独断時評


中国への対応に苦慮するドイツとEU諸国

3月25日に、あるニュースが欧州の政界、経済界を驚かせた。フランスを訪れていた中国の習近平最高指導者とマクロン大統領は15件の通商条約に調印したが、これに先立って中国側はエアバス社の旅客機を300機購入することを発表したのだ。同社によると、総額は約300億ユーロ(3兆9000億円・1ユーロ=130円換算)に上る。フランス・ドイツを中心とする欧州最大の航空機メーカーにとって、またとない朗報である。

翌日パリで開かれた首脳会談には、ドイツのメルケル首相とEUのユンケル委員長も参加した。首脳会談に他国の首脳が出席するのは、極めて異例だ。マクロン氏は「中国からの訪問者に対して、欧州が団結しており協力していることを示したかった。さらに中国側が、多国間主義の将来について協議することを望んだため」と説明した。

EU側は、習近平氏に対し欧州諸国、特にフランスとドイツが独り歩きをせず、政策を緊密に調整して共同歩調を取ることをはっきり示したのだ。

左からユンケル欧州委員長、中国の習近平国家主席、マクロン仏大統領、メルケル独首相
3月26日、パリのエリゼ宮殿にて。左からユンケル欧州委員長、
中国の習近平国家主席、マクロン仏大統領、メルケル独首相

イタリアの一帯一路参加

首脳会談で語られた一字一句は、通常は公式に発表されない。しかし、マクロン氏らEU側が中国政府の「一帯一路」プロジェクトを議題として取り上げたことは、ほぼ確実だ。

その理由は、中仏首脳会談の直前の3月23日にイタリア政府が「一帯一路」に参加することを公表したからだ。この日、イタリアのコンテ大統領と習近平氏は、同国のプロジェクト参加についての覚書に調印した。これまでギリシャ、ポーランド、ハンガリーなどが一帯一路に参加しているが、G7(経済先進国)のグループに属する国の参加は、初めてのことである。

イタリアの決定に、西欧諸国は冷淡な反応を示した。ドイツのマース外務大臣は3月24日に「いくつかの国々が、中国と賢いビジネスをできると信じているとしたら間違いだ。彼らはある日突然目覚めて、中国に依存していることに気づくだろう」と、暗にイタリアを批判した。マース氏は「中国はグローバルな利益を、冷徹に追求している。欧州諸国は一致団結しなければ、中国、米国、ロシアに対抗できない」として、EUの連帯の重要性を強調した。

史上最大のインフラ建設プロジェクト

なぜドイツは、一帯一路に警戒感を抱いているのだろうか。中国政府が2013年10月に発表した一帯一路構想は、世界最大規模のインフラ建設プロジェクトである。正式には「シルクロード経済ベルトと21世紀海洋シルクロード」と呼ばれるこの構想では、中国と欧州の間の約60カ国で鉄道、道路、橋梁、港湾など経済インフラの整備を行う。

建設資金は北京にあるアジアインフラ投資銀行(AIIB)など中国の銀行が融資し、工事の大半は中国の建設会社が担当する。AIIBにはすでに70カ国が参加している。欧州とアジアを結ぶ新シルクロードの総工費の推定額は発表されていないが、1兆ドル(110兆円・1ドル=110円換算)に達するという推計もある。

ドイツ最大の電子・電機総合メーカー、シーメンスのケーザー社長は、2018年に「われわれが好む好まないに関わらず、一帯一路は世界貿易機関(WTO)に代わって世界の経済秩序の大きな枠組みになる」と述べている。

一帯一路はEUを分断する?

しかし一帯一路に参加しているスリランカやパキスタンなどでは、借金の返済が困難になったり、公共債務が国内総生産に占める比率が急増したりして、中国マネーへの過度の依存を強いられる事態が発生している。その国が債務を返済できない場合、道路や土地を中国に没収される可能性もある。

一帯一路の背景には、ビジネスだけでなく地政学的な野望もある。中国はアジアと欧州との間に位置する国々の経済成長に寄与して、中国企業の受注額を増やすだけではなく、これらの国から「超大国」として見られることを狙っている。中国は新経済圏の構築により、米国と欧州主導の経済秩序に挑戦しているのだ。

欧州ではハンガリー、ポーランドなど中東欧諸国が一帯一路に強い関心を示し中国に急接近している。またギリシャのピレウスのコンテナ港では、中国遠洋運輸集団公司(COSCO)が資本の51%を握っている。COSCOはピレウス港に3億ユーロ(390億円)を投じ、地中海最大のコンテナ港にする計画を持っている。

このため2016年にEUが東南アジア・南沙諸島の領有権紛争をめぐり中国に対して批判的な統一見解を出そうとしたときに、ハンガリーとギリシャが反対したために、出せなかったことがある。つまり中国マネーはすでにEUの政治的団結を乱しているのだ。ドイツの外相だったガブリエル氏は「中国の一帯一路は、EUを分断する危険がある」と警告したことがある。

また、中国企業はドイツなど西欧企業の買収に積極的だが、メルケル政権は基幹産業や公共インフラに関する分野では、今後自国企業を買収から保護する方針を打ち出している。

しかしドイツの自動車メーカーをはじめとして、多くの西欧企業が中国市場でのビジネスに大きく依存していることも否定できない。EUは一刻も早く共通の対中国戦略を打ち出す必要がある。さもなければ、資金不足に悩む中東欧や南欧を中心に、EUの団結のほころびは広がっていくに違いない。

最終更新 Donnerstag, 04 April 2019 09:48
 

なぜSPDは社会保障の拡大を目指すのか

今年2月6日に社会民主党(SPD)のアンドレア・ナーレス党首が発表した政策提案書「Sozialstaat 2025(社会保障国家2025)」は、ドイツの政界・経済界で激しい論議を巻き起こした。

SPDのアンドレア・ナーレス党首
社会保障国家2025を発表した、SPDのアンドレア・ナーレス党首

長期失業者への支援を拡大

その理由は、この提案が同じSPDのゲアハルト・シュレーダー前首相が2003年に断行した労働市場・社会保障改革「アゲンダ2010」の根本的な見直しを求めるものだからだ。「アゲンダ2010」は、現在のドイツの好景気と低い失業率の基盤をつくった改革として、経済界では高い評価を受けている。

ナーレス党首の改革案は、長期にわたって失業している市民らに対する国の援助を改善し、生活水準を引き上げることを目指している。たとえば現在58歳の失業者が受け取る「第1失業者援助金(ALG1)」は24カ月を超えると打ち切られるが、ナーレス氏はその支給期間を33カ月に延長することを提案している。

ALG1の支給が終わると、生活保護とほぼ同水準の「第2失業者援助金(ALG2)」の支給が始まる。その額は独身の失業者の場合、月424ユーロ(5万5120円・1ユーロ=130円換算)である。この援助金は、提案者(フォルクスワーゲン社の元労務担当取締役)の名前を取って「ハルツIV」と呼ばれていた。ドイツでは「あの人はハルツIVだ」というと、長い間失業しているということを意味するが、ナーレス党首はこの侮蔑的な名称を廃止し、「Bürgergeld(市民のための支給金)」という名称の導入を提案した。

ハルツIVの特徴は、制裁措置の厳しさである。たとえば失業者が正当な理由もなく労働局とのアポイントメントを無視したり、労働局がすすめた仕事に就くことを拒否し続けたりする場合には、支給金を削減されたり、停止されるなどの可能性がある。2015年には、13万1520人がこの制裁措置を受けた。

さらに財産や住んでいる住宅の広さによっては、労働局から「経済状態に余裕がある」と見られて支給金を減らされる可能性もある。

ナーレス党首は、「市民のための支給金」を受け取る失業者には、最初の2年間については事実上制裁措置を廃止し、財産や住宅の広さによる支給金の減額も廃止することを要求している。ALG1の期間には制裁措置はないので、長期失業者はほぼ5年間にわたり制裁を受けないことになる。

ナーレス氏は「国は5年間にわたって失業者を支えて、新しい仕事を見つけられるように支援を行うべきだ。失業保険のための資金は十分にあるのだから、われわれは社会保障国家を改革して透明性と公平性を高めるべきだ」と語っている。

アゲンダ2010との訣別

ナーレス氏の提案の背景には、SPDの支持率がアゲンダ2010によって急激に低下したという事実がある。シュレーダー氏が首相に就任した1998年にはSPDの連邦議会選挙での得票率は40.9%だった。しかしアゲンダ2010が旧東独を中心に多くの市民の生活水準を低下させたために市民の不満が高まり、SPDの得票率は2009年には23%に低下。今年2月のARDの政党支持率調査では、SPDを支持する回答者の比率はわずか17%だった。

シュレーダー氏は、財界と太いパイプを持つSPDでは異色の政治家だった。彼はアゲンダ2010によって、失業者の数を大幅に減らすことに成功したが、一方では低賃金部門を拡大したので、社会の所得格差が広がった。多くの有権者が「SPDはシュレーダー氏の下で企業寄りの党となった」という疎外感を抱いて、まずリンケ(左翼党)に鞍替えし、2015年の難民危機以降は右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の下へ走ったのだ。SPDは元々労働組合を最も重要な支持基盤としてきたが、現在では旧東独を中心に「多くの労働者の利益を代表するのはSPDではなく、AfDだ」という意見が強まりつつある。

またSPDが2005年以来3回にわたってキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)との大連立政権に加わったことも同党の支持者の数を減らした。長年にわたり政権の座に就くことによって、リベラル政党SPDと、保守政党CDU・CSUの政策の違いが国民にとって見えにくくなったからである。

保守党・財界はナーレス氏の提案を批判

ナーレス党首は、SPD左派に属する政治家だ。彼女は、ジグマー・ガブリエル元外務大臣など、アゲンダ2010を黙認してきたこれまでの党首たちとは一線を画して、シュレーダー時代との訣別を目指している。左旋回によって「庶民と労働者のために富を再分配する政党」という姿勢を鮮明にすることによって、支持率の回復を目論んでいるのだ。この背景には、今年重要な選挙が目白押しだという事実がある。5月には欧州議会選挙、秋にはザクセン州、ブランデンブルク州、テューリンゲン州で州議会選挙が行われる。

CDU・CSUやドイツ経営者連盟(BDA)からは、「ナーレス党首の提案は、アゲンダ2010による成果をなきものにし、失業者数を増やす」として強い反対の声が上がっている。ナーレス党首は「大連立政権を離脱するつもりはない」と語っているが、SPDが本気で社会保障サービスの拡大を実行しようとしたら、保守政党との正面衝突は避けられない。SPDはアゲンダ2010の呪縛から自らを解き放ち、支持率の低落傾向に歯止めをかけることに成功するだろうか。

最終更新 Mittwoch, 13 März 2019 16:20
 

露からのガスパイプライン - ノルドストリーム2をめぐる激論

ロシアからドイツに直接天然ガスを送るパイプライン「ノルドストリーム2」をめぐり、欧州連合(EU)加盟国の間の対立が表面化した。

ドイツや西欧諸国はプーチン大統領とクリミア併合やウクライナ内戦をめぐって対立する一方で、エネルギーについてはロシアに大きく依存するという矛盾に苦しんでいる。

ドイツ北部、メクレンブルクにて工事作業を行なっている、ノルドストリーム2の様子
ドイツ北部、メクレンブルクにて工事作業を行なっている、ノルドストリーム2の様子

フランス政府の突然の「転向」

対立のきっかけは、2月8日にブリュッセルで開かれたEU加盟国のエネルギー担当大臣評議会だった。ポーランドなど一部の加盟国は、EUガス指令を改正してノルドストリーム2のように第三国からEUにガスを送るパイプラインを、EU法の下に管理することを求めていた。エネルギー担当大臣たちは、この会議でガス指令改正案について採決を行う予定だった。

この改正案が可決されると、EUの法律が適用されるので、ガスを採掘・販売する企業とパイプラインを運営する企業を分離することが必要になるほか、パイプラインを他社にも使用させることを求められる。つまりロシアからのノルドストリーム2も、EUの厳しい管理下に置かれる。

ロシアとともにノルドストリーム2計画を進めているドイツ政府はこの改正案に反対しており、フランス、オランダ、ベルギー、オーストリアとともに反対票を投じてブロックする予定だった。ところが採決の2日前になって、フランス政府が突然態度を豹変させ、改正案に賛成する意向を打ち出した。

この決定はメルケル政権にとって、寝耳に水だった。フランスが賛成派に寝返ったためにブリュッセルの会議で改正案が採択されて、ノルドストリーム2建設計画が暗礁に乗り上げる可能性が浮上した。

そこでメルケル政権は各国と交渉し、「ノルドストリーム2のような域外の国からのガスパイプラインは、EU法による管理下に置く。ただし実際の管理業務を担当するのは、パイプラインが最初に到達するEU加盟国とする」という妥協案を受け入れた。したがって、ノルドストリーム2についてはドイツが管理を担当する。ノルドストリーム2計画がほかのEU加盟国の反対で頓挫する事態は避けられた。

東欧諸国はパイプラインに強い懸念

東欧諸国は、なぜノルドストリーム2に反対するのだろうか。現在ロシアはウクライナやポーランドを通過するパイプラインを使い、ガスを西欧諸国に送っている。しかし、ウクライナやポーランドがこのパイプラインをブロックすれば、ロシアのガスビジネスを妨害することが可能である。実際、2005~2006年にはロシアとウクライナの間でガス料金をめぐるトラブルが起きたために、西欧へのガス輸送が一時滞ったことがあった。

ロシアのプーチン大統領とドイツのシュレーダー首相(当時)は2005年4月にノルドストリームの建設について合意し、1本目は2011年に稼働した。ノルドストリーム2はこれに並行するパイプラインだ。

ノルドストリーム2は毎年550億㎥のガスを直接ドイツへ送り込む。約1200kmのうちすでに370kmが完成しており、2019年末に稼働する予定だ。総工費は95億ユーロ(1兆2350億円・1ユーロ=130円換算)にのぼる。だがノルドストリーム2が完成すると、ロシアはウクライナやポーランドを迂回して、大消費国ドイツに直接ガスを送り込むことができる。

東欧諸国は、「ロシアから直接ドイツにガスを輸送するパイプラインが増えることは、EUのロシアへの依存度を高めるほか、ロシアが東欧へのガス供給を減らすと脅迫するための材料を与える。さらに、現在パイプラインが通過しているウクライナもノルドストリーム2建設によって不利になる」と主張していた。ポーランドやウクライナにとっては、ノルドストリーム2の建設は、自国を通過するガスパイプラインからの料金収入が減ることも意味する。ウクライナは毎年、ロシアからパイプラインの使用料として数十億ユーロの収入を得ている。ドイツ政府は、「ノルドストリーム2建設の条件は、ロシアが将来もウクライナとポーランドを通過するパイプラインを使用し続けること」と約束していた。

攻撃的な性格を強めるロシア

つまりフランスのマクロン大統領は、盟友ドイツよりも東欧諸国の意見に耳を傾けたのだ。実は欧州委員会や欧州議会でも、ノルドストリーム2については批判的な意見が強い。また米国のトランプ政権もこの計画に強く反対している。

その理由は、近年ロシアの対外政策が攻撃的かつ強権的な性格を強めているからだ。ロシアは2014年にクリミア半島を併合し、ウクライナ内戦に介入している。ロシア軍は、バルト三国周辺で大規模な軍事演習を繰り返し、圧力を強めている。ロシアはINF条約(中距離核戦力廃棄条約)に違反して、西欧の主要都市を攻撃できる巡航ミサイルを昨年配備した。英国で発生した、ロシアの元二重スパイに対する神経剤による暗殺未遂事件の解明にも、ロシア政府は協力を拒んでいる。

連邦系統庁によると、2017年にドイツが輸入したガスの65%はロシアからだった。西側に対して敵対的な態度を見せる国から、暖房や調理、工業生産に欠かせないガスを大量に輸入する。この矛盾した態度は、今後もEUの中で不協和音を生むに違いない。

最終更新 Donnerstag, 28 Februar 2019 12:34
 

2038年までに脱石炭をめざす - 納税者に多額のコスト

1月26日にドイツは経済史に残る決定を行った。連邦政府の諮問委員会が、最終報告書内で2038年末までに褐炭・石炭による火力発電所の全廃を提言したのだ。

ラウズィッツで稼働している褐炭火力発電所
ラウズィッツで稼働している褐炭火力発電所

脱原発の次は脱石炭

ドイツは今も発電量の約35%を褐炭・石炭に依存しているが、地球温暖化や気候変動の原因となる二酸化炭素(CO2)の排出量を大幅に減らすべく、重要な一歩を踏み出した。ドイツは2011年の福島原発事故をきっかけに、2022年末までに原子力発電所を全廃することを決めているが、脱原子力に続いてエネルギー政策を大きく変更することになった。

本来この委員会は、去年暮れにポーランドのカトビッツで行われた国連の地球温暖化防止に関する会議の前に提言を発表する予定だった。発表が今年までずれこんだことは、委員会のメンバーだった産業界、学界、電力業界、環境団体、褐炭採掘地の住民代表らの間で意見が対立したことを物語っている。

2030年までに温室効果ガスを55%削減

現在ドイツの褐炭・石炭火力発電所の容量は42.6ギガワット(GW)。委員会はこれを2022年までに30GW、2030年までに17GWに減らす。そして2032年に電力需給の状態などを検討して可能と判断されれば、2035年に前倒しして褐炭・石炭火力の使用を停止する。

メルケル政権は、当初2020年までにCO2など温室効果ガスの排出量を、1990年に比べて40%減らすことを目標にしていた。しかし、2018年末の時点では削減率は32%にとどまっており、2020年の目標達成に失敗することは確実だ。このため政府は、「2030年までに温室効果ガスを55%減らす」という目標を達成するべく、脱石炭の「締め切り日」を設定したのだ。また政府は、2030年に再生可能エネルギーが電力消費量に占める比率を現在の38%から65%に引き上げる方針だ。

脱石炭に賛否両論

緑の党や環境団体は、2030年までに褐炭・石炭の使用停止を要求していた。国際環境NGOグリーンピース・ドイツのM・カイザー事務局長は、「褐炭・石炭火力の全廃が2038年になったのは、残念だ。しかし欧州最大の工業国ドイツが脱褐炭・石炭を断行し、再生可能エネルギー社会に変わるための第一歩を記したことは、正しい。2030年代初頭に全体状況を見直し、2035年には褐炭・石炭火力は事実上全廃されることになるだろう」と述べている。

これに対し大手電力会社RWEのR・M・シュミッツ社長は、「2038年までに褐炭・石炭火力発電所を全廃するのは早すぎる。提言書によると2032年に雇用や電力需給の状況を勘案し、2038年の脱石炭が可能かを検討することになっているので、わが社はそのときに全廃の時期を先延ばしにすることを要求する」と不満を表明した。

莫大なコスト

脱褐炭・石炭は、国民経済に大きな負担を生じさせる。この決断は市民の雇用に大きな影響を与えるからだ。旧東ドイツのラウズィッツ地区や、旧西ドイツのルール工業地帯などでは、約5万6000人が褐炭の採掘や火力発電に従事している。RWEのシュミッツ社長は、「2023年までに、従業員数の大幅削減を始めなくてはならない」と語っている。

諮問委員会は、脱褐炭・石炭の影響を受ける採掘地域のために、産業構造の改革や省庁の誘致などのために、連邦政府が今後20年間に400億ユーロ(5兆2000億円・1ユーロ=130円換算)を支出することを提言。その内訳は、毎年13億ユーロを採掘地域の自治体に、7億ユーロを州政府に支払う。つまり毎年20億ユーロ(2600億円)の金が雇用対策として投じられるのだ。

このほか連邦政府は、脱石炭によって早期退職を迫られる労働者のために50億ユーロ(6500億円)を投じて補償措置を取る。また、電力会社は褐炭・石炭火力発電所の早期停止により経済損害を受けるので、政府は補償金を支払う。額は明示されていないが、数十億ユーロの規模に達する可能性が強い。

さらに脱褐炭・石炭が企業・市民の電力コストを増加させるのを防ぐために、連邦政府は2023年以降、毎年20億ユーロ(2600億円)の助成金を出す。これらの費用を合計すると、今後20年間に納税者が負担するコストの総額は800億ユーロ(10兆4000億円)を超えるという見方も出ている。

旧東独地域での州議会選挙に配慮

褐炭採掘地域への潤沢な財政支援の背景には、今年秋に旧東ドイツのザクセン州、ブランデンブルク州、チューリンゲン州で州議会選挙がある。これらの州では、右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」への支持率が、西側より高い。急激な脱褐炭・石炭は市民の 不満を爆発させ、AfDの支持者を増やす可能性がある。政府はこれらの選挙でAfDの得票率が高まらないよう脱石炭に19年の歳月をかけ、大規模な財政出動によって市民の不満を和らげようとしているのだ。

政府はCO2の排出量を大幅に減らしつつ、電力の安定供給も確保しながら、雇用削減に関する不満と右翼の躍進も抑えるという離れ業に成功するだろうか?

最終更新 Mittwoch, 13 Februar 2019 13:04
 

「合意なしBREXIT」に身構えるドイツ企業

1月15日夜、ドイツの政界、経済界に衝撃が走った。英国議会下院が、メイ首相が推すEU離脱(BREXIT)に関する条約を圧倒的多数で否決したからだ。

1月15日にロンドンで行われた離脱合意案の議会採決に臨む、英国のメイ首相(中央)
1月15日にロンドンで行われた離脱合意案の議会採決に臨む、英国のメイ首相(中央)

袋小路のメイ首相

採決では432人の議員が条約案に反対したのに対し、賛成した議員は202人にすぎなかった。メイ首相が率いる保守党の議員からも、多数の反対者が出た。条約案の否決は予想されていたが、230人もの大差がついたのは想定外の事態である。これによってメイ首相の保守党内での立場は一段と弱まるとともに、英国政界の混乱が深まった。

この条約案が否決された最大の理由は、英領北アイルランドの取り扱いだ。EU側はアイルランドと北アイルランドの間の国境検査、税関検査が強化されることに反対しているが、合意に達することができなかった。そこでEUとメイ首相は「2020年末までの過渡期間中に、英国とEUが北アイルランドの扱いについて合意できなかった場合には、北アイルランドはEU関税同盟に残留する」という暫定措置(バックストップ)を取り決めた。

だが保守派の議員からは「これでは英国は自国の判断で関税同盟から抜け出ることができず、主権が制限される」と強い批判の声が上がっていた。つまりバックストップに期限をつけるなどの変更を加えない限り、この条約案が議会で承認される見込みは薄い。一方EUはメイ首相と合意した条約案を変更することを断固として拒否している。

1月21日にメイ首相は議会下院で「バックストップについてEUと再び協議する」と述べたが、EU側が態度を大きく変えるとは思えない。要するにメイ首相は袋小路に追い詰められてしまったのだ。

否決で合意なし離脱の可能性が強まった

3月29日のBREXITまでに残された時間は、わずか8週間。それまでにメイ首相が議会の同意を得られる条約案をまとめあげて、EUと合意できない場合には、英国は同意のないままEUを離脱する。いわゆる「ハードBREXIT」である。

ドイツの経済界、論壇では1月15日の否決以降、ムードががらりと変わった。「最後は英国とEUが妥協するだろう」という楽観論が影をひそめ、合意なしのBREXITがやって来るという悲観論が強まったのだ。経済団体や企業関係者の間では、「ハードBREXITが起きた場合、英国とEUの間の物流が少なくとも一時的に悪影響を受ける」という見方が有力だ。物流の混乱によって最も大きな影響を受けるのはドイツだ。

英国議会下院調査局によると、2017年の英国とほかのEU加盟国の間の貿易額(輸出額と輸入額の合計)は6150億ポンド(86兆1000億円・1ポンド=140円換算)だが、この内ドイツは1349億ポンド(18兆8860億円)と最も多い。同国は英国の対EU貿易の21.9%を占めていることになる。

英国と欧州大陸を結ぶドーバー海峡のユーロトンネルを毎日行き来し、英国とEUの間で物資を輸送しているトラックの数は、1日当たり1万~1万2000台。現在は税関検査がまったく行われていないが、ハードBREXITによって税関検査が始まり、1台のトラックにつき15~30分の検査が行われるとなれば、英国とEUの国境の間で大渋滞が発生する可能性がある。

今日多くのメーカーは部品の在庫を最小限に抑えるために、受注の状況に応じて短期的に部品を注文するカンバン方式を採用している。だがその前提は、ドーバー海峡を越える物流がスムーズに運ぶことである。国境でトラックが大渋滞に巻き込まれた場合、カンバン方式の前提が崩れてしまう。

多くの独企業はハードBREXITを想定

ドイツの多くの大企業は、2016年に英国の国民投票で離脱派が勝って以来、「合意なしのBREXITがあり得る」という前提で密かに準備を進めてきた。

たとえば英国企業から原材料や部品の供給を受けているドイツのある機械製造企業は、去年夏から原材料や部品の在庫を増やし、英国・UK国境でトラックの渋滞が2~6週間続いても支障が出ない体制を作り上げた。万一英国からの部品供給が途絶えても、2カ月近く自活できるようにしたわけだ。同企業では中長期的には英国の企業が供給している部品や原材料を、EU域内での調達に切り替えることも検討している。

また英国で車の組み立てを行っているドイツのあるメーカーは英国工場の保守点検のための操業停止を3月29日のBREXIT直後に予定することにより、数日間にわたって国境で大渋滞が起きることによる衝撃を緩和しようとしている。同社はドーバー海峡での渋滞に備えて、自動車部品を欧州大陸から英国に空輸するためのキャパシティーも確保したと伝えられている。

ミュンヘン・南部バイエルン商工会議所で貿易問題を担当するフランク・ドレンドルフ氏は、「大企業ではハードBREXITについての準備が進んでいるが、中小企業では、備えが遅れている」と語る。ドイツ産業連盟(BDI)のヨアヒム・ラング専務理事は、「合意なしBREXITは、英国とEUの数万社の企業、数多くの就業者に悪影響を及ぼす惨事となるので、絶対に避けるべきだ。英国政府と欧州委員会は妥協策を見つけてほしい」と訴える。だが楽観論は禁物だ。メイ首相の推す条約案の交渉には約1年半かかった。その案が否決された今、英国とEUはわずか2カ月の間に合意に達することができるだろうか?

最終更新 Mittwoch, 30 Januar 2019 18:50
 

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