に迷わずに済んだ。2010年に製品受注が回復すると、独企業は自宅待機させていた従業員を直ちに工場に戻して、生産を再開することができた。もしも独企業が多くの従業員を解雇していたら、2010年以降急速に生産量を通常の水準に戻すことができなかったに違いない。フォンデアライエン氏はこの制度をEU全体に広げようとしているのだ。

安定協定の柔軟な運用?

特にドイツの財界が眉をひそめたのは、フォンデアライエン氏が「欧州通貨同盟の安定成長協定には、柔軟性を認めている箇所がいくつかある。われわれは投資や改革が必要な場合には、この柔軟性をフルに活用するべきだ」と述べている点だ。安定成長協定は、ユーロ圏加盟国に対し、毎年の財政赤字をGDPの3%未満、累積公的債務残高をGDPの60%未満に抑えることを義務付けている。フランスや南欧諸国からはこれまでドイツが要求してきた緊縮策が、経済成長を阻む足かせになっているという批判が強かった。

同氏が協定のどの部分を「柔軟性を許す部分」と見ているのかは不明だが、彼女の演説が自分を推挙したマクロン仏大統領に好まれる内容であることは確かだ。彼女が今後公約をどのように具体化するのか、一挙手一投足を欧州全体が注目するだろう。

最終更新 Mittwoch, 31 Juli 2019 18:30
 

EU委員長の選定で民意の反映は不十分

EU委員長の人選は、著しく混乱した。加盟国首脳は突如、U・フォンデアライエン国防相(ドイツのキリスト教民主同盟)を委員長候補として推薦したのだ。ドイツ、フランス、東欧諸国の間の亀裂が深まったばかりではなく、市民の間で「EUのトップ人事は非民主的」という批判が強まる可能性もある。

筆頭候補制度の終焉

2014年以来EU委員長は、筆頭候補モデル(Spitzenkandidatenmodell)によって選ばれる「慣習」だ。私が「慣習」という言葉を使うのは、この制度がEUを規定する「リスボン条約」に明記されておらず、拘束力を持たないからだ(2014年まではEU加盟国首脳だけが協議して委員長候補を決めており、その決定過程は完全に不透明だった。筆頭候補制度は、決定過程の透明性を少しでも高めようとするもの)。この制度によると、欧州議会選挙で議席数が最も多い会派が事前に決めた筆頭候補を、欧州理事会の大統領が委員長候補として欧州議会に推薦。欧州議会で議員の過半数が賛成すれば、候補が委員長に就任する。現在のJ・ユンケル委員長はこの方式で選ばれた。

今年5月の欧州議会選では保守中道の欧州人民党グループ(EPP)の議席数が最も多く、2番目が社民党系の社会民主選挙同盟(S&D)となった。このため本来ならばEPPが事前に選んでいた筆頭候補M・ヴェーバー(ドイツのキリスト教社会同盟)が、最有力の委員長候補だった。しかし問題は、欧州議会選挙で最も多い議席を取った会派の筆頭候補が大統領によって自動的に欧州議会に推薦されるのではなく、EU加盟国首脳の賛成を必要とするという点だ。つまり欧州理事会で各国首脳が反対したら、選挙の得票率が高くても委員長として推薦されることはない。

フランスのマクロン大統領は、ヴェーバー候補に真っ向から反対した。その理由は「ヴェーバー氏は国際政治の舞台での経験が浅い。ドイツ国内でも大臣職を経験していない。EU委員長はフランス語に堪能であるべきだが、ヴェーバー氏はフランス語を話せない」というもの。さらにハンガリーのオルバン首相など東欧諸国も、ヴェーバー候補を拒絶した。マクロン氏と東欧諸国は、議席数が2番目に多かったS&DのオランダのF・ティンマーマン候補(オランダ労働党)も拒絶。東欧勢による反対の理由は、過去にティンマーマン氏がハンガリーやポーランドがEUの法治主義重視の原則に違反していると厳しく批判し、これらの国への制裁措置を求めていたことだ。つまり、各国首脳は「どちらの候補も、欧州議会で過半数を取れない」と判断した。

4日にブリュッセルで撮影されたフォンデアライエン氏とユンケル委員長4日にブリュッセルで撮影されたフォンデアライエン氏(左)とユンケル委員長(右)

マクロン氏がフォンデアライエン氏を強く推薦

交渉が紛糾するなか、2日にEU加盟国の首脳たちは、驚くべき結論に達した。同日EUのD・トゥスク大統領は、「ドイツのフォンデアライエン国防大臣をEU委員長候補として欧州議会に推薦する」と発表したのだ。しかも首脳会議の席上でフォンデアライエン氏を推挙したのは、マクロン大統領だった。これはドイツの政界、メディア界に強い衝撃を与えた。ブリュッセル生まれのフォンデアライエン氏は、仏語に堪能であるほか、米国に住んだ経験もあるので英語も流暢に話す。マクロン氏の目には、「米国や中国との交渉の場でEUの立場を代表する上で、ヴェーバー氏よりも適した人物」と映ったのだ。当初ヴェーバー氏を推していたドイツのメルケル首相も、首脳会議で過半数の確保に失敗したため、ヴェーバー氏擁立を断念し、フォンデアライエン氏の支援に回った。ただしドイツ国内で社会民主党(SPD)が猛反対したため、首脳会議での議決でメルケル氏は棄権している。SPDは「筆頭候補モデルが突然首脳会議の場で無視された」として、フォンデアライエン候補の推薦を厳しく批判している。

ドイツの政界では、「欧州議会選挙で最も有権者の支持が多かった会派から推薦された委員長候補であるヴェーバー氏とティンマーマン氏が拒否され、仏大統領のお気に入りが突然推薦されるのでは、民意が反映されない。『EUでは有権者の意見が軽視され、首脳たちによる密室政治が続いている』という不信感が市民の間で大きくなる」という意見が強い。

ECB次期総裁へのドイツ経済界の懸念

さらにドイツの経済界が懸念しているのは、マクロン大統領の推薦により、国際通貨基金(IMF)のC・ラガルド専務理事が欧州中央銀行(ECB)の総裁に就任することだ。これは、フランスだけでなくイタリアやギリシャなどの南欧諸国にとって大きな勝利、ドイツやオランダなど北部の国々にとっては、手痛い敗北だ。

ドイツの経済界では「フランス人が次期総裁になることで、M・ドラギ総裁の金融緩和政策がさらに続く。フランスおよび南欧諸国は緊縮策よりも財政出動を重視しているが、今後ECBはそうした政策に理解を示すようになるだろう」という危惧を強めている。ラガルド氏は経済学者ではないため、理論よりもEUの政治力学によって強い影響を受ける恐れがある。メルケル政権は同国の連邦銀行のJ・ヴァイドマン総裁を推していた。ヴァイドマン氏は低金利政策の長期化と、ECBによる南欧諸国などの国債買取りに批判的で、緊縮策を重視することで知られていた。

EU委員長候補の推薦過程の不透明さについては、欧州全体で批判が上がっている。仮に同氏が委員長に選ばれても、結局大国の力関係で決められている」という不信感は、有権者の心の底に残るに違いない。

最終更新 Mittwoch, 17 Juli 2019 18:49
 

リュプケ氏暗殺事件 - 極右による政治的テロの衝撃

シリアなどからの難民支援に前向きだったヘッセン州の地方自治体の責任者が自宅で殺害された事件は、ネオナチによる犯行である疑いが強まり、ドイツ社会に強い衝撃を与えている。

殺害されたヴァルター・リュプケ氏の葬儀がカッセルの教会で執り行われた殺害されたヴァルター・リュプケ氏の葬儀がカッセルの教会で執り行われた

「民主社会への挑戦」

ヴァルター・リュプケ氏(65歳)は、6月2日にカッセル区長ヴォルフスハーゲン市の自宅のテラスで頭部を銃で撃たれて殺害された。ヘッセン州警察の特捜本部は同氏の衣服のDNA鑑定を基に、カッセル市在住の45歳のドイツ人(シュテファン・E)を殺人の疑いで逮捕した。

カールスルーエの連邦検察庁は、「ドイツの民主主義体制を揺るがす悪質な政治テロの可能性がある」として、6月16日以降この事件を担当することを発表。連邦検察庁が捜査を引き継いだという事実は、この事件の重大性を示す。ドイツでは通常殺人、強盗などの暴力事件は地方検察庁が担当する。ただし極右・極左によるテロなど、政治的な背景を持ち、憲法と議会制民主主義に基づく国家の枠組みに影響を与える犯罪については、連邦検察庁が捜査する。検察庁は「銃を発射する音がした後、現場から急発進した車が2台あった」という証言があることから、Eの単独犯行ではなく共犯者がいる可能性についても捜査している。

容疑者は極右組織に深く関与

Eは1980年代から極右組織のメンバーと接点を持つ、筋金入りのネオナチだ。彼は20代の頃から外国人を標的とする犯罪を繰り返しており、その名前は過激勢力の監視を担当する連邦憲法擁護庁のデータバンクに登録されていた。

たとえば、Eは1992年にヴィ―スバーデン駅で外国人をナイフで刺して重傷を負わせたり、1993年にはヘッセン州の亡命申請者の居住施設の近くで爆弾テロを試みた。Eはパイプ爆弾を仕掛けた車に放火して外国人たちを殺傷しようとしたが、爆発物が炸裂する前に消火されたため未遂に終わった。Eはこの事件のために実刑判決を受けている。彼は極右政党・ドイツ国家民主党(NPD)に一時加盟していたほか、ヘッセン州の極右団体「コンバット18」とも接点があった。

ただし、2009年以降目立った活動をしていなかったため、憲法擁護庁は彼に注目していなかった。同庁は「ドイツには暴力的なネオナチが約1万3000人いる。全員を24時間監視することは不可能だ」と説明している。捜査当局は、Eが2009年以降もインターネットを通じてほかの極右勢力との結びつきを強め、思想を過激化させていったものと見ている。

被害者は難民支援に積極的だった

リュプケ氏暗殺事件の背景には、2015年の難民危機がある。同氏はキリスト教民主同盟(CDU)の党員で、1999年から10年間にわたってヘッセン州議会の議員を務めた。2015年にメルケル首相が超法規的措置として、シリア難民の受け入れを決めたとき、リュプケ氏はキリスト教徒の相互扶助の精神に基づき、難民受け入れを支持した。彼は同年10月14日にヘッセン州の難民居住施設で開かれた住民集会で、難民支援について理解を求めたが、会場にいた右翼グループ・カギーダ(ドレスデンで創設された右翼団体・欧州のイスラム化に反対する愛国者=ペギーダのカッセル支部)のメンバーから罵倒された。このときにリュプケ氏は「われわれの祖国ドイツは、住むに値する国だ。しかしここに住む場合、ドイツで重要な価値を守らなくてはならない。この価値を守りたくない者は、いつでもドイツから出て行って良い。これはすべてのドイツ人に与えられた自由だ」と反論した。

これ以降、リュプケ氏はソーシャルメディアの世界でネオナチの激しい攻撃に曝された。極右勢力が彼の発言を収録したビデオをFacebookに発表すると、リュプケ氏は、誹謗中傷するメールを300通以上送り付けられた。そのなかには殺害を予告するメールも含まれていたため、彼は一時警察官による警護を受けなくてはならなかった。極右勢力は、リュプケ氏を「裏切者」、「欧州のイスラム化と非民主化に加担する敵」と呼び、彼の自宅の住所と電話番号もネット上で公表した。

Eはネット上で、「現在の政権を駆逐しなければならない。さもなければ、死者が出るだろう」と発言していた。

ほかの自治体首長にも殺害予告

リュプケ氏の暗殺以降、ネット上では今回の事件を「当然の報い」と高く評価する極右勢力の書き込みが氾濫しているほか、難民支援に積極的なケルンのヘンリエッテ市長などほかの地方自治体幹部にも殺害予告のメールが送られている。多くの自治体関係者にとって、極右のヘイトスピーチや脅迫に曝されるのは日常茶飯事となっている。ドイツでは旧東独のネオナチ集団NSU(国家社会主義地下運動)が、2000年からの7年間に外国人9人・ドイツ人警察官1人を射殺したり、爆弾テロや強盗を繰り返したりするという事件が2011年に明らかになったばかり。

極右の暴力犯罪のエスカレートの背景には、右翼政党の躍進やネット上での難民、イスラム教徒、ユダヤ人に対するヘイトスピーチの拡散により、社会の粗暴化が進みつつあるという事実がある。ドイツ政府は社会の劣化、政治的暴力犯罪の増加に歯止めをかけることができるだろうか。

最終更新 Mittwoch, 03 Juli 2019 15:49
 

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